特派の狸

こま

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第二章

方針

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皇国歴 一九六一年 厳冬

「佐野中佐が中央に出向かれたそうだ」
「なんでまた」
 相変わらずの狸の巣である。手間のかからない娯楽として噂話はもってこいだ。
 俺にいたっては鬼教官の巡から筋トレの指示を受け、緊急のサイレンが鳴っても動けないというくらいには励んでいる。
「なんでだろうなあ」
 そのにやけ面、我らが隊長はまた何かを企んでいるのだろう。
「あ、そういえば西村さんはどこに隠したんですか?」
 巡はこたつの上のみかんを剥いた。花札の山札を混ぜるハネさんとの勝負を避けるためだ。
「その壁の向こうだよ。地面まで掘ったから見つからない」
「げっ。死体と壁一枚挟んだだけの隣同士ってことですか」
「別にいいじゃん。それよか次の戦闘のことだけど」
 戦闘周期的にはまだ日がある。いつもなら前日か前々日に会議が行われるのだが、珍しく余裕があるじゃないか。
「私たちはフェンリルを探す。出現場所を記した地図があるから、そこを周回する」
「周回? じゃあ支援や討伐はその道中にするんですか?」
「しない」
 真実は笑んだ。少しだけ影があった。
「徹底してフェンリルの尻尾を掴むことに専念する。これは機密とする。他の連中には恨まれるだろうが、仕方がない」
「それじゃあなにか、目の前で食い殺されている軍服どもを無視するってことか」
 彼女は笑んだままだ。俺は冗談のつもりだったが、そうだと深く頷いた。
「いざその瞬間にへばっていたら意味がない。できる限り体力と気力を温存する」
「……進行中に接敵した場合は?」
 巡は俺よりも冷静だった。犬の親玉を倒すということがどういうことか、はっきりとわかっている。
「逃げる。迂回してポイントまで行く」
「できなかったらどうする」
「誠、戦いたいのはわかるがよ、言っただろう。温存だ。逃げて逃げて、いつ出会っても戦える状態を維持する」
「他の軍服はどうなる」
「おい、みんな覚悟決めて仕事してんだよ。お前の心配なんぞ必要ないんだ。全く、これっぽっちも、一切、必要ないんだ」
 心が折れそうなほどの宣言に、俺は狸を憎んだ。今までにないくらいな残酷さに腹が立った。だが、彼女がこんなことをいう時はいつも決まって同じ精神状態にあるということも思い出した。
「言い争いはやめましょうよ」
 巡、心配はありがたいが、それこそ必要ないんだ。だってわかっちまったから。それと謝っておく、お前を俺たちのやり方に付き合わせていることを。
「もう一回だけ聞く。狸は犬の頭領を殺すために、他の連中を見捨てる。そういうことなんだな」
「そうだ。素敵だろう」
 優しいくせに、バカだぜ、ほんと。こいつは自分を嘘で塗り固めることが最高に格好いいと思っていやがる。
 でも、多分それは俺のせいだ。彼女は俺の性質を理解しているのだ。俺がこういう言い方を、態度を好んでいることを。そしてそれをされると、どうにも痺れてしまうことを。どれだけ反対したとしても、それさえすればおとなしくなると。
 彼女はその身を俺に合わせることで、俺を骨抜きにしているのだ。
「異論はありません。でも、どうしてそうなったのか教えてください。佐野中佐の出向とも関係しているんですよね」
「はっ、動じなくなったなあ子狸め」
「あのねえ真実さん、私だってわかりますよ。あなたがそうやってものを言うときは、大抵裏があるし、それに本心じゃないってことくらい」
 ね、朝日さん。彼女はそうやってじとりとした粘着性のある視線を向けてきた。おっしゃる通り、わかってきたじゃないか。
「何を言っているかわからんな。まあいい、では密談といこう。巡、見張りだ」
「はいはい」
 彼女はそっと俺の肩に手を置いた。年下からこんな気の使われ方をするとは思わなかった。階級も下だし筋トレでも面倒見てもらっているから仕方がないけど。
「さて、聞かせてもらおうか」
「さっきのは本心だ。それは間違い無いからな」
「わかってるよ。方言には慣れてる」
「糞ッ、田舎もんが近くにいるとこれだから嫌なんだ」
「わはは、褒めるな」
 俺の思い違いでもいい。彼女の頬を赤らめられるのなら、こんな戯言、何度だって言ってやる。


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