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第10話 過去からの因縁。
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「ウワサ……、でございますか」
いきなり王宮に呼び出され、何事かと思ったら。
「そうだ。最近の王都で流れているものだ。知らぬわけではあるまい」
目の前の男、フェルディナンが苛立ったように声を荒げた。そんな大声を出さずとも、今いる彼の執務室には、私たちしかいない。
「慈しみの乙女、慈愛の王妃などと呼ばれてキサマは満足だろうがな。あんなデマは、即刻取り下げろ」
「取り下げろと申されましても。わたくしが故意に流したものではございませんわ」
その一方的な怒りに、ため息をつく。
「フンッ、白々しい。あんなものはキサマが流しているに決まっている。なにが慈しみの乙女だ。キサマがやっているのは、ただの欺瞞、偽善だろうが」
鼻を大きく鳴らして続けられる。
「あのウワサのせいで、アンジェリーヌが街に出られなくなったのだぞ。馬車を変えなくてはいけなくなったことを、どう思っているのだ」
それは、先日の馬車襲撃未遂事件のことだろうか。
アンジェリーヌの乗った馬車が、街で集団に襲われかけた。
幸い、近くを通りがかった騎士たちによってアンジェリーヌは守られたそうだが、事件以来、彼女は馬車の変更を余儀なくされたらしい。
王家の紋章入りの馬車から、普通の馬車に。
暴漢たちはその馬車が王家のものであり、中に若い女性が乗っていることを知って襲撃したようだ。「売女」、「あばずれ」。投げかけられた言葉も強烈だ。
それだけ、街の人たちが彼女に対して怒っていることの表れなのだけど。
(そもそもに、王族でもないのに紋章入りの馬車を使うことが普通になっているのって)
すごくおかしくない? 婚約者である私だって使えないのに?
愛人でしかないアンジェリーヌが堂々とそれを使っていることに呆れる。
そして、それを一ミリもおかしいと思っていないフェルディナンの思考にも。
(それに、さっきから、人を「キサマ」「キサマ」って。アンタ、何さまのつもりよ)
ああ、王太子さまだったわねと、一人ツッコむが、だからって、「キサマ」を許せるわけではない。
(私、ホントにこんな男に嫁ぎたかったのかしら)
タイムリープ前の私は、彼とアンジェリーヌの関係に悩み、心を痛めていた。
いつかは王妃となり、彼を支える日を夢見ていた。愛してもらえないかもしれなくても、王族の義務として、子を成してくれると思っていた。そしていつかは、穏やかに家族として愛してもらえることを願っていた。
そんな私の願いを打ち砕き、女と笑いながら私の首を斬り落としたこの男。
(この男のために、二度と斬り落とされはしないわ)
次に落とされるのは、アナタとあの女の首よ。
「おい、聞いているのか、エリーズッ!」
私が返事をしないからか、フェルディナンがさらに声を荒らげた。
「聞こえておりますわ、殿下。けれど、流れているウワサは、どれも真実でございましょう? 殿下が彼女に真珠の首飾りを賜ったこと。劇場で、満場総立ちで彼女を迎えさせたこと。彼女が殿下のお部屋の上階で暮らしていること。すべて本当のことでございましょう?」
「だが、だからといってアンジェリーヌを罵るなど許されるわけがないっ! 彼女は、俺の癒しなのだ。俺だけを見て俺だけを愛してくれる。彼女こそが、最高の女だ! 俺は彼女だけを愛しているっ!」
……よくもまあ、婚約者の目の前で、堂々と宣言してくれるわよね。
以前の私に、「バカちんがっ! 目ん玉かっぽじって、いやいや、目ん玉皿にしてよぉく見ておけっ! これがお前の恋焦がれていた男の本性だぞっ!」って怒鳴ってやりたい。
それだけアンジェリーヌの身体が、性技が上手いってことなのかしらね。最高の相性? しっぽりぬっぽりお楽しみ? この締めつけ具合、温かさ、最高だ?(何が?)
下品なことを考え始めてしまった頭を軽く振る。
「それほどまでに愛されておいでなら、殿下の名で、彼女を傷つける者は許さないと、公布されてはいかがですか? 王太子殿下の名であれば、臣民は素直に従うでしょう」
「ダメだ。そんなことをすれば、アンジェリーヌがどのような目に遭うか、わかったものではない」
あ、そのあたりのこと、理解しているのね。
自分たちが民衆から嫌われていること。民心が王家から離れ始めていること。
まんざらのバカでもないということか。
だから、民衆に慕われている私に、アンジェリーヌのために動け、ウワサを取り消せと言っているのだろうけど。
(そんなの実行するわけないでしょ)
誰が、婚約者の愛人のために働くのよ。自分が仕掛けたウワサでなくても、そんなのゴメンだわ。
「とにかく。お前がウワサを取り消せ。いいな。これは命令だ」
面倒なことは私に押しつけて、これからどうせあの女とイチャコラするのだろう。好き放題言い終えると、フェルディナンはサッサと部屋を出て行ってしまった。
* * * *
「まったく、ホント最低よね、あの男は」
王宮からの帰り道、馬車のなかなのをいいことに、好きなだけ悪態をつく。
「あんな男の妻になれなくて、ならなくて、本当によかったって思うわ」
あの頃の私は、恋に恋して、結婚に夢見ていたのね。今は、結婚できないことを、心の底から喜んでいる。
「アンタにまで頼もうって言うんだから、それだけ相手が追い詰められているってことだろ」
「まあ、そうなんだけどね」
同乗者であるドミニクの言葉に、軽くため息をつく。
「私、前世でも男運なかったから。また現世でもそうなのかなって思っただけ」
「前世でも捨てられたのか?」
「ううん。会社の上司に言い寄られて、独身だと思って身を許したら奥さんがいて、妊娠中のつまみ食い相手だったってわかったから、こっちから仕事と一緒に捨ててやった。お腹の大きな奥さんが会社に押しかけてきてね。結構な修羅場だったよ」
「うわ、なかなか……だな」
「うん。まあイケメンだったし、大事にされたの初めてだったから、うかれちゃったのよね~」
彼氏いない歴=年齢の喪女だったし。アイツにしてみれば、かなりチョロい女だったのだろう。結局、アイツは私を追いかけてくることなく、奥さんと生まれてきた子どもを取った。
フェルディナンも、黙っていれば金髪碧眼のイケメンだ。おそらくだけど、私はイケメンに弱く、イケメンにヒドい目に遭わされる運命らしい。
「その点、ドミニクは大丈夫そうね。イケメンじゃないし」
「なんだと?」
顔をしかめる彼に、声をあげて笑う。
ドミニクがイケメンじゃないなんてウソ。フェルディナンがちょっと荒々しい王子さまタイプのイケメンなら、ドミニクはクールで知的なかんじのイケメンだ。
漆黒のような黒い髪、鋭い水色の瞳。ややきつい印象も受けるが、それでも整った容貌をしていると思う。眼鏡こそかけていないが、もしあったら、真ん中のブリッジを中指あたりでクイッと押し上げていそう。そしてたくさんの資料に目を通す、やり手のリーマン。もしくは理詰めで攻める弁護士。
話し言葉こそくだけきっているが、そういう役柄をさせても似合いそうな顔立ちをしている。
(まあ、だからといって今の私が恋をしてる余裕なんてないんだけどね)
今は、自分が生きるか死ぬかの瀬戸際で。そんなことに気を回しているヒマがあったら、作戦に集中したい。
「それじゃあね、ドミニク。また後で」
ガタンと馬車が止まったことを合図に立ち上がる。
「今日も行くのか?」
「ええ、ウージェニーの容態が気になって。彼女、昨日ようやく熱が下がったばかりなの」
孤児院で知り合った幼い少女、ウージェニー。身寄りのない彼女の容態は、ちょっとした私の関心事だった。
ドレスは王宮を出る前に、質素なものに着替えている。このまま立ち寄っても問題ないだろう。
「また後でね」
「ああ。また後で」
ドアが閉まり、再び走り出した辻馬車を見送る。
街には夕暮れが迫っていて、孤児院へと続く路地は少し薄暗い。
遅い時間の訪問だが、ウージェニーが気になるのだから、ちょっとぐらいいいだろう。
成功しつつある作戦に気分良くなりながら、孤児院への道を歩き出す。
いきなり王宮に呼び出され、何事かと思ったら。
「そうだ。最近の王都で流れているものだ。知らぬわけではあるまい」
目の前の男、フェルディナンが苛立ったように声を荒げた。そんな大声を出さずとも、今いる彼の執務室には、私たちしかいない。
「慈しみの乙女、慈愛の王妃などと呼ばれてキサマは満足だろうがな。あんなデマは、即刻取り下げろ」
「取り下げろと申されましても。わたくしが故意に流したものではございませんわ」
その一方的な怒りに、ため息をつく。
「フンッ、白々しい。あんなものはキサマが流しているに決まっている。なにが慈しみの乙女だ。キサマがやっているのは、ただの欺瞞、偽善だろうが」
鼻を大きく鳴らして続けられる。
「あのウワサのせいで、アンジェリーヌが街に出られなくなったのだぞ。馬車を変えなくてはいけなくなったことを、どう思っているのだ」
それは、先日の馬車襲撃未遂事件のことだろうか。
アンジェリーヌの乗った馬車が、街で集団に襲われかけた。
幸い、近くを通りがかった騎士たちによってアンジェリーヌは守られたそうだが、事件以来、彼女は馬車の変更を余儀なくされたらしい。
王家の紋章入りの馬車から、普通の馬車に。
暴漢たちはその馬車が王家のものであり、中に若い女性が乗っていることを知って襲撃したようだ。「売女」、「あばずれ」。投げかけられた言葉も強烈だ。
それだけ、街の人たちが彼女に対して怒っていることの表れなのだけど。
(そもそもに、王族でもないのに紋章入りの馬車を使うことが普通になっているのって)
すごくおかしくない? 婚約者である私だって使えないのに?
愛人でしかないアンジェリーヌが堂々とそれを使っていることに呆れる。
そして、それを一ミリもおかしいと思っていないフェルディナンの思考にも。
(それに、さっきから、人を「キサマ」「キサマ」って。アンタ、何さまのつもりよ)
ああ、王太子さまだったわねと、一人ツッコむが、だからって、「キサマ」を許せるわけではない。
(私、ホントにこんな男に嫁ぎたかったのかしら)
タイムリープ前の私は、彼とアンジェリーヌの関係に悩み、心を痛めていた。
いつかは王妃となり、彼を支える日を夢見ていた。愛してもらえないかもしれなくても、王族の義務として、子を成してくれると思っていた。そしていつかは、穏やかに家族として愛してもらえることを願っていた。
そんな私の願いを打ち砕き、女と笑いながら私の首を斬り落としたこの男。
(この男のために、二度と斬り落とされはしないわ)
次に落とされるのは、アナタとあの女の首よ。
「おい、聞いているのか、エリーズッ!」
私が返事をしないからか、フェルディナンがさらに声を荒らげた。
「聞こえておりますわ、殿下。けれど、流れているウワサは、どれも真実でございましょう? 殿下が彼女に真珠の首飾りを賜ったこと。劇場で、満場総立ちで彼女を迎えさせたこと。彼女が殿下のお部屋の上階で暮らしていること。すべて本当のことでございましょう?」
「だが、だからといってアンジェリーヌを罵るなど許されるわけがないっ! 彼女は、俺の癒しなのだ。俺だけを見て俺だけを愛してくれる。彼女こそが、最高の女だ! 俺は彼女だけを愛しているっ!」
……よくもまあ、婚約者の目の前で、堂々と宣言してくれるわよね。
以前の私に、「バカちんがっ! 目ん玉かっぽじって、いやいや、目ん玉皿にしてよぉく見ておけっ! これがお前の恋焦がれていた男の本性だぞっ!」って怒鳴ってやりたい。
それだけアンジェリーヌの身体が、性技が上手いってことなのかしらね。最高の相性? しっぽりぬっぽりお楽しみ? この締めつけ具合、温かさ、最高だ?(何が?)
下品なことを考え始めてしまった頭を軽く振る。
「それほどまでに愛されておいでなら、殿下の名で、彼女を傷つける者は許さないと、公布されてはいかがですか? 王太子殿下の名であれば、臣民は素直に従うでしょう」
「ダメだ。そんなことをすれば、アンジェリーヌがどのような目に遭うか、わかったものではない」
あ、そのあたりのこと、理解しているのね。
自分たちが民衆から嫌われていること。民心が王家から離れ始めていること。
まんざらのバカでもないということか。
だから、民衆に慕われている私に、アンジェリーヌのために動け、ウワサを取り消せと言っているのだろうけど。
(そんなの実行するわけないでしょ)
誰が、婚約者の愛人のために働くのよ。自分が仕掛けたウワサでなくても、そんなのゴメンだわ。
「とにかく。お前がウワサを取り消せ。いいな。これは命令だ」
面倒なことは私に押しつけて、これからどうせあの女とイチャコラするのだろう。好き放題言い終えると、フェルディナンはサッサと部屋を出て行ってしまった。
* * * *
「まったく、ホント最低よね、あの男は」
王宮からの帰り道、馬車のなかなのをいいことに、好きなだけ悪態をつく。
「あんな男の妻になれなくて、ならなくて、本当によかったって思うわ」
あの頃の私は、恋に恋して、結婚に夢見ていたのね。今は、結婚できないことを、心の底から喜んでいる。
「アンタにまで頼もうって言うんだから、それだけ相手が追い詰められているってことだろ」
「まあ、そうなんだけどね」
同乗者であるドミニクの言葉に、軽くため息をつく。
「私、前世でも男運なかったから。また現世でもそうなのかなって思っただけ」
「前世でも捨てられたのか?」
「ううん。会社の上司に言い寄られて、独身だと思って身を許したら奥さんがいて、妊娠中のつまみ食い相手だったってわかったから、こっちから仕事と一緒に捨ててやった。お腹の大きな奥さんが会社に押しかけてきてね。結構な修羅場だったよ」
「うわ、なかなか……だな」
「うん。まあイケメンだったし、大事にされたの初めてだったから、うかれちゃったのよね~」
彼氏いない歴=年齢の喪女だったし。アイツにしてみれば、かなりチョロい女だったのだろう。結局、アイツは私を追いかけてくることなく、奥さんと生まれてきた子どもを取った。
フェルディナンも、黙っていれば金髪碧眼のイケメンだ。おそらくだけど、私はイケメンに弱く、イケメンにヒドい目に遭わされる運命らしい。
「その点、ドミニクは大丈夫そうね。イケメンじゃないし」
「なんだと?」
顔をしかめる彼に、声をあげて笑う。
ドミニクがイケメンじゃないなんてウソ。フェルディナンがちょっと荒々しい王子さまタイプのイケメンなら、ドミニクはクールで知的なかんじのイケメンだ。
漆黒のような黒い髪、鋭い水色の瞳。ややきつい印象も受けるが、それでも整った容貌をしていると思う。眼鏡こそかけていないが、もしあったら、真ん中のブリッジを中指あたりでクイッと押し上げていそう。そしてたくさんの資料に目を通す、やり手のリーマン。もしくは理詰めで攻める弁護士。
話し言葉こそくだけきっているが、そういう役柄をさせても似合いそうな顔立ちをしている。
(まあ、だからといって今の私が恋をしてる余裕なんてないんだけどね)
今は、自分が生きるか死ぬかの瀬戸際で。そんなことに気を回しているヒマがあったら、作戦に集中したい。
「それじゃあね、ドミニク。また後で」
ガタンと馬車が止まったことを合図に立ち上がる。
「今日も行くのか?」
「ええ、ウージェニーの容態が気になって。彼女、昨日ようやく熱が下がったばかりなの」
孤児院で知り合った幼い少女、ウージェニー。身寄りのない彼女の容態は、ちょっとした私の関心事だった。
ドレスは王宮を出る前に、質素なものに着替えている。このまま立ち寄っても問題ないだろう。
「また後でね」
「ああ。また後で」
ドアが閉まり、再び走り出した辻馬車を見送る。
街には夕暮れが迫っていて、孤児院へと続く路地は少し薄暗い。
遅い時間の訪問だが、ウージェニーが気になるのだから、ちょっとぐらいいいだろう。
成功しつつある作戦に気分良くなりながら、孤児院への道を歩き出す。
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