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第23話 世界は誰かのスキルで成り立っている。
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「で!? この畑……もとい、花壇を王子からもらったと」
「そうよ。ジャライモの研究に使いたいからって。バラの代わりにここをもらったわ」
わたしとミネッタの前に広がる花壇。
そこまで大きいものじゃなく、せいぜい小学校のクラスの花壇サイズ。それでも、一応プレゼントってことで、草は生えてないし、土だってフカフカに耕してもらってある。
王子が耕して草を抜いてくれた……ってことはないだろうから、ここの庭師の人が用意してくれたんだろう。
王子ではなく、庭師さんに感謝。
「でも、ジャライモとなると、収穫まで時間がかかりますよ? 最低でも2、3ヶ月はかかりますし。それまで王宮に居座るつもりですか?」
ジャライモは、一度植えると移植が難しい。というか、人参や大根もそうだけど、根菜を移植するのは、基本、無理。
「長期戦になるならジャライモも育てるけど、今のところ計画してるのは、夏野菜かな。ちょっと時期が外れてきてるけど、まだ豆類なら育てられると思うのよね」
バラの咲くこの時期、ジャライモの収穫は出来ても、植え付けは不可能。ならばと考えていたのが夏野菜だった。
「ここに、枝豆とかいんげんとか育てようかなって思ってるの。それか、これだけフカフカの土にしてもらってるなら、人参なんかもいいような気がする」
「……本格的に農家を始めるつもりですか?」
「いいじゃない。わたしにできることっていったら、これぐらいしかないんだし」
もともと令嬢としてのレベルは低い。お茶やお花をたしなむぐらいなら、こうして土いじりに精を出していたほうが気持ちいい。
今だって、コルセットつきの窮屈なドレスじゃなく、ミネッタに用意してもらった大きなエプロン付きの地味な服。スカート丈もくるぶしなんかが見えちゃう程度、ご令嬢なら絶対着ないよ、こんな服。
宮廷のウワサ好きに見られたら、何を言われるかわかったもんじゃないけど、でも、好きで王子のお気に入りになってるわけじゃないし、もしそれで妃候補から外れるなら、万々歳なので気にしない。
「まあ、バラに埋もれるよりは百倍マシですけどね」
スコップを杖代わりにしたミネッタが、不承不承ってかんじだけど納得してくれた。あのバラ攻撃、ミネッタもそうとう参ってたみたい。
「じゃあ、さっそく種を巻きたいんだけど……。ねえ、さっきから気になってるんだけどさ、ミネッタ、どうして“スコップ”持ってきたの?」
土はフカフカに耕してあるから、柄の長い“スコップ”で土を掘る必要はない。だから、片手でも使える、種まき用の穴が掘れる“シャベル”を持ってくるように頼んだのだけど。
「は!? “スコップ”!? これ、“シャベル”ですよ!? お嬢さまが“シャベル”を持って来いっておっしゃったから、持ってきたんですけど」
「うん。“シャベル”と言ったけど。それ、どう見ても“スコップ”よ!?」
杖代わりに使えるぐらい柄が長いし。
「あー。お嬢さま、前世の出身は“関東”でしたっけ」
「うん。一応、埼玉」
「あたし、関西、大阪なんですよね。大阪だと、こういうのを“シャベル”って言うんですよ。片手で使えるあれは“スコップ”」
「ええっ!? そうなのっ!?」
「本来は、足をかける部分があるものを“シャベル”、そうでないものを“スコップ”として区別するそうなんですが。地域によって呼び方が違うんですよね、あれ」
そうなんだ。ってか、前世のそれがこんなところで影響するとは思ってなかった。
「“移植ゴテ”なら間違いなかったんですけどね」
そっか。そう言えばよかったのか。
