三つ滝の宿

小説練習家

文字の大きさ
12 / 21
次章

不可能な殺人

しおりを挟む
警察が戻ってきたのは、午後も少し傾いた頃だった。

玄関の引き戸が開く音がして、冷たい外気が廊下に流れ込む。
宿の空気が、わずかに張り詰めた。

若者たちは、自然と玄関ホールに集まっていた。
誰も声を出さない。
だが、全員が「何を告げられるのか」を分かっている顔だった。

警察官の一人が、一歩前に出る。

「……確認が取れました」

短い言葉だった。

「山頂付近で発見された遺体は、赤司恵美さんで間違いありません」

誰かが、息を呑む音がした。
別の誰かが、何か言おうとして、言葉を失う。

「死因は──」

警察官は、一瞬だけ言葉を選んだ。

「ロープによる窒息死です」

静寂が落ちた。

滝の音だけが、遠くで変わらず響いている。

「事故ではありません。
 明確な他殺です」

その場にいた全員が、同時に理解した。
"事件"になったのだと。

警察官は続ける。

「現在、詳しい状況を確認中です。
 皆さんには引き続き、宿の中で待機していただきます」

形式的な説明だったが、
それ以上の言葉は必要なかった。

──

人が散り始めた頃、
警察官の一人が、黒川にだけ近づいてきた。

声を潜める。

「……黒川さん」

「はい」

「本当は、こういうことは出来ないんですが」

一瞬、周囲を確認してから、続けた。

「山の捜索で手が取られていて、正直、人手が足りない。
 あなた、事件を見る目はあるでしょう」

黒川は、答えなかった。

警察官は、上着の内ポケットから、折りたたんだ写真を一枚取り出した。

「見るだけでいい。
 外には出さないでください」

黒川は、黙ってそれを受け取った。

写真の中で、
白い雪と、暗い岩肌の間に、恵美の身体が横たわっていた。

悪の所業だな。

視線は、自然と首元へ向かう。

──ロープ。

黒川は、ほんの一瞬、眉をひそめた。

首に残る圧痕。
だが、それは一本ではなかった。

「……」

写真を返しながら、黒川は静かに言った。

「ロープの跡が、二本ありますね」

警察官が、目を見開く。

「……ええ。
 現場でも話題になりました」

「一本で絞めたなら、跡は一つになる。
 二本並ぶのは、珍しい」

黒川は、それ以上言わなかった。
今は、指摘するだけでいい。

警察官は、少し間を置いてから続けた。

「死亡推定時刻は、午前六時二十分過ぎです」

その言葉に、黒川の意識が切り替わる。

「山頂で殺害された後、
 犯人が宿に戻るには、ゴンドラを使うしかない」

警察官は、頷いた。

「ええ。
 ですが、ゴンドラは一本しかありません」

黒川は、頭の中で時間をなぞった。

六時二十分過ぎ。
山頂。
ゴンドラ。

「しかし、昨晩は三十分の遅れがあった。頂上へ行くのに十分」

「そこから降りるのにまた十分」

警察官が言った。

その瞬間、黒川は思い出す。

──朝。

七時前。
玄関ホール。

全員が、そこにいた。

警察官も、同じ結論に辿り着いていたらしい。

「黒川さんも、その場にいましたよね」

「ええ」

「つまり……」

警察官は、低い声で言った。

「この宿に戻ってくるには、
 時間的に不可能です」

アリバイは、完璧だった。
完璧すぎるほどに。

黒川は、写真の中の首元を、もう一度思い出す。

──二本の線。

不可能な時間。
不可能な移動。

それでも、人は死んでいる。

黒川は、静かに言った。

「……誰かが、山から戻ってきていない。
 もしくは──」

言葉を、そこで切った。

警察官は、続きを促さなかった。

この事件は、
「不可能」から始まる。

黒川は、そう確信していた。

──────────────────
一つ目の行動で

風呂を選択(分岐A)
➪ (分岐A+)『人狼ゲーム』へ

朝食を選択(分岐B)
➭(分岐A+)『攻め合い』へ
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

追放されたS級清掃員、配信切り忘れで伝説になる 「ただのゴミ掃除」と言って神話級ドラゴンを消し飛ばしていたら世界中がパニックになってますが?

あとりえむ
ファンタジー
【5話ごとのサクッと読める構成です!】 世界を救ったのは、聖剣ではなく「洗剤」でした。 「君のやり方は古いんだよ」 不当な理由でS級クランを追放された、ベテラン清掃員・灰坂ソウジ(38歳)。 職を失った彼だったが、実は彼にはとんでもない秘密があった。 呪いのゴーグルのせいで、あらゆる怪物が「汚れ」にしか見えないのだ。 ・神話級ドラゴン  ⇒ 換気扇の頑固な油汚れ(洗剤で瞬殺) ・深淵の邪神  ⇒ トイレの配管詰まり(スッポンで解決) ・次元の裂け目  ⇒ 天井の雨漏りシミ(洗濯機で丸洗い) 「あー、ここ汚れてるな。チャチャッと落としておくか」 本人はただ業務として掃除をしているだけなのに、その姿は世界中で配信され、人類最強の英雄として崇められていく! 可愛い元ダンジョン・コアや、潔癖症の聖女も入社し、会社は今日も大忙し。 一方、彼を追放した元クランは、汚れ(モンスター)に埋もれて破滅寸前で……? 「地球が汚れてる? じゃあ、一回丸洗いしますか」 最強の清掃員が、モップ片手に世界をピカピカにする、痛快・勘違い無双ファンタジー! 【免責事項】 この物語はフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。 ※こちらの作品は、カクヨムと小説家になろうでも公開しています。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

ユニークアイテムな女子(絶対的替えの効かない、唯一無二の彼女)「ゆにかの」

masuta
キャラ文芸
恋と友情、そして命を懸けた決断。青春は止まらない。 世界を股にかける財閥の御曹司・嘉位は、U-15日本代表として世界一を経験した天才投手。 しかし、ある理由で野球を捨て、超エリート進学校・和井田学園へ進学する。 入学式の日、偶然ぶつかった少女・香織。 彼女は、嘉位にとって“絶対的替えの効かない、唯一無二の存在”だった。 香織は、八重の親友。 そして八重は、時に未来を暗示する不思議な夢を見る少女。 その夢が、やがて物語を大きく動かしていく。 ゴールデンウィーク、八重の見た夢は、未曾有の大災害を告げていた。 偶然か、必然か……命を守るために立ち上がる。 「誰も欠けさせない」という信念を胸に走り続ける。 やがて災害を未然に防ぎ、再びグラウンドへと導く。 その中で、恋もまた静かに進んでいく。 「ずっと、君が好きだった」告白の言葉が、災害と勝負を越えた心を震わせる。 それぞれの想いが交錯し、群像劇は加速する。 一人ひとりが主人公。人生に脇役はいない。 現代ファンタジーとリアルが交錯する青春群像劇。 本作は小説家になろう、オリジナル作品のフルリメイク版です。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...