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第15話 執事はルリタニアの男爵さま?
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「……ねえ、どうやって忍び込んだのよ」
音楽に合わせ体を揺らす。今ある音楽はゆったりしたもの。間違ってもテオが弾いたような体グルングルンダンスじゃない。
「どうやってとは? 普通に正面から入りましたが?」
しょっ、正面っ!?
「こういう場では堂々としていれば、案外誰にも疑われないものなのですよ」
いやだからって。執事が招待客のフリして乗り込んでくるなんて。
普通、舞踏会とか晩餐会とか、いわゆる「夜会」に招待された者の付き添いは、使用人用の控室で待機する。今回の招待で、アタシについてきたのは従僕のテオだけ。コイツはジュディスと一緒にお留守番だったと思うんだけど。
(まさか、潜入してるなんてね)
招待された舞踏会だし? 普段と違って重くて派手なドレス着てるし? そんな見張らなくても逃げ出したりしないけど?
アタシにだって常識はある。優しく接してくださる伯爵夫人の顔に泥塗るような真似はしないわよ。
(それか、アタシが夫を見つけるのを妨害しようとしてる?)
素敵な婚約者を見つけちゃったら、子爵家の財産を奪えないから。トントン拍子で結婚が決まっちゃったり、結婚したら、たとえアタシを殺しても資産は親族じゃなくって、その夫に行ってしまうから。
「レディ、いろいろご深思なさるのは結構ですが、今はダンスに集中なさってください。でないと――」
え? あ、足!!
キースのリードに追いつけなかった足が、後ろに引くはずだった右足が前に出ちゃ……。
(きゃあああっ!!)
キースの足を踏んづけた!! って思った次の瞬間、グリンッと回転させられた体。
「――ね?」
「ね?」じゃないわよ!! 「ね」じゃっ!!
人を足の甲に乗せたまま一回転するんじゃないわよっ!!
それだけ派手な動きをしておきながら、息も切らしてないし、なんなら音楽からハズレてないのも腹立つ。
「さすが“卿”ですわね」
「見ているこちらも思わずため息が零れそうになりましたわ」
「夫人がお二人をとお考えになるのも、よくわかりますわ」
「とてもお似合いですわね」
え? ちょっと待って。
ダンスが終わったアタシたちへの称賛。それはいい。それはいいのだけど。
「――“卿”ってなによ」
小声でキースに問う。アンタ、“卿”なんて敬称をつけられるような御大層な身分じゃないじゃないの。“ミスター”で充分でしょ。
「今の私は“ラッセンディル男爵”なのですよ、レディ。ルドルフ・ラッセンディル男爵。ルドルフとお呼びください」
「アンタ、子爵家の執事でしょうが」
「何をおっしゃいますか。私はルリタニア王国のルドルフ・ラッセンディル。遊学中の身なのです」
は?
「それって『ゼンダ城の虜』のまねっこ?」
「おや、お気に召しませんか? お嬢さまのお気に入りだと思ったのですが」
グッ。す、好きだけど。
コイツが借りてきた中にあった本、『ゼンダ城の虜』。
イギリス男爵のルドルフ・ラッセンディルが、ルリタニア王国の国王ルドルフにそっくりだったせいで身代わりになって、ゼンダ城の虜囚となってた国王を救出するっていう物語。その途中で、国王の妃となるフラビア姫との許されざる愛がたまんないってうか、もうっ!! 最後のほう、小箱に秘められた、「一輪の赤いバラ、それと“Rudolf-Flavia-always”」てのがすごくトキメクのよ!! 悪いけど、結構コッソリ密かに読み返してたのよ!!
だけど、いやだから、安易に「ルドルフ・ラッセンディル」って名前を使ってほしくないっていうのか。
「それがダメなら、オーファルコートのトム・キャンティでも構いませんが」
それって、エドワード6世と入れ替わる乞食の少年じゃない。『王子と乞食』にでてくるやつ。その物語も嫌いじゃないけどさ。
「こういう場では堂々としていれば、案外バレないものなんですよ。私のようなものでも、『ラッセンディル男爵だ』と言い張ってしまえば、そういうものなんだと容易に受け入れられてしまうんです」
「そうなの?」
「そうなんです」
でも、入り口のところで厳し~い顔した従僕とかが来客をチェックしてたように見えたけど? 堂々としてても見知らぬ顔なら通してくれないんじゃない?
まあ、コイツの場合、ここにいる誰よりも堂々としてて、場に似合ってて、疑われることなさそうだけど。下手に「アンタ誰ですか?」なんて問いただせば、「は?」ってかんじで睥睨される気がする。
「では、お嬢さま、一曲踊ったことですし、そろそろ退出させていただきましょうか」
あ、話逸らされた。
「いくら招待された身とはいえ、あまり長く居座るのはよろしくないかと。それとも――」
グイッと引っ張られた手。
「もう一曲お相手願えますか? 二回連続で踊るということは、そういう意味になってしまいますが?」
手の甲にチュッと落とされた口づけ。そこからの、甘い上目遣い。
二回連続で踊るのは、恋人、もしくは婚約者の証。
「じゃ、じゃあ、別の人と踊ってくるわよ!!」
それだったらいいでしょ?
「いけませんよ。こんなお可愛らしいお嬢さまを他の誰かに譲ることなど、私にはできかねます」
お可愛らしいも何も。
(アンタがこのドレスを着せたんでしょうがぁぁっ!!)
舞踏会用とかなんとか言って用意されたドレス。
デコルテの大きく開いた形。レースがふんだんに使われてるけど、肩はスースーするし落ち着かない!! こんなにむき出しではしたなくないわけ? 少しだけデコルテを隠すようにつけられたネックレスは真珠。髪飾りにも真珠、それと小さな青紫の花、セントポーリア。それが、髪のサイドにもアップした後ろ髪にも真珠と一緒にいくつも挿されてる。頭を動かすとポロッと落ちてきそうで、正直怖い。
淡いクリーム色のドレス、腰のサッシュベルトまで花と同じ青紫。こだわりの青紫。
なぜに青紫?
「おや、おそろい……ですね」
キースが自分の目を見るよう促すように指差す。白い手袋に包まれた長い指がさす彼の瞳は青紫。そして、その袖口を留めるカフスボタンは琥珀。――アタシの目の色とおんなじもの。
「偶然ですね」
ぐ、偶然なわけあるかぁっ!! 全部アンタが仕組んだことでしょうがぁっ!!
ご夫人方の「お似合い」の意味がわかったわ。初めて出会った二人が、それぞれを象徴するようなものを身に着けてる。その上、初めてとは思えない息ピッタリの(一方的な)ダンスを披露した。
これは脈アリなのではなくて? 素敵なロマンスが始まる予感がいたしますわ。
ってなるよね、これは。
全部コイツが仕組んだことだけど。
では、わたくしたちは退散いたしましょう。
そうね。若い二人の邪魔をしてはいけませんもの。ホホホ。
ってなったのよね。
気づけば周囲に夫人たち、いなくなってるし。
気を利かせてくださったご夫人方。それは一見、とても正しい。正しいんだけど。
「どうかなさいましたか、レディ」
(納得!! 納得いかないのよ!!)
やっぱりコイツ、ムカつくわ。
音楽に合わせ体を揺らす。今ある音楽はゆったりしたもの。間違ってもテオが弾いたような体グルングルンダンスじゃない。
「どうやってとは? 普通に正面から入りましたが?」
しょっ、正面っ!?
「こういう場では堂々としていれば、案外誰にも疑われないものなのですよ」
いやだからって。執事が招待客のフリして乗り込んでくるなんて。
普通、舞踏会とか晩餐会とか、いわゆる「夜会」に招待された者の付き添いは、使用人用の控室で待機する。今回の招待で、アタシについてきたのは従僕のテオだけ。コイツはジュディスと一緒にお留守番だったと思うんだけど。
(まさか、潜入してるなんてね)
招待された舞踏会だし? 普段と違って重くて派手なドレス着てるし? そんな見張らなくても逃げ出したりしないけど?
アタシにだって常識はある。優しく接してくださる伯爵夫人の顔に泥塗るような真似はしないわよ。
(それか、アタシが夫を見つけるのを妨害しようとしてる?)
素敵な婚約者を見つけちゃったら、子爵家の財産を奪えないから。トントン拍子で結婚が決まっちゃったり、結婚したら、たとえアタシを殺しても資産は親族じゃなくって、その夫に行ってしまうから。
「レディ、いろいろご深思なさるのは結構ですが、今はダンスに集中なさってください。でないと――」
え? あ、足!!
キースのリードに追いつけなかった足が、後ろに引くはずだった右足が前に出ちゃ……。
(きゃあああっ!!)
キースの足を踏んづけた!! って思った次の瞬間、グリンッと回転させられた体。
「――ね?」
「ね?」じゃないわよ!! 「ね」じゃっ!!
人を足の甲に乗せたまま一回転するんじゃないわよっ!!
