特派の狸

こま

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医者みたいなもの

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皇国歴一九六〇年 晩夏

 九月二日、怪我は癒えていないし、真実の謹慎も続いている。
「よう」
 唯一の隣人が軍内部で発行されている新聞を持ってきた。
「寝込みを襲われ八人重症、全員が第一前線部隊の連中で、犯人に懸賞金までかかってる」
 あらましを伝えると、彼女は新聞の記事を朗読した。

 八月の最終日深夜、我が寮は悲鳴によって目覚めた。悲鳴は便所に行った植木正則曹長から発せられたものだった。犯人は彼が用を足している途中を見計らい、襲撃し、肋骨と足を折られた。

「なお犯人は不明。取材によると能楽の般若の面をかぶり、それが唯一の手がかりである。だってよ」
「へえ。そんなことがあったのか」
「役者にでもなりやがれ」
 彼女はご機嫌であり、俺も同様だった。
「そうだ、こんなゴシップはどうでもいい。相談があるんだ」
「なに」
 いつもの歯切れのよさが失われ、どこか物憂げだった。
「実はな、私の、その、配属先というか」
「決まったのか! そうか、良かった」
「そんな大げさだって」
 尊大に構えてもいいはずだが、今日の真実はすこぶる控えめだった。相談というのはそこに絡むのだろう。
「で、どこなんだ」
 彼女はおずおずと首にかけた管理表を取りだした。
 名前の刻印がされた面の裏側、そこには部隊のマークだろうか、動物が描かれている。
「害獣だってさ。犬より従わず、熊よりひ弱で、巣穴を奪う生き物。わかるか?」
「知らない」
「私もこいつがどんな奴かよくわかんなかったからさ、調べたんだ」
 図書館で借りてきたという動物図鑑を持ってきて、そのページを開いた。
 そいつは田舎でたまに見たヤツだった。
「たぬき、だよな、これ」
「……うん」
「ああ、たしかに狸っぽいな、そのマーク」
 胴長短足、太い尻尾。横からの図はその特徴を捉えていた。しかしこんな生物を象徴にするのはどんな部隊なのだろう。
「それが私なんだ」
 それは……そうだろう。お前の管理表に刻印されているのだから。
特別派遣部隊とくべつはけんぶたい、と、名前だけはそれなりだが」
 がっくりと肩を落とし、
「私一人だけの新設部隊だ。窓際だ」
 給料は安く、仕事もない。飼ってやるから騒ぐなと釘を刺されたそうだ。
「……引っ越しも不可。部隊移動も厳禁。出世は二階級上がるのが最初で最後。八方塞がりだぜ、おい」
 飼い殺しだ。彼女は当初の威勢などなかったように新品の軍服にくっついた軍曹の階級章を指で弾いた。
「なんの役にもたたねえよ、こんなもん」
 彼女はふて腐れて寝てしまった。結局相談ではなく愚痴だった。
「自分の部屋に行けよ」
 寝息ではっきりと許否された。
 俺は医務室に通っている。抜け出したことはその後の事件でうやむやになり、軍医もそれにかかりきりだった。拳の包帯は外れ、捻挫には湿布を貼ってもらった。胸のギプスは一ヶ月ほどでとれるそうだ。
「朝日」
「斉藤中尉、おはようございます」
 彼らの協議で真実は狸になったのか。例の襲撃事件の犯人は彼女ではないし、そんなことは俺がさせない。彼らはどう考えているのだろう。
「具合はどうだ」
 軍本部では学ランが次々と不幸に見舞われるとちょっとした評判になっていた。
「完治には一ヶ月」
 軍医がそれに答えた。彼も噂程度の事情はあたまにあるらしく、斉藤の部下が関わっている程度の噂だが、それで若干無愛想に言った 。
 斉藤はすまんと頭を下げ、
「うちの連中にはいい薬になった」
 と、苦笑した。場所を変えようと彼は人気の無い、適当な会議室を選んだ。
「お前の配属のことなんだが」
「決まりましたか」
「それが、どうも困ったことになってな」
 受入れ先が無いという。人手には困っているが彼はちょっと、というのが蔓延しているそうだ。
「ほら、榊とつるんでいたのを知っているし、不幸続きなお前だから。以外とそういう験を担ぐのがどこにでもいるんだ」
「ですが、俺は招集の封筒が来たからここにいるのです」
「だから困っている。帰れとは決して言わないが」
「困っているでは、俺が困ってしまいます。どこか、どこかありませんか」
 これでは飼い殺しですらなく、生き地獄だ。
「それぞれ部隊長や佐官でも意見が出ているが、厳しい。なにせ事務方でも断られているんだ」
 なにかの役に立ちたいとか、際立って崇高な目標があるわけじゃない。しかし一応は必要とされて皇都まできているのだ、昼寝と乾パンを食ってばかりでは腐ってしまう。
「もう少しだけ待ってくれ。悪いようにはしないから」
 どうやって宿舎に戻ったのかは覚えていない。体の痛みさえ忘れていた。虚ろに部屋まで辿り着くと、すぐに真実が訪ねてきた。
「どっか行くなら起こせよな」
 でかい握り飯を放られ、慌てて受けとると、
「ハネさんが作ったんだ。正式に厄介になるって伝えたら給料をいれる代わりに飯の世話をしてくれるって」
「ハネさん?」
「管理人さんだよ。大鳥おおとり羽音はねっていうんだ」
「そうなんだ」
 いつまでも管理人さんでは味気ないから知れてよかった。今度掃除のときにでも呼んでみよう。
「元気無いな。なんかあったか」
 彼女は目敏く俺の機微を見抜き座布団にあぐらをかいた。真実の私物が、座布団や枕などが徐々に増えつつあるが、持ち帰れというには親密になりすぎていた。
「俺も配属が決まらない」
「へえ。バレたの?」
「違う。般若面じゃなくて、その前だ。喧嘩したからだろ」
「ふーん。まあいいや。暇だろ? 遊びに行こうぜ」
 彼女はまだ勤務中だし、俺にいつ連絡が来るとも限らない。けど、鬱々とした気分は晴らしたかった。
「どこに」
「これから考える。いいから、ほら」
 強引だったがこれくらいでないと俺は動かなかっただろう。駅まではバスを使い、道中窓から見える景色を俺だけが楽しんだ。
 乱立するビル、その隙間から遠くに見える畑、本部は緩やかな丘の上にあった。坂道を下っていくと分かれ道が増えていき、それに合わせて建物は密集していく。駅のロータリーで降りると真実はすぐに駆け出した。
「そういや買うもんがあったんだ」
「なに」
「ハネさんのお使いだよ。自分で行けばいいのに、わざわざ店の指定までされた」
 メモには住所とその付近の目印となるものまで綺麗な字で記されていた。文字の上では彼女は饒舌であり、小鳥のイラストまで添えて事細かに、これがあれば間違えようのないほど神経質なメモだった。簡単な地図に矢印で径路さえ施されていて、いっそ観光案内としてでも役立ちそうだった。
「マメだぁね、あの人」
「町を覚えるのに丁度いいよ。最初はどこに行くんだ」
「順番まで書いてあるよ。掃除用具から食料品、そんで金物屋で研ぎに出してた包丁の回収。最後に米と塩。これはお前が持て」
「鞄を持ってくればよかったな」
「平気さ。さ、早いとこ終わらせよ」
 ハネさんのメモはほぼ完璧だったが、その量までは考えられていなかった。雑貨は真実が持ったが、両手はふさがり箒を軍服と下着の隙間に差し入れなければならなかった。
「間抜けだ」
「うるさい」
「重いものを俺に分担させるからそうなるんだ」
「今度からは絶対ハネさんも連れてきてやる」
 帰り道で注目を浴びたのはいうまでもなく、それにより後日軍服と学ランの組み合わせを不審に思った誰かがそれを本部に連絡したようで、
「狸が町に出た」
 と、笑い話になった。受付の芝村が笑って教えてくれたが、
「朝日くんも行動には気を付けることだよ」
 と、かなり真剣になって言ったりもした。
 軍人は基本的に副業が禁止されている。そのため安い給料の真美を含めた階級の低い連中は手柄を欲するのだが、それを阻止されているようなかたちの特別派遣部隊隊長の榊真実軍曹は愚痴をこぼさずにはいられない。
「一人だから会議の必要もないため、多数の部隊が部屋を欲する現状、お前の望むものを与えることはできない。だってさ。ふざけんな!」
 あまりに激しく怒鳴りちらすため、様子を見にきたハネさんまでが俺の部屋にいる。ぎゃあぎゃあと騒ぐ真美を宥めるためお茶とせんべいまで持ってきた。これからの寒い季節に似合うような大きなマスク、この夏をよく乗り切ったと思う。
「仕事をくれっていったらよ、あいつらどうしたと思う? 大人しくしていれば俺たちの頭痛がひどくならない、これは医者みたいなものだ、だとよ」
「ひどい」
 ハネさんは正座でお茶をすすった。彼女は背が高く、俺よりも頭ひとつ大きい。
「でも部隊を持つなんて凄いと思うよ。まだ十四だろ、お前」
「たった一人で何ができる! 身動きもとれないし先も見えない! どいつもこいつも……!」
 すると真実は俺とハネさんを見比べて、何か考え込んだ。ぶつぶつと疑問と確認を繰り返しているようで「いけるか、しかし、いやどうだ」と頭を掻きながら自分の殻に閉じこもる。
「ハネさんはいつからここの管理人を?」
 真実はしばらくはこのままだろうし、暇をもて余したので聞いてみた。彼女は人差し指を立てた。
「一年ですか」
「そう」
「その前は?」
「ちゅーさ」
 中佐。変換すると、それは高官であり、しかしそれほどこの人が偉いようには見えなかった。
「凄いですね」
「でしょ」
 冗談のようで事実のような気もするが、今はお化け屋敷の管理人なのだ。聞いておいて悪いが耳から滑らせた。
「なんで管理人になったんですか?」
「好きだったから。ここ」
 そして「誠は」と小さな声で問いかけた。この真実の思案の呟きより小さな声を俺はよく拾い上げたと思う。
「そうですね。好きですね」
 飯は出してくれるし、それは真実から貰う握り飯だが、風呂も便所もある。古くてボロいこの宿舎は何者でもない俺にはふさわしく、いや、十分すぎる豪邸だ。
「わかった!」
 真実は叫んだ。のんびりとした空気は粉々になり、彼女の喜びようはほとんど異常だった。
「な、なにが」
「我が部隊を、死骸のような我が特別派遣部隊を蘇らせる方法をだ!」
 無性に不安をかきたてる。失敗した場合の彼女の姿が浮かんだ。俺の部屋でふて寝する姿だった。
「人を入れればいい! 私は動かず、他を動かせばいいのだ。名付けて『害獣作戦』だ! この軍を狸の巣穴にしてやるぞ!」
 鋭気を養うといって自室に戻っていくその背中にはやる気と自信が満ちていた。
「元気になって、よかった」
「そうですね」
 先の見える、もはや決定事項のような結末を、他人事ながら受け入れたくないような気がした。
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