WEAK SELF.

若松だんご

文字の大きさ
34 / 49
第八章 WEAK SELF

三十四、WEAK SELF(一)

しおりを挟む
 翌年、秋。新しい詔が発布される。

 一つ、八色やくさの姓。
 先の戦で功労のあった者を中心に報奨を与える目的で作られた、新しい身分制度。だが実際は、旧来の身分、臣、連の上に新たな身分を作ることで、その上に立つ帝の地位がさらに向上することになる。
 最上位に、真人。次いで、朝臣、宿禰、忌寸、導師、臣、連、稲置と続く。
 真人、朝臣、宿禰は、大君の血につながる者を、かつての臣、連から抽出し授けられた。忌寸は漢、韓人の末裔にも与えられた。
 上級官人と下級官人の家柄を明確にし、地方と中央の豪族とを区別した。
 新たな位階を授けるということは、それだけの権威を帝が有したことの証。

 一つ、史書の編纂。
 古く、帝室の系譜を書き記した書の作成。
 上古諸事書き記し、後世に伝えよ。舎人の一人にすべて暗誦させてある。それを改めて書き記せ。
 歴史書を残すということは、過去の政権に成り代わって、新たな政権が樹立したことの証。古く漢の国ではそうして歴史を後世に伝えてきた。
 この仕事は淡海帝の第三子、川島皇子と、この年に成人とみなされた帝の第四子、忍壁皇子に一任された。
 
 「戸籍の次は史書かよぉ~。勘弁してくれ~」

 川島が嘆いたのは言うまでもない。

 「暗誦しろって言われてるわけじゃないし。書けばいいだけだもん、楽じゃないか」

 初仕事に張り切る忍壁が、慰めとはいえない励ましを送る。

 一つ、新たな都、新城にいきの造営。
 それまでの宮とは違う。漢の国を真似た巨大な都。直線の条坊で仕切られた宮城。
 その都は、耳成山、畝傍山、天の香具山に囲まれた地に造られることとなった。

 古きを捨て、新たな国作りへ。
 初春に降った雪のように、善きことが積み重なっていく。改革が押し進められていく。

*     *     *     *
 
 「だ~っ!! もうダメだ!! ダメッ、ダメだ!! オレは逃げる!! 忍壁、後は任せた!!」

 「逃げるなよ、川島!! ちゃんと仕事しろよ!!」

 「もうオレは飽きた!! 疲れた!! 手が痛い!! 目がかすむ!! 頭がクラクラしてきた!!」

 脱兎のごとく逃げ出そうとした川島の首根っこを忍壁が掴む。

 「もうヤダ!! もうイヤだ!! あの帝がどこそこ行って読んだ歌とか、誰それにあげたものとか!! どこに宮を置いただとか、設けた墓はなんて名前の陵ですとか!! そんなの崩御したから、土をポンポンかけて埋葬しました、終わり!! はい、次!! でいいじゃんよお。どこにあるかなんでどうでもいいじゃねえかぁ」

 「いいことないでしょ。仮にもご先祖だよ?」

 「オレはそういうことに興味ねえよぉ」

 「興味の有る無しじゃないよ。まったく」

 逃げそびれた川島に、忍壁がため息を漏らす。
 先程まで口上していた舎人が、語るのを止め、口をつぐむ。
 帝室の子がくり広げるやり取りに、どうすることもできず手をこまねいているのか、それとも、いつものことと呆れてみているのか。案外、笑いをこらえるのに必死なのかもしれない。

 「やあ、忍壁。頑張ってるね。ご苦労さま」

 「あ、大津の異母兄上あにうえ!!」

 「助けてくれよぉ、大津ぅ~」

 元気のいい忍壁に、情けない声の川島。
 二人の応酬にクスクス笑いながら書庫に入る。

 「なんで僕が川島を助けなくっちゃいけないんだ?」

 「オレとお前、叔父甥の仲、従兄弟の仲、義兄弟の仲だろうが」

 「それを言ったら忍壁も同じじゃないか」

 「忍壁は叔父甥じゃない」

 「ボクだって川島みたいな叔父は嫌だ」

 「代わりにきみの妻の実兄だ。叔父甥より深い縁だぞ」

 「うるさい。なんでもいいんだよ。助けてくれよぉ。ここで共に戸籍を調べた仲じゃねえかぁ」

 うーん。どうしたものか。

 「ダメだよ、異母兄上あにうえ。川島ったらすぐにアレコレつけて逃げ出そうとするんだから、ちっとも仕事が進まないんだ」

 「それはダメだな。仕事が進まないと我が異母弟おとうとが可哀想過ぎる。仕事が遅くて父上に叱られるのを見るのは、兄として心苦しいからね」

 叔父甥よりも従兄弟よりも義兄弟よりも腹違いの弟。

 「じゃあ、大津。お前が代われ!!」

 「は? なんで僕が?」

 とんでもないとばっちりが来た。

 「お前なら字も上手い!! 聞いたことをスラスラサササ~って書けるだろう? だから交代!!」

 「嫌だよ。僕だって忙しいんだから」

 「嘘つけ。高市殿のところを逃げ出して、ここに遊びに来たんだろうが。オレのこの目は誤魔化せないぞ」

 ホレホレと自分の目を指さして近づいてくる川島。

 「違うよ。川島と一緒にしないでくれ」

 「異母兄上あにうえはそんなことしないよ。川島と違って」

 忍壁が加勢する。

 「僕は、これから新しく造られる都の地の視察に出かける。今日は、そのための資料を借りに来ただけだよ」

 漢の国を真似て造られる新たな都。その地として選ばれた、大和三山に囲まれた場所。今はまだ宮の礎石しか並んでいないけれど、やがてそこに荘厳な都がそびえ立つのだろう。馬の脚すら埋まるような泥土。田畑。そこに揺るぎない都が立つ。

 「腹ばふ田居を都となしつ、か」

 「なんだ、大津?」

 「いや、なんでもない」

 不思議そうに顔を見合わせる二人。

 「よしじゃあ、大津。オレがお前の仕事を代わってやる!! オレが視察に出かけてやろう!!」

 「川島が?」

 「おう。オレが、じっくりしっかりたっぷりどっさり時間をかけて視察してきてやる!! 任せておけ!!」
 
 ドンッと胸を叩いてみせる川島。だけど。

 「それ、高市異母兄上あにうえと一緒に出かけるんだけど。それでもいいのか? いっぱい、いろんなこと聞かれるぞ? 全部即答出来ないと叱られるだろうし」

 うっ。
 胸を叩いたまま、川島が固まった。
 仕事から逃げ出したい。でも高市は怖い。

 「川島はここでお留守番。お仕事決定だね」

 忍壁が笑って言った。

*     *     *     *

 「おう、大津。来たか」

 「遅くなって申し訳ありません、異母兄上あにうえ。でもこれで、何を訊ねられてもお答えできますよ」

 高市の堂々とした馬のとなりに、自分のくつわを並べる。

 「それは心強い。ではどんどん訊いてやるから覚悟しろ」

 「はい。でもお手柔らかに。川島ほどじゃないけど、僕だってお答えするにも限界がありますからね」

 「大丈夫だ。川島ほど簡単に答えに窮するわけでなかったらな」

 高市が豪快に笑い飛ばす。
 半馬身ほど遅れて異母兄あにに付き従う。

 「そう言えば、大津、聞いたか? 父上の新たな政策を」

 「いえ」

 「父上がな、また新たな冠位を制定されるそうだぞ。以前の二十六階よりさらに細分化させるお考えだ」

 「また冠位を授けるのですか?」

 「ああ、それだけではない。冠だけでなく出仕する際に身につける朝服にも色を求められる」

 「ええっ、朝服にまで?」

 「なんだ。面倒か?」

 「ええ、面倒ですよ。去年の姓の詔でも充分大変だったのに。今度は階位ですか」

 どこまで父は精力的に政を変えていくおつもりなのだ。

 「少しはお歳も考えて、ゆっくりなされてもいいのに」

 かつてこの異母兄あにを体力の化け物と評したが、それより上の化け物が存在したらしい。口を尖らせ、愚痴をこぼす。

 「ハハハッ、だが大津。お前、こういうことに使われるのは、嫌ではないだろう? むしろワクワク、心躍らせてるようにも見えるが?」

 図星だ。
 実は少しだけワクワクしている。
 遣唐使たちが学び、持ち帰った唐の政治制度。文化。技術。かつて自分が学んだ史書。それらの良いところを選び出し、議論を交わし、この国に相応しい政を創り上げる。政を動かしていく。
 その一端を担っているのだと思えば、今あることも悪くない。この地より、進取果敢、新しい時代の風が吹く。

 「父上の駒は駒でも、こういう駒ならいいだろう」

 「そうですね」

 皇后との諍いの手駒は嫌だけど、政を推し進める駒にされるのは嫌じゃない。

 「では異母兄上あにうえ、駒は駒らしく駆けて参りましょうか」

 軽く馬の腹を蹴り、兄より先へと走り出す。日差しの温もりを得た風が肌に心地よい。
 向かうは、父の造る新たな都の地。
 そこはきっと国のまほろば。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

女帝の遺志(第二部)-篠崎沙也加と女子プロレスラーたちの物語

kazu106
大衆娯楽
勢いを増す、ブレバリーズ女子部と、直美。 率いる沙也加は、自信の夢であった帝プロマット参戦を直美に託し、本格的に動き出す。 一方、不振にあえぐ男子部にあって唯一、気を吐こうとする修平。 己を見つめ直すために、女子部への入部を決意する。 が、そこでは現実を知らされ、苦難の道を歩むことになる。 志桜里らの励ましを受けつつ、ひたすら練習をつづける。 遂に直美の帝プロ参戦が、現実なものとなる。 その壮行試合、沙也加はなんと、直美の相手に修平を選んだのであった。 しかし同時に、ブレバリーズには暗い影もまた、歩み寄って来ていた。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)

三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。 佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。 幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。 ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。 又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。 海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。 一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。 事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。 果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。 シロの鼻が真実を追い詰める! 別サイトで発表した作品のR15版です。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~

めぐみ
歴史・時代
お民は江戸は町外れ徳平店(とくべいだな)に夫源治と二人暮らし。  源治はお民より年下で、お民は再婚である。前の亭主との間には一人息子がいたが、川に落ちて夭折してしまった。その後、どれだけ望んでも、子どもは授からなかった。  長屋暮らしは慎ましいものだが、お民は夫に愛されて、女としても満ち足りた日々を過ごしている。  そんなある日、徳平店が近々、取り壊されるという話が持ちあがる。徳平店の土地をもっているのは大身旗本の石澤嘉門(いしざわかもん)だ。その嘉門、実はお民をふとしたことから見初め、お民を期間限定の側室として差し出すなら、長屋取り壊しの話も考え直しても良いという。  明らかにお民を手に入れんがための策略、しかし、お民は長屋に住む皆のことを考えて、殿様の取引に応じるのだった。 〝行くな!〟と懸命に止める夫に哀しく微笑み、〝約束の1年が過ぎたから、きっとお前さんの元に帰ってくるよ〟と残して―。

処理中です...