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このたび、あこがれ騎士さまの妻になりました。
第15話 閉ざされた世界のなかで。
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「リリー!!」
走り出した勢いのまま、乱暴に裏口を開けて外に駆け出す。
降り積もった雪に足を取られながらも、必死に走る。
どうして?
どうして追いかけてくるの?
エディルさまの、わたしを呼ぶ声が近づいてくる。
お願い。
お願いだから、名前を呼ばないで。
追いかけないで。
放っておいて。
構わないで。
二年も会わなかったのに。
どうして今になって、わたしを探し出したりしたの?
忘れてくれていたらいいのに。
逃げ出したような妻のことなんて、放っておいてくれたらよかったのに。
王妃さまに言われたの?
わたしを探して連れ戻せって。
それで、またわたしに見せかけだけの愛情を注いで、王妃さまとの仲を隠せと言うの?
幸せじゃなくても、幸せな妻のフリをして笑えと?
もう嫌。
嫌なの。
好きだから。エディルさまが好きだから、そんな役は引き受けたくない。
なのに。
どうしてわたし、“うれしい”って思ってるの――?
会えてうれしい。
二年ぶりにその姿を見ることができてうれしい。
わたしを探しに来てくれてうれしい。
逃げ出したいのに、ふり返って立ち止まりたくなる感情がフツフツと湧き上がってくる。
「――あっ!!」
「あぶないっ!!」
雪に足をとられ、よろめいた身体。その身体をすんでのところで抱きとめてくれた、たくましい腕。エディルさまのものだ。
背中越しに感じる、エディルさまの荒い息。わたしの息も白く弾んだままだ。
「……少しだけ、話をさせてくれませんか?」
言葉とともに、身体を離される。一瞬熱を与えられた身体に、冬の空気がひんやりと感じられた。
「あれから、ずっとこの村で暮らしてたのですか?」
「――はい」
「この村に誰か知り合いでも?」
「いえ。そういうわけでは……」
「そうですか」
向き合うように立ったものの、俯いたままのわたしには、エディルさまの感情がわからない。怒ってるの? それとも安心してる? 呆れてる?
勝手に出ていって、ここで暮らしていたわたしを怒ってるのかどうなのか。その表情を見て確認したいけど、怖くて顔を上げられない。わたしの目に映るのは、真っ白に積もった足元の雪だけ。その先にある、エディルさまの足から上を見るだけの勇気はない。
「リリー、アナタは……」
「リーリアから離れろっ!!」
怒声とともに、エディルさまの足が揺らぐ。
「ジェルドさんっ!!」
「お前だろっ!! リーリアを苦しめた亭主ってのはっ!!」
わたしたちを追いかけてくれくれたのだろうか。ジェルドさんがエディルさんの胸ぐら を掴みもみ合っていた。
「リーリアはなっ、お前のせいで散々苦しんだんだっ!! この村に来た時、死にそうなぐらい暗い顔して、笑うことも出来ないぐらい追い詰められてた!! 二年経って、ようやく普通に笑うようになったんだ!!」
もみ合う……じゃない。ジェルドさんの攻撃を、エディルさまは一方的に受け続けていた。
「アンタが誰であろうとなんであろうと、リーリアを苦しめるような奴は、この俺が許さねえっ!!」
「やめて、ジェルドさんっ!!」
殴りかかろうと、振り上げられたジェルドさんの腕にしがみつく。
わたしのために怒ってくれるのはうれしいけど、だからってエディルさまに殴りかかるのは間違ってる。
わたしがしがみついたせいで、いくらか勢いが削がれたのか。ジェルドさんが掴んだエディルさまの胸ぐらを乱暴に突き放した。そのせいで、エディルさまが雪の積もった地面に尻もちをつく。
「リーリアになにかしようっていうのなら、この村の連中がタダじゃおかねえからな」
フンッと軽く鼻を鳴らすジェルドさん。怒りは鎮めても、わたしをエディルさまから守る盾の役割を辞める気はないらしい。
「リリー」
立ち上がって軽く雪を払ったエディルさま。
「アナタが無事で――本当によかった」
さっきと違って、今度はエディルさまが俯いたままに。顔が影になったせいで、表情をうかがい知ることは出来ない。
「それだけを確認したかったのです。アナタが無事でいるのなら、私は何もいたしません」
「エディルさま……」
「アナタの邪魔にならないよう、すぐにでもここを離れたいのですが……」
ようやく顔を上げてくださったエディルさま。だけど、その顔は、私を見ることなく、別の方向、村の外にそびえ立つ山々をとらえる。
「この雪が晴れるまで、それは難しそうですね」
王都より北方にあるこの村は、冬になると雪に閉ざされ、外との往来が難しくなる。今日、ここにエディルさまが到着されたのも奇跡に近い。行きが無事だったからって、帰りも大丈夫だって保証はない。いくら会いたくなかった相手であっても、険しく厳しい雪山越えを強いるわけにはいかない。
「あの店は、宿屋も兼ねているのですよね。山越えが可能になるまでの間、しばらく逗留させていただきます」
え!? ここで暮らすの?
