血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
241 / 1,292
第13話

(4)

しおりを挟む
 和彦は、この店で秦に安定剤を飲まされ、体をまさぐられたのだ。挙げ句、内奥にはローターを含まされた。長嶺組組長である賢吾と関わりを持ちたかった秦が、賢吾のオンナである和彦に目をつけたうえでの策略だ。
 賭けに近い危険極まりない策略だが、秦は生殺与奪の権を賢吾に握られながらも、こうして艶やかな存在感を放ち、元気にしている。そのうえ、賢吾の許可を得て、和彦の〈遊び相手〉という立場に収まっている。
 よくこの店に招待できたものだと、見た目に反した秦の神経の図太さに、和彦は感心すらしてしまう。
「……中嶋くんに肩入れしたくなる……」
 聞こえよがしに和彦が呟くと、慣れた手つきで氷を砕きながら、秦が囁くような声で言った。
「わたしなりに、必死に考えたんですよ。中嶋の出世を祝いたい気持ちもあるし、中嶋の思い詰めた顔も見たくないという気持ちもあって」
「だからといって、ぼくを巻き込むな。この間、確かそう言ったはずだ」
 グラスに氷を入れた秦が、嫌味なほど清々しい微笑みを浮かべた。
「それは、無理ですね。わたしも中嶋も、先生が好きですから」
 グラスとウィスキーのボトルをカウンターに置かれ、和彦はそれらを持って席に戻る。すると中嶋が、肩に腕を回してきた。
「――二人して、内緒話ですか」
 いかにも酔っ払いらしい気の抜けた笑みを向けてくる中嶋だが、芝居の可能性が高い。
 切れ者のヤクザで、恩人ですら利用できると断言するしたたかさを持つ反面、その恩人が絡むときだけ、妙に〈女〉を感じさせ、健気さすら見せるこの青年を、和彦なりに傷つけたくないと思っている。
 周囲にいる男たちからは甘いと笑われるだろうが、中嶋に対して友情めいた感情を抱きつつあるのだ。
「出世祝いに、君に何か贈ったほうがいいだろうかと、相談してみたんだ」
 和彦のウソに、中嶋は一瞬真顔となってから、次の瞬間には困ったように眉をひそめた。やはり、酔ったふりをしていたのだ。和彦のウソなど、簡単に見抜かれた。
「……先生は、甘いですね。男に対して」
「この世界で生きていく武器だ――と、最近思わなくもない。千尋みたいに、見た目からして犬っころみたいな奴なら、いくらでも頭を撫でてやれるんだが、それ以外の男たちは、可愛いとは言いがたい。だけど、甘やかしたくなる。ヤクザなんて、この世でもっとも親しくなりたくない人種だっていうのにな。自分で自分の甘さが、嫌になる」
 そう言いながらも和彦は、自分の口調が柔らかだという自覚はあった。
 グラスをゆっくり揺らしてから、ウィスキーを一口飲む。美味しい、と思わず洩らしていた。中嶋の元には、琥珀色が美しいマンハッタンが置かれ、しっかりとチェリーも添えられている。
 秦は、中嶋の満足そうな顔を見て小さく微笑むと、自分の分のカクテルを作るため、カウンターに戻る。
 もてなされる側の和彦と中嶋は、ゆったりと美味しいアルコールを楽しんでいるが、もてなす側に回っている秦は、テーブルとカウンターを行き来して、なかなか慌ただしい。
 もっとも、秦本人は楽しそうにしているので、かつての仕事柄というより、人にサービスすることが好きな性質なのかもしれない。
 しかし、いくらこんなことを推測しても、秦の本性に触れた気がしない。相変わらず謎の男のままだ。
 機嫌よく飲んでいるうちに、次第に和彦も緊張を解く。いい思い出があるとは言いがたい店であることや、一緒に飲んでいる面子にクセがあるということを差し引いて、それでも気分はよかった。
 護衛を待たせているという心苦しさを感じなくていいのが、その気分に拍車をかけている。
 カウンターに入ってオレンジを絞っている秦を、ソファの背もたれに腕を預けて和彦は眺める。
「――ああいう姿を見ていると、秦静馬というのは何者なんだろうかと思えてきません?」
 和彦と同じような姿勢となって、中嶋が話しかけてくる。
「何者なのかはともかく、抜け目がないな。物騒なことに巻き込まれたと思ったら、いつの間にか、長嶺組を後ろ盾にしたんだ」
 若い頃、警察に目をつけられるようなこともしているらしい秦だが、結局、補導歴も逮捕歴もないのだ。やはり、抜け目がない。
「あまり、何者なのか考えないほうがいいのかもしれない。ぼくは今みたいな生活を送っていて、自分の好奇心に折り合いをつけている。知りたいこと、知りたくないこと、知ったところで、つらくなるだけのこと――」
「俺も、わかってはいるんですけどね。ただ、秦さんと知り合って十年以上になるのに、ほとんど何も知らないっていうのは、けっこうキツイ」
 中嶋は、苦々しげに唇を歪めていた。そんな表情を目にして、和彦のほうが胸苦しくなる。

しおりを挟む
感想 94

あなたにおすすめの小説

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、 隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。 しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです… オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が なかたのでした。 本当の花嫁じゃない。 だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

一軍男子と兄弟になりました

しょうがやき
BL
親の再婚で一軍男子と兄弟になった、平凡男子の話。

過保護な父の歪んだ愛着。旅立ちを控えた俺の身体は、夜ごとに父の形で塗り潰される

中山(ほ)
BL
「パックの中、僕の形になっちゃったね」 夢か現か。耳元で囁かれる甘い声と、内側を執拗に掻き回す熱。翌朝、自室で目覚めたパックに、昨夜の記憶はない。ただ、疼くような下腹部の熱だけが残っていた。 相談しようと向かった相手こそが、自分を侵食している張本人だとも知らずに、パックは父の部屋の扉を開く。 このお話はムーンライトでも投稿してます〜

悪役の僕 何故か愛される

いもち
BL
BLゲーム『恋と魔法と君と』に登場する悪役 セイン・ゴースティ 王子の魔力暴走によって火傷を負った直後に自身が悪役であったことを思い出す。 悪役にならないよう、攻略対象の王子や義弟に近寄らないようにしていたが、逆に構われてしまう。 そしてついにゲーム本編に突入してしまうが、主人公や他の攻略対象の様子もおかしくて… ファンタジーラブコメBL シリアスはほとんどないです 不定期更新

劣等アルファは最強王子から逃げられない

BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。 ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新 Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新 プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

処理中です...