血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
94 / 1,289
第6話

(7)

しおりを挟む
 どうやら賢吾のほうでは、すでに男の正体を掴んだようだが、一体誰なのか、和彦は教えてもらっていない。ただ、護衛が二人に増やされた。そのことが物語るのは、男は油断できない相手だということだ。
 どこに行くにも、組員二人に護衛されるという状況に、たった一日で和彦は辟易してしまったが、嫌とも言えない。
 ここでこうして、長嶺組と関わりのない秦と会話が交わせるだけでも、今の和彦にとってはありがたい気分転換だった。
「護衛の人も一緒に、このあと、昼メシに行きませんか?」
 せっかくの秦の申し出に、苦笑して和彦は首を横に振る。
「ぼくはともかく、秦さんに気をつかわせると心苦しいので、今日は遠慮しておきます。それでなくても、忙しい中、こうしてわざわざ来ていただいているんですから」
「『先生』こそ、わたし相手に気をつかわないでください。中嶋は、おもしろい人を紹介してくれたと思って、ワクワクしているんでよ」
 秦は、中嶋に倣ったのか、和彦を『先生』と呼ぶ。前のクリニックに勤めている頃は、仕事を離れて和彦をそんなふうに呼ぶのは千尋ぐらいだったが、今では誰もかれもがこの呼び方で、すっかり定着してしまった。
「それで、ここにどういったテーブルやイスを置きたいか、イメージはできていますか?」
 秦の質問で、やっと今日の本題を思い出した和彦は、漠然としたイメージを話す。できることなら、いかにも病院の待合室らしいインテリアにしたくはなかった。
「高級な感じにしたいというのはないんです。一応表向きは個人クリニックで、肝心の医者も、ぼくみたいな若造ですから、高そうな家具を揃えても、無理してる感じがするでしょうし。でも――」
「あまりカジュアルな感じにはしたくない、ですか?」
「秦さんのお店の写真を見て、いいなと思ったんです。上品なのに、堅苦しくはなくて、女性が寛げそうな感じで。ああ、もちろん、このクリニックは、男性の患者さんも歓迎しますよ」
 秦は声を洩らして笑ってから、カタログをパラパラとめくる。
「だったら、わたしのお勧めのソファセットがあるんですよ。いつか、自分の店にも置いてみたいと思って目をつけていたんです。クリニックなら、観葉植物を置くのもいいと思いますよ」
 二人は話しながらホール内を歩き回り、どの辺りに何を置き、飾るか相談する。合間に和彦は、持ってきていた手帳を開いてメモを取っていた。いままで、インテリアというものとは無縁の世界で生きてきただけに、秦の説明は非常に勉強になるのだ。
「クリニックを開業すると決まってから、難しい書類に向き合ったり、経営のことで慣れない数字の説明を受けることが多かったんですけど、改装のことであれこれ決まっていくのは楽しかったんですよ。それに、自分のセンスに自信がないなりに、インテリアについてあれこれ考えるのも」
「順応性が高いんでしょうね、先生は」
 かつての職業ゆえか、それとも生来のものなのか、秦の物言いには柔らかな配慮が行き届いている。おかげで和彦は、ときおり秦の言葉を聞いて気恥ずかしくなってくる。
「……そう、いいものじゃないですよ。受け入れざるをえない立場にあるというだけで」
「それでも、しなやかに受け止めている」
 物言い同様、柔らかな眼差しを秦から向けられた。長嶺組とその周辺の人間たちに囲まれて生活しているせいで忘れそうになるが、世の中には、こんな男も存在しているのだ。
 和彦が照れているとわかったのか、クスッと笑った秦が、合板に覆われた床を指さした。
「先生、床はどうされるんですか?」
「えっ、ああ……、天然石のタイルを敷くことになっています」
 詳しく説明するつもりで、秦の側に歩み寄ろうとした和彦だったが、合板が重なって盛り上がった部分に足を取られてよろめく。
 あっ、と声を洩らしたときには、秦の肩にぶつかり、そのまま両腕でしっかりと受け止められていた。
「大丈夫ですか?」
「すみませんっ、足元をしっかり見ていなくてっ……」
「一緒にいて、先生に怪我させたなんて知られたら、わたしは中嶋に恨まれますからね。気をつけてください」
「大げさですよ」
 苦笑を洩らしながら体を離した和彦を、秦は不思議そうな顔をして眺めてくる。
「どうかしましたか?」
「……いえ。先生の中の境界線は、どの瞬間に引かれるものなのか、気になって」
 意味がわからず首を傾げる和彦に対して、まるで謎かけのように秦は意味ありげな笑みを向けてくる。
 和彦が口を開きかけたとき、ジャケットのポケットの中で携帯電話が鳴った。秦に断ってから携帯電話を取り出した和彦は、表示された名を見て、慌てて電話に出る。
「千尋、どうかしたのか?」
『先生をデートに誘おうと思って』

しおりを挟む
感想 92

あなたにおすすめの小説

何故か正妻になった男の僕。

selen
BL
『側妻になった男の僕。』の続きです(⌒▽⌒) blさいこう✩.*˚主従らぶさいこう✩.*˚✩.*˚

かわいい美形の後輩が、俺にだけメロい

日向汐
BL
過保護なかわいい系美形の後輩。 たまに見せる甘い言動が受けの心を揺する♡ そんなお話。 【攻め】 雨宮千冬(あめみや・ちふゆ) 大学1年。法学部。 淡いピンク髪、甘い顔立ちの砂糖系イケメン。 甘く切ないラブソングが人気の、歌い手「フユ」として匿名活動中。 【受け】 睦月伊織(むつき・いおり) 大学2年。工学部。 黒髪黒目の平凡大学生。ぶっきらぼうな口調と態度で、ちょっとずぼら。恋愛は初心。

執着

紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。

帝は傾国の元帥を寵愛する

tii
BL
セレスティア帝国、帝国歴二九九年――建国三百年を翌年に控えた帝都は、祝祭と喧騒に包まれていた。 舞踏会と武道会、華やかな催しの主役として並び立つのは、冷徹なる公子ユリウスと、“傾国の美貌”と謳われる名誉元帥ヴァルター。 誰もが息を呑むその姿は、帝国の象徴そのものであった。 だが祝祭の熱狂の陰で、ユリウスには避けられぬ宿命――帝位と婚姻の話が迫っていた。 それは、五年前に己の采配で抜擢したヴァルターとの関係に、確実に影を落とすものでもある。 互いを見つめ合う二人の間には、忠誠と愛執が絡み合う。 誰よりも近く、しかし決して交わってはならぬ距離。 やがて帝国を揺るがす大きな波が訪れるとき、二人は“帝と元帥”としての立場を選ぶのか、それとも――。 華やかな祝祭に幕を下ろし、始まるのは試練の物語。 冷徹な帝と傾国の元帥、互いにすべてを欲する二人の運命は、帝国三百年の節目に大きく揺れ動いてゆく。 【第13回BL大賞にエントリー中】 投票いただけると嬉しいです((꜆꜄ ˙꒳˙)꜆꜄꜆ポチポチポチポチ

奇跡に祝福を

善奈美
BL
 家族に爪弾きにされていた僕。高等部三学年に進級してすぐ、四神の一つ、西條家の後継者である彼が記憶喪失になった。運命であると僕は知っていたけど、ずっと避けていた。でも、記憶がなくなったことで僕は彼と過ごすことになった。でも、記憶が戻ったら終わり、そんな関係だった。 ※不定期更新になります。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

オム・ファタールと無いものねだり

狗空堂
BL
この世の全てが手に入る者たちが、永遠に手に入れられないたった一つのものの話。 前野の血を引く人間は、人を良くも悪くもぐちゃぐちゃにする。その血の呪いのせいで、後田宗介の主人兼親友である前野篤志はトラブルに巻き込まれてばかり。 この度編入した金持ち全寮制の男子校では、学園を牽引する眉目秀麗で優秀な生徒ばかり惹きつけて学内風紀を乱す日々。どうやら篤志の一挙手一投足は『大衆に求められすぎる』天才たちの心に刺さって抜けないらしい。 天才たちは蟻の如く篤志に群がるし、それを快く思わない天才たちのファンからはやっかみを買うし、でも主人は毎日能天気だし。 そんな主人を全てのものから護る為、今日も宗介は全方向に噛み付きながら学生生活を奔走する。 これは、天才の影に隠れたとるに足らない凡人が、凡人なりに走り続けて少しずつ認められ愛されていく話。 2025.10.30 第13回BL大賞に参加しています。応援していただけると嬉しいです。 ※王道学園の脇役受け。 ※主人公は従者の方です。 ※序盤は主人の方が大勢に好かれています。 ※嫌われ(?)→愛されですが、全員が従者を愛すわけではありません。 ※呪いとかが平然と存在しているので若干ファンタジーです。 ※pixivでも掲載しています。 色々と初めてなので、至らぬ点がありましたらご指摘いただけますと幸いです。 いいねやコメントは頂けましたら嬉しくて踊ります。

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

処理中です...