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第17話 壁はぶち壊すためにある?
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「お嬢さんっ!!」
ホテルでアタシたちを出迎えてくれたジュディス。けど、その顔は驚き蒼白。
だよね、意識を失いかけてる執事と、それを支える従僕フットマンと令嬢なんだもん。
当然というか、当たり前だけど、ホテルのドアマンもページボーイもみんなジュディスと一緒ですごく驚いてた。
何がいったいどうなってるの――!?
驚くアタシたち。けど、従僕テオだけはどこまでも冷静だった。
「医者を!! 早く!!」
「水と清潔な布を!!」
呆然と突っ立ったままになってたホテルマンたちに指令を飛ばす。その指令に、弾かれたように動くホテルマンたち。
「手伝う」
ジュディスがアタシと交代を申し出た。少し乱暴に、アタシが抱えてたキースの腕を奪い取るジュディス。
って、え? ジュディスってまだ幼いのに、キースの体、運べるの?
「レディはご自身の部屋でお休みください。いいですか、部屋から一歩も出てはなりません」
「え、でも……」
「いいですね。今日のところはこのまま部屋でお休みください」
有無を言わせぬテオの命令。ジュディスの視線も「そうしろ」って頷いてる。
「このことは誰にも知らせるな」
廊下にいたホテルマンに命じるテオの姿を最後に、目の前でパタリと扉が閉じられる。
(何が起きてるの?)
理解できないまま立ち尽くす。
伯爵夫人の催してくださった舞踏会に参加した。そこに「ラッセンディル男爵」と名乗ってキースが現れた。キースと(不本意ながらも)踊った後、帰ると言い出した彼。退出の挨拶からもふざけてたキース。伯爵邸にいる間、ずっとふざけたことばっかり言って笑ってたいつものキース。だけど、アタシを抱き上げ伯爵邸を後にする時から、体調を崩し始めて――。
(え? 何? ――血?)
自分の指先がネットリしていることに気づく。見れば赤いベタッとしたものが指先を濡らしていた。指先だけじゃない。キースの腕を担いでた左肩からひじにも赤い血が染み付いてる。
(アイツ、怪我してるの?)
当然だけど、アタシの血じゃない。
黒い燕尾服だから気づかなかったけど、アイツ、怪我してたんだ。
「お嬢さま、お部屋にお戻りください」
アタシの脇に立ったホテルのコンシェルジュらしき男性。
「お着替えのお手伝いなどはこちらの者が。なにかあれば、この者がお守りいたします」
紹介されたのは、年配の部屋係の女性と、屈強そうな荷物運びの青年。
無言のまま頭を下げた二人。だけど、どっちかというと名家の家政婦長と従僕っぽい容姿なんだけど。コンシェルジュだって、執事か家令っぽい風格だし。
「さあ」
促されるまま自分の部屋に入る。
徹頭徹尾、アタシの着替えが終わるまで一言も喋らなかった部屋係。
「――おやすみなさいませ」
パタリと閉じられた扉。まるで、ここに封じ込められたみたい。
(もう、なにがどうなってるのよ)
思考が追いつかない。
このまま休めって?
キースが怪我してるのかどうか、怪我の具合はどうなのか、どうして怪我してるのか。
なにも全然わかんないのに「おやすみなさいませ」?
(ふざけんじゃないわよ)
そんなの眠れるわけないじゃない。
いくらキースが気に入らない執事、誰かの手下だったとしても怪我してる相手を放っておいて「おやすみなさい」はできないのよ。
キースの容態が知りたい。
何があってこうなってるのか知りたい。
(こうなったら――)
キョロキョロと部屋を見回す。
おそらく、部屋の外は門番のようにあの荷物運びが立っているはず。このまま部屋の外に出たい、キースの容態をみたいて言っても「お戻りくださいレディ」が関の山。だから――。
そっと駆け寄る窓のそば。キースの部屋はアタシの部屋の隣の隣。バルコニー伝いに行くことはできない?
一瞬暖炉を伝ってってのも考えたけど、あっちの部屋で暖炉使ってたらアタシ燻製になっちゃうし。で、バルコニー。
(うわっ……寒っ!!)
当たり前だけど、2月の外はすっごく寒い。それも夜だし。雪が降ってないだけマシだけど、それでも凍りつきそうなほど寒い。
(渡れる?)
それぞれの部屋から突き出すように作られたバルコニー。それぞれ独立して部屋に付属してるから、バルコニー同士は微妙に離れている。
これ、飛び移ることは可能? それかまたカーテンをロープにして渡る?
この寒さのなか、アタシ、カーテンに捕まり続けること、できる? あっちの部屋の窓が閉まってたら、バルコニーで凍えるしかないし。
「……ねえ、何やってるの?」
突然の背後からの声。
「び、ビックリしたぁ」
そこにいたのは怪訝な顔したジュディス。いつの間にか、キースの部屋から戻ってきていたらしい。
「また逃げるの?」
「違うって。アイツの容態が気になるの!!」
アタシ、そんな薄情じゃないわよ。
「ふぅん」
あ、その顔、アタシの言う事、怪しんでるな。というか、さっきからジュディスの態度、なんかおかしくない? いつもと違うっていうのか。
「ま、いいや。アイツのとこに行くなら、いい方法があるぜ」
(……「ぜ」?)
キョトンとするアタシの手を、グイッと掴んで歩き出したジュディス。
「――ここだよ」
連れてこられたのはアタシの部屋の隣、侍女の控室。のクローゼットの前。
ここはたしかにアイツの部屋の隣……だけど。
アタシの部屋とアイツの部屋の間に位置するのがこの侍女の、ジュディスの部屋だけど。――クローゼット?
「ここをこうすれば……」
クローゼットの扉を開けるなり、よいっとスカートをたくしあげ、クローゼットの奥の壁を蹴っ飛ばしたジュディス。
「――――っ!!」
バキッと板が割れる音がして、その先にパックリ空いた即席トンネル。割れた板の向こうにアイツの部屋らしき空間が垣間見えた。
「な?」
(「な」じゃないわよぉぉっ!!)
フフンと鼻を鳴らし、得意げなジュディス。あわわわと、動揺するアタシ。
「開通させればいいってもんじゃないでしょうがっ!! こんな、壁をぶち破って、どうやって弁償するのよっ!!」
「大丈夫だって。これ、緊急用の脱出経路だし。もともと割れやすくなってるんだよ」
そうなの? ホテルって、そういう経路が標準装備されてるもんなの?
「おーい、テオ、お嬢さんがアイツに会いたいってよー!!」
脱出経路越しにジュディスがテオを呼ぶ。
「……ジュディス。静かにできないのですか?」
呼ばれて近づいてきたテオ。無表情だけど、言葉に怒りが含まれてる。
「いいじゃん。それより、お嬢が会いたいんだって。最期になるかもしんねえし、会わせてやれよ。遺言ぐらい聞かせてやらねえとな」
「――死にませんよ。容態は落ち着きましたし」
「でもさ、お嬢をこのままってわけにはいかねえだろ? すっげえ心配してるのは本当だし。会わせてやれよ」
「――仕方ありませんね」
諦めに似た了承のもと、テオがアタシに手を差し伸べてくれた。その手に引かれるようにして、即席脱出経路を抜けて、アイツの部屋に入る。
「僕は少し部屋を出ますので、レディ。申し訳ありませんが、看病をお願いしてもよろしいでしょうか?」
え? 看病? アタシが?
そりゃあ容態は気になってたし、見舞いをするつもりではあったけど。
「お願いします」
そう言われたら「はい」って答えるしかないじゃない。
「それと、ジュディス」
テオが侍女部屋に留まってるジュディスに声をかける。
「この壁の弁償代は、アナタの給料から差し引きます。よろしいですね」
「――うげ」
「扉を閉めて、静かに部屋で謹慎していなさい」
「……はい」
キイィッとクローゼットの扉が閉まり、クローゼットを通じて見えていた侍女部屋が隠される。
「では、お願いしますよ、レディ」
テオも一礼して部屋から出ていく。手にしていたのは血で汚れた布と薬。多分、キースの手当に使ったもの。
(キース……)
取り残された部屋、頼まれたからには看病しなくちゃと寝台に横たわるアイツに近づく。
ランプの明かりに照らされた寝顔は紙のように白くて、息も浅いまま。
(大丈夫……だよね?)
さっきテオは「容態は落ち着いた」って言ってたし。こうやってなんにもできないアタシに後のことを頼んでいくぐらいだし。大丈夫……だよね?
寝台の脇にあった椅子に腰掛け、サイドテーブルにあった洗面器に布を浸すと、額ににじんだ汗を拭ってやる。
「……ン」
眉間の苦しげなシワが少しだけ減って、軽く呻いたキース。
右肩のシャツは捲られたまま。その下、腕に巻かれた包帯が痛々しく顔をのぞかせる。
「元気に……なりなさいよ。くたばったりしたら、承知……しないん……だか、ら」
その姿に不思議と嗚咽が漏れそうになる。目が熱くなる。
唇を噛み締め、まばたきをこらえる。
汗を拭く布が震える。
子爵令嬢のアタシにこんな思いをさせるなんて。アンタ、執事失格なんだからね!!
ホテルでアタシたちを出迎えてくれたジュディス。けど、その顔は驚き蒼白。
だよね、意識を失いかけてる執事と、それを支える従僕フットマンと令嬢なんだもん。
当然というか、当たり前だけど、ホテルのドアマンもページボーイもみんなジュディスと一緒ですごく驚いてた。
何がいったいどうなってるの――!?
驚くアタシたち。けど、従僕テオだけはどこまでも冷静だった。
「医者を!! 早く!!」
「水と清潔な布を!!」
呆然と突っ立ったままになってたホテルマンたちに指令を飛ばす。その指令に、弾かれたように動くホテルマンたち。
「手伝う」
ジュディスがアタシと交代を申し出た。少し乱暴に、アタシが抱えてたキースの腕を奪い取るジュディス。
って、え? ジュディスってまだ幼いのに、キースの体、運べるの?
「レディはご自身の部屋でお休みください。いいですか、部屋から一歩も出てはなりません」
「え、でも……」
「いいですね。今日のところはこのまま部屋でお休みください」
有無を言わせぬテオの命令。ジュディスの視線も「そうしろ」って頷いてる。
「このことは誰にも知らせるな」
廊下にいたホテルマンに命じるテオの姿を最後に、目の前でパタリと扉が閉じられる。
(何が起きてるの?)
理解できないまま立ち尽くす。
伯爵夫人の催してくださった舞踏会に参加した。そこに「ラッセンディル男爵」と名乗ってキースが現れた。キースと(不本意ながらも)踊った後、帰ると言い出した彼。退出の挨拶からもふざけてたキース。伯爵邸にいる間、ずっとふざけたことばっかり言って笑ってたいつものキース。だけど、アタシを抱き上げ伯爵邸を後にする時から、体調を崩し始めて――。
(え? 何? ――血?)
自分の指先がネットリしていることに気づく。見れば赤いベタッとしたものが指先を濡らしていた。指先だけじゃない。キースの腕を担いでた左肩からひじにも赤い血が染み付いてる。
(アイツ、怪我してるの?)
当然だけど、アタシの血じゃない。
黒い燕尾服だから気づかなかったけど、アイツ、怪我してたんだ。
「お嬢さま、お部屋にお戻りください」
アタシの脇に立ったホテルのコンシェルジュらしき男性。
「お着替えのお手伝いなどはこちらの者が。なにかあれば、この者がお守りいたします」
紹介されたのは、年配の部屋係の女性と、屈強そうな荷物運びの青年。
無言のまま頭を下げた二人。だけど、どっちかというと名家の家政婦長と従僕っぽい容姿なんだけど。コンシェルジュだって、執事か家令っぽい風格だし。
「さあ」
促されるまま自分の部屋に入る。
徹頭徹尾、アタシの着替えが終わるまで一言も喋らなかった部屋係。
「――おやすみなさいませ」
パタリと閉じられた扉。まるで、ここに封じ込められたみたい。
(もう、なにがどうなってるのよ)
思考が追いつかない。
このまま休めって?
キースが怪我してるのかどうか、怪我の具合はどうなのか、どうして怪我してるのか。
なにも全然わかんないのに「おやすみなさいませ」?
(ふざけんじゃないわよ)
そんなの眠れるわけないじゃない。
いくらキースが気に入らない執事、誰かの手下だったとしても怪我してる相手を放っておいて「おやすみなさい」はできないのよ。
キースの容態が知りたい。
何があってこうなってるのか知りたい。
(こうなったら――)
キョロキョロと部屋を見回す。
おそらく、部屋の外は門番のようにあの荷物運びが立っているはず。このまま部屋の外に出たい、キースの容態をみたいて言っても「お戻りくださいレディ」が関の山。だから――。
そっと駆け寄る窓のそば。キースの部屋はアタシの部屋の隣の隣。バルコニー伝いに行くことはできない?
一瞬暖炉を伝ってってのも考えたけど、あっちの部屋で暖炉使ってたらアタシ燻製になっちゃうし。で、バルコニー。
(うわっ……寒っ!!)
当たり前だけど、2月の外はすっごく寒い。それも夜だし。雪が降ってないだけマシだけど、それでも凍りつきそうなほど寒い。
(渡れる?)
それぞれの部屋から突き出すように作られたバルコニー。それぞれ独立して部屋に付属してるから、バルコニー同士は微妙に離れている。
これ、飛び移ることは可能? それかまたカーテンをロープにして渡る?
この寒さのなか、アタシ、カーテンに捕まり続けること、できる? あっちの部屋の窓が閉まってたら、バルコニーで凍えるしかないし。
「……ねえ、何やってるの?」
突然の背後からの声。
「び、ビックリしたぁ」
そこにいたのは怪訝な顔したジュディス。いつの間にか、キースの部屋から戻ってきていたらしい。
「また逃げるの?」
「違うって。アイツの容態が気になるの!!」
アタシ、そんな薄情じゃないわよ。
「ふぅん」
あ、その顔、アタシの言う事、怪しんでるな。というか、さっきからジュディスの態度、なんかおかしくない? いつもと違うっていうのか。
「ま、いいや。アイツのとこに行くなら、いい方法があるぜ」
(……「ぜ」?)
キョトンとするアタシの手を、グイッと掴んで歩き出したジュディス。
「――ここだよ」
連れてこられたのはアタシの部屋の隣、侍女の控室。のクローゼットの前。
ここはたしかにアイツの部屋の隣……だけど。
アタシの部屋とアイツの部屋の間に位置するのがこの侍女の、ジュディスの部屋だけど。――クローゼット?
「ここをこうすれば……」
クローゼットの扉を開けるなり、よいっとスカートをたくしあげ、クローゼットの奥の壁を蹴っ飛ばしたジュディス。
「――――っ!!」
バキッと板が割れる音がして、その先にパックリ空いた即席トンネル。割れた板の向こうにアイツの部屋らしき空間が垣間見えた。
「な?」
(「な」じゃないわよぉぉっ!!)
フフンと鼻を鳴らし、得意げなジュディス。あわわわと、動揺するアタシ。
「開通させればいいってもんじゃないでしょうがっ!! こんな、壁をぶち破って、どうやって弁償するのよっ!!」
「大丈夫だって。これ、緊急用の脱出経路だし。もともと割れやすくなってるんだよ」
そうなの? ホテルって、そういう経路が標準装備されてるもんなの?
「おーい、テオ、お嬢さんがアイツに会いたいってよー!!」
脱出経路越しにジュディスがテオを呼ぶ。
「……ジュディス。静かにできないのですか?」
呼ばれて近づいてきたテオ。無表情だけど、言葉に怒りが含まれてる。
「いいじゃん。それより、お嬢が会いたいんだって。最期になるかもしんねえし、会わせてやれよ。遺言ぐらい聞かせてやらねえとな」
「――死にませんよ。容態は落ち着きましたし」
「でもさ、お嬢をこのままってわけにはいかねえだろ? すっげえ心配してるのは本当だし。会わせてやれよ」
「――仕方ありませんね」
諦めに似た了承のもと、テオがアタシに手を差し伸べてくれた。その手に引かれるようにして、即席脱出経路を抜けて、アイツの部屋に入る。
「僕は少し部屋を出ますので、レディ。申し訳ありませんが、看病をお願いしてもよろしいでしょうか?」
え? 看病? アタシが?
そりゃあ容態は気になってたし、見舞いをするつもりではあったけど。
「お願いします」
そう言われたら「はい」って答えるしかないじゃない。
「それと、ジュディス」
テオが侍女部屋に留まってるジュディスに声をかける。
「この壁の弁償代は、アナタの給料から差し引きます。よろしいですね」
「――うげ」
「扉を閉めて、静かに部屋で謹慎していなさい」
「……はい」
キイィッとクローゼットの扉が閉まり、クローゼットを通じて見えていた侍女部屋が隠される。
「では、お願いしますよ、レディ」
テオも一礼して部屋から出ていく。手にしていたのは血で汚れた布と薬。多分、キースの手当に使ったもの。
(キース……)
取り残された部屋、頼まれたからには看病しなくちゃと寝台に横たわるアイツに近づく。
ランプの明かりに照らされた寝顔は紙のように白くて、息も浅いまま。
(大丈夫……だよね?)
さっきテオは「容態は落ち着いた」って言ってたし。こうやってなんにもできないアタシに後のことを頼んでいくぐらいだし。大丈夫……だよね?
寝台の脇にあった椅子に腰掛け、サイドテーブルにあった洗面器に布を浸すと、額ににじんだ汗を拭ってやる。
「……ン」
眉間の苦しげなシワが少しだけ減って、軽く呻いたキース。
右肩のシャツは捲られたまま。その下、腕に巻かれた包帯が痛々しく顔をのぞかせる。
「元気に……なりなさいよ。くたばったりしたら、承知……しないん……だか、ら」
その姿に不思議と嗚咽が漏れそうになる。目が熱くなる。
唇を噛み締め、まばたきをこらえる。
汗を拭く布が震える。
子爵令嬢のアタシにこんな思いをさせるなんて。アンタ、執事失格なんだからね!!
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