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第6話 魔王さま、大長考。

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 「やはり、か」

 「はい。近隣の街だけでなく村にも確認しましたが」

 「そうか。ご苦労だった」

 夜会から戻って。
 侍女となった娘を下がらせた後、エイナルに着替えを手伝わせながら、調べさせていたことの報告を受ける。

 ――“ミリア”に該当する女性の捜索願は出ていない。

 三ヶ月前。
 砦に続く街道の脇にコロンと転がっていた娘。
 目立った外傷はなく、ただ眠るように転がって、名前すら覚えていなかった娘。
 白い簡素な服以外何も身に着けておらず、どこの誰であるか、手がかりになるものは何一つなかった。

 事件や事故に巻き込まれたのか?
 人さらいに遭い、途中で捨てられた可能性は?
 娼館に売られ、逃げ出してきた可能性は?

 近在の街や村で、行方不明の娘の届けが出ていないか、逃げ出した娘がいないか調べてみたが、該当するような出来事は一つも浮かび上がらなかった。

 ならば、敵国から間諜として送り込まれたのか? 
 記憶を失くしたフリをすれば、近づけるとふんだのか?

 自分に敵が多いことは自覚している。今まで散々敵対し、蹴散らしてきた隣国はもちろん、自国のうちにも、自分の活躍を快く思ってない連中がいる。間諜や刺客を差し向けられることも珍しくない。
 しかし、それならばもう少し上手く取り入ろうとするはずだ。自分に女の色気を使って媚を売ったり、侍女としての評価を上げて好感を持たれるように動くだろう。もしくは、情報を探るため、もっと怪しい動きを見せるはずだ。
 だが、ミリアは違う。
 自分の姿に怯え、媚びる余裕がない。お茶を淹れることすら不器用で、褒められるほどいい働きをしない。王宮に連れてくれば、もっと違う動きを見せるかと思ったのに、不審な動きはまったく見受けられなかった。頼んだ書類は、頼んだままに書き写してあるだけで、そこから何かを探ろうとした様子はなかった。
 無害な女を装い、油断させ、隙を狙っているというのなら話は別だが、どうもあの女の行動にそんな魂胆があるようには思えない。
 朝から晩まで侍女として働き、侍女として暮らす。他の者と同じように、自分の姿に怯え、優しげなアルディンの姿にホッと肩の力を抜く。
 慣れない仕事に四苦八苦する新米侍女。間諜よりその肩書がしっくり馴染む。
 
 本当に記憶を失くしただけの女なのか?

 ためしに文章を書き写させてみたら、文字は書けるという。
 なのに、お茶を淹れた経験は持っていない。
 記憶を失くしても、言葉を忘れない、歩き方を忘れないように、文字だけは覚えていたというのか。そしてお茶の淹れ方は覚えていなかったと。
 書かせた文字は、真似て書いたようなたどたどしいものではなく、書き慣れた者が書いた、そんな文字だった。
 文字は、ある程度の階級以上の娘なら誰でも書ける。だとすれば、茶を飲めないような下層の生まれではない。なのに、茶の淹れ方を知らないという。大勢の召使いに囲まれて暮らしているから茶の淹れ方を知らないというのであれば納得もできるが、そのような階級の娘が、これだけの期間行方がわからなくなっていれば、捜索願が出されていてもおかしくない。よほどの事情があって、家族が秘密裏に行方を探しているということもあるかもしれないが、それでも調べればどこかしらに動きが見えるものだ。
 今のところ、そのような動きは一切どこからも情報として入ってきていない。

 自分が王配候補に選ばれたことにも関係するのか?

 そもそもに、王配候補が複数いることが不自然なのだ。
 女王陛下もスティラ王女の母君、亡き先代王太子殿下も自らの手でご夫君を選びだされた。王家に流れる竜の血が、夫にふさわしい男を選ぶのだという。そういう相手に出会うと、「この人だ」という一種の天啓のようなものが降りてくるらしい。
 だから、候補を並べるなど不要。どれだけ周りが「この男がよいだろう」と思ってお膳立てしたところで、王女に「これだ!!」という天啓がなければ意味がない。
 王女が選ぶのは、俺たちのような候補からかもしれないし、厩番とか、街のパン屋かもしれない。すべては竜の血次第。
 女王陛下も、自らが経験なさったことだから、そのあたりのことはご存知のはず。それなのに、こうして王配候補を準備なさることに異論を唱えなかった。
 
 よほど内気すぎる王女で、出歩かないから、しかたなく良さそうなのを見繕っておくつもりなのか?

 王宮を訪れたことのない俺はともかく、早くに王宮へ出仕していたアルディンですら、スティラ王女に会ったことがないという。
 それだけじゃない。王宮に勤める者たちも、誰も王女を見かけたことがない。
 スティラ王女。芳紀19歳。
 現女王、リュミエラさまの孫娘。ご両親はすでに他界。
 これ以上の情報はなく、容姿すらまったく伝わってこず、来るのは憶測からの想像のみ。
 よほどの深窓の箱入り娘なのか。
 候補を選んだところで、夜会にも参加せず、候補に会おうともしない、内気すぎる王女。そんなことで、将来女王としてやっていけるのか。一臣民として、一抹の不安を覚える。

 いや。
 それよりももっと気にかかるのは、「王女は実在するのか?」ということだな。

 ここまで、どこからも情報の入ってこない相手。
 かろうじて、亡きご両親が健在であった幼い頃の情報は掴めたが、その先がない。その先の情報がプツリと絶たれてる。そんな印象。女王陛下のもとで、大切に育てられているというが……。先の王太子ご夫妻は、不慮の事故でともに亡くなったと聞いているが……。まさか、まさかな。
 想像が悪い方向へと転がっていく。
 
 もし万が一そんな状況にあるのだとしたら……。この国は終わりだ。

 女王陛下の後継者は、スティラ王女以外に存在しない。王女に何かあれば、王家の血は断絶する。
 竜の末裔が統治する国として繁栄を享受してきた王国に、その血が流れない王が立つ事態になれば、混乱するのは火を見るより明らかだ。竜の加護が無くなった今を機会とばかりに、隣国がこぞって攻めてくるだろう。今の王族以外の者が即位するとなれば、内紛も必定。混乱はまぬがれえない。

 待て。
 いくらなんでも想像が飛躍しすぎている。悪い方へと考えすぎだ。

 王女が不在と決定したわけではない。
 げんに、こうして王配候補を選んでいるのだから、やはり王女は存在していらっしゃるのだろう。姿を現すことに臆病な、内気な姫君。それだけのことだ。

 俺の悪い癖だな。

 いつ、なんでも最悪の事態を想定してしまう。
 戦場でもなんでも、最悪を想定しておけば、いざという時にも冷静に対応出来る。想定外だったなどと言って部下を死なせるわけにはいかない、上に立つ者としての使命、習慣。

 スティラ王女――か。

 王配候補から選ぶとしたら、迷いなくアルディンを選ぶだろう。アルディンなら、貴族連中とも上手くやっていくだろうし、何より政治知識が豊富だ。
 どのような女性か知らないが、アルディンが支えとなるなら、この国を上手く統治していけるだろう。無骨な俺よりは、平和に国を導けるはずだ。

 選ぶなら、とっとと選んでほしいのだがな。

 竜の血の天啓がどのようなものか知らないが、早く下ってこの茶番のような王配選びが終わればいい。アルディンに砦に戻りたいと愚痴を漏らしたが、あれは完全な本音だ。
 ただひたすらに王宮で選ばれるのを待つというのは、自分の性分に合わない。自分に一番相応しいのは優雅な王宮ではなく、血と汗にまみれた戦場なのだから。
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