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第19話 五百枝、一朶に気をつけろ……?
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「あっちだ!! あっちに逃げたぞっ!!」
「むこうだ!! むこうを探せ!!」
騒然とした離宮。あちらこちらで、兵たちの声がこだまする。
今度こそ刺客を捕まえる。今度こそ取り逃がしてなるものか。
剣を片手に疾走する私。
(許さない、絶対、許さないっ!!)
私をかばってくださった殿下の腕に突き立った針。
もしあの針に毒が塗られていたとしたら。
考えるだけで、心臓が鷲掴みにされたような恐怖に襲われる。全身が凍りついたように、動けなくなる。世界のすべてが暗褐色に落ちていって、世界のすべてが音を無くしていく。
私をかばったせいで殿下が傷ついた。
私が未熟だったから。私が甘かったから。
刺客に隙を突かれ、攻撃を受けてしまった。
(許さない、許さない、許さないっ!!)
取り逃がしたりなどしない。絶対アイツを捕まえてみせる!!
離宮の庭園を抜け、建物の間を走っていく。
護衛も増えている今、逃げるとしたらどこを通るか。隠れるとしたら、どこが最適か。
本能のままに、騎士としての勘が告げるままに走っていく。
「さっすが、騎士さまだね~。スッゴクいい勘をしてるよ、アンタ」
建物の陰。曲がり角をまがった先で、突然喉元に鋭い何かを突きつけられた。
「ここまで的確に俺を追いかけてきたの、アンタが初めてだよ、女騎士さん」
別に褒められてもうれしくない。冷静に状況を確認する。
「リーゼファだっけ、アンタの名前。カワイイ名前してるのに、おっかないよね。こうやって突きつけてるのに、悲鳴一つ上げねえんだもん」
視線を下げた先にある鈍い光を放つ針。普通なら、悲鳴を上げて動いたついでにグサリと喉に突き立てられるだろう。
「……何が言いたい」
「とりあえず、あの針は神経毒だから、安心しなって話。しばらく痺れて動けねえだろうが、よっぽどのことがない限り死にはしねえ」
「だから許せと?」
ふざけるな。
「いや、別に? 許してもらおうなんて思っちゃいないさ。刺客だしな。ただ、俺の信条は知っててもらおうかなって思ってさ」
「信条?」
「そ。信条。刺客稼業にもさ、信条ってもんがあるんだよ」
そんなものは知らない。人の喉元に武器を突きつけて話すようなヤツの信条に興味などない。
「俺の場合、毒であれ武器であれ、『一撃必殺』をモットーにしてるわけ。一撃で倒せなかったら、また今度。それが無理なら、その次に。一撃で、苦しまずに殺す。それが俺のモットーなわけ」
「刺客のような卑怯者に、信条などという崇高な理念があるとはな」
「うわ、傷つくな、そういうもの言い。刺しちゃおっかな♡ このまま」
やれるもんならやってみなさいよ。返り討ちにしてやるわ。
剣を持つ手に力をこめる。
「とにかくさ。俺、仕事で人を殺すだけだから。相手が憎いわけじゃないから、苦しめていたぶって殺すの好きじゃないんだよな。だから、この間用意した毒だって即効性のものだったし。一番好きなのは、通り抜けざまに相手の心臓に針を突き立てて、気づかれないまま相手を殺すやり方だよ。ちょっと苦しいな程度であの世にいけるし。最高だぜ? 今日もこれでブスリってやるつもりだったんだけどさ」
「なぜそのようなことを私に話す?」
そんな手の内を晒すようなことをなぜ?
「うーん。俺、アンタのこと、気にいっちゃったんだよね。王子のために必死になっちゃってさ。自分の気持ちを押し殺したまま護衛にあたってるのが、健気っていうのか。カワイイなって思えてさ。だから、今日のところは退散してやるから安心しなっていう、お知らせ」
「このままお前を取り逃がすとでも?」
「うーん。一生懸命なのはわかるけど、逃げるって言ってるんだから、見逃しておくのが身のためだぜ?」
「ふざけるな」
「融通利かねえなあ。ま、そこも合わせてカワイイんだけどさ」
どこか飄々とした声に、苛立ちがつのる。
「そんな必死なリーゼファちゃんに、一つだけ忠告しておいてやるよ。『五百枝、一朶に気をつけろ』ってな」
五百枝、一朶……?
「じゃねっ♡」
「まっ……!!」
喉への圧がなくなる。同時に跳躍する気配。
ふり返れども見上げても、そこに刺客の姿も気配も残っていなかった。
(クソッ……!!)
なにが、「リーゼファちゃん」だ!! 気色悪い!!
お前になんか名前を呼ばれたくない!!
その日、離宮の隅々まで捜索が行われたが、刺客の影一つ見つけられず、捜査は打ち切りになった。
* * * *
「一過性のマヒですな。しばらくジッとしていらっしゃれば元に戻りましょう」
王宮の殿下の寝所。
ドアの向こう、捜索を諦めて戻った私の耳に典医の説明が届いた。
「ああ、よかった……」
安堵したような声は、フェリシラさまのもの。殿下が倒れられてから、ずっと付き添っておられたのだろうか。
「殿下がお倒れになった時は、わたくし、胸潰れる思いでしたわ」
「心配をかけてすまない。フェリシラ殿」
殿下の声も聞こえた。少し力ない気がしたけど、とりあえずご無事なご様子。
「それにしても……、なんて頼りない護衛なのかしら」
フェリシラさまの言葉に、ドアノブにかけた手が止まる。
「あのような場で、殿下をお守りすることもできずに、こんなおケガを負わせてしまうなど。あり得ませんわ」
「フェリシラ殿、彼女は一生懸命やっていますよ」
「お優しいのですね、殿下は。でもあの護衛、何度も刺客を取り逃がしているというではありませんか。わたくしなら、もっと別の、頼れる護衛に変えていただきますわ」
言葉が胸に突き刺さる。
「女性だからって、護衛たる者、甘えていてはいけないのです。身命を賭して殿下をお守りする。それが護衛の役目なのですから。刺客を取り逃がし、殿下にケガを負わせるなど、言語道断です。許されることではありませんわ」
音もなくきびすを返す。
身体の奥深くに鉛を詰め込まれたように、その足取りは重い。
「リーゼファさま」
殿下の居室を出たところで、報告に現れたシュトライヒに会った。
「アインツたちの容態は?」
「アインツは腕に軽いしびれをきたしてますが、問題はありません。エルンゼは二本くらったので、しばらく動くことは難しいかと」
「そうか。お前はどうなんだ、シュトライヒ」
「オレは、まあ、かすっただけですし。少し指が痺れますが問題なく動けます」
「あまり無理はするな。お前もアインツたちと一緒にしっかり医師に診てもらえ」
「はい。……あの、リーゼファさまはどこへ?」
「団長に報告を。ああ、アインツたちに無事でよかったとだけ伝えておいてくれないか?」
そうだ。
無事でよかった。
殿下もアインツたち部下も。
けど。
――許されることではありませんわ。
その言葉が重く、抜けない棘のように私の心に突き刺さる。
* * * *
「では殿下。今日はこのままゆっくりお休みください」
「ええ。フェリシラ殿、ご心配かけて申し訳ない」
「では――」
うやうやしく一礼を残してフェリシラが寝室から出ていく。警護の騎士が、いつも以上に緊張した面持ちで彼女とともに去っていく。
(ふう……)
軽く息を吐き出し、寝台に身を預ける。
腕に受けた針は神経毒が塗ってあったらしい。かなり回復してきているが、末端の指先はまだ痺れたままだ。
繰り返し手を握ったり開いたりして、その感覚を確かめる。
「殿下」
入れ替わるように寝室に戻ってきたライナル。
「それで? 刺客はどうなった?」
「未だ発見されておりません。おそらくですが、捕縛することは不可能かと」
「だろうね」
あの刺客は、そうやすやすと捕まるヤツじゃない。騎士団には悪いが、捜索は徒労に終わるだろう。
「それと、リーゼファさまについてですが――」
ライナルの言葉に、動かしていた手が止まる。一瞬、心がザワリと波立つ。
まさか、守ったつもりだったが、ケガでも負ったのだろうか。
「殿下の護衛を辞退したいと、騎士団長に申し出られたそうです」
――なんだって?
「むこうだ!! むこうを探せ!!」
騒然とした離宮。あちらこちらで、兵たちの声がこだまする。
今度こそ刺客を捕まえる。今度こそ取り逃がしてなるものか。
剣を片手に疾走する私。
(許さない、絶対、許さないっ!!)
私をかばってくださった殿下の腕に突き立った針。
もしあの針に毒が塗られていたとしたら。
考えるだけで、心臓が鷲掴みにされたような恐怖に襲われる。全身が凍りついたように、動けなくなる。世界のすべてが暗褐色に落ちていって、世界のすべてが音を無くしていく。
私をかばったせいで殿下が傷ついた。
私が未熟だったから。私が甘かったから。
刺客に隙を突かれ、攻撃を受けてしまった。
(許さない、許さない、許さないっ!!)
取り逃がしたりなどしない。絶対アイツを捕まえてみせる!!
離宮の庭園を抜け、建物の間を走っていく。
護衛も増えている今、逃げるとしたらどこを通るか。隠れるとしたら、どこが最適か。
本能のままに、騎士としての勘が告げるままに走っていく。
「さっすが、騎士さまだね~。スッゴクいい勘をしてるよ、アンタ」
建物の陰。曲がり角をまがった先で、突然喉元に鋭い何かを突きつけられた。
「ここまで的確に俺を追いかけてきたの、アンタが初めてだよ、女騎士さん」
別に褒められてもうれしくない。冷静に状況を確認する。
「リーゼファだっけ、アンタの名前。カワイイ名前してるのに、おっかないよね。こうやって突きつけてるのに、悲鳴一つ上げねえんだもん」
視線を下げた先にある鈍い光を放つ針。普通なら、悲鳴を上げて動いたついでにグサリと喉に突き立てられるだろう。
「……何が言いたい」
「とりあえず、あの針は神経毒だから、安心しなって話。しばらく痺れて動けねえだろうが、よっぽどのことがない限り死にはしねえ」
「だから許せと?」
ふざけるな。
「いや、別に? 許してもらおうなんて思っちゃいないさ。刺客だしな。ただ、俺の信条は知っててもらおうかなって思ってさ」
「信条?」
「そ。信条。刺客稼業にもさ、信条ってもんがあるんだよ」
そんなものは知らない。人の喉元に武器を突きつけて話すようなヤツの信条に興味などない。
「俺の場合、毒であれ武器であれ、『一撃必殺』をモットーにしてるわけ。一撃で倒せなかったら、また今度。それが無理なら、その次に。一撃で、苦しまずに殺す。それが俺のモットーなわけ」
「刺客のような卑怯者に、信条などという崇高な理念があるとはな」
「うわ、傷つくな、そういうもの言い。刺しちゃおっかな♡ このまま」
やれるもんならやってみなさいよ。返り討ちにしてやるわ。
剣を持つ手に力をこめる。
「とにかくさ。俺、仕事で人を殺すだけだから。相手が憎いわけじゃないから、苦しめていたぶって殺すの好きじゃないんだよな。だから、この間用意した毒だって即効性のものだったし。一番好きなのは、通り抜けざまに相手の心臓に針を突き立てて、気づかれないまま相手を殺すやり方だよ。ちょっと苦しいな程度であの世にいけるし。最高だぜ? 今日もこれでブスリってやるつもりだったんだけどさ」
「なぜそのようなことを私に話す?」
そんな手の内を晒すようなことをなぜ?
「うーん。俺、アンタのこと、気にいっちゃったんだよね。王子のために必死になっちゃってさ。自分の気持ちを押し殺したまま護衛にあたってるのが、健気っていうのか。カワイイなって思えてさ。だから、今日のところは退散してやるから安心しなっていう、お知らせ」
「このままお前を取り逃がすとでも?」
「うーん。一生懸命なのはわかるけど、逃げるって言ってるんだから、見逃しておくのが身のためだぜ?」
「ふざけるな」
「融通利かねえなあ。ま、そこも合わせてカワイイんだけどさ」
どこか飄々とした声に、苛立ちがつのる。
「そんな必死なリーゼファちゃんに、一つだけ忠告しておいてやるよ。『五百枝、一朶に気をつけろ』ってな」
五百枝、一朶……?
