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結末
結末(4)
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朝食会場には、全員が揃っていた。
颯太も、そこにいる。
いつもより無口で、味噌汁にはほとんど手を付けていない。
黒川は、少し離れた席から全体を見渡していた。
若者たちは、箸を持ちながらも、会話は噛み合っていない。
視線だけが行き交い、誰かがスマホを触るたびに、空気が揺れる。
「……そういえばさ」
ぽつりと、声が落ちた。
「事件の日の夜、颯太ずっとスマホ触ってたじゃん」
一瞬。
空気が止まる。
「あれ、よく考えたら横画面じゃなかったし、
『ディフェサバ』じゃないな」
「うん、確かに、
なんか、誰かとずっとLINEしてた感じ」
颯太が、曖昧に笑う。
「いや、まあ……ちょっと調べ物してただけだよ」
黒川は、その言葉を拾った。
「調べ物、ですか」
颯太が、こちらを見る。
「はい。登山ルートとか」
黒川は、頷いた。
「私も、昨夜同じように"調べ物"をしました」
全員の視線が、黒川に集まる。
「あなたの調書を読み返していて、
趣味の欄に目が止まったんです」
一拍置く。
「キャニオニング」
颯太の指が、わずかに止まる。
「最初は、ただの山登りだと思っていました。
ですが、少し気になって調べてみたんです」
黒川は、淡々と続ける。
「そしたらこんな事が書いてありました」
──
キャニオニングとは、
渓谷を下り、"滝壺に飛び込み"、
ロープで岩場を降下するアクティビティです」
──
黒川は、視線を颯太に向けた。
「必ず、山頂から宿に"ゴンドラ"を使う必要はなかった」
「下りればよかったんです。
滝を使って」
颯太が、苦笑する。
「……飛躍しすぎじゃないですか」
黒川は、首を横に振った。
「ふむ、では一旦、
被害者の首の痕について説明しましょう」
全員が、身を乗り出す。
「赤司恵美さんの首には、
ロープの痕が二本残っていました」
「一本で絞めれば、一本しか残らない。
二本並ぶのは不自然です」
黒川は、静かに言う。
「ですが、キャニオニングでは
『ツインロープ』を使うことがあります」
「二本のロープを同時に使う特別なロープです」
沈黙。
颯太の喉が、小さく鳴った。
そして──
懐から、小さな証拠袋を取り出す。
中には、細い繊維状の破片。
「山の下流で、私が見つけました。
ナイロン製の破片です」
「ナイロン製のツインロープは、水に沈む性質がある」
「……つまり」
黒川は、最後の一段を踏み出す。
「凶器のロープは、
滝壺の底に沈めたのでしょう」
誰も、否定できなかった。
黒川は、椅子から立ち上がる。
「夜、あなたは赤司さんを、
"スマホ"を使って山頂に呼び出した」
「ゴンドラの中で、何かを説得した。
ですが交渉は決裂した」
颯太の顔色が、ゆっくりと変わっていく。
「逆上したあなたは、ツインロープで首を絞めた」
「その後、滝を下り、宿へ戻った」
「そして、濡れた体と滝の独特な匂いを誤魔化すために、湯船に入った」
沈黙が、落ちた。
箸が、皿に当たる音が一つ。
颯太は、しばらく俯いていたが
やがて、力なく笑った。
「……参ったな」
それは、
否定ではなかった。
そのまま沈黙が、長く続いた。
誰かが咳払いをし、
それすらやけに大きく響いた。
颯太は、俯いたまま動かない。
黒川も、急かさなかった。
やがて──
颯太が、乾いた声で笑った。
「……証拠、揃いすぎじゃないですか」
誰にも向けない視線のまま、言う。
「滝?
ロープ?
ツインロープだの、キャニオニングだの……」
肩が、わずかに震える。
「そこまで考えてるなら、
もう……言い逃れできないですね」
拳が、ぎゅっと握られた。
「でも……
俺、最初から殺すつもりだったわけじゃない」
顔を上げる。
その目は、赤かった。
「そうです。恵美を呼び出したのは…スマホです」
「LINEで"話したいことがある"って」
喉を鳴らす。
「直接会って、ちゃんと終わらせたかった」
宮下颯太は、床を睨みつけたまま、吐き捨てるように言った。
「俺は……普通に生きたかっただけなんです」
誰も口を挟まない。
警察官ですら、ただ黙って見ていた。
「最初は、ただのゲーム友達だったんです」
かすれた声で、颯太は続ける。
「オンラインのゲームで知り合って……恵美とは、そこで話すようになりました。
向こうも暇そうで、夜になると、よく通話してました」
一瞬、顔を上げる。
「でも、途中で喧嘩しちゃったんです。
価値観が合わないっていうか……もう冷めてました」
拳が、ぎゅっと握られる。
「その頃に、今の彼女と出会ったんです。
相談してるうちに……好きになりました」
声が震え始める。
「俺はちゃんと選んだんです。
恵美とは、終わったと思ってました」
誰かが、息を呑む。
「……でも、あいつは違った」
颯太の顔が歪む。
「別れたあとも、メッセージを送ってきたんです。
無視しても、消しても、何度も」
唇を噛みしめる。
「最近になって……俺が結婚するって話を、どこからか聞きつけて来たんです」
ゆっくりと、首を振る。
「そしたら急に、態度が変わった」
声が低くなる。
「不倫してたこと、全部バラすって」
ざわ、と周囲が揺れる。
「ゲームの仲間にも、職場にも、婚約者にも、全部言うって。スクショも残ってるって」
颯太は、乾いた笑いを漏らした。
「……俺の人生、終わるだろ」
視線が宙を彷徨う。
「だから、頼んだんです」
ゴンドラの中を思い出すように、目を閉じる。
「もうやめてくれって。
過去のことだろって。
結婚も決まってる、今さら壊すなって」
一拍。
「でも、あいつは笑った」
「……頭、真っ白になって」
息を吸う。
「気づいたら、ロープを……」
言葉が途切れた。
「キャニオニング用のツインロープ、
たまたま持ってたんです」
自嘲気味に笑う。
「"安全のため"の道具が、
一番危険なことに使われるなんて」
誰も、言葉を挟めない。
「首に、二本、
きれいに痕が残るように……」
両手で、自分の首を押さえる。
「終わったあと、ロープは滝に沈めました」
顔を歪める。
「水に沈むって、
知ってたから」
しばらく、黙り込む。
「……それで」
ぽつり、と。
「濡れたまま戻ったら、
怪しまれるって思って」
視線を上げる。
「風呂に、入りました」
束の間の沈黙の後、
刑事が、ゆっくりと立ち上がる。
「宮下颯太。
殺人の容疑で、逮捕する」
颯太は、抵抗しなかった。
ただ、最後に小さく呟いた。
「……スマホ、
触らなきゃよかったな」
それは、後悔とも、皮肉ともつかない声だった。
──────────────────
➪(最終章)『違和感』へ
颯太も、そこにいる。
いつもより無口で、味噌汁にはほとんど手を付けていない。
黒川は、少し離れた席から全体を見渡していた。
若者たちは、箸を持ちながらも、会話は噛み合っていない。
視線だけが行き交い、誰かがスマホを触るたびに、空気が揺れる。
「……そういえばさ」
ぽつりと、声が落ちた。
「事件の日の夜、颯太ずっとスマホ触ってたじゃん」
一瞬。
空気が止まる。
「あれ、よく考えたら横画面じゃなかったし、
『ディフェサバ』じゃないな」
「うん、確かに、
なんか、誰かとずっとLINEしてた感じ」
颯太が、曖昧に笑う。
「いや、まあ……ちょっと調べ物してただけだよ」
黒川は、その言葉を拾った。
「調べ物、ですか」
颯太が、こちらを見る。
「はい。登山ルートとか」
黒川は、頷いた。
「私も、昨夜同じように"調べ物"をしました」
全員の視線が、黒川に集まる。
「あなたの調書を読み返していて、
趣味の欄に目が止まったんです」
一拍置く。
「キャニオニング」
颯太の指が、わずかに止まる。
「最初は、ただの山登りだと思っていました。
ですが、少し気になって調べてみたんです」
黒川は、淡々と続ける。
「そしたらこんな事が書いてありました」
──
キャニオニングとは、
渓谷を下り、"滝壺に飛び込み"、
ロープで岩場を降下するアクティビティです」
──
黒川は、視線を颯太に向けた。
「必ず、山頂から宿に"ゴンドラ"を使う必要はなかった」
「下りればよかったんです。
滝を使って」
颯太が、苦笑する。
「……飛躍しすぎじゃないですか」
黒川は、首を横に振った。
「ふむ、では一旦、
被害者の首の痕について説明しましょう」
全員が、身を乗り出す。
「赤司恵美さんの首には、
ロープの痕が二本残っていました」
「一本で絞めれば、一本しか残らない。
二本並ぶのは不自然です」
黒川は、静かに言う。
「ですが、キャニオニングでは
『ツインロープ』を使うことがあります」
「二本のロープを同時に使う特別なロープです」
沈黙。
颯太の喉が、小さく鳴った。
そして──
懐から、小さな証拠袋を取り出す。
中には、細い繊維状の破片。
「山の下流で、私が見つけました。
ナイロン製の破片です」
「ナイロン製のツインロープは、水に沈む性質がある」
「……つまり」
黒川は、最後の一段を踏み出す。
「凶器のロープは、
滝壺の底に沈めたのでしょう」
誰も、否定できなかった。
黒川は、椅子から立ち上がる。
「夜、あなたは赤司さんを、
"スマホ"を使って山頂に呼び出した」
「ゴンドラの中で、何かを説得した。
ですが交渉は決裂した」
颯太の顔色が、ゆっくりと変わっていく。
「逆上したあなたは、ツインロープで首を絞めた」
「その後、滝を下り、宿へ戻った」
「そして、濡れた体と滝の独特な匂いを誤魔化すために、湯船に入った」
沈黙が、落ちた。
箸が、皿に当たる音が一つ。
颯太は、しばらく俯いていたが
やがて、力なく笑った。
「……参ったな」
それは、
否定ではなかった。
そのまま沈黙が、長く続いた。
誰かが咳払いをし、
それすらやけに大きく響いた。
颯太は、俯いたまま動かない。
黒川も、急かさなかった。
やがて──
颯太が、乾いた声で笑った。
「……証拠、揃いすぎじゃないですか」
誰にも向けない視線のまま、言う。
「滝?
ロープ?
ツインロープだの、キャニオニングだの……」
肩が、わずかに震える。
「そこまで考えてるなら、
もう……言い逃れできないですね」
拳が、ぎゅっと握られた。
「でも……
俺、最初から殺すつもりだったわけじゃない」
顔を上げる。
その目は、赤かった。
「そうです。恵美を呼び出したのは…スマホです」
「LINEで"話したいことがある"って」
喉を鳴らす。
「直接会って、ちゃんと終わらせたかった」
宮下颯太は、床を睨みつけたまま、吐き捨てるように言った。
「俺は……普通に生きたかっただけなんです」
誰も口を挟まない。
警察官ですら、ただ黙って見ていた。
「最初は、ただのゲーム友達だったんです」
かすれた声で、颯太は続ける。
「オンラインのゲームで知り合って……恵美とは、そこで話すようになりました。
向こうも暇そうで、夜になると、よく通話してました」
一瞬、顔を上げる。
「でも、途中で喧嘩しちゃったんです。
価値観が合わないっていうか……もう冷めてました」
拳が、ぎゅっと握られる。
「その頃に、今の彼女と出会ったんです。
相談してるうちに……好きになりました」
声が震え始める。
「俺はちゃんと選んだんです。
恵美とは、終わったと思ってました」
誰かが、息を呑む。
「……でも、あいつは違った」
颯太の顔が歪む。
「別れたあとも、メッセージを送ってきたんです。
無視しても、消しても、何度も」
唇を噛みしめる。
「最近になって……俺が結婚するって話を、どこからか聞きつけて来たんです」
ゆっくりと、首を振る。
「そしたら急に、態度が変わった」
声が低くなる。
「不倫してたこと、全部バラすって」
ざわ、と周囲が揺れる。
「ゲームの仲間にも、職場にも、婚約者にも、全部言うって。スクショも残ってるって」
颯太は、乾いた笑いを漏らした。
「……俺の人生、終わるだろ」
視線が宙を彷徨う。
「だから、頼んだんです」
ゴンドラの中を思い出すように、目を閉じる。
「もうやめてくれって。
過去のことだろって。
結婚も決まってる、今さら壊すなって」
一拍。
「でも、あいつは笑った」
「……頭、真っ白になって」
息を吸う。
「気づいたら、ロープを……」
言葉が途切れた。
「キャニオニング用のツインロープ、
たまたま持ってたんです」
自嘲気味に笑う。
「"安全のため"の道具が、
一番危険なことに使われるなんて」
誰も、言葉を挟めない。
「首に、二本、
きれいに痕が残るように……」
両手で、自分の首を押さえる。
「終わったあと、ロープは滝に沈めました」
顔を歪める。
「水に沈むって、
知ってたから」
しばらく、黙り込む。
「……それで」
ぽつり、と。
「濡れたまま戻ったら、
怪しまれるって思って」
視線を上げる。
「風呂に、入りました」
束の間の沈黙の後、
刑事が、ゆっくりと立ち上がる。
「宮下颯太。
殺人の容疑で、逮捕する」
颯太は、抵抗しなかった。
ただ、最後に小さく呟いた。
「……スマホ、
触らなきゃよかったな」
それは、後悔とも、皮肉ともつかない声だった。
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