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3.僕とキミの間にあるもの
(一)
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「あっ、先輩、おはようございますっ!」
朝一番。
アパートの玄関の鍵をかけ、振り返ったところで、耳に馴染み始めた元気良すぎる声に、全身に電気が走った。
「……氷鷹」
「いっしょに登校できないかな~って。来ちゃいました」
来ちゃいましたって。
「お前、なんで、オレのアパート……」
驚きすぎて、単語が途切れ途切れになる。
「いやあ、先輩、いっつもこっち方面に帰ってくし? たまたま通りかかったら、先輩の自転車が停めてあったし?」
エヘヘと、笑いながら後頭部を掻く氷鷹。
こっち方面とか、自転車って。
この辺に学生用アパートが何軒あると思ってるんだ。こんなの絶対「たまたま通りかかった」じゃない。
コイツは、オレが出てくるのを待ち伏せしてたに違いない。コイツの家から、大学に向かうには、ここはルートから外れきってる。
わざと、オレのアパートを探して、オレが出てくるのを待ち伏せてた。
オレがわざとズル休みをしたり、授業が二限目からだったりしたら、どうするつもりだったのか。
「せっかくですし。いっしょに学校行きましょうよ」
これ、「NO」って言っても無駄なんだろうな。コイツだって大学に行くのなら、道は同じなわけだし。
そのストーカーじみた人懐っこさに、半ば呆れ、オレがここに住んでる証拠になった自転車を引っ張り出す。
自転車に乗って走り出しても、コイツ、走ってついてくるんだろうな。
「……好きにしろ」
諦め半分、呆れ半分。
そんな気分で、前カゴにカバンだけ入れて、自転車を押して歩き出す。
「わぁい」とばかりに、ニッコニコの氷鷹が自転車を挟んで、隣で歩調を合わせる。
(ヘンなヤツ)
変わり者。変人。酔狂。物好き。
いろんな言葉が頭に浮かんだけど、でも不思議と悪い気はしなかった。
なんだろう。
こうして氷鷹に寄ってこられることをうれしく思っている? 寄ってこられないと、腕の脇がスカスカするような? そばに来られることが当たり前のような?
「先輩? どうしたんっすか?」
「――いや、なんでもない」
よくわからない感情を、他人に話すのは難しい。
誰かに話して気持ちを整理するって方法もあるけど、さすがに、モヤモヤ感情の原因となってるヤツに、今こんな気持ちなんだって話すのはためらわれる。
「それより。お前、今日もバイト、入ってるのか?」
「はい! 今日は、俺、夕方からです。佐波先輩は?」
「オレは、今日は休み。だけど、授業終わったら、あそこに買い物に寄る」
大学とアパートの往復のなかで。あのスーパーが一番近くて、一番品揃えも価格もいいんだ。バイト帰りに大抵の買い物を済ませてるけど、だからって、休みの日に立ち寄らないってことはない。
「じゃあ、今日は、先輩がお客様として来てくれるんですね!」
「まあ、そうなるな」
「じゃあ、じゃあ! 今日は、俺のレジに並んでください!」
「お前の?」
「はい! 俺のレジがどんなもんか。お客として見てほしいんです!」
そんなもんかね。
オレなら、誰か友達が買い物に来ても、別に自分のレジに来てほしい――なんて考えたことないけど。
「わかった。でも、その時間にお前、レジじゃなかったらどうするんだよ」
仕事はレジばっかりじゃない。品出しだってある。
「うえ~。そうだったぁ」
ペシンとおでこを叩いて、空を見上げた氷鷹。……そういう可能性を考えてなかったらしい。
「じゃあ! 俺がレジに入るまで、買い物を待ってもらうとか!」
「――は?」
「それか、……そうだ! 品出ししてる俺に、商品案内を頼んでくださいよ! あの商品は、どこにあるのって」
「なんで、自分でわかってるのに、お前に訊かなきゃいけないんだよ」
多分だけど、お前より、何がどこにあるか、詳しいと思うんだけど?