あの山の雪が溶けるまでには、最低でも一ヶ月はかかる。それまでの期間、エディルさまがここに留まられるの?
「大丈夫です。アナタの幸せを邪魔したりしません。ただ、しばらくの間だけ、――そばにいさせてくださいませんか?」
* * * *
「まあ、ウチは宿屋だし? この冬に山を越えて出て行けとは言いにくいし……ねえ」
「宿代も問題なく支払ってくれたし……なあ」
「俺は反対だっ!! リーリアを泣かせた亭主だぞ? またリーリアが泣かされるとか考えねえのかよ!!」
う~んと唸るマスターと女将さん。反対するのは、息子のジェルドさん。エディルさまを宿屋のお客として受け入れるかどうかの相談を持ちかけたのだけど。
「この冬の季節にあの山を越えて出て行けってのは……ねえ」
「だよなあ。かと言って、ウチ以外に宿を提供してるところはねえしなあ」
ジェルドさんの勢いに対して、マスターたちはどうにも煮え切らない。
「とりあえず、ここはリーリアの意見を訊いてみたらどうなんだ?」
「そうだよ。リーリアがどうしたいか訊いて、アタシらはそれに従うよ」
(え? わたし?)
宿屋のことだから、お二人とジェルドさんに決めていただこうと思ってたのに。
「アンタが逃げ出したくなるほどヒドい亭主だった、二度と顔を見たくないというのなら冬であってもなんであってもお断りするけどね。そうじゃないっていうのなら、この季節だけ逗留してもらうけどね」
「それは……」
「お世話するのが怖い、嫌だというのならジェルドにさせるよ。どうだい?」
俺が世話するのかよと、ジェルドさんがとばっちりを受けた!!不満!!って顔してる。――けど。
「……お願いしてもいいですか? 雪山を越えて出て行けっていうのは酷ですから」
そう、そうよ。
雪山を越えて帰れというのが酷だから、可哀想だからここにいてもいいと思うだけ。
それ以上の考えはないの。
そばにいてほしいとか、顔を見ることが出来てうれしいとか、そういうのじゃないから。
――アナタが無事で、本当によかった。
あの言葉が、耳に、心に貼りついて離れない。
走り出した勢いのまま、乱暴に裏口を開けて外に駆け出す。
降り積もった雪に足を取られながらも、必死に走る。
どうして?
どうして追いかけてくるの?
エディルさまの、わたしを呼ぶ声が近づいてくる。
お願い。
お願いだから、名前を呼ばないで。
追いかけないで。
放っておいて。
構わないで。
二年も会わなかったのに。
どうして今になって、わたしを探し出したりしたの?
忘れてくれていたらいいのに。
逃げ出したような妻のことなんて、放っておいてくれたらよかったのに。
王妃さまに言われたの?
わたしを探して連れ戻せって。
それで、またわたしに見せかけだけの愛情を注いで、王妃さまとの仲を隠せと言うの?
幸せじゃなくても、幸せな妻のフリをして笑えと?
もう嫌。
嫌なの。
好きだから。エディルさまが好きだから、そんな役は引き受けたくない。
なのに。
どうしてわたし、“うれしい”って思ってるの――?
会えてうれしい。
二年ぶりにその姿を見ることができてうれしい。
わたしを探しに来てくれてうれしい。
逃げ出したいのに、ふり返って立ち止まりたくなる感情がフツフツと湧き上がってくる。
「――あっ!!」
「あぶないっ!!」
雪に足をとられ、よろめいた身体。その身体をすんでのところで抱きとめてくれた、たくましい腕。エディルさまのものだ。
背中越しに感じる、エディルさまの荒い息。わたしの息も白く弾んだままだ。
「……少しだけ、話をさせてくれませんか?」
言葉とともに、身体を離される。一瞬熱を与えられた身体に、冬の空気がひんやりと感じられた。
「あれから、ずっとこの村で暮らしてたのですか?」
「――はい」
「この村に誰か知り合いでも?」
「いえ。そういうわけでは……」
「そうですか」
向き合うように立ったものの、俯いたままのわたしには、エディルさまの感情がわからない。怒ってるの? それとも安心してる? 呆れてる?
勝手に出ていって、ここで暮らしていたわたしを怒ってるのかどうなのか。その表情を見て確認したいけど、怖くて顔を上げられない。わたしの目に映るのは、真っ白に積もった足元の雪だけ。その先にある、エディルさまの足から上を見るだけの勇気はない。
「リリー、アナタは……」
「リーリアから離れろっ!!」
怒声とともに、エディルさまの足が揺らぐ。
「ジェルドさんっ!!」
「お前だろっ!! リーリアを苦しめた亭主ってのはっ!!」
わたしたちを追いかけてくれくれたのだろうか。ジェルドさんがエディルさんの胸ぐら を掴みもみ合っていた。
「リーリアはなっ、お前のせいで散々苦しんだんだっ!! この村に来た時、死にそうなぐらい暗い顔して、笑うことも出来ないぐらい追い詰められてた!! 二年経って、ようやく普通に笑うようになったんだ!!」
もみ合う……じゃない。ジェルドさんの攻撃を、エディルさまは一方的に受け続けていた。
「アンタが誰であろうとなんであろうと、リーリアを苦しめるような奴は、この俺が許さねえっ!!」
「やめて、ジェルドさんっ!!」
殴りかかろうと、振り上げられたジェルドさんの腕にしがみつく。
わたしのために怒ってくれるのはうれしいけど、だからってエディルさまに殴りかかるのは間違ってる。
わたしがしがみついたせいで、いくらか勢いが削がれたのか。ジェルドさんが掴んだエディルさまの胸ぐらを乱暴に突き放した。そのせいで、エディルさまが雪の積もった地面に尻もちをつく。
「リーリアになにかしようっていうのなら、この村の連中がタダじゃおかねえからな」
フンッと軽く鼻を鳴らすジェルドさん。怒りは鎮めても、わたしをエディルさまから守る盾の役割を辞める気はないらしい。
「リリー」
立ち上がって軽く雪を払ったエディルさま。
「アナタが無事で――本当によかった」
さっきと違って、今度はエディルさまが俯いたままに。顔が影になったせいで、表情をうかがい知ることは出来ない。
「それだけを確認したかったのです。アナタが無事でいるのなら、私は何もいたしません」
「エディルさま……」
「アナタの邪魔にならないよう、すぐにでもここを離れたいのですが……」
ようやく顔を上げてくださったエディルさま。だけど、その顔は、私を見ることなく、別の方向、村の外にそびえ立つ山々をとらえる。
「この雪が晴れるまで、それは難しそうですね」
王都より北方にあるこの村は、冬になると雪に閉ざされ、外との往来が難しくなる。今日、ここにエディルさまが到着されたのも奇跡に近い。行きが無事だったからって、帰りも大丈夫だって保証はない。いくら会いたくなかった相手であっても、険しく厳しい雪山越えを強いるわけにはいかない。
「あの店は、宿屋も兼ねているのですよね。山越えが可能になるまでの間、しばらく逗留させていただきます」
え!? ここで暮らすの?
あの山の雪が溶けるまでには、最低でも一ヶ月はかかる。それまでの期間、エディルさまがここに留まられるの?
「大丈夫です。アナタの幸せを邪魔したりしません。ただ、しばらくの間だけ、――そばにいさせてくださいませんか?」
* * * *
「まあ、ウチは宿屋だし? この冬に山を越えて出て行けとは言いにくいし……ねえ」
「宿代も問題なく支払ってくれたし……なあ」
「俺は反対だっ!! リーリアを泣かせた亭主だぞ? またリーリアが泣かされるとか考えねえのかよ!!」
う~んと唸るマスターと女将さん。反対するのは、息子のジェルドさん。エディルさまを宿屋のお客として受け入れるかどうかの相談を持ちかけたのだけど。
「この冬の季節にあの山を越えて出て行けってのは……ねえ」
「だよなあ。かと言って、ウチ以外に宿を提供してるところはねえしなあ」
ジェルドさんの勢いに対して、マスターたちはどうにも煮え切らない。
「とりあえず、ここはリーリアの意見を訊いてみたらどうなんだ?」
「そうだよ。リーリアがどうしたいか訊いて、アタシらはそれに従うよ」
(え? わたし?)
宿屋のことだから、お二人とジェルドさんに決めていただこうと思ってたのに。
「アンタが逃げ出したくなるほどヒドい亭主だった、二度と顔を見たくないというのなら冬であってもなんであってもお断りするけどね。そうじゃないっていうのなら、この季節だけ逗留してもらうけどね」
「それは……」
「お世話するのが怖い、嫌だというのならジェルドにさせるよ。どうだい?」
俺が世話するのかよと、ジェルドさんがとばっちりを受けた!!不満!!って顔してる。――けど。
「……お願いしてもいいですか? 雪山を越えて出て行けっていうのは酷ですから」
そう、そうよ。
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