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第7話
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「鷹津は、組が動いてハメなきゃいけないぐらいには、刑事としてはそこそこ有能だ。が、性格に問題がありすぎる。あのキレた男が、職務なんて屁とも思ってないと知ったところで、俺は驚かないな。今は……私怨で動いているんだろう。俺を、どうやって痛い目に遭わせてやろうかって考えながら」
やはり、鷹津をハメた張本人は、賢吾なのだ。ヤクザの言うことすべてを鵜呑みにする気はないが、和彦が受けた印象からして、鷹津を悪党と言った賢吾の表現は間違っていないだろう。
悪党同士――蛇蝎が互いに睨み合う状況に、気づかないうちに和彦は巻き込まれてしまったのだ。
ため息をつくと、和彦自身の唾液で濡れた指先が唇に擦りつけられる。人が動けないのをいいことに、賢吾は和彦で遊んでいるようだ。
「……危ないんじゃ、ないか。あんたの身が。あの男、ひどく嫌な感じがする……」
「光栄だな。心配してくれているのか?」
「あんな男につきまとわれたら、ぼくが迷惑なんだ。ヤクザより嫌な男に、初めて会った」
短く笑い声を洩らした賢吾に、軽く唇を塞がれる。少し間を置いてまた唇を塞がれたとき、口移しで水を与えられた。喉の渇きを自覚した和彦は、素直に喉を鳴らして飲む。
「――ヤバイ男がウロウロしていることだし、いっそのこと、先生をここに閉じ込めておこうか」
本気とも冗談ともつかないことを賢吾が洩らし、和彦はわずかに目を開ける。眼前に、大蛇を潜ませた怖い目があった。
「先生は、どんな男だろうが関係なく引き寄せるから、危なっかしくていけねー。一人寄ってきたと思えば、すぐに、二人、三人と――」
まさか、秦とのことを知られたのだろうかと、内心動揺しながらも、このときばかりは強烈な眩暈が和彦を救う。
気持ち悪さにきつく目を閉じると、瞼に賢吾の唇が押し当てられ、思わず吐息を洩らす。
「……蛇蝎の片割れは、あんた狙いだろ。ぼくのせいにするな」
「酔っていても、減らず口は健在だな」
ここで和彦に限界が訪れる。一度は浮上した意識だが、賢吾に与えられた情報が頭の中で散らばっていき、何も考えられない。秦に飲まされた安定剤の効き目は抜群だ。
眠い、と小声で訴えると、怖いほど優しい声で賢吾が応じた。
「ここは安全だ。しっかり眠ればいい。先生を守るための獣が、何匹も揃ってるからな」
思わず笑ってしまった和彦だが、顔の筋肉がきちんと動いたか、自信はなかった。
障子を通して、朱色を帯びた陽射しが部屋に差し込んでいるのを、薄目を開いた和彦は初めて知る。眠り込んでいるうちに、夕方になったのだ。
もうそろそろ体を起こせそうだと思った次の瞬間、ある気配を感じて体を強張らせる。部屋にいるのは、和彦だけではなかった。いつの間にか足元に、人の姿があったのだ。
反射的に体を起こそうとした和彦だが、獣のように飛びかかられるほうが早かった。布団の上に押さえつけられながら、覆い被さってきた相手の顔を見上げる。
和彦としては、安堵の吐息を洩らせばいいのか、呆れてため息をつけばいいのか、微妙な相手だった。
賢吾は、自宅の安全性を過信していたようだ。和彦を守るための獣が何匹も揃っていると言っていたが、獣の中に、一番手がかかる〈子犬〉を含めて考えていたらしい。
「……お前は、ぼくが昼寝を楽しんでいるように見えたのか? なんだ、この態勢は」
滅多にないほど真剣な顔をした千尋が、犬っころが甘えてくるように肩に顔をすり寄せてきた。
「先生、全然起きないから、心配で離れられなかったんだ」
「ただ、酒を飲んでひっくり返って、眠っていただけだ」
「酔っ払って気を失ったにしては、様子がおかしいって、オヤジと三田村が話してたよ」
さすがに、筋金入りのヤクザ二人の目を誤魔化せたと考えるのは、甘かったらしい。
和彦は、秦に飲まされたものが安定剤だけではなかったことを思い出し、小さく身震いする。内奥に飲み込まされたローターの振動が、一瞬蘇っていた。
「先生?」
怯むほど強い光を放つ目が、間近から顔を覗き込んでくる。和彦は障子のほうに視線を向けながら、平静を装った。
「どうして、急いで酒を飲む事態になったのかは、聞いたか?」
「――あいつに脅されて、連れていかれそうになったんだろ」
そう言った千尋の言葉からは、抑えきれない怒りが迸り出ているようだ。
「あいつが先生に怖い思いをさせたのは、これで二度目だ。……俺だけ狙えばいいのに、あいつ、先生にも目をつけた」
「……脅されたのは確かだけど、気を鎮めるために酒を飲んでひっくり返ったのは、ぼくのせいだ。悪かったな、鷹津という刑事の件だけでも大変なのに、余計な心配をかけて」
やはり、鷹津をハメた張本人は、賢吾なのだ。ヤクザの言うことすべてを鵜呑みにする気はないが、和彦が受けた印象からして、鷹津を悪党と言った賢吾の表現は間違っていないだろう。
悪党同士――蛇蝎が互いに睨み合う状況に、気づかないうちに和彦は巻き込まれてしまったのだ。
ため息をつくと、和彦自身の唾液で濡れた指先が唇に擦りつけられる。人が動けないのをいいことに、賢吾は和彦で遊んでいるようだ。
「……危ないんじゃ、ないか。あんたの身が。あの男、ひどく嫌な感じがする……」
「光栄だな。心配してくれているのか?」
「あんな男につきまとわれたら、ぼくが迷惑なんだ。ヤクザより嫌な男に、初めて会った」
短く笑い声を洩らした賢吾に、軽く唇を塞がれる。少し間を置いてまた唇を塞がれたとき、口移しで水を与えられた。喉の渇きを自覚した和彦は、素直に喉を鳴らして飲む。
「――ヤバイ男がウロウロしていることだし、いっそのこと、先生をここに閉じ込めておこうか」
本気とも冗談ともつかないことを賢吾が洩らし、和彦はわずかに目を開ける。眼前に、大蛇を潜ませた怖い目があった。
「先生は、どんな男だろうが関係なく引き寄せるから、危なっかしくていけねー。一人寄ってきたと思えば、すぐに、二人、三人と――」
まさか、秦とのことを知られたのだろうかと、内心動揺しながらも、このときばかりは強烈な眩暈が和彦を救う。
気持ち悪さにきつく目を閉じると、瞼に賢吾の唇が押し当てられ、思わず吐息を洩らす。
「……蛇蝎の片割れは、あんた狙いだろ。ぼくのせいにするな」
「酔っていても、減らず口は健在だな」
ここで和彦に限界が訪れる。一度は浮上した意識だが、賢吾に与えられた情報が頭の中で散らばっていき、何も考えられない。秦に飲まされた安定剤の効き目は抜群だ。
眠い、と小声で訴えると、怖いほど優しい声で賢吾が応じた。
「ここは安全だ。しっかり眠ればいい。先生を守るための獣が、何匹も揃ってるからな」
思わず笑ってしまった和彦だが、顔の筋肉がきちんと動いたか、自信はなかった。
障子を通して、朱色を帯びた陽射しが部屋に差し込んでいるのを、薄目を開いた和彦は初めて知る。眠り込んでいるうちに、夕方になったのだ。
もうそろそろ体を起こせそうだと思った次の瞬間、ある気配を感じて体を強張らせる。部屋にいるのは、和彦だけではなかった。いつの間にか足元に、人の姿があったのだ。
反射的に体を起こそうとした和彦だが、獣のように飛びかかられるほうが早かった。布団の上に押さえつけられながら、覆い被さってきた相手の顔を見上げる。
和彦としては、安堵の吐息を洩らせばいいのか、呆れてため息をつけばいいのか、微妙な相手だった。
賢吾は、自宅の安全性を過信していたようだ。和彦を守るための獣が何匹も揃っていると言っていたが、獣の中に、一番手がかかる〈子犬〉を含めて考えていたらしい。
「……お前は、ぼくが昼寝を楽しんでいるように見えたのか? なんだ、この態勢は」
滅多にないほど真剣な顔をした千尋が、犬っころが甘えてくるように肩に顔をすり寄せてきた。
「先生、全然起きないから、心配で離れられなかったんだ」
「ただ、酒を飲んでひっくり返って、眠っていただけだ」
「酔っ払って気を失ったにしては、様子がおかしいって、オヤジと三田村が話してたよ」
さすがに、筋金入りのヤクザ二人の目を誤魔化せたと考えるのは、甘かったらしい。
和彦は、秦に飲まされたものが安定剤だけではなかったことを思い出し、小さく身震いする。内奥に飲み込まされたローターの振動が、一瞬蘇っていた。
「先生?」
怯むほど強い光を放つ目が、間近から顔を覗き込んでくる。和彦は障子のほうに視線を向けながら、平静を装った。
「どうして、急いで酒を飲む事態になったのかは、聞いたか?」
「――あいつに脅されて、連れていかれそうになったんだろ」
そう言った千尋の言葉からは、抑えきれない怒りが迸り出ているようだ。
「あいつが先生に怖い思いをさせたのは、これで二度目だ。……俺だけ狙えばいいのに、あいつ、先生にも目をつけた」
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