皇帝陛下の寵愛は、身に余りすぎて重すぎる

若松だんご

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5.掌の上、コロコロ

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 「――やあ、エナ。それに、セラン」

 「陛下っ!」

 庭で、熱心に習ったことを話していたセランが、その勢いのままにふり返る。
 その元気の良さに、にこやかに笑うリアハルトさま。従者(おそらくミリアの兄。顔、似てる)を従え、こちらに近づいてくる。

 「窓から、君たちが散策に出たのが見えたからね。俺も、政務を抜け出してきてしまった」

 ハッハッハ。
 
 ちょっといたずらっぽくリアハルトさまが笑うけど。

 (それなら、サッサと政務に戻ってください)

 わたしたちのことなんて、放って置いてくださいな。政務のほうこそ大事にしてくださいな。
 かりにも皇帝なんだから、やることワンサカあるでしょうが。

 「そんな顔するな、セナ。たまには、俺にも息抜きさせてくれ」

 ゔ。

 そう言われてしまうと。そんな懇願するような目で見られてしまうと。
 思ってることは、そのまま嚥下。なにも言い出せなくなる。
 それに。

 「陛下! ぼくね、今日、歴史を学んだんです! 古の大王の戦記!」

 続く興奮のままに、セランが話す。さっきまではわたしを対象に話し続けていたけど。
 
 「ほう。あのアルテュリア大王の戦記か。ならば、あの大王の有名な戦、ハイランドジアの戦いは知ってるか?」

 「はい! カッコいいですよね! 王自らを囮にして、敵を誘い込むって!」

 リアハルトさまが話に乗ったからか。セランの興奮が増す。

 「そうだな。大胆かつ狡猾。あの大王の戦い方には、学ぶべきところがいくつもある」

 セランに、ウンウンと頷いてみせるリアハルトさま。
 古の偉大な大王、アルテュリア。
 亡くなった父王に代わって即位した、気弱で惰弱な少年王――とみせかけて、その実誰よりも勇猛で豪胆だった人物。リアハルトさまの言った、ハイランドジアの戦いは、男の子なら誰でも知ってる、誰でも興奮間違いなしの戦。……実は、わたしも知ってたりする、興奮したりする戦の話なんだけど。

 「あの大王の人生で一番学ぶべきところは、生涯唯一人の女性だけを愛し続けたことだな。唯一人を愛し、愛される。これに勝る喜びはない」

 チラリ。

 (やっぱりぃぃっ!)

 向けられた、思わせぶりな視線に、心のなかで叫ぶ。

 そう。アルテュリア大王には、唯一人の女性、〝エナ〟がいた。〝戦乙女ヴァルキュリア〟とも称される彼女は、生涯大王に愛され、大王とともに戦った。大王が囮となった戦では、誘い込んだ敵を倒すため、馬で降りるのは無理と思われた崖を軽やかに駆け下りて、敵の背後を突いたとかなんとか。
 武力だけの剛腕筋肉女子かと思えば、アルテュリア大王から深く愛され、誰をも魅了するだけの美貌も持ち合わせてたとか。
 伝説だと、敵の大将も彼女に魅了されたとか。味方の武将にも、尊崇というよりもはや愛(?)を捧げられてたとか。(でも大王一筋なところも、ポイント高い) 大王と交わした詩は素晴らしく、今でも恋文を書くときの手本にされてるとか。
 まあ、そういう女性なので、よく女の子の命名で使われることも多い。わたしの名前、〝エナ〟も、その〝戦乙女ヴァルキュリアエナ〟にあやかったもの。

 (でもだからって、なんでそこまで思わせぶり視線なのよ)

 アルテュリア大王にでもなったつもり? 大王と戦乙女ヴァルキュリアみたいに、相思相愛の仲になりたいとか?
 視線を跳ね返すべく、ムッと口を圧し折る。
 セランの後見人になってくれるのは、ありがたいしうれしいけど、だからって、なんでも思いどおりになるって思ったら大間違いだからね?

 「そうだ、セラン。今度、キミのための馬を用意しよう」

 「馬っ!?」

 「そうだ、馬だ。キミのために、性格の大人しい御しやすい馬を用意する。そちらにも教師をつけるから、いつか、うまく乗りこなせるようになったら、遠駆けにでも出かけてみないか?」

 「いいんですか?」

 「ああ。広いところで馬を走らせるのは気持ちいいぞ」

 リアハルトさまの提案に、セランが食いつく。目がものすごくイキイキして、誰が見ても「うれしい」がよくわかる。

 (馬、乗ったことないからなあ)

 普通の貴族子息なら、もう愛馬を持っていてもおかしくない歳。だけど、セランは父が亡くなって以来、ずっとわたしといっしょに塔に幽閉されていた。書を読むことはできたけど、それ以外の学びは許されていなかった。体を動かせなかったせいか、身長も平均より低いし、肌も白い。
 けど、年相応の興味、好奇心は持っていて。リアハルトさまの「馬」という提案に、胸踊らせている。大人しいセランだけど、やはり馬には乗ってみたいのだろう。

 「でも……」

 そこで一旦セランが止まる。チラッとわたしの方を見てくるセラン。
 
 (「いけません」って言われるとか、思ってる?)

