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第8話
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気が高ぶっているせいで、おとなしく書斎に閉じこもる気にもなれず、冷蔵庫を開ける。食料は大して入っていないのに、飲み物の種類は豊富だ。外食が主の和彦の生活パターンに合わせて、この部屋に通ってくる組員たちがよく飲み物を補充してくれるのだ。
グラスに氷を放り込み、オレンジジュースを注ぐ。しばらくアルコールは自重したかった。
和彦はソファに腰掛け、グラスに口をつけながらテレビのニュース番組をぼんやりと眺める。だが、ある暴力団の幹部が撃たれたというニュースが流れると、無意識に眉をひそめてチャンネルを替えていた。
こんな生活に入る前は、社会の害悪になるような存在がどうなろうが気にも留めなかったが、今は違う。胸苦しさを覚えるのだ。
突然、インターホンが鳴り、ドキリとする。反射的にソファから腰を浮かせて和彦が考えたのは、和彦の今夜の行動が知られ、在宅を確認するために組員がやってきたのではないかということだった。
身構えながらインターホンに出た和彦は、テレビモニターを見てから微妙な顔となる。映っていたのは、千尋だった。
何か用かと聞くのも野暮で、エントランスのロックを解除してやる。
部屋に上がってきた千尋は珍しくスーツ姿で、まとっているのは、香水と化粧品の柔らかな香りだ。
玄関に入るなり、人懐こい犬っころのように嬉しそうな顔をして、千尋が抱きついてくる。
「せーんせっ」
あまりの勢いに少しよろめいた和彦だが、なんとかしなやかな体を受け止めつつ、ドアの鍵をかける。
「……機嫌がよさそうだな。酔ってるのか?」
「うん。きれいな女の人がたくさんいる店に行ってた」
「そうか。こんなに酔ってるなら、まっすぐ本宅に帰ればよかっただろ」
何げなく和彦が応じると、顔を上げた千尋が不満そうに唇を尖らせた。
「さらりと受け流さないで、少しぐらい嫉妬してみせてよ」
「バカ。こんなことで嫉妬してたら、こっちの身がもたない。だいたいお前、カフェでバイトしている頃、よく合コンだなんだって、女の子と遊んでたじゃないか」
「あれは、友達のつき合い。今夜は、組のつき合い。――本気のつき合いは、先生だけ」
大まじめな顔で言い切った千尋だが、酔いのせいか、目の焦点がかなり怪しい。突然の千尋の訪問ということで体を強張らせていた和彦だが、いつの間にかいつものように接してしまう。
普段以上に甘ったれな犬っころぶりに拍車がかかっており、神経を張り詰めて相手をしていると、かえって異変を悟られそうだ。酔ってはいても、千尋の嗅覚はバカにはできない。
「とにかく上がれ。ここに寄ったということは、泊まっていくんだろ」
「……うん。いい?」
首を傾けて問いかけてきた千尋が、次の瞬間には、甘えるように和彦の肩に額をすり寄せてくる。そんな千尋の頭を片腕で抱き締めて、和彦は応じた。
「ぼくが追い返すとは思ってないだろ、お前」
悪びれることなく頷いた千尋の頭を、思いきり撫で回してやる。
和彦は、千尋を支えながら寝室に連れて行き、ベッドに横にさせる。とことん和彦に甘えるつもりなのか、千尋は大の字になってしまい自分で何もしようとはしない。仕方なく和彦は、千尋の靴下を脱がせてから、体の上に馬乗りになる。千尋が楽しそうに笑い声を上げた。
「すげー。これから先生に犯されそう」
「あんまり変なこと言うと、部屋から叩き出すぞ」
ジャケットを脱がそうとして、ポケットに入った携帯電話に気づく。色は違うが和彦と同じ機種、ストラップまでお揃いというもので、見るたびに気恥ずかしくなるのだが、ヤクザの世界にいて、妙なところで純真なままの千尋が可愛くもある。
一方の自分は――と考えると、和彦は自己嫌悪に陥らずにはいられない。とっくに純真さなどなくしてしまい、狡猾で計算高くなるだけだ。そのくせ、秦に簡単に口づけを許してしまった。
和彦は大きくため息をつくと、サイドテーブルに千尋の携帯電話を置いてから、自分もベッドに転がる。嬉々として千尋にさっそく抱き寄せられ、有無をいわさず唇を塞がれた。
「こら、今夜はおとなしく寝ろ――」
口でそう言いながらも和彦は、千尋と唇を啄ばみ合っていた。
「組のつき合いって、お前の父親も一緒だったのか?」
穏やかなキスの合間に問いかけると、千尋は小さく首を横に振る。
