恋をするなら、キミとがいい

若松だんご

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3.僕とキミの間にあるもの

(二)

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 「先輩。先輩は、もう教養の体育は受けたんですか?」

 「そうだな。一年に受けて終わってる」

 「やっぱ、そうなんですね」

 オレの答えに、シュンと肩を落とす氷鷹。

 「で、先輩はなんのスポーツを選択したんっすか?」

 シュンとしたのはほんの一瞬。すぐにその顔を上げて、続ける質問。

 「テニス」

 「へえ。なんか、先輩に似合ってますよね、テニス」

 ……テニスが似合う? ???

 「俺は、ゴルフなんっすよ。なんか、ああいうの、かっ飛ばせたらカッコよくないっすか?」

 「そうか?」

 あれ以来、氷鷹は毎日のように迎えに来るようになった。
 オレが嫌がらないことに、味をしめたというのか。
 ホント、オレが二限からだったり、学校サボろうとしたらどうすんだよ。
 仕方ないので、一週間のスケジュールは予め教えておいた。
 二限目からの日に待ちぼうけを食らわせるのも悪い気がしたし、そこでガッカリさせるのも……、っていうか、無駄に待たせるのも人としてダメだと思ったからで!
 「俺、先輩といっしょに登校できるように、時間割組めばよかった」なんていうグチには、「アホウ」とだけ言っておいた。

 「でも俺、ゴルフ、いっつも右曲がり職人なんっすよねぇ」

 「右曲がり職人?」

 「そうなんっすよ。中学まで野球やってたからか、ボールが右にしか飛んでかないんっすよ」

 ゴルフと野球。
 なんか関係性あんのか?

 「野球経験者は、クラブをバットみたいに振っちゃうらしいんっすよ。で、右に曲がっちゃう。先生にも言われました。『キミ、野球やってたね』って」

 「へえ」

 弓道経験者がアーチェリーをやると、おかしな方向に矢が飛んでいくのと同じか?

 「そういや、先輩は、なんのスポーツやってたんですか?」

 「オレ? オレは……」

 そこまで話しかけて、口をつぐむ。中学の~で、真っ先に浮かんだのは、部活ではなく、あの光景だったから。

 「ほら、そんなことより、のんびりしてっと遅刻するぞ」

 押すだけになってる自転車の速度を上げる。

 「うわ。待ってくださいよぉ、先輩!」

 オレがどれだけ歩くスピードを上げても、氷鷹は必ず追いつく。

 (ムカつく、足の長さだよなあ)

 少しぐらい身長分けろ。

 「あ、先輩。今日は何時からバイトっすか?」

 足早になっても、息も切らさない氷鷹が、自転車を挟んで隣に並ぶ。

 「夕方。16時から」

 「あ、じゃあ、俺といっしょっすね。なら、いっしょにバイト行きましょうね」

 「ああ」

 オレは、お前と違って、急いだせいで息が切れてる。返事がつっけんどんになるのは、体に余裕のないせいだ。早足で歩いて、ニッコリ笑うなんて、オレにはできねえんだよ。

          *

 あ、ヤバい。

 経験則が主張する。
 今のこの状況、結構ヤバいかも。
 一限目。図書館情報資源概論。
 普通に授業を受けているだけの状態。教授の言う事を、黒板に書かれることを、ノートに写す。それだけの単純作業。
 なんだけど。
 時間とともに、背中を襲うゾクゾク感。授業に集中すればなんとか誤魔化せるが、ちょっとでも意識を自分に向けると、途端に痛くなってくる関節。

 (風邪、ひいたか……)

 風邪をひく理由、原因なんてものは、ハッキリ思いつかないけど、でもこの症状は「風邪」だとわかる。
 背中がゾクゾクするのも、関節が痛いのも、熱が上がってきてる証拠だ。
 軽く喉をンンッと鳴らしても、今はまだ変化ない。けど、その先、喉もおかしくなってくるだろう。
 もしかしたら、朝のしんどさも、この風邪から来ていたのかもしれない。

 (薬、あったかな?)

 一人暮らし。
 一応、念の為と、そういう日用品は用意してある。あるけど……。

 (ヤバいな……)

 今日は、いっしょに帰ってバイトに行くって約束をしてしまっている。なるべくなら、直行でアパートに戻って、寝ていたいんだが。
 今だって、授業をどうこうっていうより、早く水分取って、とっとと横になりたい。
 次の授業、受けずに帰ろうか――なんて考えてる。

 (でも、約束しちまったしな……)

 これで、何も言わず帰ったら。後が色々うるさそうだ。
 「風邪気味だから帰る」
 その連絡をしたくても、オレはアイツの連絡先を知らない。
 バイト先には休むって連絡を入れるけど、それだけで済ませるわけにはいかない。
 
 (仕方ない。工学部棟に行ってみるか)

 行ったことろで、会えないかもしれない。けど。
 今いるのは、工学部棟と文学部棟の間、大学の中心にある、教養科目棟。ここからなら、工学部も近いし。ちょっとだるいけど、それでも文学部棟から行くよりは近いし。たまには、オレから用事があってあっちに行ってもいいかもしれない。
 オレといっしょに行くのを、あんなにうれしそうに、楽しみにしてたアイツに、少しは義理を果たしておきたい。
 そんな言い訳めいたことを考えつつ、授業終了後、工学部棟に立ち寄る。
 文学部に、日本文化学科、英語文化学科、歴史文化学科と、さまざまな学科があるように、工学部にも、機械工学科、電子情報科、材料工学科がある。

 (アイツ、何学科なんだ?)

 学科がわかったところで、アイツがどこの教室で、なんの授業を受けているかなんて、オレにはわからない。けど、学科を知らないことが、妙に悔やまれた。
 授業後の廊下が人でざわめき、まっすぐ歩くのも難しい状態になるのは、文学部も工学部もさほど変わらない。ただ、こっちのが男子学生が多いなって程度で――。

 「先輩!」

 まっすぐ歩けないほど人が多いのがいけないのか、それとも上がってきた熱のせいでフラフラしてるオレが悪いのか。
 すれ違いざま、肩が誰かとぶつかり、よろけたオレに、知ってる声がかかる。

 「――氷鷹?」

 「ちょっ、先輩、大丈夫ですかっ!?」

 さっき肩にぶつかったのは、氷鷹だったのか? それとも別の誰かか?
 知らない、アウェーみたいな場所で氷鷹に会えたからか。それとも、話さなきゃいけない相手に会えて、ホッとしたのか。ズルズルと体から力が抜けていく。

 「スマン。氷鷹。今日は、スーパーに立ち寄れない」

 言わなきゃ。伝えなきゃ。
 だから、必死に言葉を紡ぐ。

 「先輩、まさか、それだけを伝えるためにここに来たんですかっ!?」

 「おう」

 それだけのために、ここに来たぞ。
 どうだ。参ったか。

 「……まったく」

 深くふかく、氷鷹が息を吐き出す。

 「先輩、帰りますよ」

 グイッと自分の体が持ち上げられる感覚。氷鷹が、オレの腕を掴んで、肩を貸してくれたのだと、なんとなく理解する。

 「お前、授業は?」

 学校帰りのバイトは?

 「こんな状態で、一人で帰るって言うんですか?」

 担がれる格好になったせいで、怒ったような氷鷹の声が、ダイレクトに体に響いてくる。

 「授業は、一日ぐらい休んだとこで、どうってことないです」

 足早に入口に向かう氷鷹。オレも足を動かして歩いてるつもりだけど、どこか引きずられてるような感覚もある。

 「スマン、氷鷹」

 スマン。迷惑かける。
 工学部棟を出たところで、それだけを告げる。けど、もう話すだけの元気も残ってなくて。「告げた」と思ったけど、返事のないところをみると、それは、心の中だけのつぶやきだったのかもしれない。
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