正義の味方にストーカーされてます。〜俺はただの雑魚モブです〜

ゆず

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騒ぎの中心にいるのは1

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今日はカフェのバイト。
バーの喧騒とは違って、落ち着いた時間を過ごせる――そう思っていた。

「吉川くん!来てもらったばかりで悪いけど、厨房お願い!提供が全然追いついてないの!」

裏口から入ったせいで気づかなかったが、表に出た瞬間、店長の鋭い声に呼び止められる。視線をやれば、店内は満席。さらに外にはずらりと行列。そのほとんどが女性客だ。

……なんだ、この状況。

厨房に入れば、伝票はひっきりなしに流れ込んでくる。慣れた手つきでエスプレッソを落とし、ラテを仕上げていると、ホールのスタッフたちのひそひそ声が耳に届いた。

「ねえ、やっぱりそうだよね?今SNSで話題の“イケメン”……」

「うん。外に並んでる子たち、みんなそれ目当てだって」

……イケメン?

眉がわずかに動く。そしてすぐに思い当たった。俺の出勤時間に合わせるように、必ず現れるあの男。
人気がないわけじゃなかったが、満席になるほどではなかったカフェ。ここまでの変化の理由があるとすれば、グリーンが最近常連になっていること以外に心当たりはない。

確かに、顔がいいのは認める。目立つ顔立ちだし、SNSに写真の一枚や二枚流れても不思議じゃない。

だとすると、面倒ごとしか運んでこない奴だな…。

次々と押し寄せる伝票に、思わずため息がこぼれる。ミルクを温め、エスプレッソを落とし、次の注文へ。ただひたすら、手を止めず流れ作業に集中するしかなかった。

やがて、ホールから妙なざわめきが広がった。最初は小さなさざ波のようだったそれが、あっという間に店全体を呑み込み、スタッフの声すらかき消していく。

(……行列がさらに増えたのか?)

気になって顔を上げかけたが、伝票の山に意識を引き戻される。カップを並べ、コーヒーを注ぎ、ラテアートを描き――押し寄せる注文をひたすらさばいていく。ただ仕事を回すだけで精一杯で、周囲の騒ぎを気にしている余裕などなかった。

――どれほど時間が経っただろう。
ようやく伝票の山が落ち着きを見せ始めた、そのとき。

「吉川くん、ごめん。厨房はひと段落したから、今度はホールのフォローお願い!」

店長の声にうながされ、皿をトレーに乗せて客席へと足を踏み出す。ざわめきは収まらず、むしろ熱を帯びているようにさえ思えた。だがそれを深く考える間もなく、伝票を確かめながら客席へと向かう。

「お待たせしました――ホットコーヒーです」

そう言いながらコーヒーを置いた瞬間、ふと視線がぶつかった。

「……トオルさん」

穏やかに呼ばれた名に、思わず手が止まる。顔を上げれば――やはり、そこにいたのはグリーンだった。白いシャツの襟をきちんと正し、周囲に溶け込むように静かに座っている。

「お疲れさまです。……まさかトオルさんに運んでいただけるなんて、得をした気分ですね」

にこやかな調子。だがその声音は、俺にだけ絡みつくように甘い。
――よりによって、この席がこいつかよ。

「今日はずいぶん賑わっていますね」

「……おかげさまでな」

お前のせいだろ、と視線で訴える。すぐにグリーンがそれを察し、楽しげに目を細めた。

「それは……どうでしょう」

グリーンは柔らかな笑みを浮かべ、声を潜める。

「私はあくまで“きっかけ”にすぎないですよ。……でも、トオルさんがそのことに気づかないでいてくれるのは、私にとって都合がいいですけど」

その声音は柔らかく耳に落ちるのに、妙に肌へ絡みつくような熱を含んでいた。

穏やかな微笑を崩さぬまま、グリーンはカップを持ち上げる。
一口、静かにコーヒーを含んでからソーサーに戻し、まるで労わるような調子で言葉を重ねた。

「ただ……トオルさんの仕事の負担が増えるのは、本意ではありません。この一杯を飲んだら、今日は退店しますね」

さらりとした口調。だが、その眼差しだけは俺を逃さない。
次の瞬間、グリーンに腕を引かれ、強引に前屈みの姿勢にさせられる。顔がすぐ横に迫り、吐息が触れるほどの距離で――。

「たしか、終わりが17時でしたよね。――また、帰りに迎えに来ます」

耳元に落とされた声に、肩がわずかに強張る。
吐息がかかるほどの距離で告げられた言葉に、反射的に口をついた。

「……勝手にしろ」

腕を振り解き、即座に距離を取る。だが、驚きはもうない。シフトも行動も把握されすぎるのは、すでに日常。
どうせ何を言っても聞きやしないし、特に自分に大きな影響があるわけでもないので、好きにさせておけばいい。

グリーンの席から離れながら、思わずちらりと視線を向ける。その瞬間、俺と目が合ったグリーンは、ゆっくりとカップを持ち上げる。指先で縁をなぞりながら、視線を外さない。そして――口元に浮かんだのは、誰もが息を呑むほど柔らかく、甘い笑みだった。

その瞬間、店内の空気が一気に跳ね上がった。

「やだ……今、笑った……!」

「もし目が合ったら死ねる破壊力……!」

「え、ちょっと待って……そばにいるのは“噂の店員”じゃない!?」

「ほんとにいたんだ……!しかも今日拝めるなんて……!」

歓声めいた声が次々と弾け、ホールはライブ会場さながらの熱気に包まれていく。

その視線も熱狂も、他人事と思っている俺には全く届いていなかった。皿を運び、伝票を確かめ、ただ次のテーブルへ歩を進める。が。

「……吉川くん!」

不意に、店長が小走りで近づいてくる。焦りをにじませた顔で、声を潜めた。

「ごめん、やっぱりホールはいいから……厨房に戻ってもらえる?」

「……?分かりました」

小さく首を傾げながらも、気にした様子もなく頷くトオル。皿を下げ終えると、何事もなかったかのように再び厨房へ姿を消した。

――扉を閉め、ミルクピッチャーを手に取る。その時、外からかすかなざわめきが耳に届いた。

(……静かに働きてぇなぁ)

視線を手元へ戻し、蒸気の音に耳を澄ませる。ただ黙々と作業に集中していった。
次のバイト先を真剣に探そうか――そんな考えが、ふと頭をよぎっていた。

一方その頃、ホールには熱気を帯びたざわめきが渦巻き続けていた。店長は、その中心である二人を横目に見やり、小さくため息をこぼす。

「……吉川くん。仕事は完璧なのに、自分も騒ぎの元だって、全然気づいてないのかなぁ」

SNSでこの店が話題になったのは、わずか三日前。そして、その三日間の売り上げは――開店以来、最高記録を叩き出していた。
もちろん、その事実を本人は知る由もなかった。
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