240 / 1,289
第13話
(3)
しおりを挟む
携帯電話は持っていくが、念のため、外出することを長嶺組に報告しておく。組員からは、すぐに護衛の人間を向かわせると言われたが、中嶋が同行することを告げると、渋々引き下がってくれた。
総和会の中で出世した中嶋への信頼感の表れか、何かしらの思惑があるのか――と考えるのは、穿ちすぎかもしれない。
身支度を整えた和彦がエントランスに降りたとき、約束した時間には五分ほど早かったが、マンション前まで出ると、すでにタクシーが一台停まっていた。中から中嶋が手を振っている。
「――それで、どこまで行くんだ」
タクシーが走り始めてから、首に巻いたマフラーの端を弄びながら和彦は尋ねる。
「知り合いの店です」
漠然と察するものがあり、和彦はじろりと中嶋を見る。一方の中嶋は、ニヤリと笑ってこう言った。
「先生、そんな顔したら、せっかくの色男ぶりが台無しですよ」
「……なるほど。飲みに行くのは二人だが、他にもう一人、すでに店で待っているんだな」
「そういうことです」
「いろいろと言いたいことはあるが、まあ、いい。誰がいるかわからない場所に連れて行かれるより、よほど安心かもしれない」
多分、と和彦は心の中でひっそりと付け足す。中嶋は、和彦が怒り出さなかったことに安堵したのか、ほっと息を吐き出してシートにもたれかかった。
「正直、どんな顔をして、〈あの人〉と顔を合わせればいいのかわからないんですよ。前のように、気楽につき合いたい気もするが、そうじゃないような気もする――」
「それで、ぼくを利用しようと思ったんだな」
「そう言わないでください。先生と楽しく飲みたい気持ちもあるんですよ」
本音かどうか怪しいものだが、美味いアルコールを飲ませてくれることだけは、確かなようだった。
グラスに口をつけながら和彦は、横目で隣を見る。中嶋は、普通の青年のような顔をして笑っていた。
正体がわかっていながら、こうして見る姿は、とうていヤクザには見えない。ノーネクタイのため、スーツ姿とはいっても寛いで見えるが、それでも雰囲気は若いビジネスマンのものだ。
「――先生、飲んでますか?」
正面に腰掛けた秦に問われ、数瞬言葉に詰まってから、和彦は軽くグラスを掲げて見せる。
中嶋も相変わらずなら、秦も相変わらずだ。相変わらず、柔らかく艶やかな雰囲気をまとい――胡散臭い。秦の場合、自分の独特の存在感を武器にしている節すらあるので、和彦が露骨に警戒する姿を、楽しんでいるかもしれない。
「飲んでる」
「客もホストもいないホストクラブで、男三人で飲むというのも、新鮮でしょう?」
「イイ男二人に囲まれて、贅沢な気分だ」
わざと素っ気ない口調で応じると、隣で中嶋が派手に噴き出す。急に和彦は心配になり、中嶋のあごを掴み寄せて顔を覗き込む。
「もしかして、もう酔っ払ったのか」
和彦の突然の行動に驚いたように中嶋は目を丸くしたあと、やけに嬉しげに笑った。
「まだ、大丈夫ですよ。先生の冷めた口調と冗談の加減が、妙にツボで……」
「ぼくの冗談で笑うようなら、本当に酔ってるんじゃないか」
中嶋がさらに笑い声を洩らし、和彦は、大丈夫かと秦に視線を向ける。優雅に足を組み替えた秦は、中嶋を指さした。
「リラックスしてるときは、こんな感じですよ、こいつは。ホスト時代は、どれだけ客から飲まされようが、顔色一つ変えなかった。だけど、仲間内で飲むと、まっさきに酔っ払って、つまらないことで笑い転げる」
「……つまらないこと……、つまり、ぼくの冗談はつまらないということだな」
ぽつりと和彦が洩らすと、失礼なことに、中嶋と秦が同時に噴き出した。
「先輩・後輩揃って、失礼な連中だな……」
怒ったふりをして席を立った和彦は、カウンターへと向かう。
「先生?」
「カウンターの中に、いいウィスキーを隠してあるだろ。さっき見えたんだ」
なんでも自由に飲んでくれと最初に言われたため、遠慮する気はなかった。秦という男は信頼していない和彦だが、秦の店の品揃えについては信頼しているのだ。
素早く立ち上がった秦が、カウンターに入る。
「封を開けるので、ちょっと待ってください。ついでに、新しい氷も出しますね」
そこに、中嶋からカクテルの注文が入り、苦笑しながら秦が準備を始める。和彦は、カウンターにもたれかかりながら、改めて店内を見回していた。
このホストクラブを訪れるのは初めてではない。実は前に一度、来ていた。
