台風と君の機嫌

伊織

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台風と君の機嫌

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『今現在日本列島に向かってきている台風……号は、徐々に勢力を増し、明日の夕方頃に関東地方を直撃する見込みとなっています。雨、風は強まり交通災害も予測できます。丁度、帰宅ラッシュのピークに被ることもあるので十分な備えが必要になります。さて、気象予報士の……』
 
 なんて、テレビでは小綺麗な姉ちゃんが最もらしい顔をしながら台風の説明をしている。安心安全なスタジオの中から。明日の夕方のピークとやらに、現場に中継に行けってんだ。目の前で危機感を覚えてこい。なんて、僅かばかりの苛立ちと共にタバコをもみ消す。その時目に入った片割れは、座椅子にもたれ、足を立てて組んで、机に肘を付きながら、いかにも痛いんだろうなという頭を抑えながら憎々しげにテレビを見つめていた。
 
 
「大輝、薬飲んだ?」
「あ?……あぁうん飲んだ。……効かないけど」
 
 あ?と睨まれたが、それは頭痛から来るものであって、俺を睨みたいとかそういう事ではない、と思いたい。
 
「飲み過ぎなんじゃないの?」
「酒を?薬を?」
「……両方」
「……。……かもしれない」

 机には市販の頭痛薬の箱と、酒の空き缶が数本散らかっている。いつもなら、こんな風に乱雑になることはないが、余程台風の低気圧が辛いのだろう、あの大輝が動けないと言うのだから、だいぶ心配になる。
  というか、そもそも、薬と酒を同時に飲むなと言いたい。
  
「大輝もう寝たらいいのに」
「嫌だよ、この後の歌番組見るんだから」
「好きな歌手でもいるの?」
「俺、最近の歌手ってみんな同じ顔に見えるんだよ」
「……わっかるぅ~……」
「だよねぇ?」
「だったら尚更寝ろよ」
「いや、違いを知るまでは眠れない」
「馬鹿言え、これから一生『最近の歌手』の区別なんかつかなくなるんだよ、昔親父が言ってただろ」
「……言ってたわ……」
 
 言ってたわ、と頭を抱える大輝。頭痛のせいか、それとも父親と同じと示されたことへの拒絶感かはわからない。
 
「ッはぁ~……頭痛い」
「寝ろっつーの」
 
 空を仰ぎながら、頭が痛いと呟く大輝。台風の前はいつもこうだし、ガキの頃からそれは変わらない。そしてこの大輝の体調不良は台風からくる低気圧のせいらしい。
 
「あ~……そうしよっかな、さすがにダルすぎて無理だ……」
 
 飲みかけの酒をそのままに、些か顔色の優れない大輝はそう言って布団に潜り込む。
 
「テレビ、付けといてね」
「うん」
「そこにいてね」
「うん」
「子守唄歌ってね」
「うん……うん?」
「嘘だよ」
 
 嘘だよ、とカラカラと力無く笑う大輝の背を擦りながら、いつしかニュース番組は大輝の言っていた通り歌番組へと変わっていて、それを何気なく見ていた。
 懐かしの曲特集と銘打って十年とか十五年前くらいの曲が映像と共に映し出されている。もう忘れていたと思っていた曲たちだったが、案外覚えていたようで、無意識に口ずさんでしまう。
 
「子守唄歌ってくれてんの?」
「起きてたの?」
「起きてるよ。テレビ聞いてた」
 
 布団の中から気だるげにこちらを見上げる大輝。てっきり寝てると思ったから、聞かれていたのは少し恥ずかしい。
 
「暁人の歌声、好きだな。喋ってる声より少し低くて頭にボヤーって響くのが落ち着くんだ」
「改めて言われると、なんか照れる」
 
 大輝はフッと小さく口元に弧を描いた。
 そして続ける。
 
「あとは、暁人が運転してる時の格好も好き。左手
でハンドル持って、右側は窓に凭れてるやつ」
「よく見てるなぁ」
「酔った時に舌っ足らずになるのも好き」
「大輝は酔ってもあんまり変わらないな。泥酔すると絡み酒になるか」
「暁人が作る卵焼きも絶妙な味付けと焼き加減」
「いつも目分量だけどな」
 
 次々と羅列される俺の好きなところ。なんだかくすぐったいが、悪いものではない。
 
「なぁ、暁人?」
「ん?」
「台風の低気圧で痛くなるのは、頭だけじゃないんだよ。心も、痛くなる」
 
 ねー?なんて言いながら、大輝が意味ありげに笑って首を傾げ、続ける。
 
「お前のせいじゃないよ」
 
 心を見透かされていたようで思わず、大きく心臓が跳ねた。相も変わらず、大輝は微笑む。
 
「低気圧の頭痛は薬飲めば治まるけど、心が痛いのは薬ないからね」
「……バレてたの」
「そりゃ何年弟やってると思ってるの」
「上手く隠せてると思ったんだけどなぁ」
「弟で、家族で、恋人で、パートナーだから」
 
 よいしょ、なんて大輝が体を起こす。
 
「お前がやる気出ないのも、少し元気がないのも、お前のせいじゃないよ」
 
 そう言って、大輝は俺の背中をぱしっと叩いた。
 
「全部、低気圧のせいだから、今日はもう終わりにしよう」
「……。……俺、一生かかってもお前には勝てねぇわ」
 
 
 
 心の痛みに効く薬がないなんて、それは嘘だ。
 だって、大輝の声が耳に届く度に、大輝の笑顔が目に入る度に、少しずつ痛みは薄れていくのだから。
 
 大輝の飲み残した酒を一気に体内に流し込んだ。じんわりと喉元が熱くなる。
 
 目を閉じて、思う。
 君という薬に、一生依存させて。
 君という薬に、君という毒薬に。
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