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反抗期終了宣言
しおりを挟む「もうすぐ記念日だね」
大輝がスマホでカレンダーを見ながら呟いた。それを後ろから覗き込んで俺はからかうように言う。
「大輝の反抗期終了記念日?」
大輝はなんとも言えないといったように苦笑いした。
「その節は、大変ご迷惑をおかけしました」
「ほんとだよ。あれは……中学生くらい?」
「うん。一年の夏……秋頃から……一年間くらいかな、酷かったのは」
「お前の反抗期のせいで、俺の反抗期ほぼなしよ?」
「そ、その節は大変ご迷惑をおかけしました……」
大輝が再度同じ言葉を繰り返す。別に、あの時のことを責めるつもりはないし、あの時があるから今こうして二人で過ごせていのだと思えば大輝の拗らせまくった反抗期も悪いだけの話ではないのかもしれない。
少し、思い出してみようか。
遡れば、あれは十数年前のこと。
俺たちが『思春期』と呼ばれる歳の頃の話を。
§§§
「ただいまー」
「あ、暁人おかえり。大輝は一緒じゃないの?」
「うん、先輩らと遊んでくるって」
「そう……。ねぇ暁人、お母さん、貴方達の交友関係に口出すのは間違ってると思うけど、最近少し変わったなって思うの」
「……そりゃまぁ、変わらないわけないじゃん。中学生になったし」
「大輝が心配なのよ」
「それは大輝に言ってよ、俺は知らない」
そう言って、俺は母親を押しのけて自室へと戻る。入学して一年経たずに気崩しまくったせいで同じ学年の奴らよりもボロボロになった学ランのポケットから取り出した煙草。
母親の言う通り、中学に入ってからの俺たちはだいぶ変わってしまったように思う。特に、双子の弟である大輝は、昔の面影など微塵も感じさせないほどに。
中学に入ってすぐの頃、双子だ珍しい、と周りに騒ぎ立てられ、それはそれは大層うるさかった。大輝も同じように苛立っていたのだろう、ある日二人で騒ぎ立てるリーダー格をボコした事がある。それが、当時学校を取り仕切っていたヤンキー先輩に伝わり、何がどう転んだのか俺達はその先輩らに気に入られることとなった。
それからはもう早かった。
未成年のくせに、酒だ煙草だ、夜遊びだ喧嘩だといろいろと教え込まれたものだ。その頃の大輝は、まだ大丈夫だった。俺と同じで、ただ悪い先輩に悪い遊びを教えて貰って純粋に楽しんでいただけ。
風向きが変わったなと思ったのは、中学一年の夏も終わりかけの頃。毎晩、なにかしらのトラブルがない限り家族四人で囲んでいた食卓に、大輝は来なくなった。夜中、家を抜け出す回数もグンッと増えた。その度に、家の前ではブンブンブンブンとバイクのエンジン音が聞こえてくる。当然、昼間学校に行っても大輝の姿を見る回数の方が少なくなって行った。
そして、三人での食事に慣れ始めてきた今、中学一年の冬。
ポケットから取り出した煙草に火をつける。丁度その時、携帯が着信を知らせた。相手はその悪い先輩の一人。
「はい」
「おー、出たか五十嵐兄(あに)」
「その呼び方やめてくださいって」
「お前今どこ?」
「家っす」
「迎え寄越すからちょっと出てきてくんない?」
「えー……俺宿題やんないと」
「真面目か!じゃなくて、五十嵐弟、今やべぇぞ」
「え」
「めちゃくちゃボコられてる、……っつーか、……」
「すぐ行くっす」
火をつけたばかりの煙草を揉み消して俺はその場に立ち上がる。電話の向こうで、バイクのエンジン音がした。きっと俺を迎えに来るのだろう。
まだ何か言いたげな先輩との電話を切る。
制服で問題を起こすと面倒だから、学ランを脱ぎ捨ててとりあえず近くにあったジャンパーを着込む。廊下に出ると、大輝の部屋の扉が目に入る。何日も締め切られた扉にはでかい亀裂が入っていた。何日か前、父親と大輝がそこで取っ組み合いの喧嘩をしていた事を思い出す。きっとその時についたものなのだろう。
