50 / 53
第二章
昇進とドレス
しおりを挟む
皇国歴一九六一年 厳冬
北楽の雪解けはまだ遠い。俺たちは天使襲撃のサイクルごとに現場へと駆り出され、雪を踏み、飛雪と血をかぶった。
天使はその種類をほぼニ種類にして北楽の大地を荒らしている。蟻と石である。
犬はわずかに姿を晒し、そして崇める神に顔向けできるよう、その散り際には必ず軍服を数人連れていった。
フェンリルを討伐し、一度の周期をまたいでから佐野さんから呼び出された。ハネさんを含めた狸全員がである。
「調子はいいみたいだね」
場所は彼の執務室ではなく、会議室だった。真実がフェンリルの裏側を語った人たちがが集まっていた。榊さんや御岳さん、黒子さんもいた。
「狸はうまいんです。死んだふりが」
四角に揃えられた長机の上座に佐野さんがいて、真実は空いているその対面の席に偉そうに座った。下座にあたるが、誰よりもふんぞり返って足を組んだが、榊さんと巡がたしなめた程度で、彼女はそれをやめないし文句もでなかった。
「では、フェンリル討伐後のあらましを伝える。猫とレベトについてだ」
平場という大佐が猫を率いていた。彼はレベト軍人と行動をともにしていたと巡からきいている。
「平場については本部で勾留している。尋問したところ、こういうことを言っていた。調書の写しを配るから」
「私がやります」
榊さんと黒子さんがその役目を取り合ったが、真実が俺に視線を向けたので、手をあげた。彼女たちは優しい顔つきになって褒めてくれた。このことだけでもいかに真実が愛されてきたかがわかる。
配り終えると、すぐに御岳さんが舌打ちをして、一度調書を放り投げた。また拾って、捨ててを繰り返した。
「よくもこんなにペラペラ喋ったもんだ。間者でなくとも潰した方がいい。榊、なぜ舌を落とさなかった。文字からでも声が聞こえるようじゃないか。この、つまらん腐った耳障りな雑音が」
平場の声はわからないけど、たしかに驚愕するべき内容ではあった。
猫にいた佐官六名は全員がレベトと通じていた。その佐官連中も拘束され、どうやら大尉以下は四割が共謀し、下士官は限られた数名が加担していたらしい。
「そうしていたら、この調書はありませんでしたよ。胸糞悪い程度のことは呑み干していただかなくては。それに舌が回るのは私もあなたも同じでは?」
武装はないが、この書面から発せられる邪気にあてらてれ、御岳さんは懐へ、榊さんは腰に手をもっていった。抜き打ち、そして抜刀のかまえである。一触即発の決戦前夜ともいうべき喧嘩の前触れに、ハネさんが手を打って視線を集めた。
「そこまで」
優しい声音だったが、二人は同時に視線を切った。佐野さんは手をかかげて仲裁への謝意を示した。
「猫を含め、他にも裏切ったもがいる。烏と梟に何羽かそういうのがいた。責任追及されるから覚悟はしておいてくれ」
「望むところだ。解散してどこかの部隊で一からやり直したっていい。階級だって軍服だってくれてやる。佐野、とことんまでやれ」
「中佐、私も同じ意見です」
「言われずともやるよ。まあ、私の管理体制に甘さがあったのも事実だよ」
真実が手をあげた。いつもは勝手に口を挟むくせにどういうことだろう。
「山羊の西村という男のことですが」
「調書にある通りだ。平場がそそのかしきみたちを直接狙わせた」
「そうですか。ありがとうございます」
佐野さんの口からそれをききたかったのだろう。ようやく俺たちの敵は消えた。その安堵を得るために、彼女はわかりきったことをきいたのだ。
「この一件は、すでに大掛かりな調査が入った。極秘というわけにはいかない。しかし、喧伝することのないように」
全員が頷くのを見届けて、彼は解散を伝えた。御岳さんは真っ先に出ていって、後を追って黒子さんも辞した。
「お疲れ様」
彼女は不器用にウインクをした。真実がそれに完璧なもので返し、苦笑させた。
数日後、狸は揃って昇進した。
「この瞬間は、どうにも水湖寮を思い出すね」
隊長はその書類つまみあげ、ひらひらと振った。
「おめでとうございます、准尉。狸では初めての尉官じゃないですか」
「はっ、曹長よぅ、そんなにめでたいことか?」
「俺もほら、兵長だってさ」
ハネさんが拍手をしてくれたが、実感はない。こたつで寝そべりながらこんなことをする部隊はどこにもないだろう。
「ハネさんにはなんかないの? 狸の後ろ盾サマだ、ご褒美があってもいいと思うけどね」
「あったよ」
「マジ?」
「うん。佐野に、ありがとうって言われた」
「なにがすごいって呼び捨てなのがすごですね」
「それで喜んじゃうのがハネさんだ。欲がないんだからまったく」
その無欲なハネさんが、翌日、俺たちにさらなる驚きを運んできた。
ひとりで散歩にでかけたと思ったら満面の笑みで戻ってきた。
「真実」
いつになく可愛らしい猫なで声ですり寄って、腕の中に抱いた。
「な、なにさ。甘えたいなら巡にしなよ」
「あとで、するよ。でも、まずは隊長からね」
「何事ですか。いやそれよりも報奨金が規定分支払われてないままなんですけど、ちょっと経理まで行ってきます」
どれくらい足りないのかきくとまだ五分の一ほどしか振り込まれていないらしい。
「おう、行ってこい。まったくふざけやがって、狸には金がかかるってことがまだわからねえらしい」
「あはは、去年のお前が言えば、別の意味になるな」
「うるせー」
あちこちに金が必要だと駆けずり回っていたあの頃の彼女に聞かせてやりたい。お前はハネさんの膝に収まって、莫大な金を手にすると。きっと喜び狂って、水湖寮をぶっ壊しただろう。いや、疑い深いこいつのことだから、適当に笑い飛ばすのかな。
「御座、待って。これ」
ハネさんは、彼女は基地にいるときには前掛けをしていて基本的にその姿で出歩くのだが、ポケットから封筒を取り出した。
「出たよ。なにそれ、今度はどこに行くの。レベトじゃねえだろうな」
「余計なことを言わないでくださいよ。当たったらどうするんですか」
「ジャケットを新調して、毛布を倍持っていく」
「それを俺が持つ」
「……そうなったらハネさんも行くんですよ?」
「行ったことあるよ。三回くらい」
「さすがベテランだ。じゃあ拝見しましょうか」
三通ある。まずは真実が乱暴に封をきった。
「ペラが二枚だ。そんで」
ハネさんにもたれかかった。その頭に顎が乗った。
「何が書いてあったんですか」
「別に。ただ、大変に妙な気分になったよ。この榊真実少尉は」
巡は目を丸くして、その昇進に拍手をした。俺がおめでとうと言う前に、彼女も封筒を破るようにして中身を確認した。
「昇進してる。私、准尉になってます」
「おめでとう准尉。で、下っ端、お前はどうだ?」
「下っ端のままだよ。伍長にはなったけどな」
「みんな、すごい。大出世」
「えー、つきましては我々にこれ以上の金が振り込まれないことを、新しく少尉になりました私がここに宣言しまーす」
「はあ!? な、じゃあこれって」
「金の代わりだ。小難しく書いてあるが、昇進と勲章で我慢しろとさ。そのうち授与されるぞ」
巡は勘定方として歯噛みしたが、そういうことになってしまったのだからどうしようもない。勲章なんて初めてのことだし、昇進だって重なった。俺たちが飢えることもないし上出来だと思う。
「お前が少尉かあ。なんだか不思議だな」
「なにが不思議なもんか。やることやってりゃこうなるんだ」
「そうだけどさ、だって、ハネさんのところに居候して、あちこちに喧嘩を売って」
「おう、弾丸も古新聞も売った」
「そのお前が……少尉だよ」
感慨深いものがある。少尉がどれほどの役職的な力を持つとか、勲章の意味とか、たとえ軍の中では大したことがなかったとしても、それらは彼女の苦労の結実だ。
「感動するなよ。これくらいのことで」
彼女は俺を笑い飛ばし、ハネさんと巡にも同意を促した。
「狸は北楽での目的を達した」
演説するかのように、ハネさんの手をマイクにみたてた。
「フェンリル退治し、組織の隠れた膿を排除するきっかけをつくり、そして滅した」
さらには、彼女の封筒にだけあった書類を巡に渡した。
「当初の、手柄をあげるということについても、この上ないくらいにやり遂げた。であるのならば、大手を振っての凱旋も遠い話じゃない。巡、読み上げろ」
巡は厳かにに立ち上がり、舞台上での挨拶のように一礼した。彼女も随分とのりがよくなってきた。俺も自然と正座していたあたり、飼いならされている。
巡は朗読の玄人だった。つっかえることもなく、途中で咳払いがあったが、ほとんど一息にやった。
「お前、読むのうまいな」
「どうも。ですが中身が大事ですよ。ちゃんと聴いてましたか」
「うん。引っ越しだろ。夏の北楽がどんなもんか気になるが」
内容は辞令である。
真実の長ったらしいさっきの目的についての話はこのためだったのだ。
「狸はここを去る。雪解けを待たず、凱旋だ」
彼女はそう言った。いつもならはしゃぐところだが、ハネさんにもたれたままくつろいでいる。巡も静かに、なんとな気怠そうなままこたつの温もり浸っていた。
これはあの病院での心境と似ているかもしれない。北楽であった多くの出来事に心が萎縮して、凱旋という華やかさに直面しても反応できないのだ。
「そう、ですか。今後の目標はありますか」
巡はできるだけ明るく、真実の側に座りなおした。
「これといってないけど」
「真千が帰る前に、祝勝会するって」
「まじで?」
「うん。人事が張り切ってた」
「いいですね。街まで出るんですか?」
「出るよ」
「中央じゃ狸が街に出たなんて告げ口されたっけな」
ふと思い出した。あの頃はなにもかもが足りなかった。俺は、今もそうだけど、田舎者で、すべてが新鮮だった。
「初耳ですけど」
「今思うと、夜逃げみたいだったもんなあ」
真実に同意を求めると、俺をまじまじと眺めた。そして巡、ハネさんと見回す。
「鳥の巣で寝起きして、学生引っこ抜いて、馬鹿みたいに傷つくって、今じゃ神殺しだ」
そう吐き捨てた。俺は彼女の言葉に息をのんだ。それを隠すために、小さな深呼吸をした。
「俺は祝勝会なんて出たことないぞ。軍服でいいんだよな」
「当たり前だ。燕尾服でも来ていくのか?」
「ドレスなんてもってませんし」
「私は、スーツで行くよ」
「鷹のジャケットまだあるでしょ? 羽織っていきなよ、きっと目立つぜ」
「ドレスは? ドレスは着ないんですか?」
どんな辞令が降ろうとも、どれだけ出世しようとも、こいつらはこの通りだ。過去の困窮を笑えるんだ、何を着るかで笑えるんだ。
「俺がドレスで行こうか? 目立つだろ」
「くはっ、いいね、それで行こう。ハネさんに見繕ってもらおうか」
「青が、似合うかな。黒でもいいね」
「だったら私も! 白いやつ!」
笑えるぜ、まったく。どうしたって賑やかになっちまう。爺様に親父殿、俺の友達はこうなんだ、素敵だろ。自慢すんなって、文句を言いに来てもいいんだぜ。
「ワクワクするぜ。裾はぞろっとしたもんがいいな、思いっきり長くして……おっと、かつらはどこから調達するかな。いっそ毛皮にするか」
「ヒラヒラがいい。ヒールは、三センチ」
「そ、それ私じゃだめですか?」
水を差したくないんだけど…………まさか本気じゃねえだろうな。
北楽の雪解けはまだ遠い。俺たちは天使襲撃のサイクルごとに現場へと駆り出され、雪を踏み、飛雪と血をかぶった。
天使はその種類をほぼニ種類にして北楽の大地を荒らしている。蟻と石である。
犬はわずかに姿を晒し、そして崇める神に顔向けできるよう、その散り際には必ず軍服を数人連れていった。
フェンリルを討伐し、一度の周期をまたいでから佐野さんから呼び出された。ハネさんを含めた狸全員がである。
「調子はいいみたいだね」
場所は彼の執務室ではなく、会議室だった。真実がフェンリルの裏側を語った人たちがが集まっていた。榊さんや御岳さん、黒子さんもいた。
「狸はうまいんです。死んだふりが」
四角に揃えられた長机の上座に佐野さんがいて、真実は空いているその対面の席に偉そうに座った。下座にあたるが、誰よりもふんぞり返って足を組んだが、榊さんと巡がたしなめた程度で、彼女はそれをやめないし文句もでなかった。
「では、フェンリル討伐後のあらましを伝える。猫とレベトについてだ」
平場という大佐が猫を率いていた。彼はレベト軍人と行動をともにしていたと巡からきいている。
「平場については本部で勾留している。尋問したところ、こういうことを言っていた。調書の写しを配るから」
「私がやります」
榊さんと黒子さんがその役目を取り合ったが、真実が俺に視線を向けたので、手をあげた。彼女たちは優しい顔つきになって褒めてくれた。このことだけでもいかに真実が愛されてきたかがわかる。
配り終えると、すぐに御岳さんが舌打ちをして、一度調書を放り投げた。また拾って、捨ててを繰り返した。
「よくもこんなにペラペラ喋ったもんだ。間者でなくとも潰した方がいい。榊、なぜ舌を落とさなかった。文字からでも声が聞こえるようじゃないか。この、つまらん腐った耳障りな雑音が」
平場の声はわからないけど、たしかに驚愕するべき内容ではあった。
猫にいた佐官六名は全員がレベトと通じていた。その佐官連中も拘束され、どうやら大尉以下は四割が共謀し、下士官は限られた数名が加担していたらしい。
「そうしていたら、この調書はありませんでしたよ。胸糞悪い程度のことは呑み干していただかなくては。それに舌が回るのは私もあなたも同じでは?」
武装はないが、この書面から発せられる邪気にあてらてれ、御岳さんは懐へ、榊さんは腰に手をもっていった。抜き打ち、そして抜刀のかまえである。一触即発の決戦前夜ともいうべき喧嘩の前触れに、ハネさんが手を打って視線を集めた。
「そこまで」
優しい声音だったが、二人は同時に視線を切った。佐野さんは手をかかげて仲裁への謝意を示した。
「猫を含め、他にも裏切ったもがいる。烏と梟に何羽かそういうのがいた。責任追及されるから覚悟はしておいてくれ」
「望むところだ。解散してどこかの部隊で一からやり直したっていい。階級だって軍服だってくれてやる。佐野、とことんまでやれ」
「中佐、私も同じ意見です」
「言われずともやるよ。まあ、私の管理体制に甘さがあったのも事実だよ」
真実が手をあげた。いつもは勝手に口を挟むくせにどういうことだろう。
「山羊の西村という男のことですが」
「調書にある通りだ。平場がそそのかしきみたちを直接狙わせた」
「そうですか。ありがとうございます」
佐野さんの口からそれをききたかったのだろう。ようやく俺たちの敵は消えた。その安堵を得るために、彼女はわかりきったことをきいたのだ。
「この一件は、すでに大掛かりな調査が入った。極秘というわけにはいかない。しかし、喧伝することのないように」
全員が頷くのを見届けて、彼は解散を伝えた。御岳さんは真っ先に出ていって、後を追って黒子さんも辞した。
「お疲れ様」
彼女は不器用にウインクをした。真実がそれに完璧なもので返し、苦笑させた。
数日後、狸は揃って昇進した。
「この瞬間は、どうにも水湖寮を思い出すね」
隊長はその書類つまみあげ、ひらひらと振った。
「おめでとうございます、准尉。狸では初めての尉官じゃないですか」
「はっ、曹長よぅ、そんなにめでたいことか?」
「俺もほら、兵長だってさ」
ハネさんが拍手をしてくれたが、実感はない。こたつで寝そべりながらこんなことをする部隊はどこにもないだろう。
「ハネさんにはなんかないの? 狸の後ろ盾サマだ、ご褒美があってもいいと思うけどね」
「あったよ」
「マジ?」
「うん。佐野に、ありがとうって言われた」
「なにがすごいって呼び捨てなのがすごですね」
「それで喜んじゃうのがハネさんだ。欲がないんだからまったく」
その無欲なハネさんが、翌日、俺たちにさらなる驚きを運んできた。
ひとりで散歩にでかけたと思ったら満面の笑みで戻ってきた。
「真実」
いつになく可愛らしい猫なで声ですり寄って、腕の中に抱いた。
「な、なにさ。甘えたいなら巡にしなよ」
「あとで、するよ。でも、まずは隊長からね」
「何事ですか。いやそれよりも報奨金が規定分支払われてないままなんですけど、ちょっと経理まで行ってきます」
どれくらい足りないのかきくとまだ五分の一ほどしか振り込まれていないらしい。
「おう、行ってこい。まったくふざけやがって、狸には金がかかるってことがまだわからねえらしい」
「あはは、去年のお前が言えば、別の意味になるな」
「うるせー」
あちこちに金が必要だと駆けずり回っていたあの頃の彼女に聞かせてやりたい。お前はハネさんの膝に収まって、莫大な金を手にすると。きっと喜び狂って、水湖寮をぶっ壊しただろう。いや、疑い深いこいつのことだから、適当に笑い飛ばすのかな。
「御座、待って。これ」
ハネさんは、彼女は基地にいるときには前掛けをしていて基本的にその姿で出歩くのだが、ポケットから封筒を取り出した。
「出たよ。なにそれ、今度はどこに行くの。レベトじゃねえだろうな」
「余計なことを言わないでくださいよ。当たったらどうするんですか」
「ジャケットを新調して、毛布を倍持っていく」
「それを俺が持つ」
「……そうなったらハネさんも行くんですよ?」
「行ったことあるよ。三回くらい」
「さすがベテランだ。じゃあ拝見しましょうか」
三通ある。まずは真実が乱暴に封をきった。
「ペラが二枚だ。そんで」
ハネさんにもたれかかった。その頭に顎が乗った。
「何が書いてあったんですか」
「別に。ただ、大変に妙な気分になったよ。この榊真実少尉は」
巡は目を丸くして、その昇進に拍手をした。俺がおめでとうと言う前に、彼女も封筒を破るようにして中身を確認した。
「昇進してる。私、准尉になってます」
「おめでとう准尉。で、下っ端、お前はどうだ?」
「下っ端のままだよ。伍長にはなったけどな」
「みんな、すごい。大出世」
「えー、つきましては我々にこれ以上の金が振り込まれないことを、新しく少尉になりました私がここに宣言しまーす」
「はあ!? な、じゃあこれって」
「金の代わりだ。小難しく書いてあるが、昇進と勲章で我慢しろとさ。そのうち授与されるぞ」
巡は勘定方として歯噛みしたが、そういうことになってしまったのだからどうしようもない。勲章なんて初めてのことだし、昇進だって重なった。俺たちが飢えることもないし上出来だと思う。
「お前が少尉かあ。なんだか不思議だな」
「なにが不思議なもんか。やることやってりゃこうなるんだ」
「そうだけどさ、だって、ハネさんのところに居候して、あちこちに喧嘩を売って」
「おう、弾丸も古新聞も売った」
「そのお前が……少尉だよ」
感慨深いものがある。少尉がどれほどの役職的な力を持つとか、勲章の意味とか、たとえ軍の中では大したことがなかったとしても、それらは彼女の苦労の結実だ。
「感動するなよ。これくらいのことで」
彼女は俺を笑い飛ばし、ハネさんと巡にも同意を促した。
「狸は北楽での目的を達した」
演説するかのように、ハネさんの手をマイクにみたてた。
「フェンリル退治し、組織の隠れた膿を排除するきっかけをつくり、そして滅した」
さらには、彼女の封筒にだけあった書類を巡に渡した。
「当初の、手柄をあげるということについても、この上ないくらいにやり遂げた。であるのならば、大手を振っての凱旋も遠い話じゃない。巡、読み上げろ」
巡は厳かにに立ち上がり、舞台上での挨拶のように一礼した。彼女も随分とのりがよくなってきた。俺も自然と正座していたあたり、飼いならされている。
巡は朗読の玄人だった。つっかえることもなく、途中で咳払いがあったが、ほとんど一息にやった。
「お前、読むのうまいな」
「どうも。ですが中身が大事ですよ。ちゃんと聴いてましたか」
「うん。引っ越しだろ。夏の北楽がどんなもんか気になるが」
内容は辞令である。
真実の長ったらしいさっきの目的についての話はこのためだったのだ。
「狸はここを去る。雪解けを待たず、凱旋だ」
彼女はそう言った。いつもならはしゃぐところだが、ハネさんにもたれたままくつろいでいる。巡も静かに、なんとな気怠そうなままこたつの温もり浸っていた。
これはあの病院での心境と似ているかもしれない。北楽であった多くの出来事に心が萎縮して、凱旋という華やかさに直面しても反応できないのだ。
「そう、ですか。今後の目標はありますか」
巡はできるだけ明るく、真実の側に座りなおした。
「これといってないけど」
「真千が帰る前に、祝勝会するって」
「まじで?」
「うん。人事が張り切ってた」
「いいですね。街まで出るんですか?」
「出るよ」
「中央じゃ狸が街に出たなんて告げ口されたっけな」
ふと思い出した。あの頃はなにもかもが足りなかった。俺は、今もそうだけど、田舎者で、すべてが新鮮だった。
「初耳ですけど」
「今思うと、夜逃げみたいだったもんなあ」
真実に同意を求めると、俺をまじまじと眺めた。そして巡、ハネさんと見回す。
「鳥の巣で寝起きして、学生引っこ抜いて、馬鹿みたいに傷つくって、今じゃ神殺しだ」
そう吐き捨てた。俺は彼女の言葉に息をのんだ。それを隠すために、小さな深呼吸をした。
「俺は祝勝会なんて出たことないぞ。軍服でいいんだよな」
「当たり前だ。燕尾服でも来ていくのか?」
「ドレスなんてもってませんし」
「私は、スーツで行くよ」
「鷹のジャケットまだあるでしょ? 羽織っていきなよ、きっと目立つぜ」
「ドレスは? ドレスは着ないんですか?」
どんな辞令が降ろうとも、どれだけ出世しようとも、こいつらはこの通りだ。過去の困窮を笑えるんだ、何を着るかで笑えるんだ。
「俺がドレスで行こうか? 目立つだろ」
「くはっ、いいね、それで行こう。ハネさんに見繕ってもらおうか」
「青が、似合うかな。黒でもいいね」
「だったら私も! 白いやつ!」
笑えるぜ、まったく。どうしたって賑やかになっちまう。爺様に親父殿、俺の友達はこうなんだ、素敵だろ。自慢すんなって、文句を言いに来てもいいんだぜ。
「ワクワクするぜ。裾はぞろっとしたもんがいいな、思いっきり長くして……おっと、かつらはどこから調達するかな。いっそ毛皮にするか」
「ヒラヒラがいい。ヒールは、三センチ」
「そ、それ私じゃだめですか?」
水を差したくないんだけど…………まさか本気じゃねえだろうな。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
『伯爵令嬢 爆死する』
三木谷夜宵
ファンタジー
王立学園の中庭で、ひとりの伯爵令嬢が死んだ。彼女は婚約者である侯爵令息から婚約解消を求められた。しかし、令嬢はそれに反発した。そんな彼女を、令息は魔術で爆死させてしまったのである。
その後、大陸一のゴシップ誌が伯爵令嬢が日頃から受けていた仕打ちを暴露するのであった。
カクヨムでも公開しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
道化たちの末路
希臘楽園
ファンタジー
母亡き後、継承権もない父と愛人母娘が公爵家を狙い始めた。でも私には王太子という切り札がいる。半年間、道化たちが踊るのを、私たちは静かに楽しんで見ていた。AIに書かせてみた第3弾。今回も3000文字程度のお気楽な作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる