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4.オダマキの糸を手繰り寄せ
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――だいじょうぶ?
――ねえ、どうしたの? どこかいたいの?
森の中、幼い私にかけられた声。
全然大丈夫じゃない。足も痛いし、お腹も空いた。お家に帰りたい。そしてなにより――。
――ああ、これがこわいのか。
声の主も幼い。私と同じぐらいの歳の男の子。だけど、その子は怯えるでもなく、普通にそれに手をかざした。
――とく、いね。
短く告げる。すると、そこにあった怖いもの、蛇がシュルシュルっと藪の中に潜っていった。
――もうこれでだいじょうぶだよ。さあ。
白い服を着た、不思議な髪型の男の子。私の手をつかむと、スタスタと迷うことなく森の中を歩き出した。
あの男の子。
いったい誰だったんだろう。
* * * *
「――気がついたか」
気がついた――? って、……え?
言われ、自分がそれまで意識をふっとばしてたことを思い出す。目の前にいたのはあの変態男。私が転がっていたのは、板の間の上、布団の中。
「え、きゃああ――!! ――――!!」
叫んだはずの声が途中で切れる。口は最大限に開けたのに、息は吐き出してるのに声が出ない。音が消えてる。
「騒ぐな。静かに語るならば、声を戻してやる」
声を、音を消したの? この男が?
それもなにかのマジックなわけ?
「マジックではない。吾の力だ」
いや、マジックっしょ、こんなの。それか催眠術的ななにか。
お前は声が出なくな~る。出なくな~る。――はいっ!! って五円玉ユラユラするやつ。
って。
それよりも、それよりも、それよりも。
私、ここで気を失ってたの? この男の前で?
根本的な大問題に立ち返る。
この男、私と愛し合うとかなんとか言ってなかったっけ? 妹背とか夫婦とか、よくわかんないけどそういうことする気満々だった。――ってことは?
一瞬で駆け巡った思考の結果に、バッと上掛けをはぎ取る。
まさか、寝てる間にっ!?
「何もしておらぬ。安心せよ」
いやでも、私、服装変わってるよっ!?
いつの間に着替えさせられたのか、白無垢じゃなくって、普通の服。スーツケースに入れて持ってきた、私のくたびれた水玉模様の部屋着。
「それは里のババ共が着替えさせたものだ。吾ではない」
そうなの?
「気を失ってるオミナとワゴウするつもりはない」
オミナ? ワゴウ?
「女性。まぐわい、セックスと言えば理解できるか?」
セセセ、セックスゥ~~!?
「だからうるさいと申しておろう。もう少し静かに話をせよ。汝の声は吾に響く」
ご、ごめんなさい。って、あれ? 私、さっきから声に出して喋ってないよ? 喉、封じられたみたいに音が出ないし。
手で触れてみるけど、喉がおかしいっていうより、声がヘン。試しに「あ~」って喋ってみると、喉の奥、声帯が震えているのが指に伝わる。でも、音が出ない。真空で喋ったら多分こんなかんじなんだと思う。
「吾と汝は繋がっておるからな。言ったであろう。吾と汝は妹背なのだと」
はあ。
「妹背は心通じ合うもの。そして、吾は神だからな。汝の声を聴くことができる」
いや、ちょっと待って。
アンタがさ、百歩譲って人の心を読めるそういう超能力者、テレパスだったとしてさ。だからって自分で「I'm God」って言い切っちゃうのはどうよ。そりゃあ大昔とかだったら、「神様、ハハ~」ってかんじで民草ひれ伏すかもしれないけどさ。この現代でそれはないんじゃない?
黄色い救急車に乗せられちゃうよ?
あ、「I'm God」の意味、わかる? 黄色い救急車のその意味も。
「わかる」
あ、そうなんだ。ってか、本当に伝わってるのね。
ちょっと憮然とした顔の男に感心する。
さっきの、まったく声に出してない自覚あるもん。それを聞いて感情を変化させたってことは、こうやって心のなかで思ってることが伝わってる証拠だよね。
でもだからって、「I'm God」はないよね。だったらテレパスとか、心読めたらみんな神様になっちゃうって。
「吾あの力は汝いましの心を読むことだけではないぞ」
は? 他にもなんか超能力的なものがあるわけ? そういや懐剣を粉々にしてくれてたけど。ハンドパワー的な、そういう力も備わっているとか?
「汝も見たことがあるはずだ。汝が幼き頃、吾と出会ったときに」
――へ?
出会った?
私が? 誰と?
「先程、少しだけ見せたはずだが?」
え、えーっと?
先程? 気を失ってた時にってこと?
男が頷いた。
気を失ってた時?
うーん……。
腕を組み、頭を捻る。
確か、自分がちっちゃい頃のことを思い出してた気がする。森の中っぽい薄暗いところで、私、怖くて動けなくなってた。
あれは、忘れかけてたけど自分の記憶。湿った森の空気も、土の匂いも、足の痛みも、お腹すきすぎて麻痺してた感覚も体に残ってる。
そして、とんでもなく怖かったことも。
森の中で遭遇したのは、頭が逆三角形の蛇。――マムシ。チロチロと出された舌。カラカラと振られた尻尾の音。持ち上げられた鎌首。真円を描くように巻かれていた体がこちらに向かって這い出す。
――逃げなくちゃ。
この蛇はヤバい蛇。三角頭の蛇は危険って、両親が言っていたことを思い出す。
けど、体は動かなかった。疲れていたのと、お腹が空いていたのと、なにより怖くて動けなかった。
――だいじょうぶ?
――ねえ、どうしたの? どこかいたいの?
突然降って湧いたように現れた男の子。場違いすぎるのんびりした問いかけ。
――ああ、これがこわいのか。
手をマムシに向けてかざした男の子。危ないよって止めるスキもなかった。
――とく、いね。
マムシは男の子の命に従うように姿を消した。
不思議な髪型の、変わった服装の男の子。
あの後、私は男の子に手を引かれ、森を抜け、山を下りた――ような気がする。
それから、えーっと、ええーっと……。
一休さんよろしくこめかみを両指でグリグリして考える。
たしか、両親と一緒に、助けてくれた子にお礼を言いに行こうってなった。
あの時の私、山の中で一週間ほど迷子になっていたらしい。生まれて初めて訪れたひいおじいちゃん家。近くに同じ年頃の子供もいなくて、退屈だった私は、そのままうっかり山に入り込んで行方不明となっていた。消防団だの自警団だの警察だのボランティアだの。いろんな人が必死に捜索してくれてたところ、ひょっこり元気に帰ってきた私。一週間、飲まず食わずだったわりに元気すぎて、かなり驚かれた。まるで、公園かどっかから帰ってきたような気軽さだったんだって。
で、お父さんたちとその男の子を捜したんだけど、町のどこにも該当するような男の子はいなくって。お父さんや病院の先生たちは、山で迷った末に幻でも見たんじゃないかって結論づけた。けど、ひいばあちゃんたちは、地面にひれ伏して山の方を拝んでたような……気がする。なんか、「時臥山の神様」がどうとか言ってたような、いなかったような……。
「思い出したか、吾妹よ」
いや、ちょっと待って。
確かにさ。昔、そんなことがあったよ。
私が小学校に上がってすぐだから、6、7歳の頃の話。
あの時の男の子。
あれから、十年以上経ってるわけだし? 成長していれば、この男と同じぐらいの年格好になってるとは思う……けど。
ええええっ!! ま、まさかっ!!
声も出ていないのに、口を押さえる。
「だから、うるさい」
軽くしかめられた顔。その顔が記憶のなかの男の子と、モンタージュ写真かなにかのようにピッタリ重なった。
――ねえ、どうしたの? どこかいたいの?
森の中、幼い私にかけられた声。
全然大丈夫じゃない。足も痛いし、お腹も空いた。お家に帰りたい。そしてなにより――。
――ああ、これがこわいのか。
声の主も幼い。私と同じぐらいの歳の男の子。だけど、その子は怯えるでもなく、普通にそれに手をかざした。
――とく、いね。
短く告げる。すると、そこにあった怖いもの、蛇がシュルシュルっと藪の中に潜っていった。
――もうこれでだいじょうぶだよ。さあ。
白い服を着た、不思議な髪型の男の子。私の手をつかむと、スタスタと迷うことなく森の中を歩き出した。
あの男の子。
いったい誰だったんだろう。
* * * *
「――気がついたか」
気がついた――? って、……え?
言われ、自分がそれまで意識をふっとばしてたことを思い出す。目の前にいたのはあの変態男。私が転がっていたのは、板の間の上、布団の中。
「え、きゃああ――!! ――――!!」
叫んだはずの声が途中で切れる。口は最大限に開けたのに、息は吐き出してるのに声が出ない。音が消えてる。
「騒ぐな。静かに語るならば、声を戻してやる」
声を、音を消したの? この男が?
それもなにかのマジックなわけ?
「マジックではない。吾の力だ」
いや、マジックっしょ、こんなの。それか催眠術的ななにか。
お前は声が出なくな~る。出なくな~る。――はいっ!! って五円玉ユラユラするやつ。
って。
それよりも、それよりも、それよりも。
私、ここで気を失ってたの? この男の前で?
根本的な大問題に立ち返る。
この男、私と愛し合うとかなんとか言ってなかったっけ? 妹背とか夫婦とか、よくわかんないけどそういうことする気満々だった。――ってことは?
一瞬で駆け巡った思考の結果に、バッと上掛けをはぎ取る。
まさか、寝てる間にっ!?
「何もしておらぬ。安心せよ」
いやでも、私、服装変わってるよっ!?
いつの間に着替えさせられたのか、白無垢じゃなくって、普通の服。スーツケースに入れて持ってきた、私のくたびれた水玉模様の部屋着。
「それは里のババ共が着替えさせたものだ。吾ではない」
そうなの?
「気を失ってるオミナとワゴウするつもりはない」
オミナ? ワゴウ?
「女性。まぐわい、セックスと言えば理解できるか?」
セセセ、セックスゥ~~!?
「だからうるさいと申しておろう。もう少し静かに話をせよ。汝の声は吾に響く」
ご、ごめんなさい。って、あれ? 私、さっきから声に出して喋ってないよ? 喉、封じられたみたいに音が出ないし。
手で触れてみるけど、喉がおかしいっていうより、声がヘン。試しに「あ~」って喋ってみると、喉の奥、声帯が震えているのが指に伝わる。でも、音が出ない。真空で喋ったら多分こんなかんじなんだと思う。
「吾と汝は繋がっておるからな。言ったであろう。吾と汝は妹背なのだと」
はあ。
「妹背は心通じ合うもの。そして、吾は神だからな。汝の声を聴くことができる」
いや、ちょっと待って。
アンタがさ、百歩譲って人の心を読めるそういう超能力者、テレパスだったとしてさ。だからって自分で「I'm God」って言い切っちゃうのはどうよ。そりゃあ大昔とかだったら、「神様、ハハ~」ってかんじで民草ひれ伏すかもしれないけどさ。この現代でそれはないんじゃない?
黄色い救急車に乗せられちゃうよ?
あ、「I'm God」の意味、わかる? 黄色い救急車のその意味も。
「わかる」
あ、そうなんだ。ってか、本当に伝わってるのね。
ちょっと憮然とした顔の男に感心する。
さっきの、まったく声に出してない自覚あるもん。それを聞いて感情を変化させたってことは、こうやって心のなかで思ってることが伝わってる証拠だよね。
でもだからって、「I'm God」はないよね。だったらテレパスとか、心読めたらみんな神様になっちゃうって。
「吾あの力は汝いましの心を読むことだけではないぞ」
は? 他にもなんか超能力的なものがあるわけ? そういや懐剣を粉々にしてくれてたけど。ハンドパワー的な、そういう力も備わっているとか?
「汝も見たことがあるはずだ。汝が幼き頃、吾と出会ったときに」
――へ?
出会った?
私が? 誰と?
「先程、少しだけ見せたはずだが?」
え、えーっと?
先程? 気を失ってた時にってこと?
男が頷いた。
気を失ってた時?
うーん……。
腕を組み、頭を捻る。
確か、自分がちっちゃい頃のことを思い出してた気がする。森の中っぽい薄暗いところで、私、怖くて動けなくなってた。
あれは、忘れかけてたけど自分の記憶。湿った森の空気も、土の匂いも、足の痛みも、お腹すきすぎて麻痺してた感覚も体に残ってる。
そして、とんでもなく怖かったことも。
森の中で遭遇したのは、頭が逆三角形の蛇。――マムシ。チロチロと出された舌。カラカラと振られた尻尾の音。持ち上げられた鎌首。真円を描くように巻かれていた体がこちらに向かって這い出す。
――逃げなくちゃ。
この蛇はヤバい蛇。三角頭の蛇は危険って、両親が言っていたことを思い出す。
けど、体は動かなかった。疲れていたのと、お腹が空いていたのと、なにより怖くて動けなかった。
――だいじょうぶ?
――ねえ、どうしたの? どこかいたいの?
突然降って湧いたように現れた男の子。場違いすぎるのんびりした問いかけ。
――ああ、これがこわいのか。
手をマムシに向けてかざした男の子。危ないよって止めるスキもなかった。
――とく、いね。
マムシは男の子の命に従うように姿を消した。
不思議な髪型の、変わった服装の男の子。
あの後、私は男の子に手を引かれ、森を抜け、山を下りた――ような気がする。
それから、えーっと、ええーっと……。
一休さんよろしくこめかみを両指でグリグリして考える。
たしか、両親と一緒に、助けてくれた子にお礼を言いに行こうってなった。
あの時の私、山の中で一週間ほど迷子になっていたらしい。生まれて初めて訪れたひいおじいちゃん家。近くに同じ年頃の子供もいなくて、退屈だった私は、そのままうっかり山に入り込んで行方不明となっていた。消防団だの自警団だの警察だのボランティアだの。いろんな人が必死に捜索してくれてたところ、ひょっこり元気に帰ってきた私。一週間、飲まず食わずだったわりに元気すぎて、かなり驚かれた。まるで、公園かどっかから帰ってきたような気軽さだったんだって。
で、お父さんたちとその男の子を捜したんだけど、町のどこにも該当するような男の子はいなくって。お父さんや病院の先生たちは、山で迷った末に幻でも見たんじゃないかって結論づけた。けど、ひいばあちゃんたちは、地面にひれ伏して山の方を拝んでたような……気がする。なんか、「時臥山の神様」がどうとか言ってたような、いなかったような……。
「思い出したか、吾妹よ」
いや、ちょっと待って。
確かにさ。昔、そんなことがあったよ。
私が小学校に上がってすぐだから、6、7歳の頃の話。
あの時の男の子。
あれから、十年以上経ってるわけだし? 成長していれば、この男と同じぐらいの年格好になってるとは思う……けど。
ええええっ!! ま、まさかっ!!
声も出ていないのに、口を押さえる。
「だから、うるさい」
軽くしかめられた顔。その顔が記憶のなかの男の子と、モンタージュ写真かなにかのようにピッタリ重なった。
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