そのときのことを思い出し、和彦の頬は熱くなってくる。もちろん、酔いのせいではない。
総和会の中で出世した中嶋への信頼感の表れか、何かしらの思惑があるのか――と考えるのは、穿ちすぎかもしれない。
身支度を整えた和彦がエントランスに降りたとき、約束した時間には五分ほど早かったが、マンション前まで出ると、すでにタクシーが一台停まっていた。中から中嶋が手を振っている。
「――それで、どこまで行くんだ」
タクシーが走り始めてから、首に巻いたマフラーの端を弄びながら和彦は尋ねる。
「知り合いの店です」
漠然と察するものがあり、和彦はじろりと中嶋を見る。一方の中嶋は、ニヤリと笑ってこう言った。
「先生、そんな顔したら、せっかくの色男ぶりが台無しですよ」
「……なるほど。飲みに行くのは二人だが、他にもう一人、すでに店で待っているんだな」
「そういうことです」
「いろいろと言いたいことはあるが、まあ、いい。誰がいるかわからない場所に連れて行かれるより、よほど安心かもしれない」
多分、と和彦は心の中でひっそりと付け足す。中嶋は、和彦が怒り出さなかったことに安堵したのか、ほっと息を吐き出してシートにもたれかかった。
「正直、どんな顔をして、〈あの人〉と顔を合わせればいいのかわからないんですよ。前のように、気楽につき合いたい気もするが、そうじゃないような気もする――」
「それで、ぼくを利用しようと思ったんだな」
「そう言わないでください。先生と楽しく飲みたい気持ちもあるんですよ」
本音かどうか怪しいものだが、美味いアルコールを飲ませてくれることだけは、確かなようだった。
グラスに口をつけながら和彦は、横目で隣を見る。中嶋は、普通の青年のような顔をして笑っていた。
正体がわかっていながら、こうして見る姿は、とうていヤクザには見えない。ノーネクタイのため、スーツ姿とはいっても寛いで見えるが、それでも雰囲気は若いビジネスマンのものだ。
「――先生、飲んでますか?」
正面に腰掛けた秦に問われ、数瞬言葉に詰まってから、和彦は軽くグラスを掲げて見せる。
中嶋も相変わらずなら、秦も相変わらずだ。相変わらず、柔らかく艶やかな雰囲気をまとい――胡散臭い。秦の場合、自分の独特の存在感を武器にしている節すらあるので、和彦が露骨に警戒する姿を、楽しんでいるかもしれない。
「飲んでる」
「客もホストもいないホストクラブで、男三人で飲むというのも、新鮮でしょう?」
「イイ男二人に囲まれて、贅沢な気分だ」
わざと素っ気ない口調で応じると、隣で中嶋が派手に噴き出す。急に和彦は心配になり、中嶋のあごを掴み寄せて顔を覗き込む。
「もしかして、もう酔っ払ったのか」
和彦の突然の行動に驚いたように中嶋は目を丸くしたあと、やけに嬉しげに笑った。
「まだ、大丈夫ですよ。先生の冷めた口調と冗談の加減が、妙にツボで……」
「ぼくの冗談で笑うようなら、本当に酔ってるんじゃないか」
中嶋がさらに笑い声を洩らし、和彦は、大丈夫かと秦に視線を向ける。優雅に足を組み替えた秦は、中嶋を指さした。
「リラックスしてるときは、こんな感じですよ、こいつは。ホスト時代は、どれだけ客から飲まされようが、顔色一つ変えなかった。だけど、仲間内で飲むと、まっさきに酔っ払って、つまらないことで笑い転げる」
「……つまらないこと……、つまり、ぼくの冗談はつまらないということだな」
ぽつりと和彦が洩らすと、失礼なことに、中嶋と秦が同時に噴き出した。
「先輩・後輩揃って、失礼な連中だな……」
怒ったふりをして席を立った和彦は、カウンターへと向かう。
「先生?」
「カウンターの中に、いいウィスキーを隠してあるだろ。さっき見えたんだ」
なんでも自由に飲んでくれと最初に言われたため、遠慮する気はなかった。秦という男は信頼していない和彦だが、秦の店の品揃えについては信頼しているのだ。
素早く立ち上がった秦が、カウンターに入る。
「封を開けるので、ちょっと待ってください。ついでに、新しい氷も出しますね」
そこに、中嶋からカクテルの注文が入り、苦笑しながら秦が準備を始める。和彦は、カウンターにもたれかかりながら、改めて店内を見回していた。
このホストクラブを訪れるのは初めてではない。実は前に一度、来ていた。
そのときのことを思い出し、和彦の頬は熱くなってくる。もちろん、酔いのせいではない。
70