「じゃねっ♡」
「まっ……!!」
喉への圧がなくなる。同時に跳躍する気配。
ふり返れども見上げても、そこに刺客の姿も気配も残っていなかった。
(クソッ……!!)
なにが、「リーゼファちゃん」だ!! 気色悪い!!
お前になんか名前を呼ばれたくない!!
その日、離宮の隅々まで捜索が行われたが、刺客の影一つ見つけられず、捜査は打ち切りになった。
* * * *
「一過性のマヒですな。しばらくジッとしていらっしゃれば元に戻りましょう」
王宮の殿下の寝所。
ドアの向こう、捜索を諦めて戻った私の耳に典医の説明が届いた。
「ああ、よかった……」
安堵したような声は、フェリシラさまのもの。殿下が倒れられてから、ずっと付き添っておられたのだろうか。
「殿下がお倒れになった時は、わたくし、胸潰れる思いでしたわ」
「心配をかけてすまない。フェリシラ殿」
殿下の声も聞こえた。少し力ない気がしたけど、とりあえずご無事なご様子。
「それにしても……、なんて頼りない護衛なのかしら」
フェリシラさまの言葉に、ドアノブにかけた手が止まる。
「あのような場で、殿下をお守りすることもできずに、こんなおケガを負わせてしまうなど。あり得ませんわ」
「フェリシラ殿、彼女は一生懸命やっていますよ」
「お優しいのですね、殿下は。でもあの護衛、何度も刺客を取り逃がしているというではありませんか。わたくしなら、もっと別の、頼れる護衛に変えていただきますわ」
言葉が胸に突き刺さる。
「女性だからって、護衛たる者、甘えていてはいけないのです。身命を賭して殿下をお守りする。それが護衛の役目なのですから。刺客を取り逃がし、殿下にケガを負わせるなど、言語道断です。許されることではありませんわ」
音もなくきびすを返す。
身体の奥深くに鉛を詰め込まれたように、その足取りは重い。
「リーゼファさま」
殿下の居室を出たところで、報告に現れたシュトライヒに会った。
「アインツたちの容態は?」
「アインツは腕に軽いしびれをきたしてますが、問題はありません。エルンゼは二本くらったので、しばらく動くことは難しいかと」
「そうか。お前はどうなんだ、シュトライヒ」
「オレは、まあ、かすっただけですし。少し指が痺れますが問題なく動けます」
「あまり無理はするな。お前もアインツたちと一緒にしっかり医師に診てもらえ」
「はい。……あの、リーゼファさまはどこへ?」
「団長に報告を。ああ、アインツたちに無事でよかったとだけ伝えておいてくれないか?」
そうだ。
無事でよかった。
殿下もアインツたち部下も。
けど。
――許されることではありませんわ。
その言葉が重く、抜けない棘のように私の心に突き刺さる。
* * * *
「では殿下。今日はこのままゆっくりお休みください」
「ええ。フェリシラ殿、ご心配かけて申し訳ない」
「では――」
うやうやしく一礼を残してフェリシラが寝室から出ていく。警護の騎士が、いつも以上に緊張した面持ちで彼女とともに去っていく。
(ふう……)
軽く息を吐き出し、寝台に身を預ける。
腕に受けた針は神経毒が塗ってあったらしい。かなり回復してきているが、末端の指先はまだ痺れたままだ。
繰り返し手を握ったり開いたりして、その感覚を確かめる。
「殿下」
入れ替わるように寝室に戻ってきたライナル。
「それで? 刺客はどうなった?」
「未だ発見されておりません。おそらくですが、捕縛することは不可能かと」
「だろうね」
あの刺客は、そうやすやすと捕まるヤツじゃない。騎士団には悪いが、捜索は徒労に終わるだろう。
「それと、リーゼファさまについてですが――」
ライナルの言葉に、動かしていた手が止まる。一瞬、心がザワリと波立つ。
まさか、守ったつもりだったが、ケガでも負ったのだろうか。
「殿下の護衛を辞退したいと、騎士団長に申し出られたそうです」
――なんだって?
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