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第3話 いざ求めん。山海の珍味。

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 大広間にざわめきが走る。
 どうやら王さまと王子さまがセットでお出ましになった……らしい。
 どうして「らしい」かって?
 それは簡単。
 わたしからは遠すぎて見えなかったのよ。
 王宮の大広間。どれぐらい広いかというと、「おお、広間だ!!」っていうぐらい広い。(どれだけ?)
 そこに貴族の令嬢がわんさか集まって、給仕の人たち、なぜか集まってる大臣とかのお偉いさんたち。
 広間がとてつもなく大きくて、百人集まっても大丈夫とかなんとか言われても、そこはやっぱり人混みでゴチャゴチャするわけで。公爵家とか、侯爵家とか、名だたるご出身のご令嬢はそれこそ王さま王子さまのお出まし階段の近くに陣取っていたけど、わたしたちのような、「一応呼ばれたからここにいます」レベルの令嬢たちは、大広間のすみっこにいるしかなく、王さまたちを拝見することはできなかったのよ。
 ま、別に見たくて参加してるわけじゃないし。
 イルゼのたっての希望で、大広間の隅に陣取ったわたしたちの目の前にあるのは、王子さまではなく豪勢な料理。
 花より団子。色気より食気。

 「すべての料理を食べ尽くすっ!!」

 イルゼが料理に突進していった。
 あの食欲魔人と化したイルゼなら、ここの料理を全部味わい尽くすんだろうな。
 なんて思いながら残ったユリアナと笑い合う。

 「ユリアナ、どれにする?」

 イルゼほどじゃないけど、わたしも結構お腹空いてる。こういう時、立食パーティ形式ってありがたい。誰が何をどれだけ食べても、好きなモノだけ偏食しても誰にも文句を言われないんだもん。

 「そうねえ、あ、あれ、ちょっと興味あるわ」

 ユリアナが顔を向けた先にあったのは、小さな蟹を茹でたもの。

 「これ、海の蟹だわ。……ん、おいしい。すごく身が詰まってる」

 わたしたちの実家、領地は山だの森だのに囲まれてて、めったに海産物にお目にかかることはない。海からも近く、交易の盛んな王都ならではの料理に、思わず気分が上がってしまう。
 いや~、これだけで参加したかいがあるってもんよ。
 ん~、ウマッ!!

 「ね、他には何かおいしいものないかな」

 あらかた蟹を食べ終え、次の獲物を探す。

 「あ、あそこのお肉、おいしかったわよ」

 わたしの声が聞こえてたのか、すでにいくつか平らげてたイルゼが教えてくれた。

 「ユリアナも食べる?」

 「わたくしはいいわ。この蟹だけで充分よ」

 少し眉根をよせて困ったようにユリアナが笑う。

 「じゃあ、わたし、ちょっと試食してくるね」

 多分だけど、ガツガツ食べるのははしたないとかなんとか。お祖母さまに厳しくしつけられてるんだろうな。「仮にも伯爵家の娘が」とか言うのが、ユリアナのお祖母さまの口癖だもんね。わたしたち男爵家の娘とつき合うのも、あまりおもしろくないみたいだし。ユリアナは気にしてないけど。

 さてと。

 あらためて料理にむかうと、イルゼおススメのお肉以外にもおいしそうな料理が目に飛び込んでくる。
 ああ、これ、お持ち帰りできないかな。
 わたし、イルゼみたいに、底なし沼的に食べることは出来ないし。
 ユリアナみたいに、ちょっと食べて「お腹いっぱいですの」な令嬢だらけなら、絶対余ると思うし。この後、イルゼ以上に底なし胃袋保持者の軍人さんが、一個大隊で押し寄せてくるって言うのなら話は別だけど。
 折り詰めに入れて持ち帰ることができたらな。今日食べきれなくても、数日は持つようなものを選んでいけば、しばらくわたしの食費も浮かせられそうだし。
 「持ち帰りたいので折り詰めください」なんて給仕の人にお願いしたら、ドン引きされちゃうかな。王宮で働くような人なら、深窓の令嬢(例:ユリアナ)みたいなのしか見たことないだろうし。ガツガツ食べて、お持ち帰りしたいなんて言い出す底辺令嬢なんて知らないんだろうし。
 ま、こうやって参加することで、義理は果たしたわけだし? 二度と王宮に来ることもないだろうし? 別に、「この間、ありえねえ令嬢見ちゃってよ~」とかウワサされても気にならないし? 
 適齢期の令嬢は全員参加だと言われたし。来ないと家を取り潰されると言われて、仕方なく来ただけだし。(“多少”というより“かなりの”)お金かけて、やりたくもない化粧とかして来てあげてるんだし。「ご苦労様でした。参加賞」的な何かをもらってもいいと思うし。本当は現金で貰いたいところだけど、それがムリなら、多少の見返りは欲しいなと思うし。

 (……まあ、今日のドレスと化粧にかかった代金分ぐらいの料理は……ね)

 なんて、思考がだんだんと厚かましくなってくる。
 いやー、いいじゃん、いいじゃん。どうせ、(イルゼ以外)ほとんど誰も食べてないような状態だし。いっぱいあるし。
 さすがに、夜会真っ最中に「折り詰めください」なんて言えないので、大人しく味見をしながら、会が終わるのを待つ。終わったら言ってもいいかな。

 (それにしても、皆さま、頑張ってるわね~)

 お魚のキッシュ(美味っ!!)を頬張りながら、会場を見回す。
 圧倒的に女性(若いの限定)が多い状態。
 いくつかのグループが出来ているようで、あちこちにドレスの塊が見受けられた。

 わたしたちと同じような、「呼ばれたから来たけど、最初っから相手にされようなんて思ってません」グループ。ドレスもちょっとお出かけレベルのイイものは着てるけど、言ってしまえば、それだけ。地味に、会場の端っこを陣取ってる。

 それと対照的なのは、「私たち、千載一遇のチャンス、玉の輿を狙ってますの」グループ。これでもかってぐらいお金かけてきたことがわかる派手なドレス。ギンギラギン。年齢も私たちよりちょっと上。もしかすると、二十二だと言われてる王子よりも上かもしれない。グイグイと攻めていくわけにはいかない身分なのか(多分、男爵家とか子爵家程度の出身なんだろう)、王子が寄ってこないか期待して待ちわびるだけの状態。時々、首を伸ばして誰かを探すような仕草をするから、わかりやすい。

 そして、「私たちが選ばれるのが当たり前ですの」グループ。玉の輿ギンギラギンとは違って、動きもドレスも豪華だけど上品。年齢も、私とさほど変わらないだろう。身分は、伯爵家以上かな。ただ、このグループにも二通りの動きがあって、悠然と王子を待ち構えるように立ってるだけのもあれば、たぶん王子を取り巻いてるんだろう、動く人の塊もあった。選ばれるのが当然なのだから、待っていれば良いのですわ? それとも、少しでもお近づきになるために、ご一緒に歩いてお話しするのが一番ですわ?

 どっちがいいのかわかんないけど、まあ、あの二つのグループのどちらかから、花嫁は決まるんだろうな~。
 わたしみたいなのは、今日という一次選考すら通過することなく、「厳正なる選考の結果、誠に残念ではございますが、今回はご期待に添えない結果となりました。貴殿のますますのご活躍を祈念いたします」とかなんとか言われて、サヨナラされるんだろうし。そもそも、厳正もなにも、選考なんてしてないだろうが、祈念なんて欠片も祈ったことないだろうが……って話は割愛。
 って、まあどうでもいいか。

 とりあえず、ここに来るまでの交通費に、ドレス代、宿泊費。元を取るため、食って食って食いまくるのみっ!!
 領地ではめったに食べられない海産物を中心に食べ尽くす!!
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