「いいじゃないですか。勝手に帰られるよりマシです!」
勝手にって。
とっとと買い物済ませて、帰りたいんだけど?
今日は四限まで授業あるし。疲れてるだろうから、サッサと帰りたい。
けど。
「わかった。買い物立ち寄ったら、お前に必ず声をかける」
その漏らした言葉に、「わぁい♡」って顔をした氷鷹。
「けど。ちゃんと出来なかったら、ちゃんと指摘するからな」
覚悟しろ。
オレ、自分でそういう仕事をしてるからか、接客、販売業に対する目は、厳しいからな。
喜ぶ氷鷹に釘を挿したつもりなんだが――
「はい!」
なぜかうれしそうな、大きな声が返ってきた。
(やっぱ、ヘンなヤツ)
喜ぶ氷鷹も。そしてオレも。
うれしそうな氷鷹を見て、なぜか、心がフワフワ浮き上がってくる。
楽しい? 面白い? ――幸せ?
「ちょっと急ぐぞ、氷鷹。このままじゃ、遅刻する」
「はい!」
氷鷹を呼ぶにも、ヘンな力がこもらなくなった。自然に、普通に「氷鷹」って呼べている。
これが「慣れ」ってヤツか? オレに向けて、ずっと尻尾を振ってるコイツに、気持ちが馴染んできたのか?
ストーカーみたいに追いかけて、距離ナシで近づいてくる氷鷹。その図々しさに根負けした――というより、その図々しさを心地よく感じ始めている。
あの「おしるこ事件?」で、意味もわからないバカ笑いをしたせいか。氷鷹がオレの横にいることを許してしまっている。
いや。
横にいてくれないと、脇がスカスカするというか。
今だって、待ち伏せされてイヤだという気持ちより、オレを待っていたのかっていう驚きと、それを当たり前とする気持ちが大きかった。
(スゴいよな、コイツ)
多分だけど、オレには、そんな人との距離の詰め方はできない。ヤレと言われても、きっと無理。
避けようとしても回り込まれる。
そんな感じなのに。
なぜか。
なぜか、それを「悪くない」と思ってる自分がいることに、この時初めて気づき、驚いた。
朝一番。
アパートの玄関の鍵をかけ、振り返ったところで、耳に馴染み始めた元気良すぎる声に、全身に電気が走った。
「……氷鷹」
「いっしょに登校できないかな~って。来ちゃいました」
来ちゃいましたって。
「お前、なんで、オレのアパート……」
驚きすぎて、単語が途切れ途切れになる。
「いやあ、先輩、いっつもこっち方面に帰ってくし? たまたま通りかかったら、先輩の自転車が停めてあったし?」
エヘヘと、笑いながら後頭部を掻く氷鷹。
こっち方面とか、自転車って。
この辺に学生用アパートが何軒あると思ってるんだ。こんなの絶対「たまたま通りかかった」じゃない。
コイツは、オレが出てくるのを待ち伏せしてたに違いない。コイツの家から、大学に向かうには、ここはルートから外れきってる。
わざと、オレのアパートを探して、オレが出てくるのを待ち伏せてた。
オレがわざとズル休みをしたり、授業が二限目からだったりしたら、どうするつもりだったのか。
「せっかくですし。いっしょに学校行きましょうよ」
これ、「NO」って言っても無駄なんだろうな。コイツだって大学に行くのなら、道は同じなわけだし。
そのストーカーじみた人懐っこさに、半ば呆れ、オレがここに住んでる証拠になった自転車を引っ張り出す。
自転車に乗って走り出しても、コイツ、走ってついてくるんだろうな。
「……好きにしろ」
諦め半分、呆れ半分。
そんな気分で、前カゴにカバンだけ入れて、自転車を押して歩き出す。
「わぁい」とばかりに、ニッコニコの氷鷹が自転車を挟んで、隣で歩調を合わせる。
(ヘンなヤツ)
変わり者。変人。酔狂。物好き。
いろんな言葉が頭に浮かんだけど、でも不思議と悪い気はしなかった。
なんだろう。
こうして氷鷹に寄ってこられることをうれしく思っている? 寄ってこられないと、腕の脇がスカスカするような? そばに来られることが当たり前のような?
