恋をするなら、キミとがいい

若松だんご

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3.僕とキミの間にあるもの

(三)

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 (あれ? ここは……)

 次に、意識がハッキリ覚めたのは、見慣れた部屋、ベッドの上だった。

 (オレ、帰ってきたのか?)

 この三年で目に馴染んだ、部屋の天井。肌に馴染む布団の感触。安物だけど、ここでの生活にと、親と買い揃えたテーブル、カラボ、冷蔵庫。
 ここが、オレの暮らすアパート、ワンルームだと、薄暗い部屋のなかで、存在を主張する。

 (オレ、氷鷹に……)

 それと同時に、ここに帰ってくるまでのことも記憶として蘇る。
 今日はバイトにいけない、いっしょにバイトに行くのを楽しみにしてたアイツに伝えるために、工学部棟に入った。そこまではハッキリと覚えている。けど、その先の記憶は、断片でしかない。肩を貸してもらったこと、オレの自転車で二人乗りで帰ってきたこと、上着だけ脱いで横になって……。

 (そうだ。氷鷹は?)

 オレンジ色の日が差し込む部屋。
 オレの息遣いと、オレが起こす衣擦れの音、それと冷蔵庫の小さめ駆動音しかない部屋。オレ以外に動くものはなく、すべてが止まったままのような世界。

 (アイツ、帰ったのか?)

 汗で額に張りついた髪を掻き上げる。
 助けてもらった礼を言いたかった? 授業を休ませたことを謝りたかった?
 ――違う。
 オレ。オレは……。
 うまく、言葉にできない。

 ガチャ。ガチャガチャ。

 「あれ? 先輩、起きたんですか?」

 玄関ドア、鍵の開く音。そして入ってきたのは――。

 「氷鷹?」

 「はい。俺ですけど?」

 部屋に差し込む西日を浴びて笑う氷鷹。

 「ちょうどよかった。先輩に色々、メシ、買ってきたんっすよ」

 その左手にあったレジ袋から、ゴソゴソといろいろなものを取り出す。

 「先輩、いくらスーパー近いってったって、食料なさすぎっす。冷蔵庫見させてもらったけど、レタスとマヨネーズ、あと、生姜チューブしか入ってなかったし」

 うるさいな。
 今日、色々と買い物するつもりだったんだよ。

 「とりあえず、ゼリーとプリンと、あと冷凍うどんとか買ってきましたけど。なんか食いたいものとかありますか?」

 袋から出したものを、オレにわかりやすいよう、テーブルの上に並べていく。

 「薬も買ってきましたけど……、その前になんか食ったほうがいいっすから」

 「わかってる」

 その一言を発するだけでも、体が辛い。それほどまでに、体力が落ちているのだ。

 「じゃあ、このプリンをもらう」

 一番手近にあった、ちょっと大きめのプリンを取る。

 「じゃあ、はい。スプーン」

 ペリッと、プリンのフタを外したオレに、氷鷹が店でもらってきただろうスプーンを差し出す。それも、少し、袋を開けて、取り出しやすくして。

 「――お前、野球やってたって言ってたけど、ポジション、キャッチャーだったのか?」

 そのスプーンを受け取り、プリンをすくいながら尋ねる。

 「へ? いや、ショートでしたけど? なんで、キャッチャー」

 「いや、なんとなく。ガタイもいいし」

 野球で、ピッチャーとキャッチャーは、よく「夫婦」に例えられる。ピッチャーが夫で、キャッチャーが妻。
 その甲斐甲斐しい動きに、なんとなく、妻役だったんじゃないかって思っただけ。
 ガタイ云々は、そのなんとなくにつけた言い訳。
 倒れてから、何も食べてなかったせいか。普通のプリンなのに、とても旨く感じられた。

 「そういや、お前、バイトは?」

 時計のない部屋。スマホも見てないから、時間がわからない。でもこの夕日加減、時間は、バイトに行かなきゃいけないぐらいになってないか?

 「今から行きますよ」

 オレが、プリンを食べ終えるのを見届け、ヨイセッと掛け声かけて、氷鷹が立ち上がる。

 「後は、先輩、その栄養ドリンクを飲んで、薬飲んで寝ててください」

 栄養ドリンク?
 机の上、薬の脇に置かれた、ちょっと高そうな、紙箱に入った栄養ドリンクが目につく。

 「風邪は、風邪薬飲んでも治らない。薬は症状を緩和させ、体力を戻すためのもの。風邪を治すのは、自身の体力と免疫。だから、薬も必要だけど、体力を取り戻すための栄養剤も必要なんです」

 「へえ……」

 コイツ、詳しいな。
 薬学部のヤツに言われるならともかく、工学部の氷鷹にそんな説明されるなんて。

 「って、薬屋のオバちゃんが言ってました。風邪薬と併用しても大丈夫なドリンクだそうです」

 「なんだ、受け売りか」

 感心して損した。
 そして、「風邪薬とごいっしょに、こちらの栄養ドリンクいかがですか~?」にのせられたわけだ、コイツは。
 単純と言えば単純。だけど、薬を買いに行ってくれたり、メシも用意してくれたり。コイツはコイツなりに、オレのことを気にかけてくれてた。

 「ありがとな」

 感謝は素直に出た。
 薬ぐらい、家に常備してあったけど。でも、こうして気遣ってもらえたことがうれしい。そのお節介な優しさが、ジンワリと体に染み込んでいく。

 「とりあえず。俺はバイトに行ってきますけど。先輩は、ちゃんと寝ててくださいね?」

 「あ、ああ……」

 「バイトのほうは、大丈夫っすよ。俺が、先輩の分も頑張ってきますから!」

 なぜか、ニコニコ笑う氷鷹。って、待て。なんで、自分のカバンといっしょに、この部屋の鍵まで持ってるんだ?
 氷鷹の手には、オレの見知った、この三年間で手に馴染んだ、キーホルダーつきの鍵。

 「じゃあ、先輩。また後で」

 いや、「また後で」って。お前、バイト帰りにも、ここ、立ち寄るつもりなのかっ!?
 尋ねるより先に、サッと身をかわすように玄関から出ていった氷鷹。キッチリ、鍵までかけて。

 フフ~ン、フフフ~ン、フ~ン♪

 外から、遠ざかっていく鼻歌まで聞こえる。――が。

 (なんで、そんなにうれしそうなんだよ)

 オレとお前は、ただのバイトの先輩後輩で。たまに、学校の食堂でいっしょにメシ食うぐらいの間柄で。
 オレは、お前の苗字が、大嫌いなヤツに似てるってだけで、塩対応してたんだぞ?
 それなのに、無条件でオレを慕ってくる氷鷹。

 (調子狂うな)

 人は、相手に対して苦手意識、嫌悪感を持ってたりすると、相手も同じように自分を敬遠してくる。――なんて聞いたことあるのに。だから、相手と上手くやりたいと思ったら、その苦手意識を失くそうって言われるのに。
 オレがどれだけ「苦手!」と思っても、しつこいぐらい慕ってくる氷鷹。

 (ホント、調子狂う)

 布団を被り直し、目を閉じる。
 薬が効いてきたのか、それとも体が体力回復のために眠りを求めているのか。
 思考が蕩け、何も考えられない闇に落ちていくような感覚。
 でも。
 心地いい。
 こんなに、眠ることが気持ちいいなんて、たぶん、久しぶり。
 病気で弱ってるときに優しくされたせいか。氷鷹の厚かましいほどの優しさが心地いい。
 その日、オレは、過去の夢を見ることもなくグッスリと眠った。
 バイト帰りの氷鷹が戻ってきて、「看病」という名の下、オレの部屋に泊まったことにも気づかずに。
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