「総和会絡みの会合で、俺はじいちゃんについて行ったんだよ。俺みたいな二十歳そこそこのガキなんて、じいちゃんやオヤジの威光がないと、幹部クラスには相手にしてもらえないから、そうやって顔と名前を売るんだ」
「……売らなくても、知られてるんじゃないのか。だいたいお前、長嶺組を継ぐことは決まってるんだから、今からそういうことをするなんて……」
グラスに氷を放り込み、オレンジジュースを注ぐ。しばらくアルコールは自重したかった。
和彦はソファに腰掛け、グラスに口をつけながらテレビのニュース番組をぼんやりと眺める。だが、ある暴力団の幹部が撃たれたというニュースが流れると、無意識に眉をひそめてチャンネルを替えていた。
こんな生活に入る前は、社会の害悪になるような存在がどうなろうが気にも留めなかったが、今は違う。胸苦しさを覚えるのだ。
突然、インターホンが鳴り、ドキリとする。反射的にソファから腰を浮かせて和彦が考えたのは、和彦の今夜の行動が知られ、在宅を確認するために組員がやってきたのではないかということだった。
身構えながらインターホンに出た和彦は、テレビモニターを見てから微妙な顔となる。映っていたのは、千尋だった。
何か用かと聞くのも野暮で、エントランスのロックを解除してやる。
部屋に上がってきた千尋は珍しくスーツ姿で、まとっているのは、香水と化粧品の柔らかな香りだ。
玄関に入るなり、人懐こい犬っころのように嬉しそうな顔をして、千尋が抱きついてくる。
「せーんせっ」
あまりの勢いに少しよろめいた和彦だが、なんとかしなやかな体を受け止めつつ、ドアの鍵をかける。
「……機嫌がよさそうだな。酔ってるのか?」
「うん。きれいな女の人がたくさんいる店に行ってた」
「そうか。こんなに酔ってるなら、まっすぐ本宅に帰ればよかっただろ」
何げなく和彦が応じると、顔を上げた千尋が不満そうに唇を尖らせた。
「さらりと受け流さないで、少しぐらい嫉妬してみせてよ」
「バカ。こんなことで嫉妬してたら、こっちの身がもたない。だいたいお前、カフェでバイトしている頃、よく合コンだなんだって、女の子と遊んでたじゃないか」
「あれは、友達のつき合い。今夜は、組のつき合い。――本気のつき合いは、先生だけ」
大まじめな顔で言い切った千尋だが、酔いのせいか、目の焦点がかなり怪しい。突然の千尋の訪問ということで体を強張らせていた和彦だが、いつの間にかいつものように接してしまう。
普段以上に甘ったれな犬っころぶりに拍車がかかっており、神経を張り詰めて相手をしていると、かえって異変を悟られそうだ。酔ってはいても、千尋の嗅覚はバカにはできない。
「とにかく上がれ。ここに寄ったということは、泊まっていくんだろ」
「……うん。いい?」
首を傾けて問いかけてきた千尋が、次の瞬間には、甘えるように和彦の肩に額をすり寄せてくる。そんな千尋の頭を片腕で抱き締めて、和彦は応じた。
「ぼくが追い返すとは思ってないだろ、お前」
悪びれることなく頷いた千尋の頭を、思いきり撫で回してやる。
和彦は、千尋を支えながら寝室に連れて行き、ベッドに横にさせる。とことん和彦に甘えるつもりなのか、千尋は大の字になってしまい自分で何もしようとはしない。仕方なく和彦は、千尋の靴下を脱がせてから、体の上に馬乗りになる。千尋が楽しそうに笑い声を上げた。
「すげー。これから先生に犯されそう」
「あんまり変なこと言うと、部屋から叩き出すぞ」
ジャケットを脱がそうとして、ポケットに入った携帯電話に気づく。色は違うが和彦と同じ機種、ストラップまでお揃いというもので、見るたびに気恥ずかしくなるのだが、ヤクザの世界にいて、妙なところで純真なままの千尋が可愛くもある。
一方の自分は――と考えると、和彦は自己嫌悪に陥らずにはいられない。とっくに純真さなどなくしてしまい、狡猾で計算高くなるだけだ。そのくせ、秦に簡単に口づけを許してしまった。
和彦は大きくため息をつくと、サイドテーブルに千尋の携帯電話を置いてから、自分もベッドに転がる。嬉々として千尋にさっそく抱き寄せられ、有無をいわさず唇を塞がれた。
「こら、今夜はおとなしく寝ろ――」
口でそう言いながらも和彦は、千尋と唇を啄ばみ合っていた。
「組のつき合いって、お前の父親も一緒だったのか?」
穏やかなキスの合間に問いかけると、千尋は小さく首を横に振る。
「総和会絡みの会合で、俺はじいちゃんについて行ったんだよ。俺みたいな二十歳そこそこのガキなんて、じいちゃんやオヤジの威光がないと、幹部クラスには相手にしてもらえないから、そうやって顔と名前を売るんだ」
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