王立魔法大学の禁呪学科 禁断の魔導書「カガク」はなぜか日本語だった

中七七三

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22話:暗殺技法

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 俺の住む王国は、ユラシルド大陸の西端で同根の文化圏エリアにある。
 そこには、大小の王国や自治都市がひしめき合っている。

 で、そんな場所を共通の文化圏としてまとめているというか、基盤になっているというか……
 それが教会だ。

 権威はあるし、国だって教会に睨まれそうなことは基本やらない。
 教会には「聖典」もあって、そこには「戒律」も書かれてあるが、基本的には世俗法と被るのが多い。
 盗むな、殺すな、騙すなとか、そんな感じだ。
 一日に聖地の方を向いて10回お祈りしろとか、偶像崇拝するなとか、そういう宗教らしい宗教的な戒律は無い。
 ただ、明文化されていない部分で、「異端の行動」を禁じている。

 これが、すげぇ曖昧。明確な基準が公開されていないのに、いきなりバッサリやらることがあるらしい。
 例えば「空を飛ぶ」という行為なんかは、どーなのかよく分からん。
「天は神の棲まうとこなれば」という一節があるが、それをもって「飛ぶ行為が異端」なのか分からない。

 明確な基準が公開されていないのに、罰はいきなり与える。
 この根拠は「神の考えを人間が推し量るのはできない」ということらしい。でも、実際に裁くのは人だ。

 紙の製造は大丈夫だった。
 ツユクサ先生がうなく立ち回って、教会もずっぽり利権に絡んでいる。
 世俗的なところはなんだかなぁと思わないでもない。でも、ちょっと安心もしている。

 で、印刷だ―― 正確には「活版印刷」ってやつ。
 活字を作って、それを組み合わせて印刷するシステムだ。
 今、ツユクサ先生と俺が、この世界で「カガク」呼ばれる禁呪書 ―なぜか、日本語で書かれた科学技術の解説本だ― で再現しているのが「活版印刷」なんだけどね。

「教会の偉い人が死んじゃったみたいですよね」

 窓の方を見ながら俺は言った。
 禁呪学科の研究室の窓から見える空は相変わらず曇っている。
 雲が光を反射するせいか、じっと見ていると目がいたくなる。俺は視線をツユクサ先生に向けた。
 俺の言葉が、全く耳に入っている様子がない。必死に何かを書いている。

「ツユクサ先生」

 彼女は、今気付いたかのように顔を上げた。
 その動きに合わせて、ふわりと亜麻色の髪が揺れる。

「あ…… なに、ライ?」

 転生前の世界の空の色のような碧い瞳が正面を向いた。
  
「教会の偉い人、死んじゃいましたよね」
「そうね」

 繰り返した俺の言葉に相槌だけを打った。
 すぐに、代わりの人間がやって来て、こっちには大きな問題はないのだろうけど、先生は無関心すぎた。どうなんだろう?

 で、彼女はまた下をむいて書き物を再開。

「なにやってんですか?」
「もう! 紙が安くなったのはいいけど、いろんなことで提出する書類が増えたのよ! もう、面倒くさい!」
「そうですか……」
「『そうですか』じゃないわ」

 キッと俺を睨んだりする。しかも、子どもみたいにほほを膨らませているし。
 つーか、その件に関しては、俺は悪くないのに。先生はそれで准教授になったんですよね。
 まあ、書類仕事でイライラしているのは分かるけどさぁ。
 
「あ、ごめんなさい。ちょっとイライラしてたから」

 俺がなんともいえない困惑した顔をしたせいだろうか。
 ツユクサ先生の顔から険(けん)がすっと消えた。ふくらんでいたほほがすぼまる。
 俺の困惑した表情を見たせいなのか、ツユクサ先生はすまなさそうに謝った。
 
「面倒くさい話しが色々でてきているのよ――」

 彼女は、肩肘をついて「ふぅ」と息を吐いた。

「活版印刷は、実用化しても魔法大学ないに情報をとどめること。で、使用するのも魔法大学だけとすること―― その他、色々……」

「なんですかそれ?」

「さあね、滅茶苦茶よ」

 頬杖をついて、彼女は言葉を投げ出すように言った

「まあ、そうですね……」

 禁呪「カガク」の研究をやっているのは俺と先生だけだ。
 しかし、このところ、学内で共同研究の申し出が増えている。
 それを、ツユクサ先生は断っているし、学長もそれを支持しているようだ。

 そんな状況の中――

 いくら俺でも流れてくる噂で、大体のところは知っていた。
 紙の量産の成功で、大学には大きなお金が流れ込んでくる仕組みができあがった。
 で、ツユクサ先生はそれで出世。ぺーぺーの講師から准教授だ。
 そりゃ、嫉妬もあるだろし、利権に絡ませろって動きもでてくるだろう。
 
