23 / 37
平和な日常
しおりを挟む
リリの思いを受けて俺は気づいたのだ。
強くなることだけが、全てではない。このかけがえのない日常、リリの笑顔を守ることこそが、今の俺にとって何よりも大切なのだと。
次の日。
俺たちは依頼も受けずに一日中、街で過ごすことにした。
「リリ。何かやりたいことや、行ってみたい場所はあるか?」
「うーん……」
リリは少し考えると、俺の服の裾をくいっと引っ張り、大通りから一本外れた、静かな路地を指さした。
「あのね、あのお店、いつもいい匂いがするの」
リリが指さしたのは、古びた看板を掲げた、小さなパン屋だった。中からは、香ばしいパンの焼ける匂いが漂ってくる。
「よし、じゃあ今日の昼飯はあそこのパンにしよう」
店に入ると、人の良さそうなおばあさんが笑顔で俺たちを迎えてくれた。店内に並べられたパンは、どれも素朴だが、愛情を込めて作られているのが伝わってくる。リリは目を輝かせ、張り付くようにしてパンを選んでいた。
俺たちは焼きたてのパンをいくつか買い、店の近くの椅子に座ってそれを頬張った。リリが選んだパンは、彼女の顔の半分くらいある大きさだ。
「おいしい!」
パンを頬張った後にリリは幸せそうに笑う。俺はその光景を見ながらパンを齧った。
特別なご馳走ではない。だがリリと二人で食べるパンは、どんな豪華な料理よりも美味しく感じられた。
昼食を終えた後、俺たちは街をぶらぶらと散策した。リリは道端に咲く小さな花を見つけては立ち止まったり、街中に居る吟遊詩人の奏でる音楽に静かに耳を傾けていた。
その一つ一つが、俺にとっては新鮮な光景だった。追放される前は、強くなること、パーティに貢献することしか頭になかった。こんな風に、目的もなく街を歩き、季節の移ろいや、人々の営みに目を向ける余裕などなかったからだ。
「おにいちゃん、見て」
リリが一軒の店の前で足を止めた。それは、様々な種類の本が並べられた、古本屋だった。
「本が好きなのか?」
「うん。読んだことはないけど……この匂いが好き。なんだか色んなお話の匂いがする」
俺はリリの手を引き、店の中へと入ってみた。古い紙とインクの匂いが、俺たちを包み込む。リリは背伸びをしながら、ぎっしりと詰まった本棚を見上げていた。
「何か読んでみたい本はあるか?」
「……絵がいっぱい描いてあるのがいいな」
俺は店主に断って子供向けの、挿絵がたくさん入った冒険譚の絵本を一冊、手に取った。そして、店の隅にある椅子に腰を下ろし、リリを自分の膝の上に乗せた。
「昔々、あるところに、竜を恐れぬ勇敢な騎士がおりました……」
俺がゆっくりと物語を読み始めると、リリは物語の世界に引き込まれるように、食い入るように絵本を見つめていた。その瞳は、キラキラと輝いている。
一冊の絵本を読み終える頃には、窓の外はすっかり夕焼けに染まっていた。
「……おもしろかった」
リリがぽつりと呟いた。
「そうか。よかったな」
「うん。……ねえ、おにいちゃんは、この騎士様みたいに、お姫様を助けに行ったりしないの?」
「はは、どうだろうな。俺には助けなきゃいけないお姫様なんていないからな」
俺は笑って答えた。すると、リリは俺の顔をじっと見上げ、言った。
「リリはお姫様じゃないけど……でも、おにいちゃんが、リリを助けてくれた。リリにとっておにいちゃんは、この騎士様よりも、ずっとずっと、かっこいい英雄だよ」
その真っ直ぐな言葉に俺は少しだけ、顔が熱くなるのを感じた。
「……大げさなやつだ」
俺は照れ隠しにリリの頭を優しく撫でた。
宿屋への帰り道、俺たちは手を繋いで歩いた。リリの小さな手の温もりが、俺の心にじんわりと広がっていく。
特別な事件が起こるわけではない。ただ、こうして隣にいて、笑い合える。
そんな穏やかな一日が、今の俺にとっては、何よりも価値のある宝物だった。
強くなることだけが、全てではない。このかけがえのない日常、リリの笑顔を守ることこそが、今の俺にとって何よりも大切なのだと。
次の日。
俺たちは依頼も受けずに一日中、街で過ごすことにした。
「リリ。何かやりたいことや、行ってみたい場所はあるか?」
「うーん……」
リリは少し考えると、俺の服の裾をくいっと引っ張り、大通りから一本外れた、静かな路地を指さした。
「あのね、あのお店、いつもいい匂いがするの」
リリが指さしたのは、古びた看板を掲げた、小さなパン屋だった。中からは、香ばしいパンの焼ける匂いが漂ってくる。
「よし、じゃあ今日の昼飯はあそこのパンにしよう」
店に入ると、人の良さそうなおばあさんが笑顔で俺たちを迎えてくれた。店内に並べられたパンは、どれも素朴だが、愛情を込めて作られているのが伝わってくる。リリは目を輝かせ、張り付くようにしてパンを選んでいた。
俺たちは焼きたてのパンをいくつか買い、店の近くの椅子に座ってそれを頬張った。リリが選んだパンは、彼女の顔の半分くらいある大きさだ。
「おいしい!」
パンを頬張った後にリリは幸せそうに笑う。俺はその光景を見ながらパンを齧った。
特別なご馳走ではない。だがリリと二人で食べるパンは、どんな豪華な料理よりも美味しく感じられた。
昼食を終えた後、俺たちは街をぶらぶらと散策した。リリは道端に咲く小さな花を見つけては立ち止まったり、街中に居る吟遊詩人の奏でる音楽に静かに耳を傾けていた。
その一つ一つが、俺にとっては新鮮な光景だった。追放される前は、強くなること、パーティに貢献することしか頭になかった。こんな風に、目的もなく街を歩き、季節の移ろいや、人々の営みに目を向ける余裕などなかったからだ。
「おにいちゃん、見て」
リリが一軒の店の前で足を止めた。それは、様々な種類の本が並べられた、古本屋だった。
「本が好きなのか?」
「うん。読んだことはないけど……この匂いが好き。なんだか色んなお話の匂いがする」
俺はリリの手を引き、店の中へと入ってみた。古い紙とインクの匂いが、俺たちを包み込む。リリは背伸びをしながら、ぎっしりと詰まった本棚を見上げていた。
「何か読んでみたい本はあるか?」
「……絵がいっぱい描いてあるのがいいな」
俺は店主に断って子供向けの、挿絵がたくさん入った冒険譚の絵本を一冊、手に取った。そして、店の隅にある椅子に腰を下ろし、リリを自分の膝の上に乗せた。
「昔々、あるところに、竜を恐れぬ勇敢な騎士がおりました……」
俺がゆっくりと物語を読み始めると、リリは物語の世界に引き込まれるように、食い入るように絵本を見つめていた。その瞳は、キラキラと輝いている。
一冊の絵本を読み終える頃には、窓の外はすっかり夕焼けに染まっていた。
「……おもしろかった」
リリがぽつりと呟いた。
「そうか。よかったな」
「うん。……ねえ、おにいちゃんは、この騎士様みたいに、お姫様を助けに行ったりしないの?」
「はは、どうだろうな。俺には助けなきゃいけないお姫様なんていないからな」
俺は笑って答えた。すると、リリは俺の顔をじっと見上げ、言った。
「リリはお姫様じゃないけど……でも、おにいちゃんが、リリを助けてくれた。リリにとっておにいちゃんは、この騎士様よりも、ずっとずっと、かっこいい英雄だよ」
その真っ直ぐな言葉に俺は少しだけ、顔が熱くなるのを感じた。
「……大げさなやつだ」
俺は照れ隠しにリリの頭を優しく撫でた。
宿屋への帰り道、俺たちは手を繋いで歩いた。リリの小さな手の温もりが、俺の心にじんわりと広がっていく。
特別な事件が起こるわけではない。ただ、こうして隣にいて、笑い合える。
そんな穏やかな一日が、今の俺にとっては、何よりも価値のある宝物だった。
12
あなたにおすすめの小説
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
拾った年上侯爵が甘え上手すぎて、よしよししてたら婚約することになりました
星乃和花
恋愛
⭐︎火木土21:00更新ー本編8話・後日談8話⭐︎
王都の市場で花屋をしているリナは、ある朝――
路地裏で倒れている“美形の年上男性”を拾ってしまう。
熱で弱っているだけ……のはずが、彼はなぜか距離が近い。
「行かないで」「撫でて」「君がいると回復する」
甘えが上手すぎるうえに、褒め方までずるい。
よしよし看病してあげていたら、いつの間にか毎日市場に現れるようになり、
気づけば花屋は貴族の面会所(?)になっていて――
しかも彼の正体は、王都を支える侯爵家の当主だった!?
「君は国のために必要だ(※僕が倒れるから)」
年上当主の“甘え策略”に、花屋の心臓は今日ももたない。
ほのぼの王都日常コメディ×甘やかし捕獲ラブ、開幕です。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
なりゆきで妻になった割に大事にされている……と思ったら溺愛されてた
たぬきち25番
恋愛
男爵家の三女イリスに転生した七海は、貴族の夜会で相手を見つけることができずに女官になった。
女官として認められ、夜会を仕切る部署に配属された。
そして今回、既婚者しか入れない夜会の責任者を任せられた。
夜会当日、伯爵家のリカルドがどうしても公爵に会う必要があるので夜会会場に入れてほしいと懇願された。
だが、会場に入るためには結婚をしている必要があり……?
※本当に申し訳ないです、感想の返信できないかもしれません……
※他サイト様にも掲載始めました!
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して二年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
【ご報告】
2月28日より、第五章の連載を再開いたします。毎週金・土・日の20時に更新予定です。
また、誤字脱字の修正および一部表現の見直しを行いました。ただし、記載内容の趣旨に大きな変更はございません。
引き続きよろしくお願いいたします。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる