血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
310 / 1,289
第16話

(3)

しおりを挟む
 着替えて少し休みたいと思っていたが、本宅の前を通りかかったとき、それは無理だとすぐに諦めた。大晦日ほどではないが、本宅の前には高級車がずらりと並び、いかつい男たちが辺りを睥睨するように視線を向け、警戒している。
 午後から夜にかけて、長嶺組から盃を受けている組が、新年の挨拶のため本宅を訪れるのだという。当然、組長である賢吾は、そのすべてに応対しなければならない。
 昔は三が日が明けてから、新年の挨拶を受けていたそうだが、〈働き者〉揃いの総和会のおかげで、慌しい正月につき合う習慣になったのだという。
 混乱を避けるため、長嶺組の身内扱いである和彦は裏口に車を回してもらい、そこから家の中に入る。
 その足で客間に向かおうとしたが、待ちかねていた組員に呼び止められ、応接間へと案内される。着物姿の賢吾がソファに腰掛けていた。
「ご苦労だったな、先生。楽しい正月だっていうのに」
「……表の光景を見たあとで、あんたのその言葉を聞くと、笑えない冗談としか思えない」
「俺は、人望があるんだぜ。誰も彼も、正月に俺に会いたがる。正月に俺への挨拶を許されるってことは、長嶺組が今年一年、しっかり面倒見てくれる証なんだそうだ」
 手招きされた和彦が賢吾の側に歩み寄ると、組員たちの視線を気にかけた様子もなく、腰を抱き寄せられた。
「そう言われるということは、あんたは面倒見のいい組長なんだな」
「なんだ。お年玉代わりに褒めてくれるのか?」
 上目遣いに見上げてきた賢吾の意味ありげな表情を見て、和彦の顔は熱くなる。大晦日の夜、〈お年玉〉だと言われて賢吾に何を求められたのか、思い出したのだ。
 和彦の動揺する姿を見られて満足したらしく、賢吾は腰から手を離した。
「ちょっと遅くなったが、昼メシを食ってくるといい。大広間は、挨拶に来た連中が集まって飲み食いしている。顔出して、挨拶してくるか?」
 本気とも冗談とも取れる賢吾の言葉に、和彦は遠慮なく首を横に振る。
「疲れてるんだ。……新年早々、こんな不景気な顔を人前に晒したくない」
「不景気どころか、疲れているときの先生は、なかなかのもんだぞ。その気がない男でも妙な気分にさせる、性質の悪い色気があるんだ」
「ぼくなら、そんな性質の悪いものに、正月からあたりたくない」
「……うまい切り返しだ」
「鍛えられてるからな」
 賢吾なりに、和彦との会話は気分転換だったのだろう。楽しげに喉を鳴らして笑ったあと、軽くあごをしゃくった。
「うちの連中は、ダイニングで交代で昼メシを食ってる。もうほとんど食い終わっただろうが、先生が楽しみにしていたおせちが残ってるはずだ。食ってくればいい。夜から、俺や幹部たちと一緒にまた出かけてもらうが、それまではゆっくりと過ごせ」
 わかった、と応じて和彦は応接間を出ていこうとしたが、大事なことを思い出して足を止める。
「予定が狂ったと言ってたが、総和会の会長への挨拶は――……」
 こう切り出したとき、自分の声にわずかな期待が込められていることを、和彦はよく自覚していた。賢吾は大仰に片方の眉を動かす。
「俺たちは済ませたが、先生だけ、また日を改めるしかないだろうな。いつになるかはわかんねーが。何しろ、気まぐれなジジイだ。残念だったな、先生。〈楽しみ〉にしていたのに」
「まったくだ」
 賢吾の当て擦りを、まじめな顔で和彦は躱した。
 総和会会長との顔合わせがキャンセルとなり、ダイニングへと向かう和彦の足取りは、どうしても軽やかなものとなる。何より、ようやくおせち料理が食べられると、楽しみにしていた。朝食では雑煮が振る舞われたが、それもまた美味しかったのだ。
 正月らしく、ようやく浮かれ気分に浸った和彦だが、それも、ダイニングに向かうまでの間だった。
 何げなくダイニングを覗き、意外な人物の姿があることに目を丸くする。相手もすぐに和彦に気づき、優雅に微笑みかけてきた。
「――お先にいただいています、先生」
 そう言って秦が、手にした小皿を軽く掲げて見せてくる。その小皿の上には、和彦が味見した伊達巻がのっていた。
 給仕をしている組員に呼ばれ、和彦は渋々、秦の隣の席につく。
「……ここがヤクザの組長の家だってことを、一瞬忘れそうになった。元ホストのイイ男が寛いで、おせち料理をつついているんだからな」
「組長への挨拶を済ませたら、すぐにお暇するつもりだったんですが、せっかくだからおせちを食べていけと言っていただけたので、遠慮なく。それに、食べている間に、先生も戻られるんじゃないかと思ったんです」
「なんだ。ぼくにお年玉でもくれるのか」
 和彦の返しに、秦だけでなく、吸い物を出してくれた組員まで噴き出した。

しおりを挟む
感想 92

あなたにおすすめの小説

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

執着

紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。

帝は傾国の元帥を寵愛する

tii
BL
セレスティア帝国、帝国歴二九九年――建国三百年を翌年に控えた帝都は、祝祭と喧騒に包まれていた。 舞踏会と武道会、華やかな催しの主役として並び立つのは、冷徹なる公子ユリウスと、“傾国の美貌”と謳われる名誉元帥ヴァルター。 誰もが息を呑むその姿は、帝国の象徴そのものであった。 だが祝祭の熱狂の陰で、ユリウスには避けられぬ宿命――帝位と婚姻の話が迫っていた。 それは、五年前に己の采配で抜擢したヴァルターとの関係に、確実に影を落とすものでもある。 互いを見つめ合う二人の間には、忠誠と愛執が絡み合う。 誰よりも近く、しかし決して交わってはならぬ距離。 やがて帝国を揺るがす大きな波が訪れるとき、二人は“帝と元帥”としての立場を選ぶのか、それとも――。 華やかな祝祭に幕を下ろし、始まるのは試練の物語。 冷徹な帝と傾国の元帥、互いにすべてを欲する二人の運命は、帝国三百年の節目に大きく揺れ動いてゆく。 【第13回BL大賞にエントリー中】 投票いただけると嬉しいです((꜆꜄ ˙꒳˙)꜆꜄꜆ポチポチポチポチ

奇跡に祝福を

善奈美
BL
 家族に爪弾きにされていた僕。高等部三学年に進級してすぐ、四神の一つ、西條家の後継者である彼が記憶喪失になった。運命であると僕は知っていたけど、ずっと避けていた。でも、記憶がなくなったことで僕は彼と過ごすことになった。でも、記憶が戻ったら終わり、そんな関係だった。 ※不定期更新になります。

かわいい美形の後輩が、俺にだけメロい

日向汐
BL
過保護なかわいい系美形の後輩。 たまに見せる甘い言動が受けの心を揺する♡ そんなお話。 【攻め】 雨宮千冬(あめみや・ちふゆ) 大学1年。法学部。 淡いピンク髪、甘い顔立ちの砂糖系イケメン。 甘く切ないラブソングが人気の、歌い手「フユ」として匿名活動中。 【受け】 睦月伊織(むつき・いおり) 大学2年。工学部。 黒髪黒目の平凡大学生。ぶっきらぼうな口調と態度で、ちょっとずぼら。恋愛は初心。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

処理中です...