 馬なんて危険です。そんな遠くに行くなんて。
 
 「いいわ――」
 「大丈夫だ、セラン。キミの姉君もいっしょだからな」

 わたしの声に被せるように、リアハルトさまが言う。

 (いや、ちょっと! なんでわたしも「行く」ことが決定してんのよ!)

 「知ってるか? セラン。キミの姉君は、誰よりも乗馬が得意なんだぞ」

 ゔ。

 「そうなんですか、姉さまっ!?」

 「そうだぞ。俺の馬術、最初に指導してきたのは、キミたちの父上と、姉君だからな。あの頃のエナは、誰よりも馬の扱いがうまかった。俺に馬を教えるさまは、部下に戦とは何たるかを教える、まさしく〝戦乙女ヴァルキュリアそのものだった」

 ゔゔ。

 セランの「そうなの? 姉さま、スゴい」視線、リアハルトさまの「そうだよな、エナ(意味ありげ)」視線に後ずさる。
 部下に戦とは何たるかを教える――と言えば聞こえがいいけど。わたしがやったことはとにかくスパルタ、猛特訓。
 おしりが痛い? 内股の皮がズルむけた?
 そんなの知らん。お馬と一体化するまで乗り続けろ。
 全身の筋肉バッキバキ?
 それは、変に力を入れてるからだ。力を抜け。お馬さまに体を預けろ。お前たちは、優秀なお馬さまに乗せていただいてる身だ。お馬さまは素晴らしい。お馬さまに抗うヘンな力は不要。
 わたしの覚えた馬術は、貴婦人のやる「フフフ、ホホホ」と微笑みながら、ポクポクと木陰をゆっくり歩ませる――なんてお上品なものじゃなく。「オラオラ、行くぜ! 突撃!」で、ドガガガッと荒野を疾走するタイプ。手には抜剣、もしくは弓。鞍だって、女性用の横鞍サイドサドルじゃない。本格的な騎士が跨る鞍。もちろん、男性と同じブレー、丈夫な革の靴を履く。
 髪だって、邪魔にならないようにまとめてたから、母さまは嘆き――じゃなく、父さまが嘆いてた。「女の子らしくない。お嫁の貰い手がなくなる」って。母さまは「凛々しい、カッコいい」って褒めてくださったけど。

 (さすがに、この歳であの乗り方はできないよね?)

 21にもなって、男乗りしてたら、「幽閉されてて婚期を逃した」んじゃなくて、「問題あるから幽閉されてて婚期を逃した」って思われそう。権力のために叔父に幽閉されたんじゃなくて、女性として問題あるから幽閉されてた。
 
 「そうだ、セラン。馬の教師だが、きみの姉君に教えてもらったらどうだ?」

 「姉さまに……ですか?」

 「そうだ。きみの姉君は、誰よりも厳しい教師だが、その分、誰よりも早く上達できる。昔、俺がそうだったようにな」

 「や、ちょっ、ちょっと!」

 「誰よりも」って! ちょっと父さまよりも「ちょっと」厳しめに教えただけじゃない! 馬は、お馬さまはとても良い乗り物だけど、油断したり気を抜いたら大事故になりかねないし! 下手したら死ぬし!
 だから、「ちょっと」「ほんのちょっと」だけ厳しく指導した。それだけの――

 「冗談だ」

 ハッハッハッ。
 
 慌てたわたしを見て、愉快そうにリアハルトさまが体を揺らして笑う。――こっちは、全然愉快じゃないっての!

 「セランの乗馬が上手くなったら、三人で出かける。よし、楽しみができた。セランが上達するのが早いか、それとも俺が政務を終わらせ休みを作るのが早いか。勝負だな」

 ポンポンっと、軽く叩くようにセランの頭を撫でたリアハルトさま。そのまま従者をしたがえ、もと来た道を戻っていくけど。

 「そうだ、エナ。用意する鞍は、昔と同じでいいな」

 ――へ?

 振り返ったリアハルトさまの言葉に、一瞬返事ができなかった。

 「ああ、大丈夫だ。それ用に服も用意する。馬も、女性用でなくても構わないだろう」

 それって。
 女性用に気性の大人しい馬を用意するんじゃない。鞍だって女性用の横鞍サイドサドルじゃなくて、普通にブレー履いて、男性と同じように馬に跨がれ――と? 昔と同じように? この歳になって?

 「いや、さすがにそれはっ!」

 そのほうが、馬を駆けさせやすいし、自分にとっても乗りこなしやすい。というか、横鞍サイドサドルは乗ったことないから、どっちかというと、そっちのがありがたいけど……。

 「冗談だ」

 また、リアハルトさまが笑う。

 「昔はともかく。今は、誰にもエナの脚を見せたくないからな。エナの脚は俺のものだ。ちゃんと女性用を用意する」

 ハッハッハ。

 「わたしの脚は、わたしのものです!」

 笑いながら去っていく、リアハルトさまの背中に叫ぶ。
 いいように遊ばれて、楽しまれた気分。リアハルトさまは楽しいかもしれないけど、おもちゃにされたわたしは全然愉快じゃない!
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