190 / 1,289
第10話
(12)
しおりを挟む
自分では、何がどうなっているのか判断すらできなくて、頭と気持ちがオーバーフロー気味だ。こめかみを指で軽く押さえた和彦は、テーブルの上に置いた小物入れに目を留める。そこに、処方してもらった安定剤が入っているのだ。
千尋に倣うわけではないが、少し横になろうかという考えに、強く惹かれる。だが、和彦にはわかっていた。安定剤で一時の眠りを手に入れて何も考えなくなったところで、自分の体にこびりついた不快さは消えないと。
安定剤の入った袋ではなく、再び子機を取り上げ、登録してある番号の一つにかける。呼出し音を根気よく聞き続けていると、ようやく途切れた。
『――どうかしたのか、先生』
電話の向こうから聞こえてきたのは、淡々としているが、優しさも滲ませたハスキーな声だった。
三田村の声を聞いただけで、和彦の気持ちは柔らかな感触で満たされる。それに何より、安心できる。
和彦と鷹津の間にあった出来事を知ってから、三田村は毎夜、電話をくれる。忙しくて会いに行けないことを、優しい男なりに別の形で埋め合わせようとしてくれているのだ。三田村の気持ちが素直に嬉しいし、ありがたくもあった和彦だが、今日はどうしても我慢できなかった。
「三田村、今すぐ会いたい……」
和彦のわがままとも言える願いを、三田村は断ったりしなかった。
『これから、迎えの人間をそこに向かわせる。申し訳ないが、先生、俺が今いる場所の近くまで来てもらっていいか? それに、あまり時間が取れない……』
「もちろんだ。ぼくがわがままを言っているんだから」
『違う。俺のわがままだ。先生の声しか聞けないことが、苦しくてたまらなかった。だから、先生に来てもらいたい』
突然の電話であるにもかかわらず、こんなふうに囁いてくれる三田村が愛しかった。
「すぐに迎えを寄越してくれ。なんなら、ぼくがタクシーで行ってもいい」
それは絶対ダメだと、強い口調で言ってくれるのが嬉しい。和彦は笑みをこぼして頷いた。
「……わかった、三田村」
ダブルの部屋に入るなり、三田村に手荒く肩を抱き寄せられ、ベッドへと連れて行かれる。押し倒されると同時に三田村がのしかかってきて、有無を言わせず唇を塞がれた。
和彦は気が遠くなるような高揚感と、胸を掻き毟りたくなるような強烈な疼きを味わいながら、三田村に強くしがみつく。
唇と舌を激しく貪り合いながら、三田村の手が下肢に伸び、コットンパンツのベルトを外し、ファスナーを下ろしていく。一方の和彦も、三田村のジャケットを脱がせると、ネクタイを解いて、もどかしい手つきでワイシャツのボタンを外していく。
剥かれる、という表現しかないような手つきで、コットンパンツと下着を下ろされた拍子に、まだ履いたままだった靴がベッドの下に落ちた。
ここまで会話は必要なかった。互いに、欲しいものはわかっている。
唇が離され、和彦は息を喘がせる。険しい表情で三田村が顔を覗き込んでくるが、怒っているわけではない。普段は優しい男が、抑え切れないほど激しく欲情しているのだ。
「――……三田村」
掠れた声で和彦が呼びかけると、和彦の唇を痛いほど吸い上げてから、三田村が体の上から退く。そしてすぐに和彦は、ベッドの上で大きく仰け反り、息を詰める。大きく広げられた両足の間に三田村が顔を埋め、期待のためすでに身を起こしかけた和彦のものを、口腔に含んだからだ。
「はっ……、んああっ」
熱く湿った感触が、容赦なく和彦の欲望を包み込み、吸引してくる。技巧も優しさも必要ない。まさに、むしゃぶりつくような愛撫だ。
「あっ、あっ、三田村っ――」
和彦は身をくねらせながら、三田村の髪に指を差し込む。
今、こうしているのが信じられなかった。ほんの数十分ほど前まで、和彦は自分の部屋にいて、三田村と電話で話したあと、寄越された迎えの車に乗り込んだ。向かったのは、三田村が仕事をしている事務所近くのシティーホテルだった。
ロビーでは、すでに部屋のキーを受け取った三田村が待っており、こうして部屋に辿り着いたのだ。あとは、限られた時間の中、貪り合うだけだ。
あっという間に反応した和彦のものを、三田村が愛しげに舐め上げてくれる。先端から透明なしずくが滴り落ちようとすると、それすら舐め取ってくれたうえに、括れまでを含まれて吸われる。このとき、三田村の歯が掠めるように先端に触れ、和彦はビクンッと腰を跳ねさせる。痛みを予期しての反応だが、三田村は容赦なく歯列を先端に擦りつけてきた。
「いっ……、はあっ、はっ。い、い――……。気持ち、いい。三田村、それ、いい……」
千尋に倣うわけではないが、少し横になろうかという考えに、強く惹かれる。だが、和彦にはわかっていた。安定剤で一時の眠りを手に入れて何も考えなくなったところで、自分の体にこびりついた不快さは消えないと。
安定剤の入った袋ではなく、再び子機を取り上げ、登録してある番号の一つにかける。呼出し音を根気よく聞き続けていると、ようやく途切れた。
『――どうかしたのか、先生』
電話の向こうから聞こえてきたのは、淡々としているが、優しさも滲ませたハスキーな声だった。
三田村の声を聞いただけで、和彦の気持ちは柔らかな感触で満たされる。それに何より、安心できる。
和彦と鷹津の間にあった出来事を知ってから、三田村は毎夜、電話をくれる。忙しくて会いに行けないことを、優しい男なりに別の形で埋め合わせようとしてくれているのだ。三田村の気持ちが素直に嬉しいし、ありがたくもあった和彦だが、今日はどうしても我慢できなかった。
「三田村、今すぐ会いたい……」
和彦のわがままとも言える願いを、三田村は断ったりしなかった。
『これから、迎えの人間をそこに向かわせる。申し訳ないが、先生、俺が今いる場所の近くまで来てもらっていいか? それに、あまり時間が取れない……』
「もちろんだ。ぼくがわがままを言っているんだから」
『違う。俺のわがままだ。先生の声しか聞けないことが、苦しくてたまらなかった。だから、先生に来てもらいたい』
突然の電話であるにもかかわらず、こんなふうに囁いてくれる三田村が愛しかった。
「すぐに迎えを寄越してくれ。なんなら、ぼくがタクシーで行ってもいい」
それは絶対ダメだと、強い口調で言ってくれるのが嬉しい。和彦は笑みをこぼして頷いた。
「……わかった、三田村」
ダブルの部屋に入るなり、三田村に手荒く肩を抱き寄せられ、ベッドへと連れて行かれる。押し倒されると同時に三田村がのしかかってきて、有無を言わせず唇を塞がれた。
和彦は気が遠くなるような高揚感と、胸を掻き毟りたくなるような強烈な疼きを味わいながら、三田村に強くしがみつく。
唇と舌を激しく貪り合いながら、三田村の手が下肢に伸び、コットンパンツのベルトを外し、ファスナーを下ろしていく。一方の和彦も、三田村のジャケットを脱がせると、ネクタイを解いて、もどかしい手つきでワイシャツのボタンを外していく。
剥かれる、という表現しかないような手つきで、コットンパンツと下着を下ろされた拍子に、まだ履いたままだった靴がベッドの下に落ちた。
ここまで会話は必要なかった。互いに、欲しいものはわかっている。
唇が離され、和彦は息を喘がせる。険しい表情で三田村が顔を覗き込んでくるが、怒っているわけではない。普段は優しい男が、抑え切れないほど激しく欲情しているのだ。
「――……三田村」
掠れた声で和彦が呼びかけると、和彦の唇を痛いほど吸い上げてから、三田村が体の上から退く。そしてすぐに和彦は、ベッドの上で大きく仰け反り、息を詰める。大きく広げられた両足の間に三田村が顔を埋め、期待のためすでに身を起こしかけた和彦のものを、口腔に含んだからだ。
「はっ……、んああっ」
熱く湿った感触が、容赦なく和彦の欲望を包み込み、吸引してくる。技巧も優しさも必要ない。まさに、むしゃぶりつくような愛撫だ。
「あっ、あっ、三田村っ――」
和彦は身をくねらせながら、三田村の髪に指を差し込む。
今、こうしているのが信じられなかった。ほんの数十分ほど前まで、和彦は自分の部屋にいて、三田村と電話で話したあと、寄越された迎えの車に乗り込んだ。向かったのは、三田村が仕事をしている事務所近くのシティーホテルだった。
ロビーでは、すでに部屋のキーを受け取った三田村が待っており、こうして部屋に辿り着いたのだ。あとは、限られた時間の中、貪り合うだけだ。
あっという間に反応した和彦のものを、三田村が愛しげに舐め上げてくれる。先端から透明なしずくが滴り落ちようとすると、それすら舐め取ってくれたうえに、括れまでを含まれて吸われる。このとき、三田村の歯が掠めるように先端に触れ、和彦はビクンッと腰を跳ねさせる。痛みを予期しての反応だが、三田村は容赦なく歯列を先端に擦りつけてきた。
「いっ……、はあっ、はっ。い、い――……。気持ち、いい。三田村、それ、いい……」
89
あなたにおすすめの小説
水仙の鳥籠
下井理佐
BL
とある遊郭に売られた少年・翡翠と盗人の一郎の物語。
翡翠は今日も夜な夜な男達に抱かれながら、故郷の兄が迎えに来るのを格子の中で待っている。
ある日遊郭が火に見舞われる。
生を諦めた翡翠の元に一人の男が現れ……。
執着
紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。
病弱の花
雨水林檎
BL
痩せた身体の病弱な青年遠野空音は資産家の男、藤篠清月に望まれて単身東京に向かうことになる。清月は彼をぜひ跡継ぎにしたいのだと言う。明らかに怪しい話に乗ったのは空音が引き取られた遠縁の家に住んでいたからだった。できそこないとも言えるほど、寝込んでばかりいる空音を彼らは厄介払いしたのだ。そして空音は清月の家で同居生活を始めることになる。そんな空音の願いは一つ、誰よりも痩せていることだった。誰もが眉をひそめるようなそんな願いを、清月は何故か肯定する……。
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆
―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。―
モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。
だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。
そう、あの「秘密」が表に出るまでは。
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
いつかコントローラーを投げ出して
せんぷう
BL
オメガバース。世界で男女以外に、アルファ・ベータ・オメガと性別が枝分かれした世界で新たにもう一つの性が発見された。
世界的にはレアなオメガ、アルファ以上の神に選別されたと言われる特異種。
バランサー。
アルファ、ベータ、オメガになるかを自らの意思で選択でき、バランサーの状態ならどのようなフェロモンですら影響を受けない、むしろ自身のフェロモンにより周囲を調伏できる最強の性別。
これは、バランサーであることを隠した少年の少し不運で不思議な出会いの物語。
裏社会のトップにして最強のアルファ攻め
×
最強種バランサーであることをそれとなく隠して生活する兄弟想いな受け
※オメガバース特殊設定、追加性別有り
.
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる