正義の味方にストーカーされてます。〜俺はただの雑魚モブです〜

ゆず

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騒ぎの中心にいるのは2

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「お疲れさまでした、トオルさん」

バイトを終えて裏口を出た瞬間、視界に人影が映った。夕焼けを背に立つその姿――やっぱりグリーンだ。
逆光に浮かぶ笑顔は妙に絵になっていて、だからこそ余計に癪に障る。

「……ほんとに迎えに来たのかよ」

「ええ、もちろん。トオルさんのためにカヌレも買ってきました」

差し出された袋。声音は柔らかいのに、まるで「来て当然」と言われているようで、逃げ場を失ったような気分になる。

「わざわざ……」

つい漏れた独り言にも、グリーンは満足げに笑うだけ。結局、その手から袋を受け取ってしまう自分に、ほんの小さな苛立ちが湧いた。

「今日はお疲れ様でした。甘いもの食べてゆっくり休んでくださいね」

柔らかな声とともに、指先がそっと頬をかすめた。撫でるだけにとどまらず、顎の下へと滑り込み、まるで逃がさないと言わんばかりに支えられる。
逸らそうとした視線は逆に引き戻され、吐息が触れ合うほど、顔が近づく。

「……何してんだ」

眉をひそめ、振り払おうとした。だが彼の指先はそのまま、むしろ愉しげに、俺の顎を確かに固定する。

「抵抗が甘いですね、トオルさん。……まるで、捕まえてほしいみたいに見えます」

低く囁かれた声に、背筋がぞくりと冷える。

「……そんなわけあるか」

吐き捨てるように言い、淡々とその手を払いのける。
今度は驚くほどあっさりと外れた。――けれど、それが俺の力によるものじゃないことはわかっている。
結局はグリーンの掌の上で弄ばれているにすぎない。そう思うと、悔しさとも諦めともつかない、言葉にしがたい感情が胸の奥に残った。

口元に笑みを浮かべたまま、グリーンはさらに言葉を紡ぐ。

「送りますよ。歩きますか?それとも車で?」

「……車」

当然のように差し出される選択肢にしぶしぶ答える。歩けば15分もかからない距離――送ってもらえるならそれはそれで楽だ、と無理やり自分を納得させた。

車の助手席に腰を下ろした瞬間、グリーンが身を乗り出し、シートベルトを丁寧にカチリと締めてくれる。
至れり尽くせりの仕草に、今度こそため息が漏れた。

走り出した車内は静かで、わざと無言を貫いてみた。けれどその沈黙を気まずいものにするのは俺だけで、グリーンはむしろ幸福そうにハンドルを握っている。
街灯に照らされる横顔は、隠しきれない微笑を浮かべていて――まるで隣に俺がいることが、何よりの喜びだと言わんばかりだ。

「……何笑ってんだよ」

問いかけると、彼は目を細めて笑った。

「こうして隣にトオルさんが横に座っているだけで満たされてしまうので。このまま時が止まればいいのにさえ思います」

「……重ぇ」

「ええ。重いですよ。簡単に逃げられないくらいに」

ぞわりと背筋が冷え、俺は思わず舌打ちした。

「……たまには引いてみようとか、ねぇの?」

「なぜ引く必要があるのでしょう?」

淡々とハンドルを回しながら、グリーンは続ける。

「トオルさんと離れている時間が苦痛なのに、どうしてわざわざ距離を置こうとするんでしょう。――無駄ですよ。時間も、気持ちも。トオルさんが拒もうと、引き下がる理由なんて、どこにも存在しませんから」

あまりに理路整然とした言いぶりに、俺は思わず口をつぐんだ。窓の外へ視線を逃がし、ぼそりと吐き捨てる。

「……病気かよ」

「ええ、そうかもしれませんね。でも――その“病気”のおかげでトオルさんのそばにいられるのなら、治す気なんてありませんが」

その声音は穏やかで、けれど絡みつくように甘い。あまりにも静かに言い切られて、反論の言葉が喉の奥で凍りつく。

(……聞くんじゃなかった)

車内にはエンジン音だけが響き、その奥で心地よさと息苦しさがせめぎ合う。
甘さに包まれるほど、逆に居場所を奪われていくようで――落ち着くどころか、妙にざわつかされる。

しばらくして車は停まり、見慣れたアパートの前にたどり着いた。
グリーンは振り向き、変わらぬ笑みを浮かべて告げる。

「トオルさん。ゆっくり休んでくださいね」

そこで一拍置いて、柔らかな声が続く。

「……もちろん、私の家で休んでいただいても構いませんよ」

あの柔らかな布団に、整えられた空間――身体は休まるのかもしれない。が、心まで安らぐことはない。

「いかねぇよ」

そう吐き捨てるように言い、軽くあしらいながら車を降りた。背中に突き刺さる視線を振り払うように足を進める。
家の扉に手をかけるまで――ずっとグリーンの眼差しが追いかけてくるのを感じていた。

その余韻を断ち切るように、勢いよく家へと入る。

靴を脱ぎ、部屋に上がると、紙袋をテーブルにそっと置いた。
グリーンから渡されたカヌレ。――カヌレに罪はない、と自分に言い聞かせながらも、今すぐ頬張りたい衝動をどうにか押さえ込む。

今日は仕事で疲れた。だが、それ以上に、気づけばグリーンのことが頭に残っているのが厄介だった。
毎日のように顔を合わせているせいで、無意識のうちに思考を侵されている気がする。振り回されているわけじゃない。……なのに、知らぬ間に心を占められていく感覚。

甘いものを食べて、すべて忘れたい。

だが、どうせ口にするなら――ちゃんと準備を整えてからだ。
カヌレには、やっぱりカフェオレが必要だ。

そう思いながら冷蔵庫を開け――手が止まった。

「……カフェオレが、ない」

カヌレにはカフェオレ。それだけは譲れない。
……仕方ない。少し落ち着いたら、コンビニへ買いに行こう。そう心に決めた。



ラフな格好に着替え、財布を手にコンビニへ向かう。

店に着いた瞬間、入口脇のガラスに貼られたチラシが目に留まった。〈アルバイト募集中〉――大きな文字がやけに目につく。

(そろそろ新しいバイトでも探すか……)

足を止め、ぼんやりと求人票を眺めていると――

「……仕事を探しているのか?」

低く落ち着いた声が、背中を撃ち抜いた。思わず肩が跳ねる。
振り返った先に立っていたのは、無精髭を生やした長身の男だった。

コンビニでも、クロウの執務室でも顔を合わせた、あのおっさんだ。

「……どうも」

確か、そこそこ偉い立場の人間だったはずだ。軽く会釈を返すと、男は一歩、また一歩と距離を詰めてくる。

「また会えて嬉しいよ」

そう言うと俺の横で立ち止まり何か言いたげに無言で見つめられる。

「……まさか君が“365番”だったとはな」

低い声に、背筋が凍る。それはディヴァイアンのコード番号——俺の番号を示していた。分厚い手が肩に置かれる。逃げようと体を引いたが、力は岩のように強く、びくともしない。

「少し話がしたい。……この後、時間はあるか?」

「えー、と……」

家にはカヌレが待っている。そう言い訳できたら楽なのに、喉が乾いて声にならない。嫌な予感しかしないのに、否定の言葉が出てこなかった。

「……グリーンとの関係も気になるところだしな」

その名を出された瞬間、心臓が跳ねた。別に悪いことをしているわけじゃないはずなのに、叱られる子供みたいに体がすくむ。

ヒーロー側の人間と接点があるとなったら、何か処分でも下されるんだろうか。——いや、敵組織に平然と出入りするグリーンの方がよっぽど問題だろうが。そう頭の隅で思いながらも、視線の圧力に逆らえず、喉が乾いた。

「……少しだけなら」

ようやく絞り出した返答に、男の口元がわずかに緩む。がっしりと肩を抱かれたまま、気づけばコンビニの駐車場の隅に停められた黒い車へと導かれていた。

ドアが開き、促されるまま乗り込む。だが、扉が重々しく閉まる音を耳にした瞬間――自分の言葉が、空しく胸の中で反響した。

……やはり、軽率だったのかもしれない。

カフェオレを手に入れるはずが、俺は思いもよらぬ場所へ連れて行かれようとしていた。
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