恋をするなら、キミとがいい

若松だんご

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2.距離ナシディスタンス

(五)

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 ――パックを横に倒しただけで、中身はこぼれませんけど?

 それは正論。
 わかってる。
 牛乳パックをカゴのなかで、寝かせて入れたところで、牛乳は漏れない。漏れてたまるか。
 寝かせて、上から衝撃でも与えたら、紙パックが敗れて漏れることもある……かもしれないが。普通に寝かせただけじゃ、漏れたりしない。けど。

 「申し訳ありません!」

 サービスカウンターを抜け、氷鷹のいるゆっくりレジに走る。そして。

 「え、先輩?」

 驚く氷鷹の肩を掴んで、いっしょに頭を下げる。
 それから、カゴのなかで、寝かせたままになっていた牛乳パックを縦に起こす。

 「こちらの商品、お取替えいたしますか?」

 漏れてないですけど? なんて心の声は、完全封印。
 お客様が気に入らなかったら、なんの問題もない商品でも取り替える。

 「そこまでせんでもええ」

 謝罪が功を奏したのか。次に顔を上げた時には、牛乳さんはそこまで怒ってる様子じゃなかった。

 「ただ、その新米にちゃんと教えとけ。ええな」

 フンっと鼻を鳴らし、氷鷹に代わってレジに立つオレと取引を続けた牛乳さん。

 「ありがとうございましたー」

 お会計後、もう一度キチンと頭を下げる。

 「……あの、先輩」

 オレにレジ仕事をとられて、ちょっと所在なくなってた氷鷹が声をかけてくる。

 「話は後な。お前は、あっち、サービスカウンターにでも行ってろ。ここは、オレが交替するから」

 「……はい」

 かなりしょげてる感じの氷鷹。ブルさん好みの長身を、まるく丸めてトボトボとサービスカウンターに入っていく。

 (あとは、まあ、鷲尾さんが説明してくれるだろう)

 それより、今は、目の前の客!
 牛乳さんのトラブルで、レジに並ぶのを遠慮してたお客様たちが、「もう大丈夫かな?」とこっちに来たがってる。

 (そういや、アイツにブルさんだの牛乳さんだの、そういう二つ名つきのお客について話してなかったなあ)

 というか、アレは教えて覚えるもんじゃないし。
 ああして、一度は二つ名さんとトラブルを経験して、覚えてくものだし。オレだって、そうやって覚えたし。

 (とりあえずは、鷲尾さんに任せておこう)

 ベテランの鷲尾さんなら、うまい感じにアイツにそのへんを教えてくれるだろう。オレの知らない二つ名さんもいるわけだし。

 「お待たせいたしました~、いらっしゃいませ~」

 ニッコリと接客スマイルで、次の客を受け入れる。今やるべきことは、アイツのフォローじゃない。次から次と訪れるお客様の接客だ。
 カゴへの入れ方で怒る客は、牛乳さんだけじゃない。豆腐の上に菓子パンを置いただけで怒り出す人。袋に詰めやすいように、軽いものを下に、重いものをカゴの上に載せろという人。レジで、エコバックに詰めることはしてないと説明してるのに、「この袋に入れて!」と無理難題言ってくる人。いろんな人がいる。終わったことを引きずってる時間はないのだ。

 「以上7点で、千五百二十円でございます」

 接客をこなしながら、チラッとサービスカウンターを盗み見る。
 鷲尾さんに、バンバンっと背中を叩かれた氷鷹が、それでも背を丸めながら、トボトボとバックヤードに向けて歩いていくのが見えた。

          *

 「――先輩っ!」

 「え? わっ! ひ、氷鷹っ!?」

 バイト終わり。事務所から出て、自転車置き場で、いるはずのない人物の出現に、心臓が飛び出そうなぐらい驚く。
 今は、夜の八時。
 氷鷹は、あの後すぐに帰ったはずだけど?
 店長の計らいで、落ち込んでた氷鷹は、そのまま上がりってことにされた。
 でも、真っ暗ななか、オレの自転車の横に立ってたのは、どこをどう見ても、あの氷鷹で。

