信州観劇日記

ことい

文字の大きさ
12 / 53
犀の角・別役実

『舞え舞えかたつむり』 広田ゆうみ+二口大学 犀の角(上田市)

しおりを挟む
日時: 2023/10/6-8
作品名: 舞え舞えかたつむり』(別役実)
主催: 広田ゆうみ+二口大学
場所: 犀の角(上田市)


 ホームドラマ的夫婦喧嘩な「驟雨」の翌日にこれを観る面白さ。
 犀の角で別役作品を観るのも「いかけしごむ」「受付」「部屋」に続いて4作品目。ワークショップにも参加でき嬉しい。
 前年の演劇イベント松本FESTAで観た「舞え舞えかたつむり」はまぁまぁなスプラッターで、広田さんならどうするだろう?とは思ってた。結果、完全無血。過去に観劇した作品よりは少なからず動きは多かったものの、凛とした着物美人が日常の延長として、どこか歪んだ境界線の先でくるくると舞う姿が愛おしい。
 そして、不思議なことに、一番、愛を感じた。
 夫婦についての物語である。前日岸田國士さんの「驟雨」では「まぁまぁ許しなさいよ」ってな雰囲気だったものが、こちらでは容赦ない。というより、その「許せない」を正当化するがごとくの理由がこれでもかと積まれる。そして除かれる。そのうえで残った深淵。
 不条理劇として、深淵は深淵のままで十分である。なので、以下は観劇に便乗しての持論展開である。
 個人的に「他人が家にいるストレス」は予想外に耐え難たい。正直、職場ですらそれを感じることがある。そして、じわりじわりと蓄積される。許せない自分の心が狭いなと感じるし、敬うべき相手もしくは愛おしい相手にそれを感じるのもなかなかに絶望である。「存在が嫌」。そこまでではなくても、本人も気づかないような些細な積み重ねが大なり小なり生じる可能性はある。そして、人間には「飽き」の機能も存在する。ある時代の男性なら「嫁と畳は…」と悪気なく言えただろうが、社会の秩序やそれに対する責任を考慮すれば、そうそう無邪気にも要られない。敬うべき、愛おしい相手に「飽き」が適用されること自体も絶望である。
 自分の狭量さもしくは不道徳さ、「人でなし」ぐあいを正当化するため、無意識に相手を下げることもある。ただでさえ欠点が目に付くし、頭の中で誇張されたりもする。それでもその正当化は自己を守るために必要なものであり、婚姻関係の継続にもつながる。「人」でいられる。一時しのぎとしての愚痴や夫婦喧嘩がガス抜きになり発散になる。そうして、時間が経過していくうちに互いの成長や変化、そして「情」が生まれる…だから「犬も食わん」となる。旦那デスノートは時として深刻だが、根底にあるのはそれなんじゃないかとは思う。
 一方で、正当化の基準にも個人差はある。「新婚旅行で初夜も果たさず、置き去りにされた」も「まぁまぁ」とされる世の中で些細な事を訴えたところで、「まぁまぁ」と言われるのは目に見える。当時の新聞やテレビという存在の現れは、閉じたコミュニティーの外の価値観を目にする機会が増えたことにもなる。そして、今、我々がいるSNS時代では、それがより広がり、双方向にもなっている。それはガス抜きの手数を増やすことにもなるが、「まぁまぁ」の数も増えることになる。
 ガス抜きにならぬ。そして、紛れもなくガスはある。ガスが凶行を起こす。
 実は、些細でも目に付く程度の欠点があるうちは「人」でいることができ、「新婚旅行で初夜も果たさず、置き去りにされた」もガス抜きの存在としては、見方によっては幸福なことかもしれない。むろん、その後の成長も見られず、無能を垂れ流すばかりであれば、ガス抜きではなくガス発生装置にしか過ぎないわけだが…まぁ、少なくともこちらは「人」でいられる。「人」のまま〇せる。
 ラスト、「捏造された理由」を剥ぎ取った男が「正当な理由」を与えようとし、女が拒絶する。拒絶に対して、悔し気に怒りをしめして退場する二口さんが切なかった。「人として、仲間として迎えるための救いの手をどうして断るのか」「人の厚意を踏みにじって」「分からずや」。貴方の善意は理解しているし、有難いとも思う。が、本当に申し訳ないが、私には不要なものである。不快なありがた迷惑でしかないのですよ。
 …といった言葉があったわけではないが、なんだか大きい熱量のあるものが行きかい行き場をなくすようで、それがここいちの「愛」に見えて切なかった。
 どうなんだろうな。単に「かたつむり」への残酷さを許容するだけでもよいのかもしれない。人間社会の成立のため、是とする訳ではないが、認めないよりは認める方がよい。そして、自由であれば。かつて、私は殺したいと思い、それが具体性を帯びてきたところで逃げた。そこに正当な理由なんてなかった。前夫は正しかった。それでも、自分は正しかったんだと思う。正しくないという点で、正しい在り方だったんだと思う。
 繰り返すが、深淵は深淵のままで十分であり、劇中でこれらの解釈がなされたわけではない。自分の体験と理屈によって、そう見えただけだけのこと。思っていた以上に「女」に自分を重ねてしまえたこと。それに過ぎない。ただ、そんな解釈の幅を持つことができる、深みを感じる、そんな時間だったと思う。有難い。
 尚、ワークショップの題材は「受付」。集まった5組が絶妙に奇跡で、何ひとつ被らぬ5者5様の「受付」となった。個人的な好みとしては、直前の心理状態に忠実な黒岩さんの男とそれにシンプルに呼応したお嬢さんの組が異世界かつ衝撃だった。自分らは友人の実験に付き合う形で、ある種のコメディへ。特に自分は、これまで目にしてきた長期休暇明けの人を模倣してただけなんだが、本人達に見られたら病状を悪化させそうなので、ほどほどにしておきたい。が、いずれも優劣を枠を超えた多様性であり、芝居の奥深さ、はまる理由を感じた。んで、ゆうみさんと二口さんのコメントが温かいんだわ。
 二口さんは『Before the Dawn 第二部 ~島崎藤村「夜明け前」を巡る旅~』にも主演。皆、楽しみやがれ。ちきしゃう。
 いやいや、是非また。楽しみにしています。
 

 

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...