特派の狸

こま

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第二章

三匹

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皇国歴 一九六一年 厳冬

「遅えよ、まったく」
 真実は背筋が凍るおもいで誠を待っていた。もともとが三人しかいないのに、そこから一人でも欠けたら戦力低下というよりも戦闘行為ができなくなる。
 巡がいなかった時期は他の部隊と連携したり誠の強引なやり方頼って戦力を誤魔化していたが、今回は特派設立以来の窮地なだけに、意気消沈する友人の絶叫を今か今かと待ち望んでいた。
 すぐさま戦列に並んだ誠は手始めに一匹のウルフを殴り飛ばし、自らの腕から迸る血を空にぶちまけた。
 一体この男のどこにそんな力があるのか、外見からはまったくわからない。少し前までは学ランをはおり、少し上背はあるがどこから見ても高校生という格好で軍へ出入りをしていたのに、初出撃から天使を討伐し、あれよという間に犬神の前で凄まじい見てくれで暴れている。
 無傷なはずなのに腕や腹から血を流し、さっきまでは尻尾を股の下に隠していたくせに、今ではウルフの方にこそそういう動揺があった。
 フェンリルは配下の犬の数がみるみる減っていくのを、少し離れた場所で静観している。常に動けるような前傾姿勢のまま、自分の顔を爪で掻いた。
「誠!」
 真実は敏感にそれを察知し、部下の中で一番獰猛な狸を差し向けた。
「おう」
 どこか狼のような響きのある返事とともに、手近なウルフをついでのように殴り飛ばす。
 狸と犬神の視線が交わる。フェンリルは自らの顔を引っ掻き、血を流した。戦化粧には多すぎる量の血が流れ、それが雪に落ちると赤い体毛の犬が産まれた。通常のウルフよりも体毛が長く、四肢が太い。動きはやや鈍かった。
(あれじゃあ、あいつは止められない)
 真実は残った白ウルフを次々に切り倒し、巡に声をかけ誠に駆け寄った。
「おら、べそかいてサボった分、働けよ?」
「遅れたのは謝るが、泣いてなんかいないよ」
「巡、花火の用意」
「了解です」
 戦力を一度戦列から外したのは、誠への信頼の証である。
「いいか、腕か足か、もいでこい」
「へんな命令だな」
 誠は雪をものともせず駆け出した。赤ウルフの爪をくぐり、巡に学校で教わった前蹴りをくりだすと、一撃で絶命させ、さらにもう一匹をまきこんで吹き飛ばした。
「あと三匹」
 フェンリルの流血によって赤ウルフは産まれる。その出血はおびただしいが、やはりウルフとして形作るには限界があったようで、フェンリルが突如動き出した。赤い血は涙のようにも見え、血肉を分けた犬たちと狸を食い殺そうと牙を剥いて突撃してきた。
 振りかぶる爪では、ちょうど赤ウルフを絶命させた誠の頭上に光っている。
「さぁせねえよ」
 フェンリルを犬の親とすれば、誠は狸の子である。親は、彼が洗脳を疑うほどに心酔する化け狸だ。
 真実がその子と神の間に入り込み、爪を受け止めた。刀と爪とが衝突し激しい火花を散らし、
「笠置さん曰く、目をみりゃ相手のことがわかるそうだが、あんた、そりゃ驚きすぎだ」
 片手を離し銃を抜いた。拳銃が咆哮し、フェンリルの腹部へと着弾する。
「花火準備完了! 三秒前!」
「早すぎじゃねえか巡ぃ」
「バカ、伏せろ!」
 誠が横合いから真実を押し倒し雪に伏せた。直後に背中から猛烈な飛来物の気配と爆音が注がれる。すぐに匍匐して逃げ出すと、立ち込める雪煙に立ちすくむフェンリルの姿を視認できた。
「直撃した、はずだよな」
 真実は苦い顔で刀を構えた。
「多分。だって仲間が増えてる」
 赤ウルフが六体いる。数は増えたが、フェンリルは肩が焼け焦げ、皮膚と僅かな筋肉によって繋がっているという有様だった。
「都合がいいな」
 引っ張れば取れるよな、と真実に微笑んだ。彼の腕からはフェンリルよりも血が流れ、親狸をぞっとさせた。
「じいさんに会いにいくのは、盆だけにしとけよ」
 誠に合わせた渾身の冗談は、大笑いによって報われた。
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