恋をするなら、キミとがいい

若松だんご

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3.僕とキミの間にあるもの

(五)

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 「――先輩、もう少しだけ、そっち、つめてください」

 モゾモゾと氷鷹が動く。

 「つめてって。もう、こっちもギリギリなんだよ」

 「ん~、だったら、ほら、こう! こうやって寝てくださいよ」

 「コラ! こんなの、うわっ、ちょっ! 変なトコ、触んな!」

 「でもこれで、お互いちゃんと布団に収まれましたよ」

 向かい合うような体勢になって。顔を間近にして、氷鷹が微笑む。

 ――なんで、こんな窮屈な思いをして、寝なくちゃいけないんだ!

 叫びたい。
 なんで、どうしてこうなってるんだって。
 
 オレのアパート。一人で寝るには充分な広さのある、シングルベッド。そこで、モゾモゾと男二人、体を横にして向き合っている。
 なぜ? 
 鍋パをしただけじゃない。氷鷹がそのまま泊まりたいと言い出したから。
 氷鷹は、そのまま床でゴロ寝でいいと言ったけれど、「はい、そうですか。じゃあ、床でどうぞ」とは言いにくい。ってか、言えない。そんなことしたら、明日の朝には、体のアチコチが痛くなるだろうし、下手すりゃ風邪ひく。
 無理やりであっても部屋に泊まるとなれば、もう少しマシなところで寝て欲しい。が、この部屋に、ベッド以外の寝具もない。
 となると、となるわけで。
 鍋も片付けて、風呂も入って。さあ寝るぞとなれば、こうして一人用のシングルベッドに、大の男が二人、無理やり体をねじ込むことになる。
 正直、窮屈。

 家、近いんだし、お前は帰れ。

 そう言えたらよかったのに。そう言うべきだったのに。
 なぜかオレは、こうして窮屈になるのをわかっていたのに、「帰れ」の一言が言い出せなかった。

 なぜだ?
 自分でもわからない。

 「へへっ。でも、こうしてくっついて寝ると、お鍋といっしょで、暖かいですよねぇ」

 なぜか、うれしそうな氷鷹。けど。

 「うおっ。お前、足、冷てーな」
 
 氷鷹が動いた拍子に、オレの足に冷たいものが当たる。足から首筋まで、ヒンヤリが登ってきて、思わず体を震わせる。

 「俺、冷え性ですから。すみません、先輩。温めてください」

 「冷え性って、うわっ、オイッ! つ、冷てえ……」

 グイッと足の間に割り込んできた、氷鷹の足先。冬用のトレーナー越しに感じるヒンヤリ。

 「先輩、あったかい……」

 「『あったかい』じゃねえ! こんなん、寝られっか!」

 人は温かい状態から冷めていく段階で眠りに落ちるという。お風呂上がりに眠くなるのは、その体温変化が眠りを誘うからだというが。だからって、こんな強制的に冷やされて、眠気なんてもよおせるはずがない。それどころか、冷たさに目が覚める。

 「そうですか? 俺は眠れますけど。あったかくて、気持ちいいし」

 体を横にすることで、なんとか収まったベッドのなか。さらなる温もりを求めてか。氷鷹がなおもゴソゴソ体を動かす。

 「あ、でも、眠るのは無理かな。だって、隣に先輩がいるんっすから」

 「どうして?」と訊く前に、答えを言った氷鷹。
 オレが隣りにいたら、どうして眠れなくなるのか。その答えを聴きたいような、聴きたくないような。

 「ねえ、先輩」

 それまでニヤニヤと笑っていた氷鷹が、神妙と言っていいほど、真顔に戻る。

 「先輩のこと、下の名前って呼んでもいいですか?」

 「え?」

 「もちろん〝さん〟とか〝先輩〟とか、敬称はつけます。けど……」

 ダメ?
 少し潤んだような目が訴えてくる。

 「……悪いが、名前はダメだ」

 氷鷹になら、呼ばれてもいいんじゃないか。
 少しだけ心が揺らぐ。だから、あえて目を閉じて、答えを伝える。
 名前を呼ばれるのは。名前だけは……。

 「……わかりました。そうですよね。こうして泊めてもらえるぐらい、親切にしてもらっても、先輩後輩の区切りはつけなきゃですよね」

 「氷鷹……」

 どうして断るのか。その理由を言い出せなくて、「申し訳ない」という感情が心を占拠する。
 昔は普通に「志弦」と呼ばせていた名前。
 会ったこともない、亡き曾祖母「静流しずる」にあやかって、付けられたという名前。
 嫌いなわけじゃない。けど。

 ――志弦しずるってヘンな名前!

 あの夕日の差し込む教室で、翔太が笑いながら言ってた言葉が、胸に楔のように打ち込まれている。
 氷鷹なら、「ヘンな名前!」と言わないかもしれない。これだけオレを慕ってくれてる氷鷹なら。
 けど、名前を知られて、また「女みたい」とか思われたら。
 向かい合う、氷鷹の顔。
 同じ布団のなか、枕の高さが同じせいで顔が並ぶけど、いつもはこんな同じ高さに顔がくることはない。男らしい体をした氷鷹が、オレよりも頭一つ分以上背が高い。寒いと言ってオレに絡めてくる足は、本来なら、オレのつま先よりずっと下にあるはず。

 ――アイツは、女に生まれそびれたんだよ。

 井高の言っていたこと。
 それと同じことを氷鷹に思われたら。

 (イヤだ)

 なぜか、どうしてかわからないけど、ものすごくイヤだ。
 デキる先輩のフリをしたい――というわけじゃないけど。とにかく、名前を知られて、「女みたい」って思われるのはイヤだ。そして、自分の名前をそんなふうに思ってしまう自分がイヤだ。

 「先輩。それじゃあ俺のこと、〝氷鷹〟じゃなくて、〝陽翔はると〟って呼んでください」

 「ハルト?」

 「そうです。〝氷鷹〟でもいいんですけど。俺、先輩に〝陽翔〟って呼んでほしいなって、ずっと思ってて」

 どうして?
 名前呼びすると、親密な感じがするから?

 「あと、鍋パもいいんですけど、こうして時折でいいから、泊めてもらえるとうれしいっす」

 泊めて?
 なら、もう一組布団を用意したほうがいいか?
 いくらなんでも、泊まりに来るたび、こんなふうにギュウギュウで寝るのはちょっと……。

 「俺、憧れだったんっすよ。こうやって、誰かのベッドに潜り込むって」

 「は?」

 「カミナリ怖いよ~とか、怖い夢見たよ~とか。そういう感じで潜り込ませてもらうと、ちょっとうれしいかな」

 「うわっ! なんでそこで抱きつく!」

 オレの体に回された氷鷹の腕。ガシっとオレにしがみついてくる。

 「うわぁん。怖い夢見たよぉ。お兄ちゃん、そばにいてぇ!」

 抱きつくだけじゃない。ヘンな泣き声まで上げてくる。

 「誰が〝お兄ちゃん〟だ!」

 オレは、自分より図体のデカい弟を持った覚えはない!
 それに、そういう理由で潜り込む布団の主は、兄じゃなく、父か母だろうが!
 ってか、その前に離れろ、コノヤロ!

 押しのけたいのに、意外と氷鷹の腕の力は強くて。オレは、半ば諦め、その腕のなかで嘆息し、目を閉じる。

 「――仕方ない。今日だけだぞ」

 「わぁい。お兄ちゃん、大好き」

 誰が兄だ。
 言いたいけど、氷鷹の腕のなかは、足と違って暖かくて、心地よくて。
 しがみつかれてるというか、守られてるというか、温められているというか。
 よくわからない状態なのに、やすやすと眠気が襲ってくる。

 (男の腕のなかで、心地いいって。やっぱ、オレ、女の生まれそびれなのかな)

 眠気に支配されていくなかで、皮肉なことを考えるも、こんなに人のぬくもりが気持ちいいなら、それでもいいや――みたいな気分になった。
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