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第24話 恋とは、コンパニオンプランツのようなもの。

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 ゴンベが種まきゃカラスがほじくる
 三度に一度は、追わずばなるまい
 ズンベラ ズンベラ ズンベラ♪

 なんて『ズンベラ節』を思い出す今日この頃。
 あれから。
 ミネッタと一緒にインゲン豆の種を蒔いたんだけど。いっこうに目を出す気配のない、土だけ花壇。
 これって、カラスに種をほじくられてる?

 「大丈夫だよ。ちょっと時間がかかってるだけで、ちゃんと芽を出しますよ。埋めた種は、他のモノより少しだけ時間が必要ですからね」

 にこやかに慰めてくれたのは、先日知り合った庭師のおじさん。フェリクスさん。
 豆の植え方まで教えてくれた人。豆は、プスッと指を第一関節まで突き刺して、出来た穴に一粒ずつ入れてく。
 種には、日の光を好むモノとそうでないモノがあるとかで、豆は日の光を嫌うタイプなんだって。
 うーん。知らなかった。
 間違っても、カラスにほじくられないために土に埋めてるんじゃないらしい。

 「今日は、侍女の方はご一緒じゃないんですか?」

 「ええまあ。今日は農作業をする気はなかったので。ミネッタには部屋でドレスを作ってもらってます」

 ここに来たのは、豆が芽吹いてないか確認しに来ただけ。深窓の令嬢じゃないんだから、それぐらいの単独行動は可能だ。お付きもなしに歩き回って、また変なウワサをたてられるかもしれないけど、まあ、気にするまい。そんなウワサで花嫁候補から外されても困ることないし。むしろ喜ぶ。
 
 「王子のワガママにつき合って晩餐会とか出席しなくちゃいけないから。ドレスとか必要になって……面倒なんですよね。そういうの」

 種を蒔いてからというもの、こうしてここを訪れるたびに、フェリクスさんと話をするようになった。彼には、わたしがくだんの令嬢、王子の溺愛相手であることはバレている。
 芋を愛し、土いじりを好む、風変わりな令嬢。
 男爵家の娘という身分の低さ、その辺の風景に溶け込んでしまいそうなモブ顔のくせに、王子に溺愛される令嬢。
 花嫁最終候補に、王子がその愛(笑)から、むりやりねじ込んだ令嬢。
 シカトしてもへこたれず、ノンビリ暮らしてるのは、イジメられてることに気づかないほど鈍感なのか、よほどのバカなのか。
 それとも、王子の愛(笑)を手に入れてる自信がそうさせているのか。
 さまざまな憶測と風評と偏見が混じった目で見られている令嬢。
 それが、わたし。アデル・ヘルミーナ・リリエンタール。
 フェリクスさんは、そんなわたしの素性を知っても態度を変えなかった、珍しい人の一人。
 王子のわたしへの(偽)溺愛が知られていくにつれ、わたしにこびへつらう人が増えた。

 身分が低いからと、ないがしろにするのはよくない――。
 王子の耳にどんな悪口を吹きこまれるか、わかったもんじゃないぞ――。
 ここで取り入っておけば、何かと得だろう――。
 とりあえず、王子が飽きるまでは、大切に扱っておいて損はない――。

 仕立て屋からは、是非にとドレスが届けられるようになったし、晩餐会などの公式行事の連絡も届くようになった。マリエンヌさま方、他の花嫁候補の方々とのお茶会は、王子が断わってるのか、一切参加してないけど、代わりに会ったこともないような伯爵夫人だの侯爵夫人だのから、お茶会のお誘いまで届くようになった。
 魂胆丸見えで近づいてこられてもなあ。

 正直、ウザい。

 この間も、初めてお会いしましたわ夫人から、しつこくお茶会に誘われたので参加したんだけど。腹立ってたので、最初から最後までジャライモの話をしてやった。――初めてお会いしましたわ夫人with取り巻き夫人たち、顔、引きつってたなあ。王子のご寵姫の話だから無下にできない、仕方ない空気プンプンしてたし。
 あれは、ちょっと笑った出来事だった。

 「ウチの王子は、面倒かい?」

 「へ?」

 「いやね、王子はお嬢さんにご執心のようだけど、アナタはそれを喜んでないように思えたのでね。ちょっとした野次馬根性、とでもいうのかな。少し気になってしまってね」

 ハハッと笑う、フェリクスさん。
 王子のこと、好意的に見てる人なんだろう。「ウチの王子」なんてかわいく呼んでるし。
 その王子の恋愛事情が気になって仕方ない。せっかくだから、ホントのトコどうなのか聞いてやろう。そう思ったらしい。