家の外からバイクの音が聞こえる。多分迎えだ。慌てて階段を降りて、リビングで何か考え事をしている母親に出かけてくると告げて玄関を飛び出した。
§§§
連れてこられたのは町外れにある今はもう使われてない倉庫だった。
倉庫に近づくとやめろ、とか、痛い、とか、助けて、とか。あまり聞きたくない単語が中から聞こえてくる。その中に苦しそうな、くぐもった声。しかも多分、その声の主は大輝だ。
「暁人」
扉を開けようとしている俺の背後から声を掛けてきたのは先程電話を寄越してきた例の先輩だった。他にも数人、見知った顔が並んでいる。
「!?先輩、あれ……待ってください、中で……なにが……」
「想像の通りだよ」
「あ、アイツ男っすよ!?」
「相手はどっちでもいけるんだって」
「な、んでそんな他人事なんすか!っつーか、なんで助けに行ってやんねぇんすか!」
「助けたくても扉が開かねぇんだよ!中で鍵かけられて、出入口は荷物で塞がれてるみてぇだしよ!」
「っ……」
「あ……悪い、大声出して……。窓もねぇし、扉開かねぇし待ってるしかねぇんだよ。……大輝解放されたら、暁人傍にいてやれ。俺たちは、アイツが出てきたらボコすから」
「……はい」
それから、俺たちは倉庫の前で二人を待った。大輝のくぐもった声が段々と色付いてくるのを聞きたくなくて、耳を塞いだ。先輩たちも気まずそうに目線を逸らしている。
「俺たち死角からアイツ狙うから、最初はお前一人でいてくれ」
中での激しい物音が止んだ時、先輩がコソコソと耳打ちする。うん、と頷いたのを皮切りに、先輩たちは各々身を隠した。
扉を塞いでいた荷物を動かしたのだろうか、ドサッ!と大きな音のすぐ後に、扉は解錠された。
「え、同じ顔?あ、あー……お前が暁人?暁人くんも綺麗な顔してんだねぇ、大輝?だっけ?言ってたぞ、暁人ぉ、助けてぇって」
倉庫の中から出てきたのは、高校生くらいの大柄な男だった。俺の顔を見てキョトンとしていたが、すぐさま気づいたように、ギャハハと下卑た笑い声をあげる。
「次遊びたくなったら、暁人くんもありだな?っと、おー素晴らしい兄弟愛」
無意識のうちにギリギリと歯ぎしりをして、男を睨みつける。そのまま突き飛ばすようにして倉庫の中に駆け出した。背後では、先輩たちが一斉に襲いかかったのだろう、バタバタとやり合う音がする。
倉庫の隅っこに大輝は横たわっていた。服を剥かれて、いろんなところから血が出ている。
「大輝、大輝大丈夫か?」
「え、暁……人……なん、で……」
「先輩から電話きて駆けつけた。大丈夫か?」
「なんで来るんだよ!」
「え……」
「なんでてめぇが来るんだよ!」
「なんだよ、その言い方!俺心配してたんだからな!?」
「心配してくれなんて頼んでねぇ!ここに来てくれなんて頼んでねぇよ!」
「は……なんなんだよ、お前……」
「帰れよ!もう……帰れ、暁人……」
さっきのやり取りで喉が枯れたのもあるだろうが、大輝の声変わりしきってない掠れた声が震える。帰れと言われても、泣いて震えて、全身怪我している弟を置いて一人帰るなんてことはできないし、と狼狽えていると、あの男をやり込めたのか先輩達が倉庫の中にやってきた。
「大輝、お前さすがにそれは暁人に悪いだろ」
「頼んでねっす……」
「暁人心配して来てくれたんだぞ」
「……」
大輝は目線を逸らしながら、ギリギリと歯ぎしりをする。先程の俺と同じように。
「こんなとこにいつまでもいれねぇし、さっさと行くぞ。暁人、そのジャンパー大輝に貸してやれ」
「え、あ……」
先輩に言われるがままに俺は羽織っていたジャンパーを脱いで大輝に渡す。それを奪うようにして袖を通した大輝。スラックスは言わずもがな半裸に剥かれ、僅かばかり残ったシャツはボロボロになっている。ファスナーを首まで上げて、胸元をギュッと押さえて大輝はフラフラと立ち上がった。
肩を貸そうと手を伸ばしたが、その手は大輝によって振り払われた。結局、大輝は他の先輩に運ばれるようにして倉庫を後にする。
§§§
結局、俺たちは、いつもの溜まり場となっている先輩の家に行き着いた。実家だが、親は仕事で基本的に家には居ないらしく自由に使わせてもらっている。
「とりあえずシャワー浴びろ、汚れ落としてこい」
「はい……」
「暁人、一緒に入って洗ってやれ」
「は!?俺一人で入れます!」
「いいから。腕上がんねぇだろ、痛くて」
未だブツブツと文句を言っている大輝と一緒に脱衣場に押し込まれる。
親が仕事でいないとはいえ脱衣場をはじめ、家の中はいつも綺麗に整理整頓されている。時折帰ってきて家のことをしてくれているのだろう。
「服、……自分で脱げる?」
「……脱がして」
「おぅ」
ガキの頃は、よく二人で風呂に入っていたが、まさかこんな年になっても二人で入る事になるとは思わなかった。不満げに、脱がしてと呟く大輝。どこをどう怪我してるか分からないので、慎重に服を脱がしていく。服を脱がせる度に顕になる肌。傷だらけで、青アザだらけ。スラックスを脱がすと、その傷たちは顕著なものとなる。久しぶりに見た大輝の体がこんなにも痛々しくて、胸の奥がつきんっと痛んだ。
「とりあえずシャワー……」
「うん」
俺の促しに、大輝が頷く。思っていたよりも抵抗なく風呂場に入ってくれたことに安堵しながら温めたシャワーを肩からかけてやる。傷が染みるのか、大輝が時折顔を歪めた。そうして、全身をくまなく洗ってやった。下半身を洗っている時に大輝の体が震えていることに気づいたが、きっと泣いているのだろうと思う。あんな目にあって、泣かないわけがない。
「風呂……ありがとうございました」
「俺もタオル借りました」
「おー、サッパリした?お前らもこっち来て飲めよ」
「え、……あー……はい!」
あんな事があったというのに、先輩たちの態度はいつもと変わらなかった。薄情なものだと思ったが、隣にいる大輝が吹っ切れたように笑っているから、多分これが先輩たち流の慰め方なのだと悟った。
「あーいや……俺は帰ります」
「えー、なんだよノリわりぃな」
ノリが悪いと不満気な先輩たちを宥めるようにまぁまぁと手を動かしながら尚も続ける。
「俺あんま飲めないし、あ、後ほら、宿題やんなきゃ」
「真面目か!」
冗談を交えた事により、先輩たちはどうにか納得してくれたようで、気をつけて帰れよと送り出してくれた。
玄関まで見送ってくれた先輩が言いにくそうに口を開く。
「暁人、ごめんな」
「なんで先輩が謝んすか」
「いや、……そうだけど……」
「俺はなんも。全然大丈夫っす。だから、大輝のことよろしく頼みます。アイツ俺の事嫌いみたいだし」
先輩が苦笑いするように口元を歪めた。
「じゃあ、また」
「はい、また今度」
そうして先輩の家を後にした。
先輩から電話が来た時はまだ薄らと明るかったのに、今はもう真っ暗だ。
「あ、もしもし?俺。暁人」
「急に出かけたと思ったらこんな時間までどこ行ってたの!」
「ごめん、急用できて。俺今日ご飯いらないから。風呂だけ沸かしておいて」
「友達とご飯行ってきたの?」
「んー、まぁそんな感じ。じゃあ、あと少しで帰るから」
「わかった。気をつけてね」
大輝があぁやって親に心配かけるから、俺くらいは大人しくいようと思う。だから、きっと心配しているであろう母親に電話をかけた。案の定めちゃくちゃ心配してて、少しだけ、悪いことしたなぁと思った。
§§§
次の日、目が覚めた時目の前にあったのは同じ顔した弟だった。
「ッうわぁぁぁあ!?……え、だい、……え?」
「もう登校時間過ぎてるよ」
「え、あ……あぁ……まぁ、うん……」
「下に朝飯あるよ。行くよ」
俺の驚く様子を気にする素振りもなく淡々と話しかけて颯爽と部屋を出ていく大輝。一緒に朝飯を食おうということなのだろうか。慌てて大輝を追いかける。携帯で時間を確認すれば、丁度九時を示していた。
リビングに降りると、ダイニングテーブルにトーストとスクランブルエッグ、ベーコンが置いてある。
「味噌汁なーい。母さん忙しかったの?」
「知らないよ、俺今帰ってきたばっかりだし」
母親の作る朝ご飯はいつも和食で、味噌汁がマストだったから、食卓に並んでないのはとても違和感。そして何よりも、同じ食卓に二人でいるという最大の違和感。ここ数ヶ月そんなことはなかったから、とても不思議。
ところどころ焦げたスクランブルエッグと焼き過ぎなくらいのトースト。あまり食感の良くないそれを二人で無言で食べる。この数ヶ月の代償は、二人の当たり前のやり取りを奪っていったようで、最早なにを話していいのかわからない。
「なぁ、昨日……」
携帯を見ながらトーストに齧り付いていた大輝が不意に声を発する。それを見ながら、大輝の言葉を待つ。
「……ごめん」
「……おぅ。別に、今更……」
「うん……」
謝ってから静かになる大輝。そのまま俺も口を閉ざして無言の朝飯の時間が終わる。キッチンに食器を運びながら言う。
「体、とか……大丈夫なの?」
「うん。大丈夫」
「でも、」
「大丈夫。痛いとこないから。でも、俺今帰ってきたばっかで疲れてるから。……疲れてるから、もう寝る」
自分で使った食器は自分で洗えと昔から母親に言われているから、つい癖で洗い物を始めてしまう。ついでに大輝のも洗いながら。
「サボるの?なら俺も……」
「お前は学校行け」
「つめた」
「お前のこと……視界にいれたくない」
「は、なにそれ」
「だから……学校行ってくれ」
「わかったよ、なんかあったら連絡」
「ッ、兄貴ヅラすんなよ!うぜぇな!」
キッチンの壁を蹴り飛ばしながら大輝は声を荒らげる。その音に一瞬は確かにひるんだしイラッとしたが、昨日のことがあったしと拳を引っ込めた。
「勝手にしろ」
舌打ちと共に短く吐き捨てて、俺は最早何も教材の入ってない通学カバンを片手に家を飛び出した。昔は、あんなヤツじゃなかった。時々喧嘩もしたけど、素直にごめんねって言えるヤツで、どっちが兄か分からないくらい強いヤツで、行こうって俺の手を引いてくれるヤツで。それなのに、いつから、どうして。つきんつきんと痛む胸を抑えながらいつの間にか着いてしまった校舎へと足を踏み入れた。
教室で素直に授業を受ける気分でもなかったので、いつもの溜まり場に行くことにした。きっと誰かしら先輩達はいるだろう。遊んでもらおう、そして俺の知らない大輝について聞いてみよう。
§§§
俺たちの溜まり場になっている屋上。ドアに手をかけた時、屋上の向こうで先輩達の声が聞こえた。何となく嫌な予感がした俺は、ドアに耳を寄せて外の様子をそっと伺うことにした。
「さすがにさぁ、昨日やり過ぎたんじゃねぇ?」
「だってしょうがねぇだろ、誰か差し出さないとヤラれんの俺たちだったんだぞ」
「そうだけど、……あれ……だって犯罪じゃんよ、マジモンの」
「誰にも言わなきゃバレねぇって。五十嵐弟には悪いことしたけど、いいじゃん、初体験が男でしかも無理やりなんて、いい笑い話になるよ」
「ははっ、ゲスいなお前」
頭の中に心臓が移動したみたいだと思った。うるさいくらいに鼓動が鳴り響いている。頭の中がキンキンに冷えている気がする。耳鳴りもうるさい。ドッと冷や汗がでてくる。
俺は、音を立てないように階段を降りた。先輩達の汚い笑い声が耳について離れない。
この時初めて、本気の殺意という感情を覚えた。
§§§
この話は、大輝には黙っておこうと決めた。信頼しきっている先輩に騙されていたなんて知ったら、多分もう大輝は、戻って来れない。だから、この件は、俺一人でカタをつけようと思う。
金に物を言わせて、あの先輩らに少しだけお仕置をしてやろうと。
中学生の所持金などたかが知れてるが、そういう界隈はたくさんあるようで、ちょっとしたお仕置程度なら少額でも請け負ってくれるところがあったから丁度よかった。
今まで貯めていたお年玉を全額突っ込んで丁度一ヶ月。例の先輩たちは物の見事に病院送りになった。もちろん、大輝を襲ったあいつも。
それからの大輝は、ただ遊び仲間がいなくてつまらないのか、それとも何か勘づいたのか知らないが、ちょくちょく家に帰ってくるようになった。数ヶ月に一回だった四人での食事が段々と月に一度になり、数週間に一度になり、中学二年の夏頃にはほぼ毎日になった。
だけども、まともな会話という会話は特になかった。俺だって、劇的になにか変わるとは思ってなかったけど、もう少し何かあってもいいのになとは思った。だけど、まぁ、人生なんてそんなもんだ。
§§§
四人での食卓に慣れた頃の夜中、話し声で目が覚めた。
「父さん、母さん……俺、今までごめんなさい」
こっそり自室のドアを開けて話を聞くと、声は階下のリビングから聞こえているようで、それは大輝の消え入りそうな泣き声だった。
母親の泣きそうな声と、父親の苛立ちを含んだ、でも安堵したような声も聞こえる。
「終わったんだな……」
小さく呟いて俺はベッドへと戻る。これからきっと、大輝は家の壁に穴を開けることもなくなるだろう。だからと言って、俺との関係が良くなるかと言ったら、それはまた別な話なのだろうけど。
そう思っていたのに、朝目が覚めた時に目の前にあったのは同じ顔した弟だった。
「ッうわぁぁぁあ!?……え、だい、……え?」
「もう登校時間過ぎてるよ」
「え、あ……あぁ……まぁ、うん……」
「下に朝飯あるよ。行くよ」
あれ?デジャブかな?
そう思ったが、あの時と違って大輝の顔はだいぶ和らいでいた。
二人でリビングに降りて、あの時と同じような食事を囲む。やっぱり今日も、味噌汁はない。
「俺、昨日二人に謝った」
「……そうなんだ」
形ばかりのいただきますをして、焦げてるトーストをかじる。ワンテンポ遅れて、大輝が口を開く。聞いてたから知ってるとは言わなかった。
少し苦いトーストを麦茶で流し込みながら相槌を打つ。
「暁人」
「なん?」
「今まで……ありがとう」
「……おう」
「ごめんね」
「おう」
焦げかけスクランブルエッグを食べながら大輝に目をやる。大輝は少し困ったように笑っていた。大輝のそんな顔、久しぶりに見た。
「俺お前の顔見るとイラついてイラついて、どうしようもなかったんだ」
「朝から喧嘩売るなよ」
「違うよ、聞けよ」
「なんだよ」
「俺はいろいろ悩んでたっていうのに、暁人はいつもヘラヘラしてるし」
「やっぱり喧嘩売ってんのか」
違うって。
そう言って大輝は一足先に食べ終わった食器をキッチンへと運ぶ。それに倣って俺も食器を運ぶ。今日は大輝が食器を洗ってくれるらしい。その隣で換気扇を付けながらタバコに火をつける。
「大輝、よっぽど俺の事嫌いなんだな」
「……。…………好きだよ」
「え?」
思いもよらなかった言葉に、思わず大輝の顔を見つめる。どこか遠い目をした大輝がそこにいた。
「暁人のことが、好きだよ」
「……そりゃ……、どうも」
「俺があんなになっても、ちゃんと見てくれるとことか、自分より他人の精神とか、本当に好きだよ」
「それなら……なんで……」
「気持ち悪いでしょ。兄弟で、好きなんて。……嫌われるような事すれば、お前の方から離れてくれると思ったから」
この時点で、俺はようやく大輝の言う『好き』の本当の意味に気づいた。
「ちゃんと言ってくれたら……良かったのに」
「ちゃんと言ったところで、俺の気持ちに答えてくれるの?」
食器洗いを終えた大輝が手を拭きながら自嘲気味に笑う。
「それは、わかんないけど……。だけど、……バカにしたり気持ち悪がったりはしない。それに、大輝が傷つくのをもう見たくない。その気持ちだけじゃダメなの?」
「……俺はもう、それだけじゃ足りないの。俺は、お前とキスしたりそれ以上の事だってしたいよ?したいし、されたい」
大輝が俺のタバコを勝手に取って、口に銜える。換気扇の中に吸い込まれていく煙を見ながら半ば全てを諦めたように言葉を紡いでいく大輝。
「いい、と思うけど、そういうことしたって。別に」
「はぁ?じゃあお前俺にキスできるの?俺とセックスできるの?」
キスだとかセックスだとか、随分と生々しい言葉を使うなと思ったが、こちらに訴えかけるような大輝の目に嘘や誤魔化しは効かないと悟る。うーん……と目線をさ迷わせてから俺は不意に顔を寄せて、大輝の唇を自分の唇で塞いだ。それは、唇を押し当てるだけの、キスとは呼べない様な陳腐なものだったが。
「ほら、全然よゆ、」
「チッ……この童貞が。……こうやんだよ」
「んッ……う、……」
思いっきり舌打ちをした大輝に胸ぐらを掴まれて、唇を塞がれる。そのまま舌先で唇を割られて、口内に舌が侵入してくる。昔、こっそり覗いた親の漫画に描かれていた物と全く同じだった。妙な声が喉から溢れるのに、大輝はそんなことお構いなしで、まるで今までの思いを晴らすかのようだった。
「は、ぁ……お前だって、……童貞のくせに……」
「本当にそう思う?」
「え……え、いつ、おま……え?」
ようやく離された唇。息も絶え絶えになった俺に不敵な笑みを浮かべる大輝。
「教えなーい」
そうしてケラケラと笑う大輝は昔よく見ていた笑顔そのもので、もう何も心配ないのだと嬉しくなった。
「俺の事好きになってとは言わない。だけど、俺は暁人のこと一生離さない。どんな手を使ってでも俺の傍に縛り付けておくから、だから……覚悟しといて」
「わかった」
わかった、と答えた俺だが、一つだけ大輝の言葉を無視することになると思う。だって俺は、絶対に大輝のことを好きになる。
中学二年の夏、大輝の反抗期が終了した。
そして、新しい関係性が始まる。
§§§
あれからもう、十年以上が経った。あの時交わした言葉の通り俺は大輝の傍にいる。
背丈が伸びて、仕事もして、考え方や価値観はだいぶ変わったけど根底にある、大輝を思う気持ちは生涯変わることはないだろう。
「暁人、飯食わない?」
「食べるー」
仕事の前は眠くなったり体が重くなったりするのが嫌だから食べないようにしてるけど、今日は仕事がないから好きなものを食べようと思う。
「ちょっと待ってて」
から数分後、大輝が持ってきたメニューは、焦げかけスクランブルエッグとベーコンと焼きすぎトースト。
「あれ?これ」
「気づいてなかっただろうけど、あの時これ作ったの俺なんだ。暁人と話すきっかけが欲しくて」
「全然気づいてなかった。じゃああの後、大輝の反抗期終了した時のも?」
「うん、俺」
「全く知らなかった」
「今はもうちゃんとしたスクランブルエッグも作れるし、トーストの焼き加減もわかるけど、今日はあえて」
「再現してみたの?」
「そう。うまく再現できてるでしょ?」
「できてる」
あの時は、こうやって二人で笑い合う世界線があるなんて想像もしていなかったけど。
あの時は、殺しの仕事をする世界線があるなんて想像もしていなかったけど。
思い描いていた将来とはかなりの違いがあったが、まぁ、人生なんてそんなもんだ。
これから先も、記念日には焦げたトーストを二人で食べよう。
いつ終わるか分からない人生の節目に、大事な君と。
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