「魔法工学部と魔法物理学部が共同研究しているわ」
「なにをです」
「活版印刷物でも複製できないプロテクト魔法言語――」
「まあ、そうなるんですかね」

 この世界の魔法は、魔導書を読み上げ、その書に記載された魔法言語を実行形式として、自分の体の中に取り込む(セットアップ)するというものだ。
 この容量が少ない俺みたいな者は大きな魔法は使えない。
 で、俺の次兄にあたるリンドウ兄ちゃんのような、強力な魔法使いはいくつもの魔法を、常駐させておくこともできる。
「魔人・リンドウ」の二つ名をもつ、この王国というか大陸でも屈指の魔法使いだ。
 で、その辺りの人間の魔法をセットアップする能力の多寡(たか)を「容量がある」とか「ない」というわけだ。
 ちなみに、俺も先生も残念な部類に入る。異世界なのに。魔法をセットアップする容量が少ない。
 先生などほとんどないらしい。

 更にだ――

 魔導書を読んで、魔法の実行形式を読み上げても、正規購入の魔導書で無い限り、魔法は起動しない。
 これは、購入者と開発者が契約をするという形になっているからだ。

「本がいっぱい出れば、儲かると思うんですけどね。単価が安くても――」

 魔導書は高い。確かにいっぱい刷れば単価は下がる。
 それでも、数でカバーして、今まで以上に利益を上げることはできるはずだ。

「複製が簡単にできるようになると、ダメって話だし―― それは、十分に分かる話だけど――」

 テーブルの上に上半身をくたっと寝かせるツユクサ先生。イモムシみたいに。

「なんか、上手い方法はないんですかね」

「だから、それを考えて、提案しようとしてるんだけどねぇ~」

 寝そべったまま、鳥の羽ペンで紙の上にグリグリと黒丸を書いていく先生。
 俺もちょっと考えてみたが、手軽な方法は思い浮かばない。
 
「印刷した本に、プロテクト魔法を手書きで、いれるとか――」
「それ、もう言った。できないみたいね……」

 こっちは魔法技術のことに関して良く分からない。
 専門家が出来ないといわれれば、そうですかというしかないのだ。

「無断複製本がでまわると、やっぱまずいですよね~」
「そうね」
「そうですか」
「写本と、正規版と判別して、きちんと流通させることができればねぇ……」
「できないんですか」
「これから、魔法工学部と魔法理学部で研究するって」

 無断複製の写本が氾濫すれば、魔法を開発している「魔法工学部」とか、その基礎理論を構築する「魔法物理学部」とが大ダメージだ。
 この2つは、魔法大学の花形学部でもある。
 潰れる予定だった「禁呪学科」がなに余計なことしてんだ? ってなことを思っているのかもしれない。
 
「いい方法ないですよね~」
「ないわねぇ~」
「でも、魔導書でない書物ならいいんじゃないですか?」

 そうだよな。大体世の中には書物にすることはたくさんある。
 魔導書だけが本じゃない。

「それもねぇ…… 言った……」
「言ったんですか?」
「そうね。魔法大学が生みだしたものであるのなら、まず『魔導書』を刷るのが本筋だといってるのよ」
「はぁ?」

 意味不明だ。
 要するに、今自分たちの魔導書をすると、不正コピーが横行する。
 でも、魔法大学が作ったものなのだから、まずは「魔導書」を印刷しろと?

「どうすればいいんですか?」
 
 思わずきいてしまう俺。

「だから、頭ひねってるのよ」

 ツユクサ先生はすこしふくれながら言った。
 俺に対してというより、この理不尽な状況に対してふくれているのだ。

「新しいプロテクト魔法が完成するまで、活版印刷は日の目をみないと」
「端的にいってそうね」

 俺はふと思った。
 よく分からないが、あれか?
 コンピュータソフトのユーザー認証みたいなもんを魔導書の認証につかえないか?
 こう、番号を乱数で作って、こっちでマッチングさせて――
 専門じゃないので、よくわからんが。 

 そういった、ネットワーク上の認証みたいなのを魔法で実現できればいいのか?
 応用できないのか?
 科学の中にそういった「情報通信技術」の本はあったか?
 今まで見たことないな。

「ああ!! もうやる気なくなった! 気分転換! いきましょう!」
「行くって?」
「市場よ! もう、あまい物が食べたいのよ」

 ツユクサ先生は、席をたって出て行く。俺もノコノコと後をついていくのだ。
 行く先は分かっている。常設市場の屋台だ。
 多分、ザラメをまぶしまくった揚げパンの屋台だ……

        ◇◇◇◇◇◇

「先生、そんなに急いで食べると、のどに詰まりますよ」

 魔法大学からそれほど離れていない中心市街。
 そこの常設市場。立ち並ぶ屋台。焼けた肉の匂いがおいしそうだが、その匂いを発生させている屋台はスルーだ。
 コメカミが痛くなるような、あまいにおい。
 あまい物が並んでいる屋台のエリアだ。

 ツユクサ先生は一直線に揚げパンを作っている屋台に入った。
 で、即座に揚げパンを注文して、もう3個目をパクついている。

「おいしいでしょ?」
 
 先生はこれぞ、幸せという顔で、揚げパンをパクつく。
 あまい。無駄にあまい。1個食べただけで、胸やけしそうだ。
 しかし、ここであんまり食べないと「貴族のおぼちゃんの口には合わないのね」という風に言われてしまうかもしれない。
 だから、俺は付き合っている。まあ、2個食べると、甘さに馴れるというか、麻痺してくることも分かっている。

 先生は紅茶を手に取って口に運んだ。

「しかし、なんかいい方法ないかなぁ~」

 飲み終わった先生の口からは、ため息のような言葉が漏れてくる。

「方法というかヒントがあれば…… 先生。あの~」

 禁呪の書「カガク」あの中に、情報通信、個人認証システムに関する記載もあるかもしれない。
 その構造を魔法で再現できないのか…… 
 研究室で考えていたことを先生にちょっと言おうかと思った。

 トン――

 かすかだった。
 なにかが、なにかを叩く音。軽くだ。そんな感じの音が聞こえた気がした。

「先生――」

 ツユクサ先生は紅茶をもって、黙っていた。なんか、様子が――
 彼女の指からゆっくりと紅茶のカップが離れた。まるでスローモーションのようにそれが落ちていく。
 地面に落ち、カップの割れる音が響く。

「先生!!」

 ぐらりと先生は体をそらすようにして、後ろに倒れていく。
 なにが起きた!
 俺は目の前に起きていることを咀嚼できずに、ただ眼前の光景を網膜に映し出しているだけだった。
 要するに呆然としていたのだ。

 亜麻色の髪が前方に流れていく。ゆっくりと後に倒れる先生の顔の方に――
 ドンッと、先生の体が後ろに倒れた。その身体が地に触れた。
 なんだ? のどにパンを詰まらせた? 違う、そんなわけがない。そんな倒れ方じゃない。

「ツユクサ先生ぇぇ!!」

 俺は先生を抱きかかえようとした。しかし、あれか。こういったとき、なんだ?
 あれだよ、体を無理に動かすとかダメじゃないかとか、あった? あったよな。多分。そうなると、どうなんだ?

「治癒魔法! 治癒魔法使える人は!」

 俺は声を上げていた。屋台のオヤジは真っ青な顔をしている。人が「なんだ? なんだ?」と集まってくる。
 しかし、治癒魔法使えそうな人間はこない。世の中理不尽!! くそ!! 呪うぞ!

「先生! 先生! 先生!」

 その時の俺は夢中だった。胸に手をあてた。柔らかいけど、そんなこと感じている余裕は無かった。
 先生の胸に耳を当てた。ごーーっという雑音しか聞こえない。
 動いてない―― 鼓動がない。心臓が動いてないんだ!

「うぉぉぉぉ!!」

 俺はさけんでいた。電気。俺は電気を流せる。考えている余裕もなかった。
 電気ショックだ! たしかそれで、心臓を――
 俺は先生の胸に手を当て、一気に電気を流し込んだ。

 ビクンと先生の体が跳ねた。細く小柄な体。もう一度だ!
 全力だった。今まで低周波治療器程度の電気しかながれないと思っていた。
 だけど、今だけでいい。強い電気を! 
 もう一度、全力でだ。体の細胞が直列つなぎになって、一気に電気を流し込むような感覚。
 手から「バチン」という音が響いた。
 再び、先生の体が跳ねた。

 夢中だった。俺はこの世界に生まれて初めて――
 いや、違う。前世のときから数えても初めてだ。
 必死になった。本当に必死だった。

「かッ」

 先生が小さく息をもらした気がした。

「ツユクサ先生!」

 俺は胸に耳を当てた。
 トットットットットッ――

 それは、弱かった。辛うじて聞こえる物だった。
 でもそれで十分だった。心臓は動いている。

「あ…… ライ……」

 先生の口が小さく動いて、俺の名を呼んだ。

「先生…… いったい」
「なんか、急に目の前が……」

 まだ先生は起き上がることはできなかった。でも、意識ははっきりしているようだった。
 全身の力はドッと抜けていくような感じがした。

「どうしましたか?」

 声がした。頭の上だ。俺は見あげた。
 知っている顔だった。見覚えのある顔だった。
 闇を切り取ってまとったかのような黒い服。
 陽のあたることを徹底して避けたような真っ白い肌。

「アナタは、教会の……」

「ガランサスです」

 その男は静かに言った。以前、教会から魔法大学にやってきた男だった。
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