恋をするなら、キミとがいい

若松だんご

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3.僕とキミの間にあるもの

(四)

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 おかしい。
 オレはなぜ、今を受け入れているのか。

 目の前。いつのもなんでもない机の上に置かれた真新しい鍋。コンロから下ろされ、重ねた雑誌の上に置かれても、まだグツグツいってる中身。
 用意された小皿も箸も茶碗も二つずつ。そして。

 「さあ、食べましょうか」

 なぜか。なぜか向かい合うように座り、手を合わせて「いただきます」をする氷鷹。
 …………。なぜだ。

 なぜ、オレはこの状況を受け入れている?

 「――先輩? どうしたんですか?」

 鍋から白菜をはじめとした具材を自分の(自分の!なんだ。オレンちのヤツなのに)小鉢に取り分けた氷鷹が問う。
 オレがなぜ、食べ始めないのか。そういう疑問。

 「いや……」

 軽く痛くなってきた頭を指で押さえ、フーっと息を吐き出す。
 わかってる。わかってるんだ。自分でも。
 でも、「なんでコイツがいるんだよ!」ぐらいのツッコミはしたい。誰に対してってわけじゃないけど、それでもツッコミたい。

 どうして、コイツはオレの部屋でいっしょに鍋を囲んでるんだっ!?

 それもこの鍋は、氷鷹がこうしていっしょに食べるために持ち込んだもの。スーパーで、バイト帰りに具材といっしょに買ってきたもの。

 ――いっしょに、ゴハン食べましょう!

 言い出しっぺはもちろん氷鷹。

 ――最近、寒くなってきたし。寒い季節には、鍋ですよ、鍋!
 ――でも、先輩ン家って、カセットコンロとか鍋、ないんですよねえ。

 どうしてお前が、オレン家の台所(備品)情報知ってるんだ!
 まあ、この間、風邪でぶっ倒れたオレの看病ついでに、キッチンを覗いたんだろうけど。
 氷鷹の指摘する通り、オレの部屋には鍋もカセットコンロも常備してない。一人暮らしで、そんなもん必要ないだろ。

 ――仕方ないから、このお鍋だけ買いましょう、先輩! 具は俺が買いますから!

 お鍋買ってどうするんだ。
 スーパーのエンドにできた、アツアツお鍋コーナー。パウチになった鍋つゆといっしょに並べられた少人数用の土鍋。

 ――カセットコンロも欲しいところですけど。まあ、普通にコンロで煮込んで、それから食べてもいいし。

 勝手に決めていく氷鷹。カセットコンロとボンベは諦め、土鍋だけ棚から取り出す。
 オレが言いたいのは、お鍋なんか買って、その後、どうするんだってこと。まさかコイツ……。

 ――お鍋だけでもあったら、これからいつでも鍋パできますもんね! 

 やっぱり。
 コイツ、この先、なんだかんだでオレのアパートに入り浸るつもりなのか。
 鍋パは、その理由の一つ。

 ――鍋って、一人じゃやりにくいけど、大人数なら……ね。

 茶目っ気タップリにウィンクしてみせた氷鷹。土鍋を持ってポーズを決められても。
 カッコいいのか、ダサいのか。ちょっと感想行方不明。

 氷鷹の提案、「イヤだ」「誰が鍋パするか!」と、はねつけることはできたけど、なんとなく、その土鍋を受け取ってしまった。
 一人暮らしを始めて二年以上。家族もいない今の暮らしで、誰かと鍋をつつく――なんてことは、縁遠くなってる。
 たまには。たまには、温かい鍋を食べるのも悪くない。
 そう思ったから。そう思ったから土鍋を受け取った。土鍋を購入した。
 具は、発案者である氷鷹が買ってくれるって言うし。だから、たまには。たまには誰かと。

 「ほら、先輩! お肉だけじゃなくって、野菜も食べてくださいよ!」

 鍋の向こうから身を乗り出した氷鷹が、勝手にオレの小鉢に白菜だの人参だの放り込んでくる。
 
 「いや、ちょっ、ちょっと待て! 食べる、食べるから!」

 氷鷹のお節介は、一回ですまない。何度も鍋に箸を突っ込んでは、つまんだ野菜をこっちの小鉢に放り込んでくる。

 「本当ですかぁ?」

 「本当だって! ってか、勝手に入れるな!」

 自分のペースで食べさせてくれ!
 載せられた野菜で、肉が見えなくなった小鉢。野菜は嫌いじゃないけど、だからって、こんなにモッサリ野菜を食べるのはちょっと……。

 「ほら、ちゃんとヒャンホ食べてるだろヒャベヘルヒャロ?」

 食べながら喋るのは行儀が悪い。
 わかっているけど、氷鷹を納得させるためのパフォーマンス。
 モリモリに盛られたせいで、小鉢の底にあるポン酢に、ほとんど触れられなかった野菜たち。不味いわけじゃないけど、素材の味が強い。ポン酢自体も、大量に野菜(と水分)が入ったせいで、かなり薄くなってる。

 「あ、先輩ヒェンファイ俺にもオフェヒホポン酢ヒョンズ貸してくださいヒャヒヘフファファイ

 ポン酢を持つオレに向かって、手を伸ばしてきた氷鷹。
 口いっぱいに頬張って話すから、何言ってるのかよくわからない。けど、なんとなくポン酢が欲しいのかと察して、ホイッと使い終えたポン酢を渡す。

 「ポン酢ってヒョンズッフェ旨いっすよねぇフファヒッヒュヒョフェ

 「……食い終わってから喋れ」

 行儀悪いぞ。

 「いや、こうやっていっしょに食うって、いいなって」

 ゴクッと口の中のものを一気に飲み下して、氷鷹が言う。

 「学食でいっしょに食うってのもいいっすけど、同じ鍋をつつくのって、楽しくないですか?」

 「そうか?」

 「そうですよ! 同じ鍋! 同じつゆ! 俺、いつもはゴマダレ派なんですけど、先輩と食べてるせいか、ポン酢旨えなあって」

 「ふぅん」

 そんなもんかね。

 「それなら、ゴマダレも買えばよかったのに」

 「先輩?」

 「そしたら、お前の好きなもの、オレも味わうことだってできたのに」

 言って、小鉢に残っていた肉を食う。野菜に隠れて、長くポン酢に浸かっていたせいか、肉味より酸っぱさが目立つ豚肉。悪くはないけど、野菜と違って、今度は酸っぱすぎる。

 「えっと。それは、先輩も俺に興味があるって……、そういうことっすか?」

 「――は?」

 なんでそうなる?
 なんでそうなって、お前、なんでそんなふうに、顔、赤くしてんだよ。

 「わかりました! 次の鍋パのときには、ゴマダレも用意しまっす! 俺、先輩には俺のこと、もっと知ってほしいっすから!」

 「――いや、お前のことは、知りたくもないけど?」

 オレが知りたいのは、ゴマダレが旨いかどうかってことだけで。

 「もう! つれないなあ、先輩!」

 プクっと頬を膨らませた氷鷹。

 「そこは、『そうだね。オレも氷鷹のこと、色々知りたいな』って言うとこですよ!」

 「はあ? なんだそれ」

 相手のことを知りたい、相手の好きなものを知りたい――ってのは、男女のそういう間柄で起きることだろう?
 お前とオレの間で、そんな気持ちが芽生えたら、気持ち悪いじゃないか。

 「まあいいです。先輩にそういうのを期待しても無駄なことは知ってますから」

 むくれたまま、鍋から具を取り出す氷鷹。

 「とりあえず。次の鍋パで、俺のとっておきのゴマダレを用意しますから。俺の好きな味、覚えてくださいね」

 だから。
 ちょっとぐらいゴマダレで食べてもいいかなって思っただけで。お前の好きな味を覚えたいとか、そういうのじゃないからな。
 口に出して言わないけど、心のなかで、釘を刺すように思っておく。
 ってか。ちょっと待て!

 「次の鍋パって。お前、また食べに来るつもりなのか?」

 「はい!」

 さっきと違って、最上級の笑顔になった。

 「せっかく鍋を買ってもらったんだし! この冬、使い倒さなきゃ損ですよ!」

 ……オレとしては、看病してもらったし、その礼もかねての鍋パだったんだが。まさか、この先も何度も鍋パされることになるとは。

 ハァ……。

 (コイツ、なんでこんなにオレに懐くんだ?)

 ため息を漏らすとともに、膨れ上がる疑問。
 オレ、そんなにいい先輩ってこともないし。友達としても、つき合いやすい質じゃないこと、自分でもよくわかってる。
 だからこそ。だからこそ、コイツの距離感バグった懐き具合が、不思議で仕方ない。
 どうして、こんなに懐いてくるんだ?

 「先輩?」

 キョトンとした氷鷹の目線。

 「なんでもない」

 鍋の底をさらえるように、残ってた野菜を小鉢に入れる。コンロにかけてないせいで、かなり温くなった野菜。柔らかく煮えてる野菜に、薄くなったポン酢の酸っぱさ。
 旨い! とは言い難い微妙な味。

 (ゴマダレなら、もう少し旨いのか?)

 なんてことを考えながら、鍋パを締める。
 鍋には、温くなりすぎた汁と、氷鷹に対する疑問が残った。
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