「お嬢さまの“シャベル”持ってきますから。しばらくお待ちください」
「……うん。ゴメン」
スコップ片手にミネッタが離れていく。その後ろ姿を見送ってから、軽く自己嫌悪とともにしゃがみこむ。
ミネッタって、ああいうノリだし、あまり気にしてないってカンジでいてくれてるけど、わたし、結構迷惑かけてるよね。
たまたま、わたしのもとにメイドとして仕えに来てくれたミネッタ。領地内にある村の子だくさん鍛冶屋の娘だとかで、手っ取り早い収入源だからと、仕えてくれている。歳もあっちが二つ年上と、そう変わらなかったことと、同じ転生者でオタクという共通項があったため、わたしの一番身近なメイドとして働いてくれてる。
いつもは友だちのような態度で接してくれるけど、こういう時は、ちゃんと一線を引いてくる。今だって、わたしまでフラフラと“シャベル”を取りに行ったりしたら、誰かに見られて貶めるようなウワサを流されるから、一人で行ったわけで。
お菓子を作ってくれたり、バカ話につき合ってくれたり。時折、とんでもないからかいも付けてくるけど、基本、わたしを令嬢として扱ってくれるのよね。
いつもの茶化したような話し方も、もしかしたら、わたしが令嬢として扱われることを快く思ってないことを知ってのことかもしれないし。
いつか、ミネッタの気遣いに報いることができたらなあ。
「――おや、珍しい。こんなところにお嬢さんがいらっしゃるとは」
地面にイジイジと、指で「の」の字を書きかけてたわたしに降り注いだ声。――庭師さん!?
見上げたそこにあったのは、よれて泥にまみれたシャツとズボンを着た中年男性の、人のよさそうな笑顔だった。
「なにか、植えるのですか?」
わたしの手にしていた小さな袋に気づいたのだろう。
「ええ。ちょっと。豆でも植えようかと」
「豆ですか。ちょっと時期が遅い気がしますが、まだ間に合いますよ」
そうなんだ。ちょっと遅かったのか。
ジャライモの育て方はもちろんだけど、そういうこともわたしは疎い。
「ところで、豆といっても色々ありますが、何を植えるつもりですかな?」
「えっと……。とりあえずはインゲン豆を」
「ああ、いいですね、インゲン豆。これからの季節にピッタリだ」
そうなんだ。
「それと、人参でも育てようと思ってるんですけど……」
「人参? それは、やめておいた方がいいよ、お嬢さん。害虫が増える」
へ!?
「野菜でも花でもそうなんだけどね。一緒に植えたほうがいい植物と一緒に植えてはいけない植物があるんだよ」
「そうなんですか?」
さすがに、そこまで知らなかった。
「豆類は、土を肥やしてくれるのでありがたい植物なんだが、一緒に育てるには難のある相手もいる。代わりに一緒に育てると思わぬ効果を得られる相手もいるんだよ」
さすが庭師さん。そういうこと詳しいな。
「土を良くしてくれるからって、毎年同じ場所に豆を植えてもいけないしね」
「農業って、奥が深いんですね」
「一朝一夕にできるもんじゃないだろうね。私もこうして農業に携わっているが、まだまだ学ぶことだらけだよ」
軽く眉根を寄せて笑う庭師さん。こんな年配の人でも力不足だって思うのなら、わたしなんていう“にわか農家”は、力不足どころか、力すら存在してないかもしれない。
「農家の方に感謝ですね」
「そうだね。いつも、美味しい野菜を作ってくれるからね」
農家だけじゃない。家畜を飼って育ててる人、魚を捕ってくれる漁師さん、食器や衣類、生活に必要なものを作り出してくれる人たち。みんなに感謝だ。
「植物とは不思議なものだよ。一緒に植えることでより良くなるものもあれば、そうでないものもある。人だって同じだ。人だって誰かと支え合っていくことで幸せになるものもあれば、そうでないものもある。悲しいことにね」
「そうですね」と、答えようとしたんだけど。その庭師のおじさんの遠くを眺めるような目を見たら、言葉が上手く出てこなくなった。
なんか、意味深な言い回し。
「そうよ。ジャライモの研究に使いたいからって。バラの代わりにここをもらったわ」
わたしとミネッタの前に広がる花壇。
そこまで大きいものじゃなく、せいぜい小学校のクラスの花壇サイズ。それでも、一応プレゼントってことで、草は生えてないし、土だってフカフカに耕してもらってある。
王子が耕して草を抜いてくれた……ってことはないだろうから、ここの庭師の人が用意してくれたんだろう。
王子ではなく、庭師さんに感謝。
「でも、ジャライモとなると、収穫まで時間がかかりますよ? 最低でも2、3ヶ月はかかりますし。それまで王宮に居座るつもりですか?」
ジャライモは、一度植えると移植が難しい。というか、人参や大根もそうだけど、根菜を移植するのは、基本、無理。
「長期戦になるならジャライモも育てるけど、今のところ計画してるのは、夏野菜かな。ちょっと時期が外れてきてるけど、まだ豆類なら育てられると思うのよね」
バラの咲くこの時期、ジャライモの収穫は出来ても、植え付けは不可能。ならばと考えていたのが夏野菜だった。
「ここに、枝豆とかいんげんとか育てようかなって思ってるの。それか、これだけフカフカの土にしてもらってるなら、人参なんかもいいような気がする」
「……本格的に農家を始めるつもりですか?」
「いいじゃない。わたしにできることっていったら、これぐらいしかないんだし」
もともと令嬢としてのレベルは低い。お茶やお花をたしなむぐらいなら、こうして土いじりに精を出していたほうが気持ちいい。
今だって、コルセットつきの窮屈なドレスじゃなく、ミネッタに用意してもらった大きなエプロン付きの地味な服。スカート丈もくるぶしなんかが見えちゃう程度、ご令嬢なら絶対着ないよ、こんな服。
宮廷のウワサ好きに見られたら、何を言われるかわかったもんじゃないけど、でも、好きで王子のお気に入りになってるわけじゃないし、もしそれで妃候補から外れるなら、万々歳なので気にしない。
「まあ、バラに埋もれるよりは百倍マシですけどね」
スコップを杖代わりにしたミネッタが、不承不承ってかんじだけど納得してくれた。あのバラ攻撃、ミネッタもそうとう参ってたみたい。
「じゃあ、さっそく種を巻きたいんだけど……。ねえ、さっきから気になってるんだけどさ、ミネッタ、どうして“スコップ”持ってきたの?」
土はフカフカに耕してあるから、柄の長い“スコップ”で土を掘る必要はない。だから、片手でも使える、種まき用の穴が掘れる“シャベル”を持ってくるように頼んだのだけど。
「は!? “スコップ”!? これ、“シャベル”ですよ!? お嬢さまが“シャベル”を持って来いっておっしゃったから、持ってきたんですけど」
「うん。“シャベル”と言ったけど。それ、どう見ても“スコップ”よ!?」
杖代わりに使えるぐらい柄が長いし。
「あー。お嬢さま、前世の出身は“関東”でしたっけ」
「うん。一応、埼玉」
「あたし、関西、大阪なんですよね。大阪だと、こういうのを“シャベル”って言うんですよ。片手で使えるあれは“スコップ”」
「ええっ!? そうなのっ!?」
「本来は、足をかける部分があるものを“シャベル”、そうでないものを“スコップ”として区別するそうなんですが。地域によって呼び方が違うんですよね、あれ」
そうなんだ。ってか、前世のそれがこんなところで影響するとは思ってなかった。
「“移植ゴテ”なら間違いなかったんですけどね」
そっか。そう言えばよかったのか。
「お嬢さまの“シャベル”持ってきますから。しばらくお待ちください」
「……うん。ゴメン」
スコップ片手にミネッタが離れていく。その後ろ姿を見送ってから、軽く自己嫌悪とともにしゃがみこむ。
ミネッタって、ああいうノリだし、あまり気にしてないってカンジでいてくれてるけど、わたし、結構迷惑かけてるよね。
たまたま、わたしのもとにメイドとして仕えに来てくれたミネッタ。領地内にある村の子だくさん鍛冶屋の娘だとかで、手っ取り早い収入源だからと、仕えてくれている。歳もあっちが二つ年上と、そう変わらなかったことと、同じ転生者でオタクという共通項があったため、わたしの一番身近なメイドとして働いてくれてる。
いつもは友だちのような態度で接してくれるけど、こういう時は、ちゃんと一線を引いてくる。今だって、わたしまでフラフラと“シャベル”を取りに行ったりしたら、誰かに見られて貶めるようなウワサを流されるから、一人で行ったわけで。
お菓子を作ってくれたり、バカ話につき合ってくれたり。時折、とんでもないからかいも付けてくるけど、基本、わたしを令嬢として扱ってくれるのよね。
いつもの茶化したような話し方も、もしかしたら、わたしが令嬢として扱われることを快く思ってないことを知ってのことかもしれないし。
いつか、ミネッタの気遣いに報いることができたらなあ。
「――おや、珍しい。こんなところにお嬢さんがいらっしゃるとは」
地面にイジイジと、指で「の」の字を書きかけてたわたしに降り注いだ声。――庭師さん!?
見上げたそこにあったのは、よれて泥にまみれたシャツとズボンを着た中年男性の、人のよさそうな笑顔だった。
「なにか、植えるのですか?」
わたしの手にしていた小さな袋に気づいたのだろう。
「ええ。ちょっと。豆でも植えようかと」
「豆ですか。ちょっと時期が遅い気がしますが、まだ間に合いますよ」
そうなんだ。ちょっと遅かったのか。
ジャライモの育て方はもちろんだけど、そういうこともわたしは疎い。
「ところで、豆といっても色々ありますが、何を植えるつもりですかな?」
「えっと……。とりあえずはインゲン豆を」
「ああ、いいですね、インゲン豆。これからの季節にピッタリだ」
そうなんだ。
「それと、人参でも育てようと思ってるんですけど……」
「人参? それは、やめておいた方がいいよ、お嬢さん。害虫が増える」
へ!?
「野菜でも花でもそうなんだけどね。一緒に植えたほうがいい植物と一緒に植えてはいけない植物があるんだよ」
「そうなんですか?」
さすがに、そこまで知らなかった。
「豆類は、土を肥やしてくれるのでありがたい植物なんだが、一緒に育てるには難のある相手もいる。代わりに一緒に育てると思わぬ効果を得られる相手もいるんだよ」
さすが庭師さん。そういうこと詳しいな。
「土を良くしてくれるからって、毎年同じ場所に豆を植えてもいけないしね」
「農業って、奥が深いんですね」
「一朝一夕にできるもんじゃないだろうね。私もこうして農業に携わっているが、まだまだ学ぶことだらけだよ」
軽く眉根を寄せて笑う庭師さん。こんな年配の人でも力不足だって思うのなら、わたしなんていう“にわか農家”は、力不足どころか、力すら存在してないかもしれない。
「農家の方に感謝ですね」
「そうだね。いつも、美味しい野菜を作ってくれるからね」
農家だけじゃない。家畜を飼って育ててる人、魚を捕ってくれる漁師さん、食器や衣類、生活に必要なものを作り出してくれる人たち。みんなに感謝だ。
「植物とは不思議なものだよ。一緒に植えることでより良くなるものもあれば、そうでないものもある。人だって同じだ。人だって誰かと支え合っていくことで幸せになるものもあれば、そうでないものもある。悲しいことにね」
「そうですね」と、答えようとしたんだけど。その庭師のおじさんの遠くを眺めるような目を見たら、言葉が上手く出てこなくなった。
なんか、意味深な言い回し。
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