「今とっても幸せですの。ごめんあそばせ♡」 捨てられ者同士、溺れちゃうほど愛し合ってますのでお構いなく!

若松だんご

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3.音色に惹かれて

 (そろそろ寝ようっかな~)

 ザクザクと踏み鳴らす芝生。
 寝つけなくて、一人庭に散策に出たけれど。
 気分も良くなったし。明日ガレットを食べに行くのなら、それを楽しみに寝ることもできそう。それに、夜ふかししすぎると、今度は朝起きられなくなっちゃう。
 王宮にいた時なら、何時に寝ようと、必ず起きる時間は決まってて、どれだけ眠くても、規則正しい生活を強いられる。まあそれは、仕える側の都合もあって、自由気ままに生活されると、奉仕する時間、手順が狂ってしまうから。どれだけ眠くっても、朝は同じ時間に朝食を食べてくれないと、それに合わせてこっちは料理の支度をしてるんだよってやつ。ダラダラ朝寝されて、昼近くになって朝食ってなったら、朝に合わせて作ってた料理が冷めてしまう。そして、朝がずれ込んだら、昼はどうなる? 王族(わたしはまだ王族じゃなかったけど)の生活は、少しでもズレたら、仕える側の迷惑になる。

 けど今は。
 ソニエは文句言うかもしれないけど、それでも王宮ほど厳しく怒られることはないだろう。朝食だって、わたしが起きてから用意されたって、「遅い」とか文句言うつもりもないし。むしろ、それでいいと思ってる。

 (そういう意味では、マリアルナに感謝かなぁ)

 「捨てられた」と思うから辛いんだ。「解放された」と思えば心浮き立つ。
 王子妃らしくしなくていい。今のわたしは自由なんだ。
 アイツの尻拭いもしなくていい。わたしの思うままに暮せばいい。
 生まれ育ったこの町で。気ままに暮らしていける。
 それって、なんて贅沢なことなんだろう。王宮では味わえなかった、最高の贅沢。
 アイツから解放してくれて。大変な役目を引き受けてくれてありがとう、マリアルナ。

 (そうとなれば、早く寝なきゃね)

 自分の思うように。自由に。気ままに。
 考えることがいっぱいあって眠れなかったのに。今は、ワクワクがいっぱいで眠れそうにない。

 (――って、あれ?)

 ザクザクと考え事に夢中で、庭の端まで歩いてきていたわたしの耳に、かすかに風に乗って虫の音とは違う音が届く。

 (これって……ヴァイオリン?)

 澄んだ高音と、心に響くような低音。
 しっとりと柔らかく。ときに切なく。
 もっとよく聴きたくて、音に近づき足を止める。でも。

 (あ、間違えた)

 奏者は、あまりヴァイオリンが得意じゃないらしい。
 聴こえてくるのは、わたしも知ってる曲なんだけど、知ってる分、リズムが違う、音がズレた、音を間違えたのがわかってしまう。
 正直、下手くそヴァイオリン。でも。

 (――懐かしい)

 この間違え方、ものすごく懐かしい。

 (これって、――まさか!)

 わたし、知ってる。
 譜面通りじゃない、この弾き方。時々どっつかえる、この弾き方。
 でも、感情豊かに奏でる弾き方。

 (ええい、もどかしいわね!)

 正解を知りたくて、弾いているのが、わたしの思った通りの人物かどうか知りたくて、十年前の記憶を頼りに、庭を囲うように生けられた垣根に突入!
 確かこの辺に、垣根を抜ける穴みたいな場所があったはず!
 垣根の向こうは、隣のお屋敷。
 垣根なんて抜けないで、ちゃんと門から外に出て、グルっと回っていけばいい。
 淑女ならそうする。
 隣のお屋敷であっても、予め訪問してもいいかどうか手紙でお尋ねして、了承を得てから、ちゃんと日の出ている間に訪問する。
 それがマナー。
 こんな生け垣をくぐって、こんな夜に出向くもんじゃない。
 だけど。

 (早くしないと、演奏終わっちゃうじゃない!)

 淑女としてあるまじき訪問方法だけど、わたしは、このヴァイオリンの演奏者が誰か、確かめたいの!
 だって、この曲、この弾き方……!
 わたしの推理が当たってるのだとしたら! ――って、ええい、動きにくいわね、ここ!
 子どものころは、ササッと走り抜けられたのに。ろくに手入れされてなかったのか、枝葉が伸びて、穴が小さくなってる! ンガアッ!

 (早く、早くしないと!)

 演奏者に会えなくてもいい。一目だけでも、それがわたしの思ってる人で合ってるのかどうか。それだけでも確認したいのよ!

 ガザッ。

 「――誰?」

 最後の、かなり狭くなってた穴を抜けたところで、ヴァイオリンの演奏が止まる。演奏が終わったわけじゃない。わたしの出した音に、その人がビックリして弓を止めただけ。

 「こんばんは。月の麗しい夜ですわね」

 生け垣の穴からは抜け出せてない。地べたに這った、およそ淑女らしくない格好だけど、せめてもの意地で、挨拶だけは淑女らしく。

 「……リューリア? リューリアなのかい?」

 「ええ。お久しぶりね、シオン」

 正解。
 ヴァイオリンを片手に、わたしに近づいてくる青年。
 柔らかい黒髪に、月明かり程度、暗い夜でもハッキリわかる青い瞳。
 記憶にある彼より、ずっと大人びた印象だけど、間違いない、彼はわたしの幼なじみ、シオン・エティファニールだ。

 「散策してたら、懐かしい音色が聴こえてきたものだから」

 だから、昔みたいに、つい生け垣を抜けて来ちゃった。エヘ。
 生け垣の下に、ニョキッと生えたような間抜けな格好のわたしの前で、彼が膝をつく。
 笑って、お茶目~って感じで誤魔化してみたけど。――呆れてるかしら。子どものころならいざ知らず、20歳にもなって、生け垣を抜けてくるなんて。はしたないって怒るかしら。
 膝をついた彼の顔。
 月明かりが逆光になって、ちょっとわからない。

 「リューリア」

 彼が、わたしの名を呼ぶ。
 
 「ようこそ、姫君」

 スッとわたしの手を伸ばした彼。
 記憶にある彼の声より、低くなってるけど。「姫君」ってちょっとおどけた呼び方は、昔のまま。あの頃も、こうしてわたしに手を差し伸べてくれてたっけ。

 「十年ぶりの来訪、歓迎するよ」

 怒ってない。呆れてない。
 昔のままの対応がちょっとうれしい。
 彼に手を取られ、モソモソと生け垣から脱出するけど。

 ビィィィッ。

 絹を裂くような悲鳴――じゃなく、絹の夜着が悲鳴をあげるように裂けた。

 「キャアアアアっ!」

 枝に引っかかってたのだろう。生け垣から抜けてみれば、太もものあたりから、夜着がパックリ縦に裂けている。裂けた夜着からニョッキリのぞく、わたしの足。

 「これをっ!」

 バッと上着を脱いで、わたしにかけてくれたシオン。

 「み、見てないから!」

 「う、うん。ありがとっ!」

 上着でわたしをくるみ、そのままそっぽを向いて抱きしめてくれた。
 
 (見られてない……のかな?)

 どうなのかな?
 抱きしめてくれてるシオンの鼓動、おそらくわたしと同じぐらい早いような気がするけど。
 見てないというのなら、信じていいのかな。
 暗いし、一瞬のことだったし。見られてないよね? 見てないよね!
 生け垣を抜けるだけでもどうかと思うのに、足をむき出しにしちゃうなんて、淑女というより、女性としてどうかと思うわよ。
 足なんて、胸と同じで、夫以外に見せちゃいけない場所なのに。

 (やっぱり、淑女らしく門から訪れるべきだったわ)

 よく考えたら、明日の朝に確かめに来ても、彼はここに滞在してたかもしれないのに。急いだばかりに。焦ったばかりに。
 演奏者が彼なのかどうか、確かめようとしたばかりに。めんどくさがって、昔みたいに、垣根のトンネルを抜けようとしたばっかりに。こんなことになるなんて。

 後悔先に立たず。
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