特派の狸

こま

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第二章

吹雪

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皇国歴一九六一年 厳冬

「突撃」
 真実は小さく叫んだ。ひとり随伴する巡はそれよりも大きくハイと返事をした。
 犬の群れは健在で、とても敵わないだろう。ましてやそれを率いるのはその神である。
 犬が我先にと二人の少女に群がっていく。俺はそれを眺めているだけで、加勢にいくことができずにいる。
 フェンリルは動かない。前傾になっていつだって突進ができるだろう姿勢のまま、仲間とその敵をじっと睨んでいる。
(俺はどうすればいい)
 いつもなら燃えるように疼く傷も、頭が真っ白になるほどの情動も、追いかけなければならない小さな背中も、全てが俺が俺でなくなったような感覚すらある。考えれ場考えるほど、感覚を頼れば頼るほど、俺は自分を失っていき、現実的な時間は進んでいく。
「真実さん!」
 巡の声が、犬たちの中から聞こえた。二人とも囲まれていて姿は見えないが、切迫した声は明らかに不利を超えた危機に瀕していることがわかる。
「うるせえ! 犬っころみてえに咆えるんじゃねえ、私たちはなんだ、言ってみろ!」
 それ余裕ではなく、自分自身昂らせるためのものだとはっきりわかった。声の奥が濁り、震えている。
 このままじゃ、どうなるか。そんなことは考えなくてもわかる。この不安を俺たちはずっと抱え、心が粉砕してもなお温め続けてきたのだから。
「あいつら、怖くねえのかよ」
 巡の困憊が手にとるようにわかる。
 真実への労りと俺への嫌悪が波のように押し寄せ、肉体という浜辺を削りとっている。それが枷となり、その枷が動作からキレを奪い、焦り、また足を重くする悪循環に陥っている。
「怖くないはず、ないんだ」
 体格の小さい真実は、その器に収まらないほどの激情をどうやって保っているのか。恐怖をどうやって制御しているのか、それを考えると、行き着くところに行き着いてしまう。
「あいつらが頑張ってんのに、俺ァ」
 巡と目があった。彼女は俺をどう見たのか、すぐに何かを喚いたが、ちっとも聞こえない。
「一緒に害獣やるっていったじゃねえか。俺がそれをあいつに言ったんだ。なのに、天使を全部押し付けて、俺は面を被って憂さ晴らしか。それじゃあだめだ、俺はなんだ、何者なんだ」
 いかん、これは、ああ、落ちていくのがわかる。胸の内側、思考の底、心の最奥、熱した身体、それらが全部一個の塊になって、あちこちの感覚が麻痺していく。
 感じるのは、腕や腹の温もりだけで、これはきっと、いつものアレだ、命があふれているんだ。
「ビビってなんかいられねえ、怖いことには間違いないが、俺ァ狸だ、犬っころがなんだ、お前らなんか飼われてろ! こっちは首輪に縄にがんじがらめで、だけど独断勝手が代名詞だ、巡ィ、また怪我するかもしれないから、車ン中で声かけてくれ!」
 真実と呼ぶと、彼女はおうと返事をした。狸のごとく、俺の知る愛らしい叫声である。
「当分は飯に困らねえぞ!」
「馬鹿、グルメだっつってんだろ!」
 ああ、これだ、花火の熱射と火薬の臭い、それと雪を溶かす俺自身のみすぼらしさ。やはりどうにも、困るんだ、楽しくって。
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