平安☆セブン!!

若松だんご

文字の大きさ
16 / 36
四、モノグサ蔵人捕物帖

(一)

しおりを挟む
 都には市が立つ。
 東市と西市。
 月の初めから中頃までは東市、後半は西市が開かれる。
 だけど、西市は右京の湿地に近いこともあって、あまり活気がない。というか、そんなヌチョヌチョジメジメしたところでの市は難しいのか、オレが都に来た時には、西市は形骸化していて、東市が年がら年中開かれてる。そんなかんじだった。(それでも一応、西市はある)
 市には、さまざまな文物、食べ物、なんだこれな物が並ぶ。
 墨とか紙とか、仏像とか、地方からもたらされた食い物ならわかるんだけど、牛車の長柄一本だけとか、バラけた檜扇の板一橋だけってのを見た時には、「これ、買う人いるのか?」と本気で心配になった。(長柄は二本なければ意味がないし、檜扇は八橋そろってやっと扇になる)
 舞や不思議な技を見せる俳優わざおきなんかも場を賑わせ、市の端っこに行けば、牛馬なんかも売られ、なんなら、春を売る女もいる。
 当然、盗人、物乞い、浮浪児なんかもいるわけで。

 ジーッと注がれる視線。

 ジーッと、ジーッと。オレの一挙手一投足、そして、オレが手を伸ばすその先へも視線は注がれ続ける。それも複数。
 虎視眈々と狙われてる――のならまだマシ。警戒と反発心が生まれるから。
 けど、ただのジーッとは正直堪える。そこに、グゥゥ~なんて腹の虫の音までついたら、もう。

 「――お前ら、腹減ってんのか?」

 彩子のため、買い求めに来た瓜に伸ばした手を引っ込め、背を伸ばす。店の前、物色していたオレの脇に立っていた浮浪児数人。オレや店からかっぱらおうとしているのなら警戒するんだけど、そこに居たのは口をポカンと開けてたり、指を咥えてるだけの、薄汚く小さい子供だけだった。「いいなあ」「腹減ったなあ」ってのは伝わってくるんだけど、それを奪おうなんて気概は感じられない。
 オレの問いかけにも、「あー」と呻くような気の抜けた返事をしただけ。中には、ウンと頷いただけのもいる。

 「オレの家の掃除をしてくれたら、メシぐらい食わせてやるが、どうだ?」

 「坊っちゃん!!」

 売り物を盗まれたらたまらんと、警戒心丸出しだった店主が叫んだ。

 「こんな奴らを屋敷に入れたら、ロクなことになりませんぜ」

 一応の親切心だろう。だけど。

 「オレんち、そんな大層なもん置いてねえから。盗まれるようなものはないよ」

 というか、ガッリガリに痩せてるのに、店先のものに手を伸ばそうとしないコイツらが、オレの家で盗みを働くとは思えない。

 「ま、盗まれたらオレの不徳ってことで。来世のために少しだけ善行を積んでおきたいんだよ」

 「まったく、どうなっても知りませんぜ」

 忠告に感謝して、瓜を一つ購入。金を受け取った店主が、大きく息を吐き出して――。

 「なら、このお代の釣りも、善行ってことで、あっしにくれるってことは……」
 「ない」

 お釣り返せ。

 瓜を片手に市を離れる。お供はゾロゾロ浮浪児たち……ってあれ? なんか増えてる?
 
 多分、「コイツについて行くといいことがある」って気づいたヤツがいたんだろう。二、三人だったはずの浮浪児が、いつの間にか七人ほどに増えていた。中には、赤子を抱いた女の子もいて、掃除とかとてもじゃないけどできないだろって幼子もいる。

 まあ、いいかあ。

 屋敷の留守居役から色々お小言くらいそうだけど。
 
 「キャーッ!!」

 突然、人混みの中から女性の叫び声が響いた。

 「盗人ー!! 誰かっ、誰か、捕まえてー!!」

 声のした方から自然と人混みが割れていく。その中から走り出てきたのは痩せた薄汚い男。抱えているのは赤い布に包まれた何か。人混みの奥、男の後ろには、地面に倒れた中年の女。あの包みは女のもので、男はそれを奪った盗人。
 
 「どけっ!!」

 盗人が、オレの連れてた浮浪児の最後尾、赤子を抱いた女の子にぶつかって、跳ね飛ばす。赤子をかばいながら転んだ女の子。そして――。

 「ヨッ」

 そのままこちらに走ってきた盗人に向けてヒョイっと足を出す。足首にガツッとぶつかった衝撃。
 ズザッと、派手に砂埃を立てて盗人が地面に転がる。

 「なにしやがっ……、グギャッ」
 「――お返しだ、コノヤロ」

 男の背中をこれでもかと踏みにじってやる。そしてそのまま、腕を後ろに引っ張り上げ、全体重をかけた膝で背中を押さえつけ、制圧完了。

 「おい、お前ら。その荷物をあのオバちゃんに渡してきてやれ」

 近くに突っ立っていた浮浪児に声をかける。
 地面に転がった赤い包み。
 軽く頷いた浮浪児の一人が、それを転んだままのオバちゃんに持っていった。

 「おっ、来たみたいだな」

 人混みをかき分けやって来た人物。
 市にはそれを監督する市司いちのつかさがいる。東市なら左京職さきょうしき、西市なら右京職うきょうしきの配下。基本は度量衡の監視、物価の調整を行うのが仕事だが、こういった犯罪の取り締まりも行う。
 だから、やって来たのはその市司か、その配下の武士かと思ったんだが。

 「――検非違使けびいし?」

 深縹色ふかはなだいろの水干、括袴くくりばかま脛巾はばき、そして派手な菊綴きくとじつき。どこからどう見ても市司ではなく、都の警固を請け負う検非違使。多分、彩子と同じぐらいの年格好。若い検非違使。

 「お、兄ちゃん、捕り物協力ありがとな」

 その検非違使が、二カッと笑った。

*     *     *     *

 その検非違使は、坂上史人さかのうえのふみひとと名乗った。やはり、オレの推察通り、歳は彩子と同じ十七なのだという。

 「いやあ、最初は、浮浪児を引き連れてく怪しい男がいるって聞いてさ。それで駆けつけたんだけどよ」

 浮浪児を引き連れてく怪しい男って、――オレのことか?

 「まさか、アンタが盗人を捕まえてくれるなんてなあ」

 ハッハッハッと笑う検非違使。
 盗人はコイツの手で検非違使の詰め所に連行され、オレたちも軽く聴取だけ受けた。けど。

 (コイツ、オレを捕まえる気満々だったんだよな)

 話せばわかってくれたかもしれないが、それでも面倒なことにならずによかった。
 
 「で、兄ちゃんはコイツら連れてどこに行くつもりだったんだよ」

 転んだ女の子を背負ってくれた史人ふみひと

 「オレん家だよ。腹空かせてるみたいだったから、家の掃除を手伝ってくれたらメシをやるって約束したんだ」

 答えるオレも女の子が連れてた赤子を抱く。女の子は大したケガをしたわけじゃないけど、それでも歩くのは大変そうだったからそうした。
 史人と二人、浮浪児を連れて家路を歩く。

 「ふうん。店で買って、そのまま恵んでやるんじゃないんだな」

 「それはしない。メシは労働の対価だ」

 「可哀想に」で買った瓜を与えたりすると、ああやって買い物客を見ていたら哀れんでもらえると勘違いしてしまう。働いた、労働の対価にメシをもらう。何もしないで物をもらうことを覚えたらロクなものにならない。最悪、あの男のように盗んで物を得ることを覚えてしまう。

 「なあ、兄ちゃんよ。アンタ、とんでもない〝坊っちゃん〟だったんだな」

 家の門にたどり着いた途端、史人がアングリと口を開けた。

 門の前には警固の武士。
 門の中からは数人の下人。
 
 「〝オレん家〟なんて言うからよ。もっとその……。すまねえ、坊っちゃん!!」

 女の子を背負ったまま史人が頭を下げる。

 「気にすんなって」

 これはあくまで親父どのの屋敷だし。オレ、〝坊っちゃん〟って柄じゃないし。

 「それより、どうだ。お前も一緒になんか食ってくか?」

 「え? いや、俺は……」

 「食ってけよ。ここまでその子を背負ってきてくれた礼だ」

 労働にはそれにふさわしいだけの対価を。

 「後で、この子らを家に送り届けてやってほしいしな」
 
 「わかった。そういうことなら。俺、ちょうど腹減ってたんだ」

 史人が、二カッと笑って自分の腹をさする。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

転生後はゆっくりと

衣更月
ファンタジー
貧しい集落で生まれたリリは、生まれた瞬間から前世の記憶があった。 日本人特有の”配慮”に徹した赤ん坊を演じていたことで、両親から距離を置かれた挙句、村人からも「不気味な子」として敬遠されることに…。 そして、5才の誕生日に遠くの町に捨てられた。 でも、リリは悲観しない。 前世の知識チートは出来ないけど、大人メンタルで堅実に。 目指すは憧れのスローライフが出来るほど、ほどほどの守銭奴としてリリは異世界人として順応していく。 全25話(予定)

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

処理中です...