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第4話 ここではきものをぬいではいけません。(句読点問題)

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 ってさ。元を取るって言っても、お腹は通常モードにしか働かないわけで。気概はあっても、入るキャパシティはいつも通りなわけで。

 (グ、苦しいぐるじい……。息する余裕がない)

 姉さまのドレスに合わせるために、普段よりキツメでコルセットを締めてきたのが仇になった。
 お腹のキャパ、普段以下だよ。
 思ってた以上に、食べ物が入らない。入らないのに入れようとするから、喉のあたりで食べ物が渋滞を起こしかけてるよ。
 困った。
 これじゃあ元本割れしてしまう。
 お腹の消化が終わるのを待ってゆっくり食べるって手もあるけど、それじゃあ時間が間に合わない。
 かといって、食べずに終了するのは悔しすぎる。

 …………よしっ!!

 ポンッと手を打ち、アイディアのままに大広間から一旦退出する。
 別に、今わたしがそこにいなくちゃいけない理由はないし。戸口にいた老年のダンディな給仕さんに行先を告げ、廊下に出る。
 向かう先は、廊下を曲がったところにある、いくつかの小部屋の一つ、令嬢たちの控えの間。
 気分がすぐれなかったりとか、酔い覚ましにとかの理由で使えるように夜会の間中、ずっと開放されている部屋。
 その中の一つに滑り込むと、明かりがないことをいいことに、スルスルと上半身のドレスを脱ぎだす。
 コルセットをしてるせいで食べられないのら、コルセットを外してしまえばいい。
 そうすれば、コルセットの厚みの分だけお腹を膨らませること出来るし。別にコルセットなしでもギリギリ着られるドレスだし。ちょっとお腹がポヨンポヨンするけど、この先、誰かが私を見ることなんてないだろうし。(イルゼとユリアナは別だけど) 会場でもすみっこで大人しくしていれば、コルセットナシでも気づかれないだろうし。
 こんなところにコルセットを置いていったら驚かれるかもしれないけど、まあ、それも後で回収すればいいや。

 我ながら、なんてナイスアイディアッ!!

 と、思ったんだけど……。
 コルセットって、どーしてこんなにヒモが多いのよっ!!
 ドレスを着つけた時は助けてもらってたからわかんなかったけど、これ、ヒモ、メチャクチャ多すぎっ!! ほどいてもほどいても、まだ終わらないっ!!
 普段、動きにくくて苦しいだけだからと着けてないから知らなかった。世のご令嬢は、毎日これを着脱してたのね。頭の下がる思いだわ。ホント。
 とかなんとか格闘するうちに、最後のヒモが解ける。
 ガパッと外れるコルセット。一気に取り込まれる新鮮な空気。

 あ~~。すごい開放感っ!!

 思わず深呼吸をくり返しちゃうぐらい。
 これなら、後もう少しはお腹に詰め込むことが出来そうね。

 ――――キイッ。

 気分良くしてドレスの袖に腕を通そうとしたわたしの背後から、一筋の光が差しこむ。
 細く長くのびた筋。そのなかに、わたしのシルエットも混じる。

 …………!? 
 誰かドア、開けた!?

 鍵はかけていなかったし、令嬢なら誰でもここで休んでいいわけだし。というか、令嬢しか入ってこない、つまり、入ってくるのは同性だけと油断してたわけなんだけど。
 一瞬の光で出来た影は、長い。
 天高く……とまではいかなくても高くまとめ上げた髪型でもない。ふんわり広がったドレスでもない。シンプルな頭の形に、どう見ても足が二本ニョッキリあることがわかる影の形。

 これって、まさか……。

 驚きふり返る間に、扉が閉められ、影が部屋の暗闇に同化する。
 部屋に一つきりのランプのたよりない灯りで見えるシルエットは、どう見ても男性。結構若い。
 後ろ手で扉を閉め、つっ立つ男性。
 コルセットを外し、ドレスを直そうと袖に腕を通しかけたわたし。
 互いに固まったまま、双方を見る。

 一。
 ニ。
 三。
 四。

 「……積極的な女だな」

 五を数える前に、先に動いたのは男の方。

 「体を使って誘惑するつもりか? そこまで必死になってアピールしたいのか? ん?」

 ……ナニヲイイタインデスカ!?

 理解できないわたし。固まり続けるわたし。
 そんなわたしに近づいてきて、頬に親指を添えたかと思うと、クイッと顎を持ち上げる男。

 一。
 ニ。
 三。

 「キャアアアアアッ……、フッ、フガフガッ!!」

 「騒ぐな、うるさい」

 あげかけた悲鳴を手で塞がれた。その上、暴れられないように、もう片手で抱きとめられたっ!! ってか羽交い締めっ!!

 フガフガフガフガッ!!

 いっ、息っ!! 息がっ!!
 デカい手だから、口だけじゃなく鼻もふさがれたっ!!
 呼吸困難。チアノーゼ。
 酸素!! 酸素!! 酸素を求むっ!!

 ウー、ウーッ!!

 ジタバタ暴れてみるものの、男の力は強くてビクともしない。
 ダメだ。
 かすむ思考。遠のく意識。サヨナラ人生。十七年のご愛顧、ありがとうございました。ガラガラガラ。
 ボンヤリした耳で聴きとれたのは、誰かを捜しながら廊下を行く数人の女性の声。
 それが遠ざかって聞こえなくなると同時に、男が力を抜いた。
 自由になり力が抜けた体。ズルズルと床に座りこみ、新鮮な空気を肺いっぱいに取り込む。

 「……おい!?」

 わたしの様子に初めて気づいたかのように、男が心配そうにこちらを見下ろしてくる。
 が。

 右フックッ!!
 左ストレートッ!!
 右アッパーッ!!
 カン、カン、カーンッ!!

 立ち上がるなり決めたパンチ三連打で相手をダウンさせてやる。

 「なっ……!!」

 「『なっ』、じゃないわよ、『なっ』じゃっ!! なによ、勝手に押し入ってきてっ!! 息できなくて死ぬかと思ったじゃないっ!! このどスケベッ!! 変態っ!! 痴漢っ!! 誰が積極的で体使って誘惑するのに必死なのよっ!! この大勘違い、色情狂の人殺しっ!!」

 肺に取り込んだ新鮮な空気と一緒に、一気に怒りをぶちまける。
 殴られた頬を押さえ、あっけにとられたように床に倒れ込んだ男を、ハアハアと肩で息をしながら見下ろす。ドレスを着てなかったら、蹴りも食らわせてやりたかった。

 「食べ過ぎて、お腹が苦しかったからコルセットを外してただけよっ!! 色ボケするのもたいがいにしてほしいわっ!!」

 誰がなにを誘惑するってのよ。
 人の着替えに勝手に押し入ってきたのは、そっちでしょーが。

 ……フンッ!!

 鼻息荒いままドレスだけ手早く直すと、勢いよく扉を閉めて部屋から出ていく。
 あんな勘違い変態男が普通にうろついてるんだから、まったく、王都なんて都会は油断も隙もないわね。
 見た目、若い軍人みたいだったけど、脳内は自意識過剰な桃色世界なんだろうか。
 身分差を越えるために必死なユリアナの恋人とか、無口で寡黙な義兄とは大違いだわ。王都にいるようなチャラい軍人は、みんなあんなかんじなのかな。脳内まで、下半身思考。
 うう、イヤだ。
 乱れたドレスを整えながら、足早に大広間に戻っていく。
 あんなのに二度と出くわさないためにも、サッサと花嫁候補から外れて領地に帰るに限るわね。
 鳥肌の立ちかけた肌をさする。
 やっぱり王都の空気はわたしには合わないわ。
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