 「あの……。今日のこと、ちゃんとお礼を言いたくて。待ってました!」

 「まさか、ずっとここで?」

 「いえ。さすがに、一度家に帰りましたけど。でも、どうしても気になって」

 ちょっとうつむいた氷鷹。でも次の瞬間、ピッと背筋を伸ばして。

 「本当に、今日はすみませんでしたっ!」

 直角に腰を折って、最上級の謝罪。

 「――別にいいって」

 あんなぐらいで、そんな謝罪は要らねえって。

 「オレだって、お前の方が正論だってことぐらい理解してるし。お前と同じこと思ってるし」

 牛乳パックを横に寝かせたぐらいで、中身が漏れるなんてことはない。
 
 「お前が寝かせたのは、カゴに卵のパックもあったから――だろ?」

 「先輩……」

 牛乳さんの言う通り、牛乳パックを立ててカゴに入れたら。
 もし、牛乳パックが倒れたら。倒れた拍子に卵にぶつかったら。
 それを考えれば、氷鷹のやったことは、間違いじゃない。卵が割れたら、牛乳さんは今度は卵が割れたって怒り出すだろう。「お前の入れ方があかんから、卵が割れたやんけ!」って。

 「だから、そんなに気にすんなって」

 励まそうと、その肩を叩きたかったんだが。
 身長高いって、なにげにムカつくのな。子どもが大人を慰めてるような気になって、手を伸ばすのを諦める。

 「それよりさ。鷲尾さんに、聞いたんだけど、お前、ブルさんに気に入られたんだってな」

 「ブルさん?」

 「ブルドックみたいな顔のオバちゃんだよ。あの人、接客態度にも一々うるさいんだよ。オレは気に入られてないから」

 「あ~、あの人ですか」

 記憶を探って、ブルさんにたどり着いたんだろう。「ああ!」って感じの顔になった氷鷹。

 「俺、あの人のカゴをサッカー台まで運んだだけっすよ? ペットボトルとか重そうなものばっかり買ってたから」

 「それがいいんだよ。ブルさんは、そういうサービスみたいなのは、やるのが当たり前な人だから」

 サービス業なんだから、もっとサービス、客に親切にしなさいよ!
 店員なんだから、店の商品すべてについて、知ってるのが当たり前でしょ?
 サービスはアンタにだけするものじゃないし、じゃあアンタは家の中のもの、全部どこになにかどういうふうに仕舞ってあるか、全部知ってるんだなってツッコみたい。
 
 「先輩。あの、コレ、お詫びに、どうぞ」

 なぜか、言葉を途切れ途切れにさせ、氷鷹がなにかの缶を取り出した。

 「ナニコレ。――おしるこ?」

 ツヤツヤのあずきのイラスト。まあるい文字で「おしるこ」と書かれた缶。

 「疲れた時は温かいもの。甘いもの。そう思ったので……」

 そりゃあ、バイトで疲れてるし? ちょっと寒いなって思ったから、温かいものは欲しかったけど。
 だからって、「おしるこ」チョイス? フツー、そこはカフェオレとかコーヒーじゃねえの?

 「ありがと」

 ツッコミはナシ。
 ここは素直におしるこを受け取る。
 受け取ったからには、そのままどこかに仕舞うのではなく、目の前で飲んだほうがいいか?
 軽く迷って、それから缶を開け、口をつける。――が。

 「……あっめぇ!」

 「温かい」というより、「熱い」。それに、クッソ甘い。
 口腔に一気に広がった、とんでもない甘さ。追いかけるように口の中に突入してくる小豆。噛むとさらに口が甘くなる。
 苦い物を食べた。嫌いな物を食べた。
 そういうわけじゃないけど、その甘さと熱さに、思わず眉をしかめる。

 「――ブプッ」

 「氷鷹?」

 「す、すみませんっ、で、でもっ、アハハっ、ブハハハっ」

 オレを見て、笑い、吹き出した氷鷹。
 謝罪しながら、笑いを止めようと口に手をあてるけど、全然うまくいってない。肩は震えてるし、笑いはドンドン大きくなっていく。

 「せ、先輩のっ、その顔っ!」

 「顔ぉっ!?」

 お前、人の顔見て笑うなんて、失礼極まりないぞ。
 それも飲んだのは、お前が寄こしたおしるこだし。
 でも。

 「ハハハっ。アハハハハっ」

 なぜか、オレも笑いたくなる。
 アクビが見ていた人にも感染していくように、笑いも広がっていくんだろうか。
 氷鷹が笑う。怒らなきゃいけないはずのオレまで笑う。
 そのうち、怒りなんてどうでもよくなって。二人で、ゲラゲラ笑いあう。一方が収めようとしても、相手の笑いを見て、また笑い出す。笑いの感染が延々と続く。
 笑いすぎて、頬が痛くなって。ヒーヒー呼吸困難になって。それがまた面白くって、笑いが続く。
 
 どうにも止まらない、どうでもいいようなネタの笑いが暗い空に、冷たい風に溶けていく。

 (こういうの、悪くないな)

 もう、どうして笑ってるのかわからない。そんな収まらない笑いのなかで思った。
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