「先輩? どうしたんっすか?」
「――いや、なんでもない」
よくわからない感情を、他人に話すのは難しい。
誰かに話して気持ちを整理するって方法もあるけど、さすがに、モヤモヤ感情の原因となってるヤツに、今こんな気持ちなんだって話すのはためらわれる。
「それより。お前、今日もバイト、入ってるのか?」
「はい! 今日は、俺、夕方からです。佐波先輩は?」
「オレは、今日は休み。だけど、授業終わったら、あそこに買い物に寄る」
大学とアパートの往復のなかで。あのスーパーが一番近くて、一番品揃えも価格もいいんだ。バイト帰りに大抵の買い物を済ませてるけど、だからって、休みの日に立ち寄らないってことはない。
「じゃあ、今日は、先輩がお客様として来てくれるんですね!」
「まあ、そうなるな」
「じゃあ、じゃあ! 今日は、俺のレジに並んでください!」
「お前の?」
「はい! 俺のレジがどんなもんか。お客として見てほしいんです!」
そんなもんかね。
オレなら、誰か友達が買い物に来ても、別に自分のレジに来てほしい――なんて考えたことないけど。
「わかった。でも、その時間にお前、レジじゃなかったらどうするんだよ」
仕事はレジばっかりじゃない。品出しだってある。
「うえ~。そうだったぁ」
ペシンとおでこを叩いて、空を見上げた氷鷹。……そういう可能性を考えてなかったらしい。
「じゃあ! 俺がレジに入るまで、買い物を待ってもらうとか!」
「――は?」
「それか、……そうだ! 品出ししてる俺に、商品案内を頼んでくださいよ! あの商品は、どこにあるのって」
「なんで、自分でわかってるのに、お前に訊かなきゃいけないんだよ」
多分だけど、お前より、何がどこにあるか、詳しいと思うんだけど?
「いいじゃないですか。勝手に帰られるよりマシです!」
勝手にって。
とっとと買い物済ませて、帰りたいんだけど?
今日は四限まで授業あるし。疲れてるだろうから、サッサと帰りたい。
けど。
「わかった。買い物立ち寄ったら、お前に必ず声をかける」
その漏らした言葉に、「わぁい♡」って顔をした氷鷹。
「けど。ちゃんと出来なかったら、ちゃんと指摘するからな」
覚悟しろ。
オレ、自分でそういう仕事をしてるからか、接客、販売業に対する目は、厳しいからな。
喜ぶ氷鷹に釘を挿したつもりなんだが――
「はい!」
なぜかうれしそうな、大きな声が返ってきた。
(やっぱ、ヘンなヤツ)
喜ぶ氷鷹も。そしてオレも。
うれしそうな氷鷹を見て、なぜか、心がフワフワ浮き上がってくる。
楽しい? 面白い? ――幸せ?
「ちょっと急ぐぞ、氷鷹。このままじゃ、遅刻する」
「はい!」
氷鷹を呼ぶにも、ヘンな力がこもらなくなった。自然に、普通に「氷鷹」って呼べている。
これが「慣れ」ってヤツか? オレに向けて、ずっと尻尾を振ってるコイツに、気持ちが馴染んできたのか?
ストーカーみたいに追いかけて、距離ナシで近づいてくる氷鷹。その図々しさに根負けした――というより、その図々しさを心地よく感じ始めている。
あの「おしるこ事件?」で、意味もわからないバカ笑いをしたせいか。氷鷹がオレの横にいることを許してしまっている。
いや。
横にいてくれないと、脇がスカスカするというか。
今だって、待ち伏せされてイヤだという気持ちより、オレを待っていたのかっていう驚きと、それを当たり前とする気持ちが大きかった。
(スゴいよな、コイツ)
多分だけど、オレには、そんな人との距離の詰め方はできない。ヤレと言われても、きっと無理。
避けようとしても回り込まれる。
そんな感じなのに。
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