 「……王子は、悪い人じゃないと思います」

 「ほう……」

 「戦争を一日も早く終結させたいと考えてるみたいですし。国のことをちゃんと考えてる、王子としての責任を知る人だと思います」

 戦争を終わらせるために戦場に駆けつけたい。でも、そのためには、まず花嫁を探せと王様から言われた。だから、とりあえず(仮)でわたしを花嫁候補にした。
 ヒドイことを言ってる気がするけど、国を考えての行動だとしたら、そこまでヒドクはないんじゃないかな。多分。
 
 「曲がったことが嫌いで、売られたケンカは即買いする気の短さで。でも、『王子』を演じるぐらいの猫を飼ってて。居丈高で、俺様で、正直『ウザい』ところもあるけど、悪い人ではないと思います」

 あれ? 褒めてないぞ、自分。
 でもこれが正直な王子の感想。
 イケメンで、王子様らしく振る舞えるのに、その中身はかなりの俺様。曲がったことが嫌いなのは悪くないと思うけど、そのとばっちりで、わたしにちょっかいをかけてくるのはかなりウザい。わたしを選んだのだって、わたしに殴られたことがキッカケだったと思うし。
 「イイ人」「好きな人」ではないけど、「悪い人じゃない」。これが今のわたしから王子への評価かな。良くはないけど、悪くはない。そんなところ。

 「悪い人ではない……ね。なるほど、珍しいお嬢さんだ。あの王子が惚れるのもわかる気がするよ」

 ニヤニヤと顎に手を当てたフェリクスさん。

 「普通のご令嬢なら、あの顔に惚れるからね」

 あ、そっか。王子、(黙っていれば)イケメンだもんね。

 「人って、顔だけじゃないですから。顔だけに満足するなら、その辺の絵画とか彫刻を見とけばいいって話です」

 カッコよさだけを求めるなら、別に動くイケメンを拝しなくても、二次元のイケメンを眺めていればいい。それこそミネッタに頼んだら、メッチャイケメンのイラストを書いてくれる気がする。

 「フフッ……。やはり面白い方だね、アナタは。そんなアナタなら、あの王子とでも支え合っていけるかもしれないね」

 いや。それはご勘弁ください。
 
 「アデル――ッ!!」

 こちらへ近づいてくる足音と、うるさすぎる王子の声。
 誰かと談笑してるところに聞こえてくるって、……!? 前にも似たようなことがあったような。

 「探したぞ、アデル。せっかく部屋を訪れたら、ここにいると言われたからな」

 わたしを見つけるなり、軽く抱き寄せた王子。
 以前と違って、いくらかトーンは落ちてるけど、その分、猫かぶりにこやか度が上がってる気がする。

 「――執務は、よろしいのですか?」

 「もう終わらせた。それより大事なのは、お前との時間だ。天気もいいし、せっかくだから、遠乗りにでも出かけよう」

 「いや、わたし、馬に乗れませんよ?」

 そんな贅沢な趣味、田舎の貧乏男爵令嬢では無理なんですけど。馬はわたしを乗せるためではなく、畑を耕すためにある。

 「ならば、相乗りしたらいい」

 したくないって、そんなの。
 天気が良くても悪くても、ずっと仕事してなさいよ、このノットワーカーホリック王子め。亭主王子元気で留守がいいって言葉、知らないの?

 「ハハハッ、王子、溺愛するのは結構だが、たいがいにしておかないと、嫌われるぞ?」

 王子の作り出した溺愛ムードのなか。てっきりモブになって黙ったと思ってたフェリクスさんが笑いだした。
 っていうか、馴れ馴れしすぎない!? フェリクスさん。
 王子を前にして笑うなんて。

 「――父上。言葉が過ぎます」

 へ!?
 今、王子、なんて言った!? おい。
 フェリクスさんと王子。交互に二人を何度も見る。
 にこやかなフェリクスさんと、わたしを抱き寄せたまま、苦虫を噛みつぶしたような王子の顔。――まさか。

 「アデル嬢。何かと大変だと思うが、これからも、息子を見捨てずによろしく頼むよ。『ウザい』だけでなく、多少は良い面もあるだろうしね。おっと、これは親の欲目かな」

 まさか、まさか、まさか。
 フェリクスさんが国王陛下だったなんて――っ!!

 驚くわたし。
 カラカラと笑いながら去っていくフェリクスさん、もとい、庭師みたいな格好の国王陛下。

 まさか、こんな形で国王陛下に出会ってるとは。
 わたし、結構なため口吐いてたし。
 
 (うわあああ、どどど、どうしよう~~)

 「気にするな。お前がそういう令嬢だってことは、父上もよくご存知だ。自分の国の王族の顔を知らないだけで文句を言うような、了見の狭い父ではない」
 
 いや、うれしくないから、それ。

 「それよりも、『ウザい』とは誰のことだ? ん?」

 怒りの猫かぶり笑みで近づく王子の顔。
 アンタ、了見狭すぎ。ちっとはお父さんを見習いなさいよっ!!
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