久我くんはイジワル

若松だんご

文字の大きさ
12 / 28

12.ヒミツのお茶会

しおりを挟む
 「――すまないね。わざわざ届けてもらって」

 「いえ」

 「どうしても今日中に確認したい項目があってね。さっ、どうぞ」

 入った専務室。
 そこで会った、(おそらく)専務だろう人に、応接セット、ソファに腰掛けるように促される。

 (この人が五ケ谷不動産の専務?)

 爽やかな笑顔でわたしを迎え入れてくれた人。
 おそらく、三十代前半から半ばぐらいの年齢。
 専務っていうから、もっといかついいかめしい男性、もしくは白髪交じりのおじいちゃん専務をイメージしてたけど。
 実際は、とってもダンディ。デキる男感満載のイケメン紳士。知的でやり手な印象。
 これで独身カノジョナシなら、世の女性たちはほっとかないだろうな~って感じ。いや。独身カノジョナシじゃなくても、ほっとかない。そんな気がする。もしかしたら、男性である針さんが秘書なのは、そういう煩わしい女子の熱視線を避けるためなのかもしれない。
 向かいの一人掛けソファに腰掛けた専務。渡した資料を読む姿、どこかの俳優さんみたいに、カッコいい。紙をめくる長くスラッとした指、袖口からチラ見えする高級そうな腕時計も、すっごくサマになってる。
 久我くんといい、高峰さんといい、この専務といい。
 最近のわたし、やたらとカッコいい人に会う率高くない? ――久我くんは元から知ってた相手だけど。

 「どうした?」

 「あ、いえ。なんでもありません!」

 ウッカリ見惚れてましたなんて、口が裂けても言えませんって。

 「そ、それより、弊社の者がこちらに伺ってるはずですが……」

 話題を変える。
 今日は、久我くんと高峰さんがこっちに来てるはずなんだけど。

 「ああ、あの二人か。あの二人なら、別室で担当者と協議を進めているはずだ」

 協議を? 進めている?
 なら、どうして、わたしはこっちに呼ばれたの?
 渡した資料。
 緊急で必要になってるから、わたしがパシリさせられたんだよね?
 だったら、どうしてその協議場に持っていかなくて、こっちに持ってこさせられたの?
 それも。

 「どうぞ」

 カチャリとわずかに音を立てて、目の前のテーブルに置かれたカップ。二つ。
 一つはわたしの。もう一つは専務の。
 針さんが笑顔を添えて出してくれたので、わたしも「ありがとうございます」で笑顔を返す。けど。

 (わたし、どうしてここでお茶してるんだろう)

 そっとカップを持ち、音を立てずに、マナーを意識しながら温かい紅茶を飲む。
 馥郁とした香り高い紅茶。
 ダージリンかアッサムかアールグレイかナンナノか。緑茶、ほうじ茶でないことだけは確か。もちろん、烏龍茶でもない。ティーバッグチョイチョイチョイでもないんだろうなあ、なお紅茶。

 (普通、パシリって言ったら、「ごくろうさん」で終わりよね?)

 いくら急ぎで読みたい資料だったとしても、パシリにお茶を出すなんて、おかしくない?
 仮に。専務がとっても優しい、仏様のような慈悲の心をお持ちであっても、「ご苦労さま、助かったよ」で終わりじゃないの? わざわざ室内に招き寄せる、お茶を出す意味がわからない。
 資料を読んで、わからないところ、疑問点を尋ねるなら、パシリじゃなくて、担当者である久我くんか高峰さんを呼び出すんじゃない?
 意味のわからない、今の状況。

 「――なるほど、な」

 ある程度読み込んだんだろう。専務が、パサッと机の上に書類を置いた。

 (け、結果はどうなんでしょう!?)

 パシリが知ってどうなるってわけじゃないけど、その書類がお目に適ったのかどうかは、すっごく気になる。だって、その書類って、久我くんと高峰さんが、頑張って作成したものだよね? 内容はわかんないけど、二人が必死に作ったものなら、専務からはOK、悪くないよって答えをもらいたい。

 「ああ、悪くないから。そんな気にしないで」

 わたし、どんな顔してたんだろう。わたしの顔を見た専務が破顔した。
 
 「よくできてる。問題ない」

 「そ、そうですか」

 それはよかったです。
 夜、久我くんに教えてあげなきゃ。

 「今回、こうしてお呼び立てしたのはね、キミに訊きたいことがあったからなんだ」

 「訊きたいこと……ですか?」

 わたし、ただの営業事務だから、契約のこととか、全く知りませんけど? 訊くなら、久我くんか高峰さんにしてください。

 「ああ。あの久我将人について、ちょっとね」

 「久我くんの?」

 「彼の人となりを教えてほしいんだ」

 なぜ?
 疑問に思うわたしの前、メッチャ優雅に、ティーカップを持ち上げた専務。

 「この契約は、我が社にとっても重要なものだからね。キミの知ってる限りでいいから、教えてくれないか」

 なるほど。
 五ケ谷不動産と、わが大鳥家具の契約。
 我が社にとって大口の契約なのはもちろんだけど、こちら五ケ谷不動産にとっても、大切な契約。
 その窓口になってる久我くんのことを知りたい。だから、彼のことを知ってるかもしれない、わたしをこうして呼び出した。
 それでなくても、久我くんはまだ二十五歳。契約相手としては、ちょっと不安を感じる年齢。この専務さんが、彼のことを気になる、知りたいって思っても不思議じゃない。
 なるほど。なるほど。
 ウンウンと、心のなかで納得して頷く。
 それならば。

 「彼、久我将人は、仕事ぶりもそうですが、その性格もとても素晴らしい人物だと思います」

 「ほう」

 「明るく朗らかで、弱い者を捨てて置けない、情に厚い性格です」

 セックスの相性が最高だったからって、ただの同期だったわたしをマンションに置いてくれるんだもん。優しいと思うのよ。

 「仕事でも非常に熱心で。責任感も強く、何ごとにも真摯に取り組む、向上心に溢れた人です」

 セフレとしてわたしを部屋に置いたのに、セックスなんてそっちのけで、ずっと夜遅くまで仕事に取り組んでるし。
 料理だって、一生懸命覚えようとしてたし。

 「そういう人だから、我が社の者たちも彼を信頼して、御社との契約を任せたのだと思います」

 「なるほど」

 空になったティーカップを、机に戻した専務。

 「なら、このまま彼と仕事を続けても問題ない、か」

 「はい!」

 久我くんは、まだ二十五と若いけど、問題なんて全くありません!

 「――向井さんは、彼を好きなのかな?」

 ――――は?

 「なななっ、なにをっ!」

 ブワッと一気に汗が吹き出る。
 さっき飲んだ紅茶も汗になって吹き出してる感じ。

 「いや、あまりに元気よく即答してくれたからね。彼を気に入ってるのかなって」

 口元を隠しながら、クスクス笑う専務。
 脇に立ってた針さんが、「ン゛ン゛っ」と咳払いするけど、専務の笑いは止まらない。

 「若いっていいねえ」

 うう。恥ずかしすぎる。
 即答した自分を殴ってやりたい。そして、マントル直行便の穴をここに掘りたい。潜りたい。

 「とりあえず。彼がそういう人物なら、契約はこのまま続行させてもらうよ。今のところ、なにか非があるわけでもないしね」

 だから、安心して。
 専務が、目尻に浮かんだ涙を拭って、笑いを納める。

 「ただ、一つだけ。今日、私が彼のことについてキミに質問したこと。これは、内緒にしておいてくれないか?」

 どうして?
 そりゃあ、こんな風に笑われたことを、話すつもりはなかったけど。

 「自分の知らないところで、自分の人となりを訊かれた――なんて知ったら、彼だっていい気分にはなれないだろう?」

 なるほど。
 そういう聞き合わせは、本人の知らないままのがいいかもしれない。

 「承知いたしました」

 このことは、(彼のためにも)秘密にいたします。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

ハイスペックでヤバい同期

衣更月
恋愛
イケメン御曹司が子会社に入社してきた。

最強魔術師の歪んだ初恋

恋愛
伯爵家の養子であるアリスは親戚のおじさまが大好きだ。 けれどアリスに妹が産まれ、アリスは虐げれるようになる。そのまま成長したアリスは、男爵家のおじさんの元に嫁ぐことになるが、初夜で破瓜の血が流れず……?

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」 母に紹介され、なにかの間違いだと思った。 だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。 それだけでもかなりな不安案件なのに。 私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。 「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」 なーんて義父になる人が言い出して。 結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。 前途多難な同居生活。 相変わらず専務はなに考えているかわからない。 ……かと思えば。 「兄妹ならするだろ、これくらい」 当たり前のように落とされる、額へのキス。 いったい、どうなってんのー!? 三ツ森涼夏  24歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務 背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。 小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。 たまにその頑張りが空回りすることも? 恋愛、苦手というより、嫌い。 淋しい、をちゃんと言えずにきた人。 × 八雲仁 30歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』専務 背が高く、眼鏡のイケメン。 ただし、いつも無表情。 集中すると周りが見えなくなる。 そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。 小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。 ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!? ***** 千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』 ***** 表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101

暴君幼なじみは逃がしてくれない~囚われ愛は深く濃く

なかな悠桃
恋愛
暴君な溺愛幼なじみに振り回される女の子のお話。 ※誤字脱字はご了承くださいm(__)m

Melty romance 〜甘S彼氏の執着愛〜

yuzu
恋愛
 人数合わせで強引に参加させられた合コンに現れたのは、高校生の頃に少しだけ付き合って別れた元カレの佐野充希。適当にその場をやり過ごして帰るつもりだった堀沢真乃は充希に捕まりキスされて…… 「オレを好きになるまで離してやんない。」

処理中です...