264 / 1,289
第14話
(5)
しおりを挟む昼間まで会っていたはずなのに、数時間後、日が落ちてからまた三田村と顔を合わせるというのは、むず痒いような気恥ずかしさがあった。
なんといってもこれから、〈デート〉をするのだ。
そう考えた和彦だが、次の瞬間には、顔を背けて小さく噴き出す。妙に肩に力が入っている自分が、おかしくてたまらなかった。
必死に笑いを噛み殺し、隣を歩く三田村に視線を向ける。こちらは、普段は落ち着いている若頭補佐らしくなく、どこか浮き足立ち、しきりに周囲を気にしている。
和彦が見ていると気づいたのか、目が合うと三田村は、決まり悪そうに顔をしかめた。
「……俺は、こういうシャレた場所だと、身の置き場がなくて困る」
三田村が言う『シャレた場所』というのは、ホテルも入っている商業ビル前の噴水広場のことだ。普段から雰囲気のいい場所として、待ち合わせによく利用されているのだが、クリスマスが近くなると、さらににぎわう。
広場の照明や植樹がイルミネーションで彩られ、大きな噴水も、クリスマスらしいオブジェをたっぷり使って飾られている。LEDの青白い光が、芝生の上に人工の海を作り出しており、見入ってしまうほどきれいだ。
寄り添っている恋人同士の姿も一組や二組ではないが、会社帰りに立ち寄ってみたという感じの、スーツ姿のビジネスマンたちの姿もちらほらと見える。
二人きりの甘い空気に酔っている恋人たちにしてみれば、ビジネスマンや三田村、もちろん和彦も、気にかけるような存在ではないだろう。
和彦は、ニヤリと三田村に笑いかける。
「堂々とした立ち姿が渋くて、この場所にいても様になっているぞ、三田村」
「先生も人が悪い」
柔らかな表情でそう応じた三田村に、マフラーを直してもらう。
少しの間噴水広場を見て歩いてから、今夜の本来の目的を果たすため、人の流れに乗るように、ビルのアトリウムへと移動する。
「――……悪かった。忙しいのに、時間を取ってもらって。気をつかわせたな」
ゆっくりと歩きながら和彦が切り出すと、三田村は首を横に振る。
「先生は、もっと俺たちにわがままを言っていい。むしろ、そうしてもらったほうがいい。今朝、先生のあの顔を見たら、心底そう思った。俺たちのほうこそ、先生に気をつかわせているんだ」
「あまり大げさに考えないでくれ。ただ、前までの自分の生活を懐かしく感じただけなんだ。つらいとか悲しいとか、そういうんじゃない」
少なくとも今は、周囲にいる男たちに大事にされていると、肌で感じることができる。それが打算含みのものだとしても、和彦に惨めな思いをさせないだけの配慮をしてくれる。
このとき和彦の脳裏をよぎったのは、〈惨めな思い〉をしている頃の、自分の姿だった。
込み上げてくる不快さに身震いすると、それを寒さのせいだと勘違いした三田村が、肩に手をかけた。
「今夜は特に冷える。早く中に入ろう」
和彦はマフラーで口元を隠しながら頷く。
嫌なことを思い出したと、苦々しい気持ちになる。普段は意識して遠ざけている記憶がふとした拍子に蘇り、それが和彦を憂鬱な気分にさせる。汚らわしいものに触れてしまったような、忌々しさすら覚えるのだ。
三田村に悟られたくないと思いながらも、どうしても険しい表情になってしまう。しかしそれは、ほんのわずかな間だった。
吹き抜けとなっているビルのアトリウムには、巨大なクリスマスツリーが飾られている。隙間なく、という表現が大げさではないほど、イルミネーションやオーナメントで飾りつけられ、眩しいほど輝いている。
寸前までの不快さも忘れて、和彦はクリスマスツリーに見入っていた。見に来てよかったと、素直に思う。
本当は、澤村と出くわすのではないかと、少しだけ危惧していたのだ。だが、忙しい男が連日ここに立ち寄るとも思えず、また、もし仮に三田村と一緒にいるところを見られても、いくらでも言い訳は立つ。強面である三田村だが、それでも真っ当な勤め人に見えるはずだ。
そこまで考えてやっと、和彦は安心できる。
本来であれば、落ち着いた雰囲気の中、きらびやかなクリスマスツリーをじっくりと眺め続けたいところだが、そうもいかない。
さすがに人気のスポットだけあって、クリスマスツリーの周囲を囲むように人の輪ができ、混雑している。和彦の前に立っていた女性が移動しようとして、ぶつかってくる。思わずよろめいた和彦の体を、さりげなく背後から三田村が支えた。
クリスマスツリーを中心とした人の輪から抜け出し、少し離れた場所から眺めることにする。
「今でこの混み具合なら、クリスマスイブともなると、もっとすごいんだろうな」
感心したように話す三田村がおもしろくて、和彦は小さく声を洩らして笑う。
「先生、このビルの中で少し休もう。温かい飲み物でも飲んで……」
「だったら、いい店がある。店の中から、クリスマスツリーの上のほうが見えるんだ」
頷いた三田村を促し、移動しようとしたそのとき、着信音が鳴った。三田村の携帯電話だ。
和彦に断って三田村が電話に出る。向けられた背をちらりと見てから和彦は、もう一度クリスマスツリーをよく見ておこうと、人の輪に近づく。
照明を受けてキラキラと輝くグラスボールに目を奪われていた和彦だが、何げなく、クリスマスツリーの向こう側に立つ人たちに視線を向ける。
みんな、クリスマスツリーを見ていた。一人を除いて。
その一人と目が合った途端、和彦は総毛立つ。心臓を冷たい手で鷲掴まれたようなショックを受け、数秒、息ができなかった。
和彦を見ているのは――和彦とよく似た顔立ちの男だった。
スーツがこれ以上なく様になり、かけている銀縁の眼鏡は、知的な雰囲気を際立たせる小道具としては効果がありすぎて、攻撃的なほど怜悧に見える。こんな華やかな場所にいながら、男が持つ空気は、あまりに異質だった。
和彦は、男の内面をよく知っている。苛烈なほど切れ者で計算高く、そして、冷たい。特に、六つ歳の離れた弟に対して。
「――……兄さん……」
和彦は呻くように呟いたあと、射竦められたように動けなくなる。頭が混乱していた。会うはずのない人物が、会うはずのない場所に姿を見せたのだ。一体何が起こっているのか、わからない。
和彦とよく似た顔立ちの兄は、冷たい空気を振り撒きながら、こちらに歩み寄ってこようする。
この状況で体が硬直してしまった和彦に、行動のきっかけを与えてくれたのは、電話を終えた三田村だった。
「すまなかった、先生」
そう言って三田村が顔を覗き込んでくる。和彦は必死に三田村を見つめると、絞り出すような声で訴えた。
「……三田村、早く帰りたいっ……」
和彦の様子から、一瞬にして異変を悟ったのだろう。三田村は次の瞬間には殺気立ち、辺りを威嚇するように素早く見回したあと、和彦の肩を抱いて足早に歩き始める。
ビルを出るまで、和彦は背後を振り返ることはできなかった。もう一度兄の姿を見てしまったら、かつて味わってきた〈惨めな思い〉に足を取られると思ったのだ。
91
あなたにおすすめの小説
執着
紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆
―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。―
モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。
だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。
そう、あの「秘密」が表に出るまでは。
奇跡に祝福を
善奈美
BL
家族に爪弾きにされていた僕。高等部三学年に進級してすぐ、四神の一つ、西條家の後継者である彼が記憶喪失になった。運命であると僕は知っていたけど、ずっと避けていた。でも、記憶がなくなったことで僕は彼と過ごすことになった。でも、記憶が戻ったら終わり、そんな関係だった。
※不定期更新になります。
かわいい美形の後輩が、俺にだけメロい
日向汐
BL
過保護なかわいい系美形の後輩。
たまに見せる甘い言動が受けの心を揺する♡
そんなお話。
【攻め】
雨宮千冬(あめみや・ちふゆ)
大学1年。法学部。
淡いピンク髪、甘い顔立ちの砂糖系イケメン。
甘く切ないラブソングが人気の、歌い手「フユ」として匿名活動中。
【受け】
睦月伊織(むつき・いおり)
大学2年。工学部。
黒髪黒目の平凡大学生。ぶっきらぼうな口調と態度で、ちょっとずぼら。恋愛は初心。
星を戴く王と後宮の商人
ソウヤミナセ
BL
※3部をもちまして、休載にはいります※
「この国では、星神の力を戴いた者が、唯一の王となる」
王に選ばれ、商人の青年は男妃となった。
美しくも孤独な異民族の男妃アリム。
彼を迎えた若き王ラシードは、冷徹な支配者か、それとも……。
王の寵愛を受けながらも、
その青い瞳は、周囲から「劣った血の印」とさげすまれる。
身分、出自、信仰──
すべてが重くのしかかる王宮で、
ひとり誇りを失わずに立つ青年の、静かな闘いの物語。
帝は傾国の元帥を寵愛する
tii
BL
セレスティア帝国、帝国歴二九九年――建国三百年を翌年に控えた帝都は、祝祭と喧騒に包まれていた。
舞踏会と武道会、華やかな催しの主役として並び立つのは、冷徹なる公子ユリウスと、“傾国の美貌”と謳われる名誉元帥ヴァルター。
誰もが息を呑むその姿は、帝国の象徴そのものであった。
だが祝祭の熱狂の陰で、ユリウスには避けられぬ宿命――帝位と婚姻の話が迫っていた。
それは、五年前に己の采配で抜擢したヴァルターとの関係に、確実に影を落とすものでもある。
互いを見つめ合う二人の間には、忠誠と愛執が絡み合う。
誰よりも近く、しかし決して交わってはならぬ距離。
やがて帝国を揺るがす大きな波が訪れるとき、二人は“帝と元帥”としての立場を選ぶのか、それとも――。
華やかな祝祭に幕を下ろし、始まるのは試練の物語。
冷徹な帝と傾国の元帥、互いにすべてを欲する二人の運命は、帝国三百年の節目に大きく揺れ動いてゆく。
【第13回BL大賞にエントリー中】
投票いただけると嬉しいです((꜆꜄ ˙꒳˙)꜆꜄꜆ポチポチポチポチ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる