18 / 22
第18話 弱い自分に向き合う夜。
しおりを挟む
「お嬢……さま……?」
かすかに目を開けたキース。
「お怪我は……ありま、せん、か?」
少しだけ顔色はよくなったものの、息はまだ苦しそう。なのに、こっちの心配をしてくる。
「ないわよ。アンタのおかげでね」
「――それは、よかった」
漏れる深い息。
「貴女に、なにかあったら、ローランドに、叱られます……から、ね」
「――バカ。そんなことで怒るような兄さまじゃないわよ」
「どうだか。貴女のことに関しては、とても、狭量でした、よ」
フーッと息を吐き出したキース。その口もとが、笑おうとしたのかかすかに緩む。
かつての、兄さまと過ごした日々を思い出してるんだろうか。その瞼が再び閉ざされた。
「こんな風に、看病されてると知ったら、……彼は、どんな顔を、するんでしょうね」
「よくぞ妹を守った、よくやったって言うんじゃない?」
間違っても、「妹に看病されるなんて、けしからん!!」とは怒らないと思う。
「それなら、この役得なこの状況を、しっかり堪能しておきましょうか」
「――バカ」
そんな皮肉を言えるようなら大丈夫ね。
安心すると、こらえてたものが溢れ出す。
「ああ、泣かないでくださいよ。ローランドに叱られてしまいます。妹を泣かせるな、と」
「む、無理、よっ!!」
涙と嗚咽が止まらない。我慢しようとすればするほど、ワンワンと大声で泣きたくなる。
――ごめんなさい。ごめんなさい。
アタシ、ずっと誤解してた。
アンタが敵だって誤解してた。
アタシを狙う“誰か”。それがいることは確実。
船の上でもホテルの階段でも伯爵家の舞踏会でも。その“誰か”はいた。
子爵家のボヤ騒ぎも、きっとその“誰か”のせい。
もしかしたら、アタシの知らないところで、もっとたくさんの“誰か”がいたのかもしれない。
アタシの命を狙う“誰か”。
アタシはずっとその“誰か”の手下がキースだって思ってた。思いこんでた。
だから逃げ出そうと画策したし、ずっと警戒し続けてた。
でも違った。
キースは、本当にアタシを大事にしてくれていた。
大切な子爵家令嬢だから? 兄さまの唯一の家族だから? 仕えるべき主だから?
わかんないけど、ずっと守ってくれていた。
だって、この怪我、アタシをかばってのことだよね。
舞踏会から去るときにみせた“おふざけ”。アタシを抱き上げて困らせて楽しんでるのかと思ったけど――違った。
アタシを抱き上げた直後にぶつかってきたあの給仕。
あの時、キースが抱き上げてくれなかったら。給仕に刺されていたのは間違いなくアタシ。彼の怪我した二の腕。そこは、ちょうどアタシの心臓にあたる高さだったから。
アタシが狙われていた。
キースはふざけてたんじゃなくって、アタシを守ってくれていた。アタシをとっさに抱えることで、アタシが刺されるのを回避してくれた。
あの船の上の事件だってそう。キースはアタシを突き落とそうとしたんじゃなくって、突き落とされそうになってたアタシを助けてくれていたんだ。
テオをページボーイとしてこのホテルに置いたのも、自分が不在の時であってもアタシを守るため。
監禁してたんじゃない。アタシをずっと守ってくれていたんだ。
「ごめんな……さ、い」
アタシ疑ってばっかりで、逃げ出すことばっかり考えてて、すごい嫌な子だった。こんなに大事にされてたのに、守ってもらってたのに、それに気づかずに逃げ出そうとしてた。
「泣かないで、くださると、助かり、……ます。今は、涙を拭って差し上げる、こと、できません、からね……」
アタシに向けられた、温かいキースの眼差し。細められた青紫の瞳は、とても優しい。
「腕がね……、痺れて動かないんです、よ」
え?
「それって、まさか……」
毒が塗られてたり――とか?
さっきからお喋りが途切れ気味なのは、痺れて喋りにくくなってるから――とか?
「大丈夫、ですよ。痺れは……そこまで強くない、ですか、ら。少しだけ、感覚が鈍ってる、だけで。それに、慣れてます、……から」
「バカ言うんじゃないわよ!! 毒に慣れてるって、どんな生き方してきたのよ、アンタは!!」
涙なんて自分で拭ってやる。腕で何度もゴシゴシこすって、涙なんてなかった顔になってやる。泣いてない、いつもの顔になって、「毒に慣れてる」なんて言う、ふざけたヤツをキッと睨みつけてやる。
「フフッ……。いいですね、その気の強さ。好き、ですよ」
再び吐き出された深い息。アタシを見ていた青紫の瞳が、瞼の向こうに閉ざされる。
「ここはおとなしく、休むとしますが……。どこにも、行かないで、ください、……ね」
多分、そこまで喋るのが限界だったんだろう。キースの体から力が抜け、しばらくすると静かな寝息が聞こえ始めた。
(バカ。今のアンタを置いて逃げ出すわけないじゃない)
アタシはね、ここまでして守ってくれたアンタに感謝してるの。アンタから逃げ出す必要がない、むしろそばにいたほうがいいってわかったから。
それにね。
(こうなったら、トコトン真相を喋ってもらうんだから)
アンタと繋がってるヤツは誰なのか。アタシのことを任せろと伝えたヤツは誰なのか。
アタシは誰と戦わなくっちゃいけなくて、誰を頼っていけばいいのか。
全部、全部、アンタの知ってること全部話してもらうんだから。
だから。
(早く、よくなりなさいよ)
でないと、また泣いてやるんだからね。
かすかに目を開けたキース。
「お怪我は……ありま、せん、か?」
少しだけ顔色はよくなったものの、息はまだ苦しそう。なのに、こっちの心配をしてくる。
「ないわよ。アンタのおかげでね」
「――それは、よかった」
漏れる深い息。
「貴女に、なにかあったら、ローランドに、叱られます……から、ね」
「――バカ。そんなことで怒るような兄さまじゃないわよ」
「どうだか。貴女のことに関しては、とても、狭量でした、よ」
フーッと息を吐き出したキース。その口もとが、笑おうとしたのかかすかに緩む。
かつての、兄さまと過ごした日々を思い出してるんだろうか。その瞼が再び閉ざされた。
「こんな風に、看病されてると知ったら、……彼は、どんな顔を、するんでしょうね」
「よくぞ妹を守った、よくやったって言うんじゃない?」
間違っても、「妹に看病されるなんて、けしからん!!」とは怒らないと思う。
「それなら、この役得なこの状況を、しっかり堪能しておきましょうか」
「――バカ」
そんな皮肉を言えるようなら大丈夫ね。
安心すると、こらえてたものが溢れ出す。
「ああ、泣かないでくださいよ。ローランドに叱られてしまいます。妹を泣かせるな、と」
「む、無理、よっ!!」
涙と嗚咽が止まらない。我慢しようとすればするほど、ワンワンと大声で泣きたくなる。
――ごめんなさい。ごめんなさい。
アタシ、ずっと誤解してた。
アンタが敵だって誤解してた。
アタシを狙う“誰か”。それがいることは確実。
船の上でもホテルの階段でも伯爵家の舞踏会でも。その“誰か”はいた。
子爵家のボヤ騒ぎも、きっとその“誰か”のせい。
もしかしたら、アタシの知らないところで、もっとたくさんの“誰か”がいたのかもしれない。
アタシの命を狙う“誰か”。
アタシはずっとその“誰か”の手下がキースだって思ってた。思いこんでた。
だから逃げ出そうと画策したし、ずっと警戒し続けてた。
でも違った。
キースは、本当にアタシを大事にしてくれていた。
大切な子爵家令嬢だから? 兄さまの唯一の家族だから? 仕えるべき主だから?
わかんないけど、ずっと守ってくれていた。
だって、この怪我、アタシをかばってのことだよね。
舞踏会から去るときにみせた“おふざけ”。アタシを抱き上げて困らせて楽しんでるのかと思ったけど――違った。
アタシを抱き上げた直後にぶつかってきたあの給仕。
あの時、キースが抱き上げてくれなかったら。給仕に刺されていたのは間違いなくアタシ。彼の怪我した二の腕。そこは、ちょうどアタシの心臓にあたる高さだったから。
アタシが狙われていた。
キースはふざけてたんじゃなくって、アタシを守ってくれていた。アタシをとっさに抱えることで、アタシが刺されるのを回避してくれた。
あの船の上の事件だってそう。キースはアタシを突き落とそうとしたんじゃなくって、突き落とされそうになってたアタシを助けてくれていたんだ。
テオをページボーイとしてこのホテルに置いたのも、自分が不在の時であってもアタシを守るため。
監禁してたんじゃない。アタシをずっと守ってくれていたんだ。
「ごめんな……さ、い」
アタシ疑ってばっかりで、逃げ出すことばっかり考えてて、すごい嫌な子だった。こんなに大事にされてたのに、守ってもらってたのに、それに気づかずに逃げ出そうとしてた。
「泣かないで、くださると、助かり、……ます。今は、涙を拭って差し上げる、こと、できません、からね……」
アタシに向けられた、温かいキースの眼差し。細められた青紫の瞳は、とても優しい。
「腕がね……、痺れて動かないんです、よ」
え?
「それって、まさか……」
毒が塗られてたり――とか?
さっきからお喋りが途切れ気味なのは、痺れて喋りにくくなってるから――とか?
