特派の狸

こま

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第二章

消せ

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皇国歴 一九六一年 厳冬

「はなしというのは、名前持ちについてでょうか。それとも、狸を消そうと暗躍する者のことでしょうか」
 佐野中佐に呼び出され、彼の執務室で着座する榊真実は、腕も足も組みそうなほどふてぶてしい。
「もしくはうちの朝日に釘を刺しておけと?」
 佐野の表情はけわしい。榊の態度に、全て語ってもらうぞ、という気迫があったためだ。
「まずは、フェンリルからいこう。どうせあらましは知っているのだろう?」
「いいえ。ウルフを生み出すということだけです。ついでに言えば私はそいつを殺す術だけを知りたいのです。それ以外は、はっきりいってどうでもいいのです」
「そうか。ならば我々と同じだ」
 どこかの戦場に無差別に現れること。どんな攻撃が通用するのかも不明だった。
「対策は」
「戦闘すら行ってはいないんだ。突然襲われ、生き残っていてもみんな狂ってしまう。きみたち以外はね。遠くでその姿を見て、名前をつけて危険視しているだけにすぎないんだ」
「現状を変えるつもりは」
 慇懃な問いだが佐野に気にした様子はない。
「あるとも。しかし、まったく情けないのだが」
 佐野の嘆息が全てを語っていた。
「フェンリルを狙おうにも、出現場所も時間も特定できていない。ウルフ以上の戦闘能力はあるだろうが、基本的に我々はやつに関してまったく無知なんだ」
 しばしの沈黙、榊はならばと声をあげた。上官への凛としたものではなく、朝日たちにするような、いくらか丸っこい声だ。
「狸に任せちゃあくれませんかね」
「は?」
「ですから、狸は対フェンリルとして動くってことですよ」
 許可を得るよりも早く自分たちの活動を決めていた。
「動くって、具体的には」
「まずはどんな火器が通用するのか、接近戦ではどうか。そのあたりでしょうな」
 馬鹿馬鹿しい、と一蹴しないあたり佐野の器はおそろしく大きい。
 榊にいっそう真剣に向き合った。
「ここにある武器ならなんでも使ってくれ。それ以外でも、可能なかぎり取り寄せる」
 そこには捨て鉢などというものはいっさいない。佐野は身を乗り出して食い入るように榊とぶつかった。
「あとは何があればいい」
 私たちに一任させてくれるのか。榊は自分が言い出しておきながら、半信半疑でいる。
「では、次の出撃までに、犬どもの過去の出現地点を調べて欲しいですな。そこからフェンリルの現れる場所を絞れるかもしれません」
 これは既にあるらしい。佐野が独自でまとめておいてあると言った。公表はしておらず、あくまでも個人的なものだし、それもそれらしき場所に印がついているだけの地図だ。
「私どもに任せて頂けますか」
「何かあった際には、私は知らぬ存ぜぬを通すが、それでもいいのならば任せよう」
 フェンリルの情報は機密である。狸のしくじりでその露呈に繋がると、今まで放置してきた責任が問われる。もちろん弁解はできるが、無視を決め込んでいたと詰められればそれまでである。
 佐野はそれをおそれたのもあるが、榊としても佐野が上司でいた方が都合がいいと考えていたので、はっきりと頷いた。
「かまいません。それと、これだけは申しておきますが」
「言ってみなさい」
「我々は、非常に大きな案件を抱えこませて頂きました。そのため狸は、そうですね、今までよりもかなり派手なことをするかもしれません」
 今までより、のところで佐野は吹き出し、低く笑った。
「若者はそのくらいでなければいけないよ」
 好意的すぎる。榊は苦笑した。
「ですから、狸の邪魔となるものは」
「そこから先は、知らぬ存ぜぬでは、私の立場的に難しい」
「何を言うかおわかりですか」
 榊は鼻で笑った。
「きみも彼も、根っこは同じかもしれないな」
「止めても無駄です。私はともかくとして。それに」
 妙な邪魔をされては困る。フェンリルを倒さなければならないのに、身内でのいざこざなどがあってはたまらない。
 そう伝えると、
「……穏便にしてくれ。話し合いが望ましい」
 と、榊にすれば無理だと吐き捨てるようなことを、かろうじて言った。
「山羊が、いや、西村少尉が何か仕掛けてくれば、相応に応じますが、よろしいでしょうか」
 それはもううかがいをたてるなどという調子ではない。はっきりと「障害は取り除く」と言っていた。佐野は頷いた。開き直って椅子に深く座り直した。
「やれ。この際だ、過程は一切問わない。最終的にフェンリルを片付けられれば、なんでもいい。俺の首が飛ぼうが、基地が粉々になろうが、やれ。派手にやれ」
 榊は起立し、敬礼をした。堪えきれない笑みが口の端に現れて、言葉を発することができない。
「なんだ、しまらない顔だな。不服か」
 彼もひきつった笑みでいる。言い過ぎたとも思ったが、撤回はしなかった。
 ここまでくれば、体面など気にしていられるか。榊は敬礼のまま、興奮をそのままにして宣言する。
「派手にやります。あなたの後任の後任が首になっても、北楽から生物がいなくなっても、好きに勝手に、なんでもやります」
 頭を下げると、突風のように辞した。
「俺にもあんな時代があったかなあ」
 若すぎる息吹を浴び懐古する。しかしすぐに腰を浮かせ沸き立つ心の熱さのままに電話をとった。
「佐野だ、柳生少将に繋いでくれ」
 佐野は破顔して、お待ちくださいの声に頷いた。

「誠ぉ」
「なんだよ、にやにやして」
 真実はどこかから戻ってくるとこたつに足をいれ、仕事があると言った。
「なんだよ」
「真実さん、ご機嫌ですね」
「そうか? いや、認めるよ、機嫌がいい。それでな、やって欲しいことがあるんだ」
「いいけど。なにを?」
「落ち着けって。今言うから」
 明らかに様子がおかしい。そわそわしているというか、浮かれているというか、いつにもまして変だ。
「巡、部屋の前で見張りをしろ。誰も部屋に入れるなよ」
「え? は、はい」
 なにをするにも俺たちには開けっ広げな彼女だ、こんなことは今までなかった。
「後で説明する。頼むぜ」
 訳もわからず、しかし巡は従った。
「で、何があったんだ」
「フェンリルはうちが倒す」
 許可は貰ったと言うが、そんなことなら巡を見張りになんて出さない。もっと他にあるのだろう。
「あいつは強敵だ。狸はそれに集中したいんだけど、内輪のごたごたで足を引っ張られるのも面白くない。だからまず、邪魔してくるやつを消す。憂いとなるであろう邪魔してきたやつもだ」
「犬を倒すってことか? だったら同じじゃないか」
「違うよ。西村だ」
 そのための見張りか。たしかに大っぴらにはできない話だ。
「証拠がなければそれでいい。今夜にでも消せ」
 こんなに嬉しそうな彼女は久しぶりかもしれない。彼女の喜びは、いつのまにか俺の喜びにもなっていた。
「消すって、要はあれか」
「ヘラヘラしやがって、おう、そうだ。犬とおんなじようにしてやれってことだ。遠慮はいらねえ」
 ただし絶対に証拠は残すな。念を押され、了承した。
「拳には布かなにかを巻け。後で燃やす。やり方は任せる。得意だろ」
 それだけが指示で、詰めが甘い気もするが、そこも含めてうまくやれということなのだろう。
「面がないぞ」
「般若面はしない。前科があるから。顔は布で隠せ。後でそれも燃やす」
 打ち合わせはこれだけだった。巡と交代して見張り、人は来ず、ハネさんに呼び戻された。
「こんな悪事の片棒担がされるなんて」
 巡はうなだれていたが、否定もしない。
「じゃあやってくる」
 現在午後四時である。まだ日は落ちきらず、しかも業務時間内だ、西村の帰り際を狙おう。自信はないけど、まあできるだろう。
「あの人、ちょっとおかしいですよね」
「うん。だからいいんじゃないか」
 まだ扉も閉まりきってないうちからそんなことを言われた。

 おっと、発見。しかし山羊の連中とつるんでいやがる。
 接触するにも一人の時がいい、便所で待機だ。
 山羊の部屋から一番近い便所にこもった。人の気配がすれば個室から覗き、西村を待つ。
 二時間ほどたっただろうか。足音だ。
(二人組だ)
 片方は西村だが、もう一人いる。仕方なしに形だけ水を流して個室をでた。
 会釈だけして手を洗い、廊下の角に身を隠す。
 便所の前で二人は別れた。西村がこっちに来る。人通りはない。
「あの、西村少尉」
 呼び止めてみたが、特に話題はない。成り行きでいこう。
「ん、朝日くんか。腹の調子はどうだい」
 ちょうどよかった。これでいこう。
「ええ。なんとか。寒いとどうもくだってしまって」
「ははは、気持ちはわかるよ。部屋にいい薬があるけど、服すかい」
「是非とも。狸ではこの腹具合を共有できないもので」
「女所帯だからかな。それに、あまり喜ばれる話題でもないさ」
 彼は他の軍服と同じく寮に住んでいる。   
 敷地内だが一度外に出て、雪を被りながら向かう。足跡は残したそばから雪に消える。誰にも見つからないでくれと祈り、それは通じた。四人部屋の彼の部屋まで不思議なほどに人とすれ違わなかった。
 そこが彼のスペースなのだろう、引き出しを開けるとすぐにそれはあった。白い錠剤がビンに入っている。
「これだ。水はいらない、噛めば溶ける」
「ありがとうございます。それにしても山羊は激務なようですね、まだ誰も帰ってきていない」
「うん、実はね、私もこれから片付けないといけない案件があるんだ」
 耳を澄ませる。気配を探る。軍人になって自然とこういう特技が身に付いた。
 周囲は無人である。
(俺とこいつしかいない)
 不自然なほどの静けさだ。
「私なんかのために、なんだか申し訳ありません」
「いや、きみにも関係のあることなんだ」
 彼の情熱が伝わってきた。
 それでわかった。この人も、俺と同じなんだと。彼から漏れ出した情熱が、妖気ともいうべき不穏なものだったから。
「……しかし、よく生き残ったね。フェンリルを見たのだろう」
 西村は慰みのようにポケットを探り、剥き出しの錠剤を噛んだ。精神安定剤だと教えてくれた。
「あれは切り札なんだ」
 虚ろな表情で、また噛んだ。次から次へと菓子のようの食らっている。
「上から催促がくる。早くしろってね。しかしそううまくはいかないよ。事故に見せかけるのは、案外難しいものだ」
 血の気が引いている。俺も、彼も。
「だからね、準備だけはしていたんだ」
 懐に手をやって、抜きでたのは小振りなナイフ。銃声がしてはやはりまずいのだろう。
 ハンカチで拳を覆い、端を握りこんで固定した。もはやそれくらいの時間しかなかった。
「いい加減に、目障りなんだ」
 彼の指がナイフの柄頭に触れ、ブレーカーが落ちた。闇の中、月光に反射するボタ雪が、西村のかっと見開かれた眼と、細い金属の鋭さを照らしている。
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