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若松だんご

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第六章 いにしへ恋うる鳥

二十五、いにしへ恋うる鳥(四)

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 「ホンット、男って信じられないわ!! アナタもそう思わない? 山辺」

 夏の日差しを浴びて輝く四阿。その中央にある卓の上に置かれた胡桃がものすごい速さで減っていく。
 卓のわきから胡桃を食べたくて手を伸ばそうとしていた甥の長屋が、その勢いに恐れをなして中途半端なまま固まった。

 「阿閉……」

 「なに? 姉さま」

 胡桃を食べ続ける阿閉の異母姉あねが、手にしたものを口に入れ、ジロリと姉を睨む。

 「怒るか食べるかどちらかにしなさい」

 妹に睨まれても物怖じしない姉、御名部の異母姉ねえさまがため息交じりに言った。

 「だって!! こうでもしなくちゃ、腹の虫が収まらないんです!!」

 「アナタのお腹の虫は『お腹が空いて』泣いてるの? どっちなの?」

 「だって……」

 諭され、ようやく阿閉の異母姉ねえさまの手が止まる。でも、納得してないらしく、口は尖ったまま。

 「あんな、みんなの前で堂々と……」

 「阿閉」

 「だって姉さまもそう思いません!? 人が子どもをあやしてる間に、あんな浮気するなんて!!」

 浮気。
 人づてに宴のことを聞いた阿閉の異母姉ねえさまは、あの歌を浮気とらえたらしい。人前で堂々と大名児おおなこと呼びかけてる。浮気と取られても仕方ない。
 
 「男の方にはいろいろ事情がおありなのでしょう」

 「事情ってなんですか!!」  

 バンッと卓を叩いて阿閉の異母姉ねえさまが立ち上がる。その音に、幼い長屋がビクンと体を震わせた。

 「わたしは、ずっと子供を育ててずっと頑張ってるのに!! 今はたるんだお腹をへこませなきゃいけないから、こういうお菓子だって我慢してるっていうのに、それを、それを……!!」

 「じゃあ、今日は、心ゆくまでお食べなさいな」

 御名部の異母姉ねえさまが、スイッと胡桃の入った器を阿閉の異母姉ねえさまに押しやる。

 「……いいです。あんまり食べると、珂瑠にあげるお乳の出が悪くなるので。乳が張って痛くなるし」

 むくれたまま異母姉あねが座り直した。

 「でも、姉さまだったら高市さまが、もしそんなことしてもお怒りにならないんですか?」

 大切な夫が人前で、別の女を想う歌を詠んでも。

 「わたくしは……。そうね、怒らないわ。だって、妻ですもの。夫が誰を想ってても妻は妻だから」

 「姉さま?」

 御名部の異母姉ねえさまの言い方に、阿閉異母姉ねえさまが首をかしげる。
 御名部の異母姉ねえさま、過去になにかおありなのかしら。

 「それに、大津も大津よ!! 山辺、アナタも腹立ったりしないわけ? 大津とあの采女、大宮ですごい噂になってるわよ? あの采女と通じてることが占いで出たとかなんとか」

 「あの、それは……」

 すごいとばっちりが来た。

 ――二人で御名部姉さまのお見舞いに行きましょう。

 そう誘われて、なぜ泊瀬部さまや明日香を伴わなかったのか、自分だけ誘われたのか理解できた。
 異母姉あねは、夫を采女に取られた者同士、同意する仲間が欲しかったのだろう。御名部の異母姉ねえさまの見舞いはその口実。

 「阿閉、おやめなさい」

 「でも……」
 「阿閉」
 
 うつむいてしまったわたくしをかばうように、御名部の異母姉ねえさまが制した。

 大船の 津守が占に 告らむとは まさしに知りて 我がふたり寝し
 (津守の占いに出ることは以前から承知のうえで、自分は彼女と二人で寝たのだ)
 
 大津さまが石川郎女との仲を詠んだという歌。
 その歌の噂を聞き、川島の異母兄にいさまが飛び込んできたのは記憶に新しい。あれは、本当なのかと。

 いつの間にそんな仲に?

 異母兄にいさまでなくても驚いた。
 大津さまが務める大宮。そこでのことをわたくしは知らない。
 郎女とは大宮で仲良くおなりなの? それなら川島の異母兄にいさまがご存知のはず。大宮で異母兄にいさまは大津さまとご一緒のはずだから。
 じゃあ、もっと別のところで? 最近、帰りが遅いのはそのせい? お仕事ではなかったの?
 思考がどんどん悪い方へと向かっていく。
 あの狩り場でのことは、すでにそういう関係にあったということ? あの采女の衣の汚れは、あの紫草の贈り主は、その意味は――。
 
 あしひきの 山のしずくに いも待つと 我れ立ち濡れぬ 山のしずくに

 妹はわたくしではなく、あの采女?

 我待つと きみが濡れけむ あしひきの 山のしずくに 我ならましを

 采女はどうしてあの返歌をしたの?
 求めてもないのに、代わりに歌ったの?
 もし、歌の通り大津さまがあの采女と寝たのなら、わたくしは?
 どうしてわたくしは抱いてくださらないの?
 帝が決めた妻だから? 想う相手ではなかったから?
 大事にしてくれるけど、愛してはくれない大津さま。
 わたくしだって十六。異母兄にいさまのところに嫁いだ泊瀬部さまのように、幼さを理由にして共寝しないわけじゃない。
 同じように嫁いだ異母姉ねえさまたち。御名部の異母姉ねえさまにはもうすぐ二人目が。阿閉の異母姉ねえさまにはすでに二人の御子がいる。御名部の異母姉ねえさまのふっくらとしてきたお腹に、阿閉の異母姉ねえさまの乳を含み張り詰めた胸に、どうしようもなく心が乱される。
 どうしてわたくしには子がいないの? お二人は愛されたのに、どうしてわたくしは愛されないの?
 どうして、どうしてわたくしは――。

 「山辺?」

 「叔母さま、だいじょうぶ?」

 二人の異母姉あねから、長屋から心配そうに覗き込まれる。

 「ええ。なんとか」

 元気を取り繕って笑顔を見せる。

 「――山辺」

 御名部の異母姉ねえさまが切り出した。

 「辛いのなら辛いで、きちんと大津さまとお話しなさい。あの方なら、きっとアナタの気持ちを受け止めてくださいます。大津さまは、わかってくださいますよ」

 「大津がそれでもあの采女に血迷ってるようだったら、わたしに言いなさい!! かわいい異母妹いもうとをいじめる男は、たとえ帝の皇子であってもガツンとやってあげるから!!」

 阿閉の異母姉ねえさまが、グッと握りこぶしを作ってくださった。

 「ぼくも、叔母さまを守るよ!!」

 ようやくひとつだけ胡桃を手に入れた長屋が、なんとかそれを飲み込んで言った。

 「ぼくなら、叔母さまだけを見てるのに。だって叔母さまかわいいもん!! ぼく、今度大津叔父さまがいらっしゃったら、ちゃんと叱ってあげますから!!」

 ずっと話を聞いていたのだろう。子供の幼い正義感。訴える顔はとても真剣。

 「ふふっ。頼もしい子ね」 

 その言葉に、姿に、我慢していた涙がこぼれそうになる。
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