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安全運転でお願いします2
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カーチェイスの最中、後方のグリーンの車は一定の距離を保ったまま、まるで俺たちの動きを計算しているようだった。
間合いを詰めるでもなく、離れるでもなく――息を合わせるような不気味な正確さ。
「……なるほど」
ボスが低く呟く。
前方から視線を外さないままのその声に、車内の空気がわずかに緊張を帯びた。
まぁ、今さら何が起きても驚きはしない。驚く気力もない。
そう思って黙っていると、ボスが続けた。
「……うまく誘導されたな。まったく、厄介な奴だ」
吐き捨てるような低い声。ほんの少しだけ息をつく。
……あいつなら、やりかねない。
そう思ってしまった自分が、少しだけ恨めしかった。
「今さら気づいたところで、もう遅いだろう」
ボスの声が落ちる。そのまま前を見据え、わずかに顎を動かした。
「――止めろ」
ハンドルを握る部下が無言で従い、車が静かに減速する。アスファルトを擦るタイヤの音が、昼の静けさを鋭く裂いた。
窓の外を確認すると、いつの間にか周囲は人気のない工業地帯。同じ形の倉庫が規則正しく並び、陽射しに照らされた鉄骨が白く光っている。
ナビの画面には、もう何も映っていなかった。地図の代わりに、灰色の空白だけが広がっている。
完全に車が止まると同時に、ボスが短く言う。
「降りるぞ」
レヴィが無言でドアを開け、外の熱気が流れ込んだ。続いて俺も足を踏み出す。
灼けたアスファルトの照り返しが、目に刺さるほど眩しい。
その瞬間、背後で金属音が響く。後方の黒い車のドアが開いた。
真昼の陽光を反射して鈍く光る車体の影から、ゆっくりと姿を現したのは――グリーンだった。
服についた砂埃を指先で払う仕草まで、妙に丁寧で隙がない。
まるで昼下がりの散歩のついでに現れたような、場違いな余裕。その笑顔は、戦場で見慣れたものよりも柔らかく、それがかえって不気味だった。
「こんにちは」
グリーンのその声が落ちた瞬間、レヴィが地を蹴った。反射的な動き。先手必勝とばかりに、無言でグリーンへと飛びかかる。
だが次の瞬間には、乾いた音とともに地面に押さえ込まれていた。形だけの抵抗。結果はあまりにも一方的だった。
グリーンの姿勢は崩れない。押さえ込んだまま、息一つ乱さずにこちらへ視線を向ける。
笑顔のまま、声だけが柔らかく響いた。
「トオルさんを連れ回しておきながら、ずいぶんな挨拶ですね?」
ボスは肩をすくめるだけで、いつもの調子を崩さない。
「連れ回すも何も、彼はうちの人間だ。問題ないだろう?」
「えぇ、仕事であれば、問題はありません」
グリーンの返事は短い。けれど、その一音が妙に長く残った。照りつける陽射しの下、三人の影がじわりと伸びる。
「スイーツを一緒に食べるというは、仕事ではありませんよね?トオルさんへのプライベートな接触は……我慢できないもので」
……何を言ってるんだ、こいつ。一拍遅れて、喉が勝手に動いた。
「……は?」
寝不足の頭が理解を拒む。いや、待て。まさか…
「お前...それだけの理由で追ってきたのか?」
俺の呟きに、グリーンは少しも迷わず頷いた。
「えぇ、当然です。トオルさんが誰と、どこで、何を食べるのか、とっても重要なことですから」
なにがそんなに重要なんだよ…。
ボスはそんなグリーンを眺めて、どこか楽しそうに笑う。
「正義の味方がずいぶんと個人的な理由で動くものだな」
「正義とは、個人の信念から生まれるものですから」
あくまで穏やかに返すグリーン。その声音の奥に、揺るぎのない狂気が滲んでいた。
昼下がりの光の中、彼の影だけが妙に濃く見える。
ボスが小さく息を吐く。わずかに口角が上がっていた。
グリーンは、戦意をなくしたレヴィから手を離した。
土埃を軽く払う仕草のあと、一歩――また一歩と、ゆっくりこちらへ近づいてくる。その歩みは静かで、まるで確信しかない人間のそれだった。
「さて、トオルさんを返してもらいましょうか」
「ふっ、素直に返すとでも?」
二人の視線がぶつかる。昼の光の中なのに、空気が急に重くなった気がした。
……で、俺の意志は?
そう思っても口には出さない。ただ、目の前の光景から目を離せなかった。
ボスというくらいだ、おそらく強いのだろう。
けれど――なぜだろう。
グリーンが負ける姿だけは、まったく想像できなかった。
ボスとグリーンの視線が交わったまま、時間が止まったように感じた。
音も風も消え、ただ陽射しだけがじりじりと肌を焼く。
空気が限界まで張りつめた、その瞬間だった。
「トオルさーん!ヤッホー!」
突拍子もない声が、遠くから響いた。あまりの温度差に、思考が一瞬止まる。
視線を向けると、倉庫の陰からレッドが手を振りながら現れた。陽光を反射するスーツがやたらと眩しくて、目が痛い。
……いや、待て。なんでお前までいるんだよ。
間合いを詰めるでもなく、離れるでもなく――息を合わせるような不気味な正確さ。
「……なるほど」
ボスが低く呟く。
前方から視線を外さないままのその声に、車内の空気がわずかに緊張を帯びた。
まぁ、今さら何が起きても驚きはしない。驚く気力もない。
そう思って黙っていると、ボスが続けた。
「……うまく誘導されたな。まったく、厄介な奴だ」
吐き捨てるような低い声。ほんの少しだけ息をつく。
……あいつなら、やりかねない。
そう思ってしまった自分が、少しだけ恨めしかった。
「今さら気づいたところで、もう遅いだろう」
ボスの声が落ちる。そのまま前を見据え、わずかに顎を動かした。
「――止めろ」
ハンドルを握る部下が無言で従い、車が静かに減速する。アスファルトを擦るタイヤの音が、昼の静けさを鋭く裂いた。
窓の外を確認すると、いつの間にか周囲は人気のない工業地帯。同じ形の倉庫が規則正しく並び、陽射しに照らされた鉄骨が白く光っている。
ナビの画面には、もう何も映っていなかった。地図の代わりに、灰色の空白だけが広がっている。
完全に車が止まると同時に、ボスが短く言う。
「降りるぞ」
レヴィが無言でドアを開け、外の熱気が流れ込んだ。続いて俺も足を踏み出す。
灼けたアスファルトの照り返しが、目に刺さるほど眩しい。
その瞬間、背後で金属音が響く。後方の黒い車のドアが開いた。
真昼の陽光を反射して鈍く光る車体の影から、ゆっくりと姿を現したのは――グリーンだった。
服についた砂埃を指先で払う仕草まで、妙に丁寧で隙がない。
まるで昼下がりの散歩のついでに現れたような、場違いな余裕。その笑顔は、戦場で見慣れたものよりも柔らかく、それがかえって不気味だった。
「こんにちは」
グリーンのその声が落ちた瞬間、レヴィが地を蹴った。反射的な動き。先手必勝とばかりに、無言でグリーンへと飛びかかる。
だが次の瞬間には、乾いた音とともに地面に押さえ込まれていた。形だけの抵抗。結果はあまりにも一方的だった。
グリーンの姿勢は崩れない。押さえ込んだまま、息一つ乱さずにこちらへ視線を向ける。
笑顔のまま、声だけが柔らかく響いた。
「トオルさんを連れ回しておきながら、ずいぶんな挨拶ですね?」
ボスは肩をすくめるだけで、いつもの調子を崩さない。
「連れ回すも何も、彼はうちの人間だ。問題ないだろう?」
「えぇ、仕事であれば、問題はありません」
グリーンの返事は短い。けれど、その一音が妙に長く残った。照りつける陽射しの下、三人の影がじわりと伸びる。
「スイーツを一緒に食べるというは、仕事ではありませんよね?トオルさんへのプライベートな接触は……我慢できないもので」
……何を言ってるんだ、こいつ。一拍遅れて、喉が勝手に動いた。
「……は?」
寝不足の頭が理解を拒む。いや、待て。まさか…
「お前...それだけの理由で追ってきたのか?」
俺の呟きに、グリーンは少しも迷わず頷いた。
「えぇ、当然です。トオルさんが誰と、どこで、何を食べるのか、とっても重要なことですから」
なにがそんなに重要なんだよ…。
ボスはそんなグリーンを眺めて、どこか楽しそうに笑う。
「正義の味方がずいぶんと個人的な理由で動くものだな」
「正義とは、個人の信念から生まれるものですから」
あくまで穏やかに返すグリーン。その声音の奥に、揺るぎのない狂気が滲んでいた。
昼下がりの光の中、彼の影だけが妙に濃く見える。
ボスが小さく息を吐く。わずかに口角が上がっていた。
グリーンは、戦意をなくしたレヴィから手を離した。
土埃を軽く払う仕草のあと、一歩――また一歩と、ゆっくりこちらへ近づいてくる。その歩みは静かで、まるで確信しかない人間のそれだった。
「さて、トオルさんを返してもらいましょうか」
「ふっ、素直に返すとでも?」
二人の視線がぶつかる。昼の光の中なのに、空気が急に重くなった気がした。
……で、俺の意志は?
そう思っても口には出さない。ただ、目の前の光景から目を離せなかった。
ボスというくらいだ、おそらく強いのだろう。
けれど――なぜだろう。
グリーンが負ける姿だけは、まったく想像できなかった。
ボスとグリーンの視線が交わったまま、時間が止まったように感じた。
音も風も消え、ただ陽射しだけがじりじりと肌を焼く。
空気が限界まで張りつめた、その瞬間だった。
「トオルさーん!ヤッホー!」
突拍子もない声が、遠くから響いた。あまりの温度差に、思考が一瞬止まる。
視線を向けると、倉庫の陰からレッドが手を振りながら現れた。陽光を反射するスーツがやたらと眩しくて、目が痛い。
……いや、待て。なんでお前までいるんだよ。
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