「大丈夫、ですよ。痺れは……そこまで強くない、ですか、ら。少しだけ、感覚が鈍ってる、だけで。それに、慣れてます、……から」
「バカ言うんじゃないわよ!! 毒に慣れてるって、どんな生き方してきたのよ、アンタは!!」
涙なんて自分で拭ってやる。腕で何度もゴシゴシこすって、涙なんてなかった顔になってやる。泣いてない、いつもの顔になって、「毒に慣れてる」なんて言う、ふざけたヤツをキッと睨みつけてやる。
「フフッ……。いいですね、その気の強さ。好き、ですよ」
再び吐き出された深い息。アタシを見ていた青紫の瞳が、瞼の向こうに閉ざされる。
「ここはおとなしく、休むとしますが……。どこにも、行かないで、ください、……ね」
多分、そこまで喋るのが限界だったんだろう。キースの体から力が抜け、しばらくすると静かな寝息が聞こえ始めた。
(バカ。今のアンタを置いて逃げ出すわけないじゃない)
アタシはね、ここまでして守ってくれたアンタに感謝してるの。アンタから逃げ出す必要がない、むしろそばにいたほうがいいってわかったから。
それにね。
(こうなったら、トコトン真相を喋ってもらうんだから)
アンタと繋がってるヤツは誰なのか。アタシのことを任せろと伝えたヤツは誰なのか。
アタシは誰と戦わなくっちゃいけなくて、誰を頼っていけばいいのか。
全部、全部、アンタの知ってること全部話してもらうんだから。
だから。
(早く、よくなりなさいよ)
でないと、また泣いてやるんだからね。
0
あなたにおすすめの小説
誰からも食べられずに捨てられたおからクッキーは異世界転生して肥満令嬢を幸福へ導く!
ariya
ファンタジー
誰にも食べられずゴミ箱に捨てられた「おからクッキー」は、異世界で150kgの絶望令嬢・ロザリンドと出会う。
転生チートを武器に、88kgの減量を導く!
婚約破棄され「豚令嬢」と罵られたロザリンドは、
クッキーの叱咤と分裂で空腹を乗り越え、
薔薇のように美しく咲き変わる。
舞踏会での王太子へのスカッとする一撃、
父との涙の再会、
そして最後の別れ――
「僕を食べてくれて、ありがとう」
捨てられた一枚が紡いだ、奇跡のダイエット革命!
※カクヨム・小説家になろうでも同時掲載中
※表紙イラストはAIに作成していただきました。
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
寵愛の花嫁は毒を愛でる~いじわる義母の陰謀を華麗にスルーして、最愛の公爵様と幸せになります~
紅葉山参
恋愛
アエナは貧しい子爵家から、国の英雄と名高いルーカス公爵の元へと嫁いだ。彼との政略結婚は、彼の底なしの優しさと、情熱的な寵愛によって、アエナにとってかけがえのない幸福となった。しかし、その幸福を妬み、毎日のように粘着質ないじめを繰り返す者が一人、それは夫の継母であるユーカ夫人である。
「たかが子爵の娘が、公爵家の奥様面など」 ユーカ様はそう言って、私に次から次へと理不尽な嫌がらせを仕掛けてくる。大切な食器を隠したり、ルーカス様に嘘の告げ口をしたり、社交界で恥をかかせようとしたり。
だが、私は決して挫けない。愛する公爵様との穏やかな日々を守るため、そして何より、彼が大切な家族と信じているユーカ様を悲しませないためにも、私はこの毒を静かに受け流すことに決めたのだ。
誰も気づかないほど巧妙に、いじめを優雅にスルーするアエナ。公爵であるあなたに心配をかけまいと、彼女は今日も微笑みを絶やさない。しかし、毒は徐々に、確実に、その濃度を増していく。ついに義母は、アエナの命に関わるような、取り返しのつかない大罪に手を染めてしまう。
愛と策略、そして運命の結末。この溺愛系ヒロインが、華麗なるスルー術で、最愛の公爵様との未来を掴み取る、痛快でロマンティックな物語の幕開けです。
追放された味見係、【神の舌】で冷徹皇帝と聖獣の胃袋を掴んで溺愛される
水凪しおん
BL
「無能」と罵られ、故郷の王宮を追放された「味見係」のリオ。
行き場を失った彼を拾ったのは、氷のような美貌を持つ隣国の冷徹皇帝アレスだった。
「聖獣に何か食わせろ」という無理難題に対し、リオが作ったのは素朴な野菜スープ。しかしその料理には、食べた者を癒やす伝説のスキル【神の舌】の力が宿っていた!
聖獣を元気にし、皇帝の凍てついた心をも溶かしていくリオ。
「君は俺の宝だ」
冷酷だと思われていた皇帝からの、不器用で真っ直ぐな溺愛。
これは、捨てられた料理人が温かいご飯で居場所を作り、最高にハッピーになる物語。
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。
猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で――
私の願いは一瞬にして踏みにじられました。
母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、
婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。
「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」
まさか――あの優しい彼が?
そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。
子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。
でも、私には、味方など誰もいませんでした。
ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。
白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。
「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」
やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。
それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、
冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。
没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。
これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。
※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ
※わんこが繋ぐ恋物語です
※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜
二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。
そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。
その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。
どうも美華には不思議な力があるようで…?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる