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知らない場所
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電車は、ゆっくりと速度を落とした。
聞き慣れない駅名が、無機質なアナウンスで流れる。扉が開いた瞬間、車内の空気が変わった気がした。
降りたのは、数人だけだった。緋依も、その中にいた。
人の流れに紛れながら、距離を保つ。尾行なんて初めてだった。彼女はまるで、後ろに誰もいないと信じ切っているみたいに歩いていた。
駅の外に出る。
──静かすぎる。
コンビニも、カフェもない。住宅街でもない。オフィス街というほどの賑わいもない。ただ、広い道路と、似たような色の建物が、等間隔に並んでいる。
(……仕事?)
違和感が、じわじわと膨らんでいく。緋依は迷わなかった。曲がり角でも、立ち止まらない。まるで、何度も通ったことがあるみたいに。
やがて、一つの建物の前で足を止めた。低くて、横に長い。窓が少なく、簡素な作りの四角い建物だ。看板らしいものは、見当たらない。
入り口の横に、小さなプレートがあるだけだった。だが、文字は遠くて、読めない。
緋依は、バッグからカードのようなものを取り出し、扉の横にかざした。
──電子音。
それだけで、扉が開いた。
中に入る直前、彼女は一瞬だけ、立ち止まった。
何かを迷うように、それから、覚悟を決めたみたいに、前を向く。扉は静かに閉まり、外からは、中の様子が一切見えなくなった。
(……なんだ、あれ)
僕の胸の奥が、嫌な音を立てた。会社でもない。店でもない。少なくとも、普通の「職場」には見えない。
浮気?密会?いや、違う。
そんな生々しい感じがしなかった。むしろ、もっと冷たくて、もっと現実味のない場所。僕はしばらく、その場に立ち尽くしていた。
やがて、同じ扉から、別の人が出てきた。スーツ姿の男。無表情で、こちらを見ることもなく通り過ぎる。
その後も、数人出てきたが、全員にある共通点があった。けど皆、私服ではない。誰も、笑っていない。
(……何の建物なんだ)
看板の文字を、改めて見ようと近づく。でも、途中で、足が止まった。
──入れる気がしなかった。
理由は分からない。ただ、本能が言っている。今は、入るな。
しばらくして、緋依が出て来た。表情は、いつもと変わらない。でも、どこか疲れているようにも見えた。
僕は、反射的に身を隠した。
彼女は、スマホを取り出し、画面を見つめたまま、しばらく動かなかった。やがて、深く息を吐く。それから、来た時と同じ電車に乗って、帰っていった。
その背中を見送りながら、僕は確信していた。
──あの場所は、彼女の「仕事」じゃない。
そして、僕に言えない理由が、そこにある。家に戻ったあとも、頭から離れなかった。
カードキーや無機質な建物、建物から出てきた笑わない人たち。僕は気になってネットで調べようと思った。
駅名や住所、そしてあの建物のこと。
でも、ネットで検索しても、それらしい情報は、何も出てこなかった。会社名も、施設名も、口コミも。
(……消されてる?)
背中に、冷たいものが走る。ただの浮気なら、こんな場所に行く必要はない。ただの秘密なら、ここまで隠す必要もない。
その夜、緋依はいつも通りに「おやすみ」と言った。
僕も、いつも通りに返した。でも、同じベッドにいるのに、彼女がとても遠く感じた。
決めた。次に、彼女があそこへ行くときは、絶対、中に入ってやる。"何があっても"。
聞き慣れない駅名が、無機質なアナウンスで流れる。扉が開いた瞬間、車内の空気が変わった気がした。
降りたのは、数人だけだった。緋依も、その中にいた。
人の流れに紛れながら、距離を保つ。尾行なんて初めてだった。彼女はまるで、後ろに誰もいないと信じ切っているみたいに歩いていた。
駅の外に出る。
──静かすぎる。
コンビニも、カフェもない。住宅街でもない。オフィス街というほどの賑わいもない。ただ、広い道路と、似たような色の建物が、等間隔に並んでいる。
(……仕事?)
違和感が、じわじわと膨らんでいく。緋依は迷わなかった。曲がり角でも、立ち止まらない。まるで、何度も通ったことがあるみたいに。
やがて、一つの建物の前で足を止めた。低くて、横に長い。窓が少なく、簡素な作りの四角い建物だ。看板らしいものは、見当たらない。
入り口の横に、小さなプレートがあるだけだった。だが、文字は遠くて、読めない。
緋依は、バッグからカードのようなものを取り出し、扉の横にかざした。
──電子音。
それだけで、扉が開いた。
中に入る直前、彼女は一瞬だけ、立ち止まった。
何かを迷うように、それから、覚悟を決めたみたいに、前を向く。扉は静かに閉まり、外からは、中の様子が一切見えなくなった。
(……なんだ、あれ)
僕の胸の奥が、嫌な音を立てた。会社でもない。店でもない。少なくとも、普通の「職場」には見えない。
浮気?密会?いや、違う。
そんな生々しい感じがしなかった。むしろ、もっと冷たくて、もっと現実味のない場所。僕はしばらく、その場に立ち尽くしていた。
やがて、同じ扉から、別の人が出てきた。スーツ姿の男。無表情で、こちらを見ることもなく通り過ぎる。
その後も、数人出てきたが、全員にある共通点があった。けど皆、私服ではない。誰も、笑っていない。
(……何の建物なんだ)
看板の文字を、改めて見ようと近づく。でも、途中で、足が止まった。
──入れる気がしなかった。
理由は分からない。ただ、本能が言っている。今は、入るな。
しばらくして、緋依が出て来た。表情は、いつもと変わらない。でも、どこか疲れているようにも見えた。
僕は、反射的に身を隠した。
彼女は、スマホを取り出し、画面を見つめたまま、しばらく動かなかった。やがて、深く息を吐く。それから、来た時と同じ電車に乗って、帰っていった。
その背中を見送りながら、僕は確信していた。
──あの場所は、彼女の「仕事」じゃない。
そして、僕に言えない理由が、そこにある。家に戻ったあとも、頭から離れなかった。
カードキーや無機質な建物、建物から出てきた笑わない人たち。僕は気になってネットで調べようと思った。
駅名や住所、そしてあの建物のこと。
でも、ネットで検索しても、それらしい情報は、何も出てこなかった。会社名も、施設名も、口コミも。
(……消されてる?)
背中に、冷たいものが走る。ただの浮気なら、こんな場所に行く必要はない。ただの秘密なら、ここまで隠す必要もない。
その夜、緋依はいつも通りに「おやすみ」と言った。
僕も、いつも通りに返した。でも、同じベッドにいるのに、彼女がとても遠く感じた。
決めた。次に、彼女があそこへ行くときは、絶対、中に入ってやる。"何があっても"。
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