それだけ派手な動きをしておきながら、息も切らしてないし、なんなら音楽からハズレてないのも腹立つ。
「さすが“卿”ですわね」
「見ているこちらも思わずため息が零れそうになりましたわ」
「夫人がお二人をとお考えになるのも、よくわかりますわ」
「とてもお似合いですわね」
え? ちょっと待って。
ダンスが終わったアタシたちへの称賛。それはいい。それはいいのだけど。
「――“卿”ってなによ」
小声でキースに問う。アンタ、“卿”なんて敬称をつけられるような御大層な身分じゃないじゃないの。“ミスター”で充分でしょ。
「今の私は“ラッセンディル男爵”なのですよ、レディ。ルドルフ・ラッセンディル男爵。ルドルフとお呼びください」
「アンタ、子爵家の執事でしょうが」
「何をおっしゃいますか。私はルリタニア王国のルドルフ・ラッセンディル。遊学中の身なのです」
は?
「それって『ゼンダ城の虜』のまねっこ?」
「おや、お気に召しませんか? お嬢さまのお気に入りだと思ったのですが」
グッ。す、好きだけど。
コイツが借りてきた中にあった本、『ゼンダ城の虜』。
イギリス男爵のルドルフ・ラッセンディルが、ルリタニア王国の国王ルドルフにそっくりだったせいで身代わりになって、ゼンダ城の虜囚となってた国王を救出するっていう物語。その途中で、国王の妃となるフラビア姫との許されざる愛がたまんないってうか、もうっ!! 最後のほう、小箱に秘められた、「一輪の赤いバラ、それと“Rudolf-Flavia-always”」てのがすごくトキメクのよ!! 悪いけど、結構コッソリ密かに読み返してたのよ!!
だけど、いやだから、安易に「ルドルフ・ラッセンディル」って名前を使ってほしくないっていうのか。
「それがダメなら、オーファルコートのトム・キャンティでも構いませんが」
それって、エドワード6世と入れ替わる乞食の少年じゃない。『王子と乞食』にでてくるやつ。その物語も嫌いじゃないけどさ。
「こういう場では堂々としていれば、案外バレないものなんですよ。私のようなものでも、『ラッセンディル男爵だ』と言い張ってしまえば、そういうものなんだと容易に受け入れられてしまうんです」
「そうなの?」
「そうなんです」
でも、入り口のところで厳し~い顔した従僕とかが来客をチェックしてたように見えたけど? 堂々としてても見知らぬ顔なら通してくれないんじゃない?
まあ、コイツの場合、ここにいる誰よりも堂々としてて、場に似合ってて、疑われることなさそうだけど。下手に「アンタ誰ですか?」なんて問いただせば、「は?」ってかんじで睥睨される気がする。
「では、お嬢さま、一曲踊ったことですし、そろそろ退出させていただきましょうか」
あ、話逸らされた。
「いくら招待された身とはいえ、あまり長く居座るのはよろしくないかと。それとも――」
グイッと引っ張られた手。
「もう一曲お相手願えますか? 二回連続で踊るということは、そういう意味になってしまいますが?」
手の甲にチュッと落とされた口づけ。そこからの、甘い上目遣い。
二回連続で踊るのは、恋人、もしくは婚約者の証。
「じゃ、じゃあ、別の人と踊ってくるわよ!!」
それだったらいいでしょ?
「いけませんよ。こんなお可愛らしいお嬢さまを他の誰かに譲ることなど、私にはできかねます」
お可愛らしいも何も。
(アンタがこのドレスを着せたんでしょうがぁぁっ!!)
舞踏会用とかなんとか言って用意されたドレス。
デコルテの大きく開いた形。レースがふんだんに使われてるけど、肩はスースーするし落ち着かない!! こんなにむき出しではしたなくないわけ? 少しだけデコルテを隠すようにつけられたネックレスは真珠。髪飾りにも真珠、それと小さな青紫の花、セントポーリア。それが、髪のサイドにもアップした後ろ髪にも真珠と一緒にいくつも挿されてる。頭を動かすとポロッと落ちてきそうで、正直怖い。
淡いクリーム色のドレス、腰のサッシュベルトまで花と同じ青紫。こだわりの青紫。
なぜに青紫?
「おや、おそろい……ですね」
キースが自分の目を見るよう促すように指差す。白い手袋に包まれた長い指がさす彼の瞳は青紫。そして、その袖口を留めるカフスボタンは琥珀。――アタシの目の色とおんなじもの。
「偶然ですね」
ぐ、偶然なわけあるかぁっ!! 全部アンタが仕組んだことでしょうがぁっ!!
ご夫人方の「お似合い」の意味がわかったわ。初めて出会った二人が、それぞれを象徴するようなものを身に着けてる。その上、初めてとは思えない息ピッタリの(一方的な)ダンスを披露した。
これは脈アリなのではなくて? 素敵なロマンスが始まる予感がいたしますわ。
ってなるよね、これは。
全部コイツが仕組んだことだけど。
では、わたくしたちは退散いたしましょう。
そうね。若い二人の邪魔をしてはいけませんもの。ホホホ。
ってなったのよね。
気づけば周囲に夫人たち、いなくなってるし。
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