あなたにおすすめの小説
執着
紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。
奇跡に祝福を
善奈美
BL
家族に爪弾きにされていた僕。高等部三学年に進級してすぐ、四神の一つ、西條家の後継者である彼が記憶喪失になった。運命であると僕は知っていたけど、ずっと避けていた。でも、記憶がなくなったことで僕は彼と過ごすことになった。でも、記憶が戻ったら終わり、そんな関係だった。
※不定期更新になります。
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆
―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。―
モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。
だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。
そう、あの「秘密」が表に出るまでは。
かわいい美形の後輩が、俺にだけメロい
日向汐
BL
過保護なかわいい系美形の後輩。
たまに見せる甘い言動が受けの心を揺する♡
そんなお話。
【攻め】
雨宮千冬(あめみや・ちふゆ)
大学1年。法学部。
淡いピンク髪、甘い顔立ちの砂糖系イケメン。
甘く切ないラブソングが人気の、歌い手「フユ」として匿名活動中。
【受け】
睦月伊織(むつき・いおり)
大学2年。工学部。
黒髪黒目の平凡大学生。ぶっきらぼうな口調と態度で、ちょっとずぼら。恋愛は初心。
オム・ファタールと無いものねだり
狗空堂
BL
この世の全てが手に入る者たちが、永遠に手に入れられないたった一つのものの話。
前野の血を引く人間は、人を良くも悪くもぐちゃぐちゃにする。その血の呪いのせいで、後田宗介の主人兼親友である前野篤志はトラブルに巻き込まれてばかり。
この度編入した金持ち全寮制の男子校では、学園を牽引する眉目秀麗で優秀な生徒ばかり惹きつけて学内風紀を乱す日々。どうやら篤志の一挙手一投足は『大衆に求められすぎる』天才たちの心に刺さって抜けないらしい。
天才たちは蟻の如く篤志に群がるし、それを快く思わない天才たちのファンからはやっかみを買うし、でも主人は毎日能天気だし。
そんな主人を全てのものから護る為、今日も宗介は全方向に噛み付きながら学生生活を奔走する。
これは、天才の影に隠れたとるに足らない凡人が、凡人なりに走り続けて少しずつ認められ愛されていく話。
2025.10.30 第13回BL大賞に参加しています。応援していただけると嬉しいです。
※王道学園の脇役受け。
※主人公は従者の方です。
※序盤は主人の方が大勢に好かれています。
※嫌われ(?)→愛されですが、全員が従者を愛すわけではありません。
※呪いとかが平然と存在しているので若干ファンタジーです。
※pixivでも掲載しています。
色々と初めてなので、至らぬ点がありましたらご指摘いただけますと幸いです。
いいねやコメントは頂けましたら嬉しくて踊ります。
帝は傾国の元帥を寵愛する
tii
BL
セレスティア帝国、帝国歴二九九年――建国三百年を翌年に控えた帝都は、祝祭と喧騒に包まれていた。
舞踏会と武道会、華やかな催しの主役として並び立つのは、冷徹なる公子ユリウスと、“傾国の美貌”と謳われる名誉元帥ヴァルター。
誰もが息を呑むその姿は、帝国の象徴そのものであった。
だが祝祭の熱狂の陰で、ユリウスには避けられぬ宿命――帝位と婚姻の話が迫っていた。
それは、五年前に己の采配で抜擢したヴァルターとの関係に、確実に影を落とすものでもある。
互いを見つめ合う二人の間には、忠誠と愛執が絡み合う。
誰よりも近く、しかし決して交わってはならぬ距離。
やがて帝国を揺るがす大きな波が訪れるとき、二人は“帝と元帥”としての立場を選ぶのか、それとも――。
華やかな祝祭に幕を下ろし、始まるのは試練の物語。
冷徹な帝と傾国の元帥、互いにすべてを欲する二人の運命は、帝国三百年の節目に大きく揺れ動いてゆく。
【第13回BL大賞にエントリー中】
投票いただけると嬉しいです((꜆꜄ ˙꒳˙)꜆꜄꜆ポチポチポチポチ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる