正義の味方にストーカーされてます。〜俺はただの雑魚モブです〜

ゆず

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俺の背後に立つな2

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ざわつきの止まない会場の片隅で、俺はひたすら列の誘導をしていた。絶え間なく流れてくる人波を、決められた速度で進める。ただそれだけの作業なのに、妙に視線が刺さる。

来場者たちは並びながら、ときおりこちらを見ては何かをひそひそ囁き合う。さっきより明らかに、その視線の数が増えている気がする。

……そして、背後の“気配”も。

じんわりと、誰かが近づいてくる気配がする。だが仕事中だ。振り返るわけにもいかず、「気のせいだ」と自分に言い聞かせながら列の状態をチェックし続ける。
気配は、俺のすぐ後ろでぴたりと止まった。無視を決め込む俺に痺れを切らしたのか、すぐ背後から声が落ちてきた。

「トオルさんって、本当に働き者ですね」

――その声を聞いた瞬間、背中にぞくりとした緊張が走る。
周囲の視線が、一気にこちらへ吸い寄せられてくるのがわかった。逃げ場のない視線の流れを感じつつ、覚悟を決めて振り返る。

そこには、まるで“ここが自分の定位置だ”と言わんばかりの自然さで、グリーンが立っていた。

一応、変装のつもりなのかサングラスをかけてはいる。だが――その程度で隠せる顔じゃない。すっと伸びた背筋、無駄のない立ち姿。滲み出る存在感に、周囲の客が思わず距離をとってしまうほどだ。

……どう見ても芸能人かモデル。むしろサングラスのせいで逆に目立っている。そんな“変装の意味ゼロ”のグリーンが、ごく当然のように俺の背後にいた。

「お前まで何してるんだよ、グリーン……」

俺が小声で呆れると、グリーンはサングラスの奥で柔らかく目を細めたような気配を見せ、人混みとは思えないほど丁寧なトーンで言った。

「こんにちは、トオルさん。もちろんトオルさんの護衛ですよ」

――いや、俺に護衛なんて必要ないだろ。

心の中で全力ツッコミを入れた、そのときだ。

すっ、と横にいたレヴィが、わずかに顔の向きを変えた。ただグリーンへ視線を向けただけ――それだけで空気がひやりと張りつめる。

無表情の瞳が刃物のようにグリーンを射抜く。言葉にしなくても「近づくな」という牽制がはっきり伝わる、露骨な警戒だった。

「……いい度胸ですね」

挑発めいた一言に、グリーンも表情の温度をすっと下げる。サングラス越しでもわかる、柔らかな顔立ちに混じる静かな敵意。
そして、ほんの半歩だけ前へ出た。それはレヴィの牽制に対する、明確な「受けて立つ」の姿勢。

「……トオルさんの護衛を務めるのは、私より弱い者では務まりませんよ」

静かにそう告げてレヴィへ牽制を返すと、グリーンは当然のように俺のすぐ後ろへと立った。

……俺はいつから要人扱いになったんだ。

背中越しに伝わる体温がやけに主張してくる。今は仕事中だ、と自分に言い聞かせ、気配を振り払うように意識を前へ戻す。
背後は――無視だ。すると、グリーンが背後から控えめに囁く。

「トオルさん、立ちっぱなしでお疲れでは?」

「……疲れてねぇよ」

「疲れたら言ってくださいね。いつでも、もたれかかっていただいて構いませんから」

その言い方が妙に余裕たっぷりで、軽く仕返ししてやろうという気が湧いた。ちょっとした悪戯心で、壁に寄りかかるみたいに体重を預けてみる。普通なら少しはよろけるはずだ――が。

グリーンは、微動だにしなかった。

お前、体幹どうなってんだよ。石柱にでも寄りかかったような安定感に、むしろこっちが驚かされる。

「トオルさん、そんな素直に寄りかかってくるなんて……可愛すぎて困ります。まさか、甘えてくれたんですか?それとも、私に触れたかったとか……?」

「おい待て、変な解釈すんな」

耳元に落ちた低い声に、ぞくりと背筋が震える。慌てて距離を取ろうとした、その瞬間――周囲が、一斉にざわめきで爆発した。

「腰……!?腰に手が回ってる!!」

「ちょっ……距離感バグってる!!近さの概念どこいった!?」

「守る側も守られる側もイケメンって……情報処理追いつかない……!」

周囲のざわめきは、否が応でも声がデカすぎて耳に飛び込んでくる。

……腰?

視線を落とさずとも、その感触で理解した。俺の腰に、グリーンの手がしれっと添えられている。まるで“ここが定位置”と言わんばかりの自然さで。

その存在を意識した瞬間、心臓が跳ね上がる。いや、待て。最近、妙にこの距離に慣れつつあったとはいえ、これはどう考えても、近すぎる。

(あー、うん。これ、さすがにバグってるわ)

冷静になって状況を見直せば、ほとんど密着寸前。客がざわつくのも当然だ。みっともないところを見せてしまった。
ハッと正気に返った俺は、反射的に横へすっと身をずらす。背中から離れる体温。腰に触れていた手も、空気の中へ溶けるように引いていった。

グリーンの瞳が小さく瞬く。

「……せっかく可愛かったのに、残念ですね」

少しはTPOを弁えろと言い返すより先に――

すっ、と。俺が退いたことで空いた“背後の位置”へ、風を切るような速さでレヴィが滑り込んだ。まるでそこが自分の場所だと言わんばかりに、ぴたりと俺のすぐ後ろに立ち、グリーンとの間を完全に遮断する。

無言で、静かで、しかし意思は明確だ。

《この位置は譲らない》

そう言っているようだった。

レヴィは上目づかいでグリーンを見上げ、無表情の奥にわずかな敵意をにじませる。グリーンは一拍おいて、ふっと微笑んだ気配を落とした。

「……私とトオルさんの間に立つなんて、どういうつもりでしょう?」

返事はない。
ただ、俺の服の裾をつまんだレヴィの指先が、きゅっと力を強めただけだった。

周囲のファンは、もはや混乱を超えて完全にお祭り騒ぎだ。

「フードの子が間に割り込んだ!!速っ!!」

「どっちのイケメンも距離感バグりすぎて……無理……」

「え、何これ……視界が幸せ……」

なぜかざわめきはさらに膨れ上がり、俺の背後だけ小さな爆弾でも抱えているみたいに熱を帯びていく。

そんな混沌の中――

「ちょっと君!ちゃんと誘導してくれないと困るよ、列が止まっちゃってる!」

慌てた様子のスタッフが駆け寄ってきた。指摘されて列の方に目をやると、確かに進行が途切れ、途中でぽっかり穴が空いている。どうして客が進んでいないんだ?──いや、誘導していなかった自分にも落ち度はある。

「すみません、すぐに対応します」

頭を下げながら、心の中では思いきりため息をつく。このままでは仕事にならない。そう判断した俺は、目の前の二人に向き直った。

「お前ら、とりあえず帰れ」

すぐさまグリーンが口を開く。

「ですがトオルさん。どんな危険が潜んでいるかわからないのに、トオルさんを一人にするなんて――」

「こっちは警備のバイトしてんだよ。警備員を警備するってなんだよ。さすがに仕事の邪魔。わかったか?」

レヴィは不満そうに、グリーンは納得してない雰囲気を隠しもせず、それぞれこちらを見つめてくる。だが俺だってバイト中だ。譲るわけにもいかない。

「いいな?」

そう念押しすると、レヴィは渋々と下がり、グリーンは――にっこり微笑んで、意味深に一礼した。

(……あいつ、絶対帰ってねぇな)

胸の深いところで確信しつつも、表面上は二人を退かせ、ようやく仕事へ戻る。周囲のざわめきも少しずつ落ち着きを取り戻してきた。

だが――このあと、「帰らせなければよかった」と思うような事態が起こるなんて、その時の俺